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背後の影
アスタの朝は朝の身支度をした後のごみ処分から始まる。
前日の夜までにきっちりと分別されたゴミ袋を指定の収集場所まで持っていくのが1日のアスタの最初の仕事だ。
今も事務所から少しばかり離れた収集場所まで大きなゴミ袋を持っていた帰りだった。
事務所のドアを開こうとするとドアの下に何か真っ赤な塊が置いてある事に気が付く。それをいぶかしみながらもしゃがんで手に取る。恐らくこの場にバージルがいたら「無用心過ぎる!」と言って怒り出すかも知れないが好奇心には勝てはしない。

「綺麗な薔薇の花束……」

事務所に置かれていたのはピンクのブーケに包まれた真っ赤な薔薇の花束。甘く、高貴な香りにアスタは年頃の女の子のそれの様に優しく微笑んだ。
しかしこんな物、誰が置いたのだろう?ごみ捨てに行く前まではこの薔薇の花束は事務所の玄関部分には置かれていなかったのだ。すると玄関のドアが開いた。

「アスタ?」
「あ、ネロ。おはようございます」
「はよ。ごみ捨てから帰ってくるの遅いと思ったら何やってんだ?それにその花束は?」
「ごみ捨てから戻ってきたら此処に置いてあったんです。行く前はなかったのに……」

眉を八の字にして状況を説明するアスタにネロは「ふうん?」といぶかしみながら返事を返す。だがネロにはアスタが嘘を言って居るとは毛頭思っていなかった。そもそも彼女は嘘を吐く様な性格ではない。

「とりあえず中に入ろうぜ。寒いだろ」

「紅茶、淹れる」と言ってアスタの背に腕を回し、中に誘い込む。そしてアスタから薔薇の花束を受け取ると何か変な物が混入されていないかを探り始めた。
特に変なものは見当たりはしないがブーケの内側にピンクのカードが挟まっている。カードを開くとアスタと二人体を寄せ合わせながらそのカードに書かれた文章を読み上げる。

「なになに……"親愛なるアスタ。僕は始めて君を見た時、その一瞬の内で心を奪われた。君はまるで奇跡の意味合いを持つ美しい青薔薇の姫の様。しかし君は囚われの姫だ。何処の馬の骨とも知れない男共に囲われ……"。あ、おい!」

ネロがほぼほぼ棒読みで内容を読み上げていると背後から赤い腕がにゅっと現れ、ネロの手からカードをひったくった。そして大きく、華奢な手の中でびりびりと無残な音を立ててただのごみに成り下がる。
カードをひったくったのはこの事務所の年長者である二代目だった。
床に舞い落ちたカードの残骸を至極冷徹な目で睨みつけるその様は仕事中のそれにも相当する。

「moroning,Nero&Asta」
「おはようございます、二代目」
「はよ。何も破く事ないだろ」
「済まないな。内容が酷く不愉快だったから、つい」
「片付けるの誰だと思ってんだよ」
「俺が片しておこう」
「……なら良いけど」

素直なネロの言葉に二代目は微笑むとテーブルの上の薔薇の花束に目をやった。

「この花束も先程のカードと同じ奴から贈られたのか?」
「贈られた、と言うよりはごみ捨てから帰ってきた後に事務所の玄関に置いてあったんです」
「……」

二代目は顎に手を沿え暫く何かを考える。これはもしかしなくてもあれ、かもしれない。
アスタであればさほど問題もないような気もするが、彼女はまだ若く、そして何より女の子なのだ。暫くは外に出すのは控えた方がいいかと頭の中で考えを纏める。
しかし結論はまだだ。この件については朝食後、髭や初代と話し合ってから決めた方が良いかもしれない。
ネロと並んで首を傾げているアスタの頭を撫でると「少し、不便をかける事になるかもな」と申し訳なさそうにそう言って、未だ起きて来ないダンテ達を起こしに行った。

「……今の言葉、どういう意味なんでしょう?」
「さぁ?でも、暫くは一人で外出るのは止めた方が良いんじゃないか?」
「え?何故です?」
「何故って……、ストーカーかもしれないだろ」

ネロの一言にアスタの思考は一瞬止まった。
ストーカーと言うのは背後を付き纏って来るあのストーカーか。
そう言った物を好ましく思っていないアスタは眉間に皺を寄せ、思い切り嫌そうな表情を浮かべた。その表情を見てアスタが何を考えているかを何となく察したネロは「駄目だからな」と先手を打つ。

