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運命の歯車が噛み合う時
アスタの体は物凄い力に跳ね飛ばされて宙を放物線を描きながら飛んでいた。
腹には大きな刺し跡。其処からは回復が間に合っていないのか止め処なく赤い血が溢れて体を、衣服を塗らしていた。本音を言うとかなり痛いけど今此処でそんな弱音は言ってられない。
気力と魔力を振り絞ってアスタは自分を投げ飛ばした青い、大きな悪魔・アーカムに向かって足を大きく振り上げた。
勢い良く足を振り下ろすと彼女の履いているブーツから勢い良く白銀の点がアーカムに向かって飛んでいく。それは点ではなく小型のダガーナイフだった。しかもただのダガーナイフではなく、銀色に鈍く光る特殊なワイヤーが括りつけられていた。
別に致命傷を与えたい訳ではない。まだこの崖の下に落ちる訳には行かない。ちらりと横目で地面から自分を見上げる二人の青年の姿を捉えたアスタは少しだけ気が抜けたような笑みを浮かべた。

「舐めるな、小娘!」

アーカムがアスタに向かって攻撃を飛ばすも、それは赤いコートの青年が打ち込んだ二丁拳銃の弾丸により阻まれる。
アスタは不適に笑みを浮かべると小さな声で「Go!」と呟き、アーカムに蹴りを入れるようにワイヤーをブーツの中に巻き戻した。蹴りの一発でも入れてやらないと気が済まない。
何時からそんなバイオレンスな思考を持つ様になったのか自分でも解りやしないが今は取り敢えずアーカムに蹴りを入れられればと思う。それに彼の思惑通りに事を運ばせるのも気に食わないし。
しかし、アーカムはその身に刺さったナイフを魔力で弾き飛ばしてアスタの腹目掛けて棘を伸ばした。

「アスタ!」

赤いコートの青年が驚いた様にアスタの名を呼ぶ。
でもそれは牽制にも注意にもならなかった。既にアスタの腹に棘が突き刺さり、体を刺し貫いていたから。腹と背から大量の血が噴きこぼれ、身に纏っていた青いコートは血を吸い、黒く色を変えていく。
抵抗するのも既に馬鹿馬鹿しいこの状況だけど、力が余り入らない手で棘を抜こうと無意識に抵抗してしまっているのが笑える。
しかし、棘がいきなり抜けて途端にアスタの体は頭を下に地面へとまっさかさまに落ちていく。
このまま激突して再生も出来ないまま死ぬのか。そう思うとやるせない。大量出血で動きが鈍くなった脳裏にただ一人、自分のコートと同じ色調のロングコートも身に纏った銀髪の青年の姿を思い浮かべていた。

「Sorry,Vargil……」

地面が後数メートルと言うところでアスタは静かに瞼を閉じた。
でも何時まで立っても死に逝く際の痛みなどは体に感覚すら与えはしない。恐る恐る瞼を開くと其処にはいつも見ていた不機嫌そうな表情。彼は眼球だけアスタに向けると一度だけ頬をぺちんと叩いた。

「バー、ジル?」
「無理をしすぎだ。その傷でうろつかれていては邪魔だ、下がっていろアスタ」

そう言って冷たくアスタを地面に下ろし、突き放した。バージルの言葉通り後退し、邪魔にならない様に少し離れた所でアーカムとの戦いを見守っていた。
だが。

「アスタ、逃げろ!」
「え?」

赤いコートの青年が叫んだ事で気付いたが、アーカムの攻撃がすぐにアスタの近くまで迫る。避けなくちゃと思うけどまだ傷が回復しきっていない所為か動きが鈍って、足も竦んだまま。
そうこうしている内にアスタの体はもう一度アーカムの攻撃によって投げ飛ばされてそのまま崖の下に落ちていった。

「いやっ……」

目に涙を湛え、真っ赤な血の雫を撒き散らしながらアスタは暗闇へと落ちていく。
バージルが、赤いコートの青年が必死に腕を伸ばしてくれているけど指先が少し触れただけで、アスタはそのまま深淵へと声を零さずに落ちていった。


