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アスタは壁に手を付き、呼吸を荒げながら朝日が昇り、眠りに付き始めた街を歩いていた。
バーを出てダンテを探しに来たは良いがダンテの姿は何処にも見えなかった。結局アスタはこの街に来てから情報の一つも収穫出来ていない。それがどうしても歯痒くて仕方がなかった。
せめて、せめてダンテの居場所だけはこの足で見つけ出しバージルに報告をしたい。
しかしその前に体が限界を訴え始めている。先程出会った、同じ位の歳の少女・メアリが傷の手当をしてくれたというのに。太腿の傷は癒える事が無く未だに血を流し続けている。
こんな事は初めてだ。今までも大きな怪我はしてきたが1時間も掛からずに怪我は完治した。だが今回は半日以上の時間が経過しても体は傷を治そうとはしてくれない。少しだけ傷の大きさがほんの少し、髪の毛先程小さくなった位だ。
視界が黒く塗り潰されていく。過度の、急激な貧血によって頭痛も猛威を振るっている。まだ体がこんな風になる前は良くあった現象だ。もしかしたら体が人間のそれに戻ろうとしているのか。そうじゃなければこんなに苦しい筈が無い。
耐え切れずにコンクリートのビル壁に肩を預け、ずるずるとその場に座り込む。

「此処で、死ぬなんて、冗談じゃない」

吐き捨てる様にそう言うが段々と睡魔に似た感覚が脳を優しく覆い隠す。このまま眠ってしまえばきっと楽になるんだろうな何て後ろ向きな事さえ考えてしまう。
しかしそんな事は許されない。まだ生きてやら無くてはいけない事が沢山ある。
だが目蓋はゆっくりと視界を覆い隠してしまう。

「……」

そんなアスタを背後から静かに近寄ってきていたバージルが冷たい目で見下ろしていた。
何時まで経っても戻ってこないから探しに来て見ればこんな所で死に掛けている。全く持って理解が出来ないししようとも思わない。
此処で死ぬのは別にアスタの勝手だ。だが、今のアスタが此処で死ぬ事を望んでいない事ぐらいバージルは解っている。なんせ一緒に居た時間が長すぎた。言葉なんてものがなくても意思の疎通位は出来る。
仕方が無い。そう思いながらその場にしゃがみ、力が抜けきったアスタの体を横抱きに拾い上げる。服越しだがアスタの体温は死体の様に冷たく冷え切っていた。

「無茶をする……」

顔の血色すらも死んでいる様な蒼白の色。その顔色に顔をしかめるがそんな事をしてもアスタが目覚めるだなんて事は無い。
早くゆっくりと体を休ませられる場所を探してやらなくては本格的に彼女の命に関わる。
そんな時、ぱちっと自分の腕の中で何かが弾けた様な音がした。この音はこの街に来るまでに各所で聞いた事がある。稲妻が弾ける時の音。
アスタに視線を向ければ彼女の手に異変が起きていた。

「何だ、これは」

彼女の手は人間特有の肌色の皮膚ではなく、真っ白な磁気の様な手に成り代わっていた。
バージルがアスタが色欲の封印を解き、協会から出て来た時に感じた感覚はこれか。
アスタは元々は"人間"だ。しかしただの人間ではなく所謂魔女と呼ばれる人種だった。魔女とは言っても御伽噺や漫画の中の魔女とは違う。ただ魔力を体に有しているだけの人間。
ただアスタは何の因果かその体に悪魔の力も身につけてしまった。他ならない"人間"のエゴで。アスタは自らそんな力は望んでいないと、バージルに泣き縋った事がある。
バージルの考えが正しければ彼女は新たに"悪魔"として力を手に入れた。
その力が体が許容出来る様に一時的に魔力を低下させたのだとしたら。そうであれば今アスタの体に起きているこの現象にも納得いく節は出てくる。一つだけではない。幾つも。


††††


アスタは薄暗闇に包まれた部屋の中に放り込まれていた。周りには同じ年頃の子供の亡骸が転がっている。身に纏っている白く薄いワンピースの一部分は誰の物か解らない血で赤茶色に染まっていた。その箇所だけ膠の様に固くなってしまっている。
首にも腕にも枷を嵌められ一体自分は此処で何をしているのだろう。何をして生きているのだろう。何故生きているのだろうと毎日毎日自問自答。
ぼんやりとした頭でその理由を考えていると何処からがぱちぱちと拍手の音が聞こえてくる。

『素晴しい!素晴しいよアスタ!!』
『……』

真っ赤に充血した唇を小さく震わせ、子供のものとは思えない瞳孔が開ききった目で暗闇から此方に歩いてくる男の睨みつける。アスタの手には剣が握られているが、それで目の前の男をどうこうしようと言う気はさらさらなかった。
男は器用にメモを取りながらアスタまで距離を詰め、そしてアスタの目の前で膝を付くと大仰に手を広げ、それからアスタの小さな肢体をその腕の中にすっぽりと隠した。
そして早口に、捲くし立てる様に言葉を並べ立てる。その拍子なのか彼か口を動かす度、歯に付けられた矯正器具がカチカチと音を立てる。

