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ある一つの可能性
「死ぬかと思ったぜ」

依頼主の屋敷に着きオロバスから降りたダンテは顔色を若干悪くさせながら呟いた。
アスタの運転は思っていたよりも荒く、スピードも法定速度以上に出していた。おまけに走りやに煽られて別の道に入ろうとしたから困った物だ。まだ、若位の年齢の頃であれば悪魔すらも泣き出す運転について行けてたかもしれないが。
もしかしたらバージルもアスタのこんな荒い運転のバイクに乗せられた事があるのか。あるかないかは解らないけどもしあったとしたら心の底から同情した。
当の運転手・アスタは何事もなかったかの表情でオロバスをペンダントに戻してコートの内ポケットに仕舞っていた。若いというのは恐ろしい。
門に併設されているブザーを鳴らし、開いた鉄格子調の門を潜れば其処から既に悪魔の気配が漂ってくる。ダンテが今回の依頼を受けたのはこれだ。悪魔が絡んでいる依頼だとすぐに解ったからだ。
門の中の庭は手入れがされていないのか荒れ放題だし、薔薇の花も綺麗に咲いているのに元気が無い。それに真っ白い筈の屋敷の外壁は何故か庭に入った途端に黒く、くすんで見えた。

「おじさま、この気配は……」
「あぁ。悪魔退治さ」
「悪魔退治であれば私じゃない方がよかったのでは?」
「言っただろう?可憐な花を連れて仕事をしたいってな」

不安げに尋ねるアスタにウィンクを一つ投げかけるとアスタはそれでも「いいのかな」と言わんばかりの表情を浮かべる。
確かに今のDevil May Cryに居るメンバーの中ではアスタが一番弱いかもしれない。一番キャリアが少ないネロにも戦闘技能は劣るだろう。其処は男女の力の差だから仕方はないとは思うけど。
でもこの時間で過ごすと言う事は、あの事務所に居るという事は多少なりとも悪魔退治を手伝ってもらう事にはなる。
以前レディがぼやいていたっけ。「女じゃなきゃ出来ない依頼って言うのもよくあるんだけどね」と少し前までのダンテであればアスタをそんな依頼に向かわせたりはしないだろう。でも確信した。アスタは恐らくそう言った仕事が回ってきても一人で立ち回れると。デビルハンターとしての素質は十二分にあると。
それに少しでもアスタに自分の姿を見てもらいたいというのも本音の内の一つだ。あのテメンニグルの戦いから10年以上の年月が経過した今だから言える事だがダンテはアスタに惚れていた節がある。だからこそレディが今日事務所に借金の取立てを師に来る前の若に少しだけ、解りにくいだろうけど救いの手を出した。若さ故か恋愛経験が殆どなかった頃だったからなのか伝わらずに失敗してしまったけど。
屋敷のドアのブザーを更に鳴らせば中から綺麗な身なりのご婦人がドアの隙間からやつれた顔を覗かせた。彼女から悪魔特有のにおいが濃く放出されている。アスタは眉間に皺を寄せそうになったけど失礼がないようにと何とか堪え、何時もの表情を浮かべダンテとご婦人のやり取りを見守る。

「ミセス・アレクセイだな?」
「えぇ。あ、貴方がデビルハンターのダンテ、さんかしら?それにその後ろの女の子は?」

ミセスは脅えた様にダンテとその後ろに居るアスタを見つめた。
無理もない。自覚はしているが自分達の服装が他人からしてみたら常軌を逸している事位は解っている。ダンテは真っ赤なロングのレザーコートに染めない限りは成り得ない美しいプラチナブロンド。アスタも真っ青なシルクとベルベットの中間に当たる光沢を放つ青いロングコートを身に纏っている。いきなりそんな成りの人間が来たらいぶかしんだり警戒するのが普通の人間だ。だからこそダンテもアスタのミセスの態度を気にする事は特になかった。

「あぁ。貴方から依頼を貰って此処に来た。この子はアシスタントのアスタ」
「は、始めまして、ミセス・アレクセイ」
「……とりあえず中に」

未だに警戒しているのミセスの言葉に従う様にダンテとアスタは豪華な外装は裏腹に薄暗く、じめっとした屋敷の中へ入っていた。


††††


一方Devil May Cryでは買い出しに要っていたネロと二代目が帰ってきていた。でも買い出しに行く前よりも人数が減っている事にネロは首を傾げた。
事務所部分にあたる1階に居るのはソファで眠っている初代だけ。若とバージルは各々の部屋に居るのだろう事は解ったけど、髭とアスタの気配が事務所の何処にも見当たらない。
いつもであれば事務机に書置きがある筈だけどそれも今日に限って見当たらない。

「何処に行ったんだ?」
「散歩にでも行ったんじゃないのか。今日は天気が良い」
「おっさんは散歩になんか行くような性格じゃないし、それは二代目が一番良く解ってるだろ?」
「……そうだな」