††††


スラム街の奥に位置する便利屋"Devil May Cry"。
其処に居候しながらデビルハンター見習いの少年・ネロは朝から元気に事務所の前の掃除に外に出ていた。
雲一つない快晴。こんな日に外で子供達と遊んだらきっと子供達は笑みを浮かべるだろうと、そう思っていた。
日の光を浴びてその場で軽く背を伸ばす。しかし、その瞬間にネロは言葉を失った。
Devil May Cryの事務所の前には廃車や瓦礫が不法投棄されている。それはダンテが此処に事務所を構えた時からそうだったらしく、片付けようにも手間が掛かるからそのまま放置していたそうだ。
その中の一つ、恐らくスクールバスだろう。オレンジの塗料が剥がれ、茶色く錆びた鉄くずが覗いているそれに一筋赤く、太い線が走っていた。それは紛れもなく血だ。ネロは見た瞬間に息を呑んだ。
もしかしたらバスの上に死体でも放棄されていたのだろうか。恐る恐るネロはバスに近付き、血の筋に指先で触れると微かに乾いてはいるがまだ少しだけ水分が残っている。ネロの指先は血で赤く染まっていた。
バスの屋根を見上げると意を決してスナッチを駆使しバスの天井に飛び乗る。そして其処にあったものにハッと息を呑んだ。

「人間?しかもあれは……女の子?!」

屋根の上には特徴的な青いコートを身に纏った女がうつ伏せで眠りについていた。
夜明け頃に此処に誰かがこの子の遺体を放置しに来たのか。ネロはそう考えたがそれはどうやら違ったらしい。彼女の指先がぴくりと、僅かながらに反応したのだ。
ネロはそれを見逃さないで居たけど彼女が瞬間的に体を動す方が早くて、眉間に冷たい何かを押し当てられた。彼女は腹を抑えながらひゅーひゅーと喉を鳴らしながら、獣の様に唸り、ネロを威嚇した。

「貴方は、誰ですか」
「それはこっちの台詞だね。死体だと思ったら生きてる?あんた、悪魔か?それにしては上手く人間に化けてるもんだ」
「……確かに、半分は悪魔の様なものです。でも、まず先に私の質問に答えてくれないと、その頭に風穴を開けます」

彼女の口調は気丈に振舞っているようだったけど、ネロには脅えているように聞こえた。
口振りからして額に押し当てられているのは銃か。何故そんなものを持ち歩いているのか理解に苦しむけど今は彼女の存在の方に苦しんでいる。彼女が悪魔であればデビルブリンガーが疼くのに今は全くと言って良い程に疼きはない。でも、僅かに青白い光を発している。まるでネロの中で何かを懐かしんでいるかのような、そんな感じに。

「もう一度質問します、貴方は誰ですか。そしてもう一つ、此処は何処ですか」
「……俺はネロ。其処の事務所でデビルハンター見習いをしてる。んで此処はスラム街」
「スラム街?……魔界ではないのですか?」
「魔界?あんた何言ってんだ」

しかし彼女の耳にネロの言葉は届いていなかった。
それどころか顔色が急に悪くなっている。唇が微かに震えた。

「そんな。私は一人だけ、此方に戻ってきてしまったとでも……?」
「こちら?どういう事だよ。それより此処から下りて手当てしないと……」

ネロが彼女に手を伸ばした瞬間、彼女は体を少しだけ後退させて手に持っていた銃の引き金を躊躇なく引いた。大きな銃声と共にネロの頬を掠めるように弾丸が通り抜けていく。
しかし、その痛みはネロが知る通常の弾丸の物ではなかった。その場に落ちる筈の薬莢がその場に落ちた気配がないのも気になる所だがそれ所ではない。
この女、今本気で銃をぶっ放しやがった。普段のネロであればマウントポジションを取って顔面を殴りつけてやる位だ。
だがそれをしないのは彼女が女で、しかも手負いだからと言う二つの理由だけ。アスタが手負いでも男であればマウントポジションを取っていた。その位腹を立てている。

