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影の断片
若は早々に依頼を終了させて依頼主の元に報奨金を取りに行っていた。
最初に聞いていた額よりも少しばかり多めに報奨金を貰えたのはラッキーだった。と、言うのも依頼主と話をしているをしている時に依頼主を狙って悪魔が現れたのを若がエボニーの弾丸一つで仕留めたからだ。その技に惚れた依頼主が気を良くして報酬を上乗せしてくれた、と言うのが事の次第だ。
しかし若は余り気分が良くなかった。アスタに付いたストーカーもそうだがあの依頼主からは言い知れない嫌な感じがした。ねっとりと絡みつくような、嫌な何かが。それに加え今ダンテ達に悪い方向でタイムリーな話題も振ってきたから尚の事。

『ここら近辺に青いコートを着た可愛らしいお嬢さんがいると聞いたのですが会った事はありますか?』

この近辺でそんな目立つ格好をした女なんて若が知りうる限りアスタただ一人だけ。もしかしたら鎌を掛けてきたのではないかと思いながらも「さぁ。知らないな」とだけ告げてDevil May Cryにまでの帰路についている。
アスタはまだ二代目と警察署にいるのだろうか。尤も、"あの"二代目が傍にいるから恐らくストーカー野郎は手出しできないだろうけど。その前に二代目が接近すら許さないだろうし。
一応、依頼主の話は事務所に戻ったら髭にでも話をしておこう。そう思いつつも事務所に重い足を向けて再び歩き始める。
しかし、事務所の近くのビルから光る何かを見つけダンテは光源に視線を向けた。

「あれは……」

ダンテの青い目に映りこんだそれは紛れも無く望遠鏡。しかもそれは事務所の方向に向いている。もしかしたらストーカー野郎が覗きでもしているんじゃないのか。そう思い若は勢い良く脆くなっているアスファルトの地面を蹴り、ビルの中に突撃する。
鉄筋コンクリート製の廃墟と化したビルの中は足場が悪くて、走るのが一苦労だったけど若は持ち前の運動能力を駆使して次から次へと上の階に移動する。
確か望遠鏡が窓から覗いていたのは10F位だったか。10Fに到達すると両手にエボニー&アイボリーを手にして、気配を絶ち、物音を立てない様に静かに窓辺に近付く。戸板が外されているドアから顔を少しだけ覗かせてストーカーの姿をその目に納める。だが其処には人の姿は無かった。
変に思い顔を真正面に戻したその瞬間、すぐ左隣から悪魔の気配を感じ、身を翻しエボニーの引き金に指を掛ける。銃声が饐えた空気に反響し、辺り一面に響いた。だが悪魔の気配はすぐに掻き消え、静寂だけがその場に残る。

「クソ」

悪魔であればこの場で仕留めるのが彼らの仕事なのだが仕留める事が出来なかった。その事に悪態を吐く。でも、件のストーカーの手掛かりが少しでも得られた事は喜ばしい。
エボニー&アイボリーをホルスターに収めると報奨金が入ったボストンバッグを手に取り、ビルを後にした。


††††


「調書取るのって時間が掛かるんですね」

アスタはげんなりとした表情を浮かべながらボウルを左腕に抱え、卵を粟立てていた。
二代目と警察署に行って帰ってきたと思ったら質問攻めに合ったと言って早々にキッチンに引き篭もっていたのだ。元々薔薇を使った菓子を作る予定だったと言うのもあるのだけど。そんなアスタの手伝いにネロもキッチンに入り、アスタの指示通りに薔薇のソースを作っている最中だった。

「まぁ、ダンテの話を聞く限り相手してくれた警官は硬い性格らしいし」
「確かに親身に話を聞いてくださる方でしたが、あれは少しばかり熱が入り過ぎです……」

はぁ、と溜息を吐く。ネロはそんなアスタに苦笑を浮かべるしか出来なかった。どんな調書が出来上がったのか気になって仕方が無い。それにアスタがここまで元気を無くす相手と言うのはどんな人物なのだろう。

「切り替えていこうぜ。次は何すればいいんだ?」
「そうですね、今日は薔薇のプリンだけ作れればいいと思っているので他にする事といえば……」
「生クリーム乗せないのか?」

アスタが悩んでいると初代が事務所から生クリームの話題を投げかける。実は初代はプリンを食べる時は果物や生クリームを載せてア・ラ・モードにして食べるのが好きだ。だからこその発言だがネロもアスタもその事は今初めて知った。

