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ハジメテの依頼
「ふぅん、タイムリープ……ね」

事の経緯を聞き、ダンテから借金の取立てを終えたレディは事務所の入り口に程なく近い真っ赤なソファに腰掛けてそう呟いた。
アスタが淹れた紅茶が注がれたカップを片手に、未だに信じられないという目を事務所内に居る髭、初代、若それにアスタを睨み付ける様に一瞥した。
しかしレディも完全的にタイムリープ云々が信じられない訳ではない。ダンテと同じ様に考えている。"悪魔が居て魔界が存在するくらいだからそう言った非科学的な事が起きても何ら不思議はない"と。

「ま、人手が多けりゃそれだけ早く借金も返して貰えそうだし?別に良いけどね」
「借金……おじさま、借金なんて作ってたんですか?」
「まぁな。でも大丈夫だ、借金のカタにお嬢ちゃんを何処かに行かせたりはしないさ」

ハハハハハと髭は豪気に笑うが初代と若は若干脅え気味なアスタの前にサッと体を乗り出す。
流石にそんな事は私もしないわよとレディも呆れ気味だ。そもそもそんな事して一体何になるんだ馬鹿馬鹿しいとも同時に思った。

「何かあったら仕事は持ってきてあげる。勿論今まで通り仲介料は貰うけど」

そう言うとカップの中の紅茶を飲み干して「ご馳走様」とだけ言って先程ダンテから取り立てた借金が入ったアタッシュケースを持ち、大型のロケットランチャーであるカリーナ・アンを担ぎ、外に出る。
その途端ダンテ達とアスタ重苦しく思っていたのか盛大に溜息を吐いた。

「あー、あのレディ怖ぇ。と言うかおっさん、レディに借金してるのかよ」
「あぁ。テメンニグルでバイクを壊した事から、な」

そう髭が言うと若はうっと息を詰まらせる。
一体何の事か解らないアスタは首を傾げ、丁度隣に立っていた初代に視線を向けると初代は優しくアスタに微笑を向けた。
そしてはっと思い出す。そういえばまだ紅茶もコーヒーも淹れていない、と。慌ててやかんに水を入れて火にかけてその他の用意する。
すると丁度良くバージルも二階から降りてきた。

「騒々しい。何があった」
「おっかない借金の取り立て屋が来た」
「借金?……自堕落な愚弟らしい生活だな」

ふん、と鼻を鳴らすと挑発的に若を見る。
「何だよ」「別に?」なんて言う不穏なやり取りが聞こえて来たけどすぐに初代が二人の間に入って止めに入ってくれた様でアスタはホッと胸を撫で下ろした。あの二人が喧嘩なんてしたら事務所が壊れかねない。
しかし、アスタには思う事があった。バイク一つ壊しただけで十年以上も借金を抱える物なのかと。そう言ったものとは無縁だったアスタにはその感覚は良く解らない。確かに生活資金には困っていた事はあるけども。
やかんがケトル音を立て、お湯が沸いた事を知らせるとアスタは一旦考えるのを止めにしてカップに湯を注いで紅茶とコーヒーをそれぞれ作っていった。
そんな時事務机の上に置いてある古風な黒電話が着信が入った事を知らせる為にけたましくベルを鳴らす。そのベルが鳴ると本格的に双子の喧嘩は止んだ。

「"Devil May Cry"」

電話に出たのは電話に一番近くに居て、所長である髭が受けた。
電話の内容に相槌を入れながらダンテは「すぐに向かう」と良い、話が終わった途端に受話器を乱雑に、音を立てて置く。そして椅子から立ち上がると彼の愛剣・リベリオンを背に、愛銃のエボニー&アイボリーをそれぞれの手に持って「依頼が入った」と一言だけそう言って玄関に向かう。
しかし、その足は急に止まり初代、若、バージル、アスタの順に視線を向けると、顎に手を当て一度頷く。

「アスタ、ついて来るか?」
「「「!!?」」」」
「私、ですか?」
「あぁ。一人寂しく現場に向かうより可愛らしいお嬢ちゃんがついて来てくれた方が俄然やる気が出る」

舞台の様にその場に片膝を付き、かしずくとアスタの手を取って手の甲に唇を重ねる。
その様に初代は少し引いて、若とバージルは少しだけ苛付いた様な表情を浮かべた。当のアスタはきょとんとした表情を浮かべて少し考えてから「ご一緒します!」と笑顔で答える。
「決まりだな」。髭がそう言うとアスタは既に準備を終えてると言わんばかりに赤いレザーコートを翻して踵を返した髭に付いて行く。
しかし、若がそれを「待てよ」と言って止めに入った。振り返れば若だけではなくバージルも表情で「行くな」とアスタに訴えている。

「何だ若造」
「何でよりにもよってアスタを連れて行くんだよ。連れて行くなら俺を連れて行けよ」
「やなこった。昔の俺とは言え野郎二人で依頼なんてむさくるしい」
「俺とアスタで行く。場所と内容は何だ」
「そりゃ横暴だぜ、お兄ちゃん。これは俺が受けた依頼だ。俺に全ての決定権がある」