「駄目って、何がです?」
「もしかしなくても犯人見つけて殴るくらいの事は考えてただろ」
「……そんな馬鹿な」
「おい、俺の目を見て言え。視線を宙に泳がせるな」

ネロはアスタの両肩を掴みゆさゆさと揺らす。
しかしその光景を遠くから、格子窓越しに何かが覗き込んでいた。

「許せない……俺のアスタに馴れ馴れしく触りやがって……!!」

街の喧騒に静かに怒りを湛えたその声は掻き消された。
かなり遠くからのその視線にアスタとネロは気付かないまま姉弟の様に、珍しくじゃれあう。

「でも。これバージルにも伝えた方が良いんじゃないのか」
「それこそ犯人が危険じゃないでしょうか。バージルもストーカーの様にこそこそしているのは人間でも悪魔でも何でもお嫌いですし」
「一応はさ。多分アスタの事心配するのはバージルだと思うし」

生憎バージルは現在事務所に居なかった。昨晩バージルが取った電話が偶然にも合言葉付きの依頼で、彼は依頼内容を大雑把に(大雑把とは言ってもネロにはダンテとは違い事細かに内容が記されているように思えた)メモに書き写し、すぐさま「出掛けて来る」と言って閻魔刀だけを持って事務所を出て行った。
その際に此処に、この時間に辿り着たばかりの事を思い出したアスタは寂しそうにバージルのコートを掴んで「付いて行きます」と告げるも、頭を一撫でされそのまま彼を一人、依頼に行かせてしまった。今はダンテ達の言葉のお蔭で大分吹っ切れている様に見える。

バージルだってアスタの事は彼女と同じ様に心配しているとは思うが。
先日のあの絵本悪魔の一件を見ていたらバージルがどれ程アスタを特別に思っているかを感じる事が出来た。戻ってきた暫く後もアスタに正座をさせて、どれ程彼女が無防備で気が緩んでいるかをずっとお説教の如く捲くし立てられた。
その光景見たネロは自分も昔、兄の様に思っていたクレドに同じ事をされて酷く落ち込んだ事があったなと不意に思い出した。あの時はただ「うざい」と、そう思っていたが、ああやってきつく叱ってくれたのは後にも先にもクレドだけ。クレドはネロの為を想って怒鳴るように叱ってくれたんだな、とバージルとアスタを見て思った。
彼ら二人のそれは少しばかり見ていて辛かったが。あの時のアスタの表情は大好きな主人に叱られてショックを受けているパピーの様だったから。
しかし今はバージルの名前を出しただけで頬を薔薇色に染め、肩を竦めて笑っている。

「そうですね。バージルに心配をお掛けしない様にしなくては」
「だな」
「……そうだ、ネロ。今日はお時間頂いてもよろしいです?」
「何で」

「あれ」と言いながらアスタが指差したのはあの薔薇だった。あの薔薇がどうかしたのか。そう思っていたアスタは天真爛漫そうな笑みを浮かべネロにこう告げた。

「あの薔薇、何も害などはないみたいなのでお菓子にしちゃいませんか?」
「菓子って……あのなぁ、料理苦手な奴が作れる訳ないだろ?」

呆れながらそう返せばアスタはきょとんとした顔で「作れますよ?」と返す。

「お菓子だったら昔色々作り方を教えて貰っているので大丈夫です!バージルもお菓子であれば美味しいって言って食べて下さったんですよ」
「……本当かよ、それ」

自信満々に「本当です!」と返してくるアスタもそうだが、もっと信じられない事をアスタはさらりと言ってのけた。あのバージルが手作りの菓子を食べている姿が想像出来ない。食べている姿所かスイーツ自体彼に合わないのだ。
どんな光景なのだろうかと思うと同時に、考えると背中に悪寒が走る。

「なんだよネロとアスタ。何楽しそうな話してるんだよ」
「薔薇を使った菓子か。お嬢ちゃんが作るなら極上のスイーツになるんじゃないか?」
「ふむ……どう言ったものを作るのか気になるな」
「薔薇って食えるの?」

ぞろぞろとダンテ達が階段から1階に降りてくる。髭と若の頭が若干赤い気もするがそれは単なる見間違いだろうか。
アスタは何時も通り、ネロは少し面倒臭そうに返事を返す。

「おはようございます」
「はよー。朝から騒がしいな」
「お前達も十分朝から盛り上がってたよな」
「アスタにストーカーついたかもしれないからな。騒ぐだろ」

ネロの一言に今まで騒がしかった二代目以外のダンテの時間が止まる。
二代目は「話をする手間が省けたな」と漠然にそう思うだけだった。
30秒程経っただろうか。その位の所で若、初代、髭が「ストーカー?!」と声を合わせて大声を上げた。普通の家庭環境であれば近所迷惑だと騒ぐ所だろうが、何分此処はスラム。朝から大声を上げても誰も咎めはしなかった。
そしてその場に居た誰しもが思った。これはまた面倒な事になりそうだ、と。


2015/04/04