「生クリーム……このプリン少しさっぱりした風味だからそれもいいかもしれませんね」
「生クリームあったかな……」

ネロが冷蔵庫を開くと丁度良く生クリームのパックが其処に鎮座していた。

「んじゃぁ俺は生クリーム用意する」
「解かりました。ありがとうございます、ネロ」
「いいって。俺も少し興味あったし」

「薔薇のプリンってお洒落だからキリエに作ってあげたいし」と頬を少し火照らせる。その表情を見てアスタは柔らかな笑みを浮かべ、爪先立ちでネロの頭をよしよしと撫でた。
キリエの話をする時のネロはとても幸せそうで、見ている側としても幸せな気分になるとアスタは常々思っていた。急にアスタに頭を撫でられた事で若干フリーズしていたネロは今度は羞恥で顔を真っ赤にして「や、やめろ!」と言ってアスタの手を振り払う。手を振り払った後すぐに小さく咳払いをし、生クリームを粟立てる準備に入る。

「そう言えばダンテ、遅いですね」
「あの若造なら寄り道でもしてきそうだな。若い頃の俺だし」
「あんたな……」

ネロが呆れてそう言うとタイミング良くドアが開かれる。若が不機嫌そうな顔をして事務所に戻ってきたのだ。

「あ、お帰りなさいダンテ」
「……あぁ。おっさんは?」
「おじさまですか?おじさまならご自分のお部屋にいらっしゃると思いますが」
「じゃあ二代目」
「二代目は……あれ、二代目はそういえばどちらに?」

一緒に帰ってきた二代目はいつの間にか事務所の中から忽然と姿を消していてアスタは事務所の中を見回して首を傾げる。

「二代目も髭のおっさんの部屋だ」
「へぇ」

若は報奨金が入ったボストンバッグを髭の特等席である事務机の上に少し乱暴に置いた。
初代は若の方を見る訳でもないが雑誌に目を通しながら「用があるなら言ってきたら如何だ?」と言葉を掛けるが「いや、いい」とだけ言ってソファにどかりと座り込む。
そして未だ首を傾げているアスタをじっと見つめると手を拱き、近くに来る様に指示を出す。アスタはそれを察して近くに寄る。
すると手首を掴まれ、ぐっと引っ張られる。

「わっ、ちょ!」

晒け出されている胸板に顔から飛び込んでしまう。しかし顔面を強打する前に若が手首から手を離し、両肩を抱き止める。そのお蔭で顔を強打する事だけは免れた。
僅かに汗のにおいがして心臓が高鳴る。しかしダンテはアスタから香る別のにおいに反応していた。髪や衣服に染み付いた甘い香りに。
抱き止めた体の柔らかさと体温も愛しく感じるが、においが一番愛しく感じる。
もっと感じたい。そう思うと無意識の内に腕に力が込められる。

「だ、ダンテ?」
「甘い……」
「え?あ、においですか?今薔薇のプリン作ってて」

しかし若はそれきり何も言わない。アスタはダンテが何かに怒っているという事を感じ、そっと目蓋を閉じて体をダンテに委ねようとする。だが、今はまだそれは出来ない。せめてプリンの生地をカップに入れるまでは終わらせたい。
ダンテの胸板に手を添え、少し力を加える。「少しの間放してくれませんか?」と視線で訴えながら。すると若は渋々腕を放してアスタを解放する。
キッチンに戻るアスタの背をぼんやり見つめていると初代が「どうした?」と声を掛けてくる。

「アスタのストーカー、悪魔だ」
「何だって?」
「近所の廃ビルにストーカーっぽい奴居たから見に言ったんだ。そしたら悪魔だった」
「……殺ったのか?」

真剣な面持ちで尋ねる初代に若は静かに横に首を振る。その反応を見て初代は「そうか」と答えると共に歯噛みする。

「それと今日の依頼主がきな臭かった」
「どういう……」
「アスタの事を知らないかって聞かれた」
「!!?」

アスタ達がこの時間枠に来てからそれなりには時間は経過しているが彼女を訪ねる人間など今まで誰一人として存在しなかった。それが今になって存在を表すだなんて何かがおかしい。
只のストーカーであれば事は簡単に収集しそうではあるが、若の話を聞く限りは只のストーカーではない様だ。初代は眉間に皺を寄せながら目蓋を閉じる。そしてまた、あの日の事を思い浮かべていた。
初代の下からアスタの魂が消え失せた、あの地獄の様な日を。今もあの日のアスタとの会話総てを思い出す事すら出来る。
心臓が不気味な位に静かに、大きく鼓動を開始する。

「初代、あんたはどう思う」
「……そりゃ、確かにきな臭いな」
「だろ?」
「でも、ま。髭と二代目にも相談だな」

動揺する心臓を騙し、平静を装う。だが一向に心臓は平静になってはくれない。静かに目蓋を閉じ、初代はゆっくりと息を吐いた。


2015/05/28