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狂い始めた日常の開始
アスタは何時もの青いコートを着て1F部分の事務所に下りた。
其処には既にネロと二代目(ダンテの中で一番の二枚目だから駄洒落の様にそう呼んでいる)が夕食の準備をしていた。他のダンテ達とバージルといえば街中を散策しに行ったり、早速依頼に行ったりと殆ど事務所にいない。
忙しそうだけど自分も何かした方が良いのかと思って「あの」と声を掛けると二代目がすぐに気付いて声を掛けてくれる。

「アスタ、もう傷は良いのか」
「! は、はいっ。完全に治りました」
「そうか。それは良かった」

二代目が口元を緩ませる。話を聞きうる限りあのやんちゃ坊主で落ち着きの無いダンテが将来こうなるというから時間の流れと言うのは末恐ろしいと思う。バージルも表情には出してはいなかったけどきっと同じ様な感想を抱いていただろう事はアスタの想像に難くなかった。
一番若い頃のダンテと言う事で"若"と呼ばれるアスタ達と同じ時間から来たダンテは「マジで?Cool過ぎるだろ!」とはしゃいでいた。
若は若でいい人と言う事はわかっているけど嘘だと思いたい。

「何かお手伝い出来る事はありますか?」
「そうだな……ネロ、何かアスタに手伝える事はあるか?」
「いや、今のところ無い。座って待っててくれ」
「……はい」

少しでも手伝える事があれば手伝いたかったのだけど「無い」と言われたら成す術が無い。
大人しく事務所の隅っこにあるワインレッドのソファに腰をかけると丁度良くテーブルの上に置いてあった、紙で表紙が覆われた文庫本に手を伸ばす。
本を読むのは好きだし、アスタが居た時間枠とこの時間枠では大分科学や情勢も変化しているだろう。順応するには少しでも知識を詰め込むのが一番だ。だがその本を手に取ったのが間違いだった。

「……」

アスタは顔を真っ赤にして無言で本を閉じた。
この本の持ち主が誰かは知らないがこんな本を人の目に付きやすい場所に置くだなんて非常識極まりない。アスタだってそう言った事の知識はない訳ではない。でも、余り免疫は無いし出来れば恥ずかしいから目にしたくは無い。
とりあえず人目に触れない所に置かなくてはと本を抱え、きょろきょろと辺りを見渡すが本を置けそうな場所など見つからない。
そうしていたら怪訝そうな声音で「何してんだ?」と声を掛けられる。それと同時にアスタは小動物の様に体を大きく跳ねさせてギギギ……と壊れた機械の様に首を少し後ろに回した。心臓は痛いくらいに鼓動を脈打っている。
其処に立っていたのは声音と同じ様に怪訝そうな表情を浮かべているネロだった。アスタが抱えている文庫本を見て「……あぁ」とげんなりした表情を浮かべて「貸してくれ」と言って文庫本を部屋の真ん中を陣取っている机の上に乱暴に置いた。

「ったく、官能小説やエロ本を放置すんなって何度言えば……」
「に、日常茶飯事なのですか?」
「あぁ。おっさんの物には余り手をつけない方が良い。本類は大抵エロ本だ」
「……」

それは慣れない間はこの事務所にある物に触れない方が良いという事だ。
しかしそれよりもネロは普通に声を掛けてきてくれてるけど出会い頭のあの事は気にしていないのだろうかと気になって仕方が無い。見た感じは怒っているようには見えないけど。
「取り敢えず座れば?」と言われてもう一度ソファに座るとネロも少し距離を離して同じ様にソファに座る。

「? お夕飯の準備は……」
「二代目が見てるから大丈夫」
「……あの」
「?」

そわそわしながらネロの気を止め様としてしまう。
しかし上手く言葉が作れない。喉の奥で引っかかって、呼吸すら上手く出来ない。
しかし、何時まで経っても次の言葉を口にしないのをいぶかしんでネロは小さく首を捻った。

「何?」
「あの……あの時銃口向けたり、銃撃ったりしてごめんなさい」
「その事か。大丈夫、気にして無い」
「え?」

普通撃たれたら気にするだろうし怒るだろう。アスタがもしネロの立場ならずっと気にしているだろうと思う。
でもネロは逆に不思議そうな表情を浮かべてアスタを見ている。そして呆気からん態度で言葉を口にした。

「だってあの時は訳がわからなくて混乱してたんだろ?それに脅えてた。脅えてる人間って自分を守ろうとして攻撃的になるって、俺の大切な人がそう言ってた」

「あの時その言葉を忘れかけて怒りそうになったけど」とネロは零したけどそれが彼の本音であれば彼はなんておおらかな人間なのだろう。
アスタだったら一生根に持つ。そのくらいの事をされたのに。

