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少年Nの物思い
結局その日は誰一人眠る事はなかった。
バージルが無事にアスタを連れ戻した事で気が抜けた事は気が抜けたが、逆に眠りにつけなくなってしまった。
電気代が勿体無いが皆事務所の歓談スペースに集まり、アスタから絵本の中の話を聞いた。語り部の口から吐かれた第一の口上は「申し訳ありませんでした」の謝罪の一言からだったが。
そして何より、その内容を記した本は彼女たちが此方に無事に戻ってきたと同時に地理となり消えてしまったというおまけ付き。
一通りの話をした所で二番目に年長のダンテが「Hum…」と声をくぐもり溢し、思った言葉を口にする。物語を聞いた感想を述べようと努めているのだ。

「ファントムってそんな頭が良さそうにも、慈悲がある悪魔にも思えなかったがな」
「そうか。髭、お前は何かの捩れが無い限りもう一度ファントムと戦う事になるぞ」
「と言う事は二代目はファントムと2度戦ったっていう事か」

ファントムと戦った事がある髭、二代目、初代はファントムと戦った時の事を思い出しながら言葉を交わす。ダンテの中で唯一ファントムがどんな悪魔かまだ知らない若は「ついていけねぇ」と言いながらネロにちょっかいを出していた。
しかし若の頭の中ではファントムの容姿を創造しようとするとどうしても、テメンニグルで対峙したアスタの姿を思い出す。滑らかな、でも固そうな白磁器の様な装甲に手触りが良さそうな衣を腰に巻いた、多節足のあのおぞましい姿を。
「なぁアスタ」とアスタに声を掛けると何気ない表情で思った事を口にする。

「そのファントムって悪魔があんたの所に出てきて手助けした理由ってあんたが魔人化した時の姿がく……」

其処まで言葉を口にした途端、何かが猛スピードで若の頬を掠めて通り過ぎる。頬は切り裂かれたのか赤い体液が皮膚を塗らしていた。
飄々としているが瞳孔を開いて此方を見ているアスタと目が合う。アスタの右腕は何かを投げた様なポーズをとっていた。
恐る恐る背後の壁を見てみると壁には彼女の武器の片割れ、赤い魔石が飾られたベルガモットが突き刺さっている。
再び視線をアスタに戻すが相も変わらず彼女の瞳孔は開いている。少しだけ傾げられた首の所為で普段感じる事が無い恐怖が何故か腹の底からふつふつと湧き上がって来る。その恐怖を感じたのは若だけではないようだが。
しかしアスタはその空気にそぐわない笑顔をにこっと浮かべ、静かな声でこう言った。

「Drop dead」

"くたばれ"。そう言いつつもアスタの笑みは普段の笑みとなんら変わりはしない。
ネロは若とアスタのやり取りがなぜこんなに殺伐としているのか解かりはしなかったが何となく、アスタの怒りの琴線を感じ取る。
今までの話の総評を取るとこうだ。ファントムは体は蜘蛛だが蠍の尻尾を持つ悪魔。今しがた若が"魔人化"と口にした事からアスタが魔人化した姿は恐らく蜘蛛の様な姿なのだろう。そして最後にアスタは蜘蛛その物が嫌いなのか、蜘蛛に酷似している(であろうとネロは想像する)自分の姿が好きではない。其処まで察した。
年頃の女の子で無視が苦手な子はフォルトゥナにも沢山いた。キリエも例外ではなく虫は苦手だったしネロも自身も余り虫は好きではない。
しかし何故こう若はアスタを茶化すのだろうか。アスタの性格を知っているのではないかと思うとネロの中で若が途轍もなく幼い子供の様に思えた。自分より年上だという事は解かっているが。

「おい若、アスタを茶化すなよ。アスタにだって触れられたく無い事の一つや二つはあるだろ?」
「へぇ?こいつがそんな繊細なお姫様だとは知らなかった」

その一言にアスタは笑顔を崩さずにいたが変わりに彼女から発せられている怒気や殺気と言った方が正しい物が大量に溢れ出している。キリエ一筋のネロでさえ普段は見ていて「可愛いな」と思う笑顔からも「Do you want ill kill you?」という凶暴な脅迫文句が見て取れた。
しかしそんなアスタの背後に髭が立ち大きな手でわしゃわしゃとアスタの頭を乱暴に撫でる。

「そんなに怒ると折角の可愛い顔が台無しだぜ、アスタ?」
「おじ、様っ!そんなに乱暴にぐりんぐりんにされたら首もげます!」
「はははっ、そう簡単にもげる訳ないだろう?」

豪快に笑う髭にその髭の腕一本を両手で離そうとするアスタのやり取りにネロは一瞬「あれ?」と何かを感じ取った。
髭がアスタの頭を撫で始めた途端アスタから発していた怒りにも嫌悪とも取れる嫌な空気は一切なくなった。代わりに遠巻きに集まりに参加しているバージルから嫌な空気が滲み出ていたが。更に言えば若からも剣呑な空気が滲んでいる。
そしてネロは思った。この双子、実は内面の一部は酷く幼いのではないか、と。
髭は苦笑を浮かべるネロに向かいウィンクを投げかけた。その様を見て「気色悪っ」と思ったが恐らくアスタの事に気がの行動だと悟り、薄く唇を緩める。
そんな中二代目は言葉を紡いだ。