『お前には元々才能があったんだ!悪魔の力を受け入れる才能がこの小さく白く柔らかい体に!あぁ、僕は幸せ者だよ、お前に出会えて!!』
『……苦しい』
『あ、ああ済まない。つい感極まってしまってね。さぁ、次の実験に移ろうかアスタ』

そう言った男の顔は何故か歪んで見えた。
姿こそは人間のそれなのに顔だけは悪魔の様に思えた。

そこでアスタの意識は覚醒した。随分と懐かしく、胸糞悪くなる夢を見たものだ。頭を抱えながら上半身を起こすと、ふと違和感を感じる。
自分は何故、建物の中にいるのだろうか。しかもよくよく見れば此処はあの図書館内にある部屋だ。何時戻ってきたのだろう。思い出そうとするが記憶にない。
すると丁度良くドアが開き、部屋の中にバージルが入ってきた。視線が合ったその瞬間にバージルはすっとベッド際まで距離を詰め、いきなり頬を思い切り打たれた。視界がチカチカする上に歯を食い縛り損ねた所為で口の中が歯で切れた。それどころか奥歯も1本へし折れている。

「何故打たれたか理解は出来ているな?」
「……戻りが遅かったから、でしょうか」
「そんな事で一々腹は立てん。……何故、目標を目の前に死に急ぐような真似をする」
「……別に私は死にたい訳ではありません。まだ、死ねない理由がある」
「矛盾しているな。お前の言動は」

今しがた自分が殴りつけたアスタの頬に手を添える。太腿の自傷はあれほど時間が経っても消えなかったのに頬は腫れもなければへし折れた筈の歯も口の中で綺麗に再生している様だ。
矢張りアスタの体は新しい力を受け入れる為に力を一時的に弱め、体を慣らしていたようだ。だとすれば。無粋だがアスタの下半身を覆い隠している掛け布団を捲り上げ、太腿を見てみるが自傷の跡は綺麗さっぱりとなくなっていた。

「お前も遂に手に入れたのか、その力を」
「? 力?」
「悪魔の力だ。その身を悪魔に変える事が出来る」
「……仰っている意味が良く……それに力を手に入れたと言われても実感が」
「ないだろう。俺も最初はそうだった」

そのままベッドの上に腰を下ろしたバージルは未だ上半身しか起こしていないアスタの顔をじっと見つめる。アスタの覚醒は喜ばしい事だが、彼女の事を考えればそれは本当に良い事なのかとも思う。
アスタは力を欲しがってはいるがこんな力はきっと望んではいないだろう。無理矢理に植え付けられた悪魔の力などに頼りたくはないだろう。
悪魔として生きる事を選んだバージルにはその考えは理解は出来なかったがずっと同じ時間を過ごして来て段々とアスタの事が解って来た。彼女は人間でなくてはならない。人間であるからこそ尊い存在なんだ、と。
元々バージルはあの日、母を殺し、弟を恐怖と絶望のどん底に叩き落した悪魔を倒す為に力を欲している。だが、アスタとの出会いでもう一つ、力が欲しいことの理由が付いた。
『人間であるアスタをこの手で守りたい』。そう思うようになっていた。悪魔の癖に滑稽だとは自分でもそう思う。
だが父・スパーダも純血の悪魔でありながら人間を愛し、魔帝・ムンドゥスと戦い、人間達を救った。尤もバージルの場合は人間そのものが対象ではなくアスタだけが今の守りたい対象だが。
手を伸ばし、アスタの頭を撫でる。柔らかい髪がグローブで覆われていない、青白い皮膚に辺り少しくすぐったい。

「? バージル?」
「何だ」
「何だか辛そうな表情を……もしかしたら何処か痛むのですか?」
「いや、そんな事はない。お前はもう少し横になっていろ。まだ顔色が悪い」
「……バージルも顔色、悪いですよ」
「いつもの事だ」

自分の顔色が悪いなどと言われて少しだけ冗談を溢すがアスタはそれでも心配そうに此方を見ている。人間はこれだから余り好かない。いつでも他人の事すらも心配しようとする。自分の身一つ守れない癖に。
ベッドから立ち上がり、アスタの肩を両手で押さえ、もう一度寝かしつける。

「飲み物を持ってきてやる。その後、少しだけだがお前と雑談の一つをしてやろう。……だから待っていろ」
「! 約束、ですよ?」
「あぁ」

アスタが素直に横になったのを確認し、バージルは部屋から出る。扉を支える蝶番が軋んだ音を立てながら扉を閉めると、バージルは部屋の中のアスタに向かって小さな声で「Sweet dreams…」とだけ呟いた。
声は穏やかだが、その目は鋭く、目の前だけを見つめていた。


2015/02/14