正論を返されたバージルは気に食わないながらもそれ以上何も言わなかった。
それに、この時間枠に居る、所謂大人になったダンテには何か考えがあるという事も薄々だが感じ取っていたと言うのもある。恐らく彼が自分よりも強くなっていると言う事にも気付いているから今は大人しく身を引く。いつか本気で手合わせをして負かせたいものだと腹の底で思っているけども。
未だに何かを言おうとしている赤い片割れに「行かせろ」と言うと、再び部屋に戻るべく背を向ける。
しかし、どうしても髭に言いたい一言があるから暫くはその場で足を止めていた。

「アスタに何かあったら覚えていろ」
「何もしねぇよ、俺からは」
「フン」

バージルは無言で階段を上がり、やがて姿が見えなくなる。
不器用な奴。初代はそんなバージルを横目で見ながらアスタが淹れてくれていたコーヒーを飲んでいた。
髭が「んじゃあ行って来る。事務所壊すなよ」とだけ軽口を叩くと此方も玄関のドアを開けて出て行く。
若は未だに腑に落ちないといった表情を浮かべその場に立ち尽くす。何となく、何となくだけど初代には今の若の気持ちが解る。だからこそ特に言葉を掛けようとは思わなかった。今は放っておくのが一番だとそう解っているから。時間があれば考える余裕だって生まれてくる事を成長して漸く理解した。

『ダンテ、……貴方は私を忘れませんか?』

ふと脳裏でか細く、弱って小さくなった女性の声が響く。
"彼女"は意味深な言葉を投げかけ、悲しそうな表情だけを浮かべて事務所を出て行った。そして程なく病気で死んだ。
青いコートに、白と水色のドレスワンピースを身に纏った優しげな女性。彼女であれば大丈夫だと過信して、むざむざ死にに行かせてしまった。今でもその後悔は胸に残っている。

「大丈夫だ、未来の"俺"が一緒に居る。だから死ぬ事はない」

カップをテーブルに置くと、ソファに座り独り言の様に呟く。
最期に事務所を出た時の彼女の表情はとても美しかった。この世の物とは思えない位に。少なくともその時のダンテにはそう思えた。
その時に彼女を止めて居ればよかったのかもしれない。今更そんな後悔をしても仕方の無い事だけど。

「……お前が死なない未来なら俺はなんだっていいさ、アスタ」

共に過ごして来た時間を思い返しながらソファの上に寝転がると、初代は静かに目蓋を閉じた。


††††


「参ったな。次のバスが来るまで1時間以上もあるのか」

ダンテはバス停で時刻表とにらめっこをしていた。
依頼主が待っていると言うのにこんな所でバスを待っている暇はない。そう言いたげだけど生憎依頼主が待っている屋敷まではバスしか移動手段はない。歩いて行った方がはるかに早い気がするけど、出来る物なら体力は温存しておきたい。
そんなダンテにアスタがおずおずと「あの、おじさま」と捲くっているコートの袖口を軽く引っ張った。

「どうした?」
「移動手段が無い、そういう事ですよね?」
「あぁ。このバスでしか行けない場所だ。タクシーなんて通りやしないからな」
「! なら、私に任せてください」

アスタが自信満々にそう言ってのけるからダンテは思わず「What?」と声を上げる。アスタはその声が聞こえているのか居ないのか良くは解らないけど、コートの内側に手を突っ込み何かを探しているようだった。すぐに目的の物が見つかったのか、掌に乗せて魔力をそれに込めている。
ダンテの見間違いでなければそれはシルバーで作られた中世の英国貴族が持っていそうな彫刻が刻まれたペンダント。中心部には青い、大きな魔石が埋め込まれていた。
すると徐々にペンダントの姿が変質し、ペンダントはやがて青いオフロードバイクの姿に変質した。
思わず口笛を吹いてしまう。だがアスタはダンテにメットを放り投げるとそのまま自身も少しゴツ目のゴーグルだけをかけてバイクに跨る。

「乗ってください」
「お嬢ちゃん、これは魔具か何かか?」
「はい。昔訳があって屈服させた悪魔です。名前は"オロバス"」
「ソロモンの悪魔か」

オロバスは体そのものが馬の姿の悪魔で、その気になれば人間の姿にも慣れるという事を今事務所を空けている相棒から聞かされた事がある。
一体何処でそんな悪魔を屈服させたのか知る良しもないけど、流石バージルと二人で旅をしてテメンニグルの封印を説いただけある。髭がまだ若い頃、丁度若であった時彼女とテメンニグルで剣を交えたけど確かに女にしてみては矢鱈と強かった思い出がある。あの実力があればソロモンの柱を一つへし折っていたとしても特に異常だとは思わない。現にダンテ自身もソロモンの悪魔と戦い、屈服させている。
しかし今はそんな事は如何でも良かった。これで早めに依頼主の所に行ける。アスタがテメンニグルで戦った時に感じた以上の力の持ち主と言う事も解った。それだけで十分だ。
一つに掛かるとしたら何故彼女はテメンニグルでの戦いの折に魔具を使わずにアセイミーと銃だけで戦ったのかと言う疑問があるけど。
アスタは「行きますよー」と暢気そうな口調でそう言いながら、その言葉に似合わない轟音とも取れるエンジン音を吹かし、勢い良くオロバスを走らせた。


2015/01/27