「一通りの話は把握出来た。だが、ファントムの背のドアを潜った後はどうだった?」

そう聞かれたアスタは少し困った様に視線でバージルに助けを求める。
もしかしたらドアを潜った以降の話はアスタには聞いてはいけないものだったのか。そう思ったら今まで静寂を保っていたバージルが溜息混じりに口を開く。

「気がついたら戻ってきていた」
「それだけか?」
「そうだが?」
「つまんねぇな。ドアを潜っても一波乱あったら面白かったのに」

初代がそう言うとバージルは酷く冷徹な声で「ほう?」と声を溢す。初代はその声に「あ、やばい」と思ったのか開いていた口をすぐに閉じ、バージルから目を逸らす。
バージルはアスタに対しては異常なまでに過保護だ。それはこの事務所に身を置いている全員(当のバージルとアスタは除いて)が良く知っていることだ。それなのにアスタが危険な目に合えば良いのにと言う意味にも取れる発言をした初代を哀れみ半分、馬鹿と言いたい気持ち半分で眺めていた。
尤も、何か危険な目に合っていたとしてもバージルがその腕でアスタを守り通したと此処にいる全員が思っている。

「でも本当良かった、アスタが無事で。……デビルブリンガーが反応した時俺がすぐにアスタにそれを伝えてれば……」
「そんな……、ネロの所為じゃありませんよ。私が気を抜いていたからこんな事に……。だから気にしないで下さい」
「そうだ、ネロ。全てはアスタの不注意が招いた結果だ。この馬鹿が」

急にバージルに罵られたアスタは体をびくっと跳ねさせて、それから「酷いですバージル」とだけ呟いて俯いてしまった。


††††


その後、普段通り朝食を7人で食べて、掃除やらなんやらの雑務を片付け、珍しく掛かってきた合言葉付きの電話を受けて髭と二代目の年長組が仕事に向かう。初代も少し幼児があるといて外に出て行ってしまった。事務所に残っているのは若、バージル、ネロ、アスタだけ。
若もネロも眠っていないのが祟ったのか今にも眠ってしまいそうな顔をしていた。

「ネロ、ダンテ。お二人とも仮眠を取ってきた方が……、電話番なら私がやっておきますから」
「いや良い。今寝たらやる事溜まる……」
「でも」

其処まで言いかけると背後からバージルが手を置く。その顔を見上げると「余り干渉するな」言いたげにアスタに視線をやる。バージルはアスタに対しては過保護だが他に対しては結構放任主義な部分がある。
だがアスタは心配で仕方がなかった。二人共白い肌に不釣合いな隈を目の下にこさえているし、何よりネロに至っては事務所の雑務に加え家事を殆ど行っている。他の時間枠のダンテやバージル、アスタが来てからは仕事が分散されて少しは楽になったとは言っているが。
ネロは余裕を見せる様に優しく微笑みアスタの頭をそっと、軽く撫でる。フォルトゥナの孤児達にもこうして頭を撫でてやる事があの事件、教皇の騒動から多くなったが矢張り女と言うのは男である自分とは違うんだと当たり前の事を認識させられる。
彼女達は何かと細やかで、優しく自分達に労わりの言葉を向けてくる。それは一部のキリエやアスタなど一部の女だけと言う事も良く解かっている。

「ありがとうな。でも俺は大丈夫だ」
「……ネロがそう言うのであれば」

しょんぼりさせたい訳じゃないのにな。ネロの思いとは裏腹にアスタはしょんぼりとする。彼女は以外に自分の行動に対し後悔するすると悉く深みに嵌って行く性格なのではないか。彼女が此処に来て初めて邂逅した時、銃を向けてあまつさえ銃を撃った事対して深く、ずるずると反省をしていたのはつい最近の事だ。
ダンテは背後で階段を上がりながら「んじゃあ、お言葉に甘えて寝させてもらうぜ」と言って二回に姿を消してしまった。
その様を見たバージルは溜息を吐き、ネロを見ると何かを思っているのか、彼らしからぬ言葉を掛けた。

「ネロ。余り無理はするな」
「Okey.解かってるさ」

幼い頃、キリエの両親もクレドもネロが無理をした時は優しく、今のバージルとアスタの様に労わってくれた。本当の家族の様に。もし、この二人が自分の両親だったらなという妄想が一瞬だけ頭の中を逡巡する。二代目は自分の顔立ちをアスタに似ていると言っていたし、アスタはバージルに似ているとそう言っていたからだ。
この二人であればネロを、自分を孤児院に置き去りにしていても、ネロを自分達の欲望に巻き込みたくなかったから。危険な目に合わせたくなかったからと言う理由を付ける事が出来る。

「(まぁ、俺の妄想でしかないか。こんな事)」

しかし、バージルとアスタの労わりも、束の間にネロが感じた安堵感も何もかもが吹き飛んだ。
木製の、事務所の玄関が轟音と共に木っ端微塵に吹き飛んだからだ。事務所のすぐ外では爆煙が上がっている。一体何事か。そう思い三人はアイコンタクトのみで言葉を交わすと各自の武器を手に取り、玄関まで向かう。
爆煙の中で人影の様な何かが揺らめいていたのを確認した。


2015/03/20