「さ、触らないで下さい!」
「触るなって、あんたその傷で……」
「この位の傷、すぐに治ります!すぐにテメンニグルに登ってまた魔界に行かなくては……っく」
「言わんこっちゃない!」

ネロは彼女から銃を取り上げると彼女を横抱きにしてバスの上から降りる。
彼女が口にした"テメンニグル"が何なのか良く分からないが今のこの怪我でそんな所に行かせる訳にはいかない。痛みに悶絶しているのか暴れる気配もない。それどころか気絶してしまっている。
無理もない。こんな出血で無理に体を動かしたのだから。
すると丁度良く事務所のドアが開いた。中から出てきたのは銀髪の、黒いインナーシャツに身を包んだ中年。彼は面倒臭そうに頭をガシガシと掻いてだらしなく欠伸を零していた。

「んだよ坊や。朝っぱらから銃なんてぶっ放して」
「俺じゃない。この子がぶっ放した」
「この子?」

ネロの言う"この子"と言うのが気になってネロが腕に抱えている人物を見る。
途端、中年・ダンテは目を大きく見開きネロの腕から彼女を奪い顔をまじまじと見つめる。
間違いない。彼女は昔、ダンテが助けられなかった少女だ。

「アスタ……」
「知り合いなのか?」
「……まぁそんな所だ」

ダンテはその後何も言わずアスタを抱えたまま事務所の中へ消えて行った。


††††

「ん……」

目覚めた時には体に負っていた筈の傷は全て完治していた。その事から自分が随分長い間眠るに付いていた事に気付く。
体を起こした時に気が付いたが、随分古びてはいるがベッドの上に横たわっていた。とすれば、此処は建物の中かとアスタは冷静に頭の中で状況を一つずつ確認していく。
それよりもアスタは自分を助けようとしてくれたあの少年にまずは礼と謝罪をしなくてはならない。いきなり銃で撃ったのに、見ず知らずの人間に良くしてくれたなんて。そんな人間に対して礼節と謝罪を欠くのは人道から外れてしまう。
表面上の傷は完治しているとは言え、まだ体の奥の傷は完治しきってていないのか少し体が痛むがけどベッド際に揃えられていたブーツを履いて戸へ向かう。
しかしドアノブに手を掛けた途端、この建物の階下からだろう。大きな轟音と衝撃がアスタが居る部屋にも伝わってきた。更に言えば聞き覚えがある声が怒声罵声になって耳に飛んでくる。
少しだけ慌てた様にドアノブを捻り、廊下を走る。人様の家だという事も即座に忘れて。階段の踊り場から顔を覗かせると其処には複数の銀髪の男達がその場に居た。
その中にあのネロと言う少年も其処にいるのだけど彼は怒りの形相で赤いロングコートを身に纏った青年を組み敷いて顔面を殴りつけている。どうやら喧嘩をしていたようだ。
しかし、アスタはすぐに自分の目を疑った。何故ならば此処に居る筈が無い人間がその場に居たのだから。

「……バージル?」

思わず声を上げてそのアスタを呼ぶと、階下にいたネロを含める銀髪の男達がアスタの方を一斉に見上げる。
しかしその顔を見てアスタはぎょっとした。見上げてきた男達の顔はネロを除き全員同じ顔。バージルと、その弟であるダンテと全くと言って良い程同じ。
もしかしたらドッペルゲンガーか何かなのかと思うと少しだけ気が遠くなると同時にこれはまだ夢なの中なんだと頭が都合がいいように解釈を始める。それは物の見事に打ち砕かれるのだけど。