「これ以上その事気にするってなら俺にも考えがあるけどな」

そう言ったネロは極上の悪戯を考え付いたような悪ガキそのものの表情を浮かべアスタに笑いかける。
ネロの人間性や性格がどう言ったものかはまだアスタは把握できては居ないけどきっとアスタが想像しているもの以上に違いない。「解かりました。これ以上は気にしません」とネロに向かって告げると、ネロは満足そうに「よし」と頷いた。
それにきっとアスタが目覚めた時ダンテ、若を組み敷いていた事の方が怒りが大きかっただろうからアスタの行動を許してくれているのかもしれないし。もしその通りだったら若は一体何をしでかしたのかと言う疑念が頭に残るけど。
でもネロの"大切な人"と言う人は素敵な人間なんだなと心の中でひっそりと思っていた。一体どんな人なのだろうか。そんな事をすぐに考えてしまう。
するとネロがアスタに声を掛けて来た。

「なぁ、あんた料理とか作れるか?」
「お料理、ですか?」

一瞬何の事だろうと思ったがすぐにそれがこの奇妙な共同生活に必要なスキルの確認だと察し、アスタは首を横に振る。
返答は明確に「No」と示していた。その様を見てネロが肩を降ろす。

「料理苦手?」
「……バージルに以前、お前はキッチンに立つなと怒られました。私の手料理は殺人、いえ……悪魔ももがき苦しむ位に下手な様です」

あの時のバージルの表情と言葉を思い出すと急に涙が込み上げて来る。確かに料理なんて今まで作った事はほぼなかったし、自分で食べてみても美味しいとは思わなかった。寧ろ口に入れようと思う事すらおこがましい。
そんなアスタを尻目に「んじゃ、掃除は得意か?」とネロはめげずに聞いてくる。掃除であれば何とか出来る。そう思いアスタは今度は首を縦に振った。

「よし、んじゃ明日からアスタも掃除に加わってくれ」
「了解です!朝のごみ捨てから行います」
「心強いな」

敬礼でもしそうな位に背筋を伸ばしてそう言うと二代目が二人の背後に立っていた。鍋の火は消しているらしいから料理は完成したのだろう。
二代目もソファに腰を下ろすと、優しそうな目でアスタとネロを交互に見つめる。

「……こうして見ているとお前達二人は良く似ているな」
「? 俺とアスタが?何処が似てるんだよ」
「顔立ちがな。口元と目元が少し似ている」
「そんなに似ているでしょうか?どちらかと言うとネロはバージルに似ているような気がします」

アスタが不思議そうにそう言うとネロは「は?」と声を上げ、怪訝そうにアスタを見る。二代目は何かを悟った様な顔をしていたが特段何も言わなかった。

「俺がバージルと?イマイチバージルがどんな奴か解らないけど似てないと思うぜ」
「そうでしょうか?他人を余り寄せ付けないのに、でも優しい所は似ていると思います。彼の前で彼が優しいと言うと怒るので余り口にはしませんが……」
「優しいのは十中八九アスタの前だけだな」
「そうでしょうか」

二代目の言葉に首を傾げる。だがこの話題はそれ以上の展開を見せずに静かに流れて言った。
流れた先でアスタがネロ、二代目の指導の下料理の修行をする事になったけど。
しかし、幾ら会話を重ねて時間を潰していても一向に依頼に行ってしまった面々と散策しに言った面々が帰ってこない。このまま3人で先に夕飯を済ますかと二代目が提案するがネロが「おっさんがいじけるから駄目だ。いじけられたら鬱陶しい」と真顔で返すのから敢え無く時間潰しがなくなった。
テレビでも見て時間を潰すかと言う話になってテレビをつけると丁度夕方のニュースが放送されていた。
テレビの中のブロンドの美人キャスターが明日の天気の様子を伝えている。予報によると明日は晴天。その言葉を聞いてネロは小さくガッツポーズをしていた。
そんな時、施錠が出来ない大きなドアの蝶番が軋む。帰ってきたのはダンテ……若とバージルの双子だった。バージルは至極機嫌が悪そうだけどダンテは「腹減ったー」と伸びをしながら歩いてきている。

「バージル、機嫌悪そうですがどうかしたのですか?」
「愚弟の品の無い戦いを見ていたら気分が、な」
「おい、俺の戦い方がなんだって?けち付けるつもりかよ、バージル!」
「フン」
「け、喧嘩は止めて下さい!」

アスタが慌てて一発触発なダンテとバージルの間に割り入る。そのお蔭で喧嘩にはならなかったけど険悪な空気が漂った。
アスタは未だに慌ててダンテとバージルを交互に見ている。その様は何だが小動物の様に思えたがネロは哀れましくその様を見つめていた。
そしてもう一つ思う。こんな事でこの先やっていけるのか。不意にその口から溜息が出た。


2015/01/04