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終焉の扉
醜い獣の様な咆哮が辺りに響き渡る。
ファントムに下半身を食われているこの世界の主の体には大きな風穴が幾つも開き、更に浅黄色の短剣を模した魔力の塊が貫き刺さっていた。まるで悪戯にピックを滅多刺しにしたスイスチーズの様だ。
ファントムも何かを察したのか、ぺっと悪魔を口から吐き出す。悪魔は「ぎゃあ」っと情けない悲鳴を発しながらその場にころころ転がった。 
消化液に溶かされ、中身が見える様になった大きく塞ぎ様のない孔からは溶けきらなかった背骨が不恰好に一本だけ飛び出ていた。以外に中身は人間のそれと同じなんだなとアスタは思った。感想なんてそれ以上でもそれ以下でもない。
アスタはバージルの隣から一歩踏み出すと呼吸をしているのか、薄茶の巨体を上下に揺らしているファントムに近付く。

「何時の間にこんなに大きく……。その前に、また、貴方に助けて貰ってしまっていたんですね」

そう言い、微笑みながら口元を撫でるとファントムは気持ち良さそうに口を動かす。青く、まん丸な目がアスタの姿を幾つも写していた。
悪魔でも、虫でも、人間の様に優しい心を持つものもいるんだなと改めてその存在に対する認識を考える。でも目の前にいるこのファントムの様な悪魔は稀にしかいないのだろうけど。
バージルもアスタがずっとファントムの傍にいる事に何かを感じたのか近くに寄ってくる。そしてアスタと同じ様にその巨体を見つめた。

「先程、この蜘蛛型の悪魔を"命の恩人"と、そう言ったな。それはどういう意味だ」
「話せば長くなりますが……それは此処を出てからゆっくりと」

視線をファントムとバージルから地面に虫けらの様に転がり、苦しみに喘いでいる悪魔に移す。その目は酷く冷たく、鋭い猟犬の目をしていた。
悪魔はその嫌な視線と針の様な殺意に顔を上げる。
すぐに顔を上げた事を後悔した。
アスタと目が合った瞬間に今までこの世界に存在してから感じる事がなかった"恐怖"が体を支配した。蛇に睨まれた蛙と言うのはまさに今の自分の事だと悟りながら。
度の超えた恐怖と言うものは本当に存在するんだとも思った。恐怖の所為で顔が引きつり、口が、意図していない本心を勝手にべらべらと喋りだす。
つい先程も同じ様な感覚に陥った。それはバージルとこの世界の中で邂逅した時と同じ感覚だった。

「何、何だよ。なんなんだよお前ら!何で僕の力が通用しないんだよ!変な刀に、銃に!僕はそんなものこの世界に持ち込めない様にプロテクトを塗り固めたのに!!」

アスタとバージルの視線が高みから冷たく突き刺さる。
先程、バージルはこの悪魔に対し「俺は悪魔だ」とそう言った。そこでこの絵本悪魔は漸くバージルの言葉の意味を理解した。
体全体を狩りの仕方を知らない室内犬の様にプルプル震わせ、二人を指差す。そして悲鳴を上げる様に大きな声で叫ぶ。

「お前達、何でそんなに強い力を持ってるのに、に、人間なんかの姿をしてるんだよ!悪魔なら、悪魔らしい姿になれよ!!」

そう言った途端、幻影剣が轟音を立てて床に突き刺さる。
アスタはバージルの顔を横目でちらりと覗き見