「アスタ、何故お前が此処に……魔界に落ちたのではないのか?」
「やっぱりこのお嬢ちゃんはあの時のアスタか……」

驚いているのか目を丸くしているバージルの横で赤いコートを着た髭の男性が言葉を重ねる。
アスタは慌てて階段を駆け下りると唯一真っ青なコートを身に纏っているバージルに駆け寄ってぎゅっと抱きついた。普段であればこんな事はしないし、バージルも嫌がるだろう。でもバージルはアスタが抱きつく事を享受し、彼女の後頭部に手を添えた。
今腕に感じている感覚も、体温も、彼の纏う匂いも間違いなくバージルだ。忘れる筈が無いし、間違う筈も無い。これは夢では無いんだとアスタは声を殺しながら涙を零す。

「泣くな」
「泣いてなんか、いません!」
「……」

アスタを抱き締めるように彼女の体に腕を回すとバージルは強く自分の体にアスタを引き寄せた。
まるで心配していたといわんばかりに。だからこそ泣いていないとアスタが言った後、無言で言葉を返したのだけど。
でも、そんなしんみりした空気は物の見事に壊された。

「感動の再会をしているところ悪いが、状況を確認したい」

そう言った男は顔の左半分を自身の前髪で隠しており、この中で一番肌の色が黒かった。肌の色の所為か銀髪が良く栄える。
アスタはバージルの腕に抱かれたまま手の甲で涙を拭い発言者である彼の方を見た。

「この事務所・Devil May Cryの持ち主が其処の髭のおっさん。それでもって俺と其処の渋い兄さんの事務所の名前もDevil May Cry。そしてエボニー&アイボリーを持った"ダンテ"と言う名の銀髪の男が4人に、昔死んだ筈の双子の兄貴・バージルが居る。そしてバージルと一緒に居たアスタも」

彼はアスタの名を口にしながら、ちらりとアスタを姿を視線で捉える。
その目は悲しそうな、何か郷愁を感じているかのようなそんな視線だとアスタは思った。すぐに目を逸らされてしまってそれ以上視線から感情を読み取るのは難しかったけど。
するとすぐに二番目に年上であろう"ダンテ"が顎に手を添えて、独り言の様に言葉を紡ぐ。

「そして、皆一様に過去の俺の姿をし、バージルとアスタもこの中で一番若い俺と戦った時の姿だ」

此処まできたら頭の働きが鈍い、何が何だか状況が解からなかったアスタも彼らが何を言いたいのかを理解し始める。

「……皆、一様に何かあって此処にタイムリープしてきたと、そう仰いたいのですか?」
「Bingo!相変わらずアスタは頭が良いな」

髭のおっさんと形容されていた"ダンテ"がオーバーリアクションをしながらアスタの頭を撫でる。
その表情は楽しそうだったけど一瞬だけ先程の髪で顔を隠したダンテと同じく郷愁の目をアスタに向けていた。その後すぐにバージルが浅黄色に煌く幻影剣を一本、彼に向けて飛ばしたからその表情上は消えてしまったけど。

「タイムリープって、そんな漫画みたいな事ありえるのかよ?」

ネロが先程締めていたであろう男(アスタが知る唯一のダンテだろう)の上から降りてそう言うと、先程の髭ダンテが「ちっちっち」と舌を軽快に鳴らして右人差し指を左右に振る。
その仕草にネロはイラついているようだったけど黙って彼の言葉を待っている。

「悪魔が蔓延り、伝説の魔剣士の息子がいて魔界があって、ニセモノだったがカミサマすら居るようなこんな世界だぜ?タイムリープくらい起きても不思議は無いぜ」

それもそうだと思ったのかネロはぐうの音も出さずに黙りこくる。
途端、アスタと視線が交わったがすぐに逸らされた。恐らく出会い頭のあれのせいだろう。後で確り謝罪をしなくては。そんな事を考えていると髭ダンテがテンション高く言葉を告げる。

「まぁ、これも何かの因果だ。現状を楽しみながら元の世界に他の俺たちが帰る手立てを考えりゃいいさ!」

その一言で、現状がどうなっているのかを大雑把にしか知れないまま奇妙な共同生活が幕を開いた。


2015/01/04