仕方ない、寝てるところ悪いが初代に起きて貰おう。そう思ってネロがソファに近付くが其処に何かが落ちている事に気が付く。長方形の真っ白な、少し厚みがある紙。写真の様だ。
もしかしたら初代の私物じゃないのかと思いながら腰を屈めて拾い上げり。どんな写真だろうなんて好奇心に釣られて写真の表面を見て、ネロは目を見開いた。
ネロの様子に何かを感じた二代目は「どうした」と一声掛けてから背後からネロに近付くと彼の肩越しに写真を覗き見てネロと同じ様に目を見開いた。二代目の中で時が止まった様な錯覚すら起きる。
写真に写っていたのは彼にとってはありえる筈もない現象が映っていたからだ。
初代が水色と白のワンピースの上に青いコートを着た女性の肩を抱いて幸せそうに笑っている。その写真の女性は紛れもなくアスタで。

「二代目?どうしたんだよ、顔色悪い」
「! ……いや、何でもない」
「この写真の女の人、これ、アスタだよな?この写真の初代とアスタ、凄く楽しそうだ」

ネロは穏やかな顔をしながらそう言うけど二代目には彼が何を言っているのかが全く認識出来ていなかった。
二代目の記憶の中では初代の年齢位の頃に、アスタは既にこの世界の何処にも存在していなかったのだから。
彼女はテメンニグルでの戦いの後、バージルを追って魔界に堕ちていった。その後初代の年齢頃にマレット島に行き、黒い騎士と戦い、その騎士がバージルが母の仇に操られた姿だと悟った。その瞬間に彼女の死すらも悟った。それはこの時間枠にいる本来のダンテも同じだと、そう言っていた。
もしかしたら初代は少し事情が違う時間枠からきたのかもしれない。アスタと幸せそうに過ごしている過去(とは少し違うだろうが)の自分に安堵しつつも、少しだけ羨ましく思う。
このまぶしい、幼い頃ずっと大切にしていた温かい笑みを浮かべた母に雰囲気が似た彼女を幸せに出来ている事にほんの少しの嫉妬を感じた。

「……ん、何だよ二代目にネロ。帰ってきてたのか」
「あぁ、ただいま」
「初代、ダンテとアスタは?」
「あの二人なら依頼に出た」

初代は目覚めたばかりの気だるそうな声で告げる。ネロはああやっぱりと思いながらも何でアスタ?と思ったけどあのダンテの性格だ。多分男と一緒はむさい、行くなら女の子と一緒が良いとでも言ってアスタを困らせて連れて行った事は容易に想像出来た。事実としてはアスタは困るどころか自ら付いていくといったのだがそれはネロの知る所ではない。
思案の間に初代はソファに座り直し他の人間が座る事が出来るスペースを作った。それに気付いたネロがソファに座る。二代目は依然立ったままだったけど。
初代が伸びをしているその間に「初代」と声を掛けて、手に持っていた写真を初代に差し出した。

「落としていたぞ」
「…Thanks」

二代目から写真を受け取った初代の表情は何故だか暗く、浮かないといった表情に変わった。写真は幸せそうなのに何故そんな写真を見て暗い表情を浮かべるのか。隣で初代の表情を伺っていたネロは不思議に思う。
初代はそのままコートの中に写真を仕舞った。

「どうしてそんな顔で写真を見るんだ?」
「余り良い思い出じゃないんでね」
「? 幸せそうに見えるけど?」

ネロが不思議そうに言葉を紡ぐと初代は回答に困ってはにかみながらネロの頭を撫でた。
まるで子供にする様なそれに、初代に子供扱いされたと勘違いしたネロは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
しかし初代はそんなネロに目をくれず、目蓋を閉じて思い返す。騒々しくて、楽しくて仕方なかったあの時を思い出す。

「幸せだったさ。俺とアスタと、その写真には写ってはいないがトリッシュと3人で馬鹿をやりながら過ごしていたからな。時々レディも一緒に、な」
「……何かあったんだな」
「あぁ。思い出したくもないがな」
「思い出したく無いのなら無理に思い出そうとしなくても良い」

今まで静寂を保っていた二代目は静かな声でそう言った。
初代とネロは二代目の顔を見上げるも、二代目は至極真面目な表情で初代を見ている。初代はその目に何かを感じ取ったのか少しだけ表情を緩めると「あぁ」と短く頷いた。
二代目は何となくだけどその写真を撮った後、何が起きたのかが予想出来た。違う時間枠、ひいては別次元から来ている彼が其処まで落胆するのはアスタに不幸が降り注いだ。それ以外に考え付く事はない。

「喉が渇いただろう。コーヒーを入れてくる」
「頼んだ」
「俺も手伝う」
「ありがとう、ネロ」

二代目とネロがキッチンに入ったのを確認するともう一度、今度は自らの手で写真を懐から取り出す。
この写真の中のアスタはいつでも優しげで、楽しそうな笑みを浮かべていた。

「俺が、ずっと守ってやる筈だったんだけどなぁ……」

ポツリと零す。きっと此処に、この時間枠に飛ばされたのはもう一度アスタを守る為にいるかどうかも解らないカミサマが与えてくれたチャンスなんだろうか。カミサマなんて物を信じる質でもないけど柄にもなくそんな事を考えてしまう。
どんな形にしろまた、別時間枠のアスタだとしても巡り会えた事に感謝はしている。勿論、バージルにも会えた事は感謝している。
こんなんじゃ駄目だな。そう思い初代は苦笑を浮かべ、写真の中の暖かな笑みに静かに口付けた。


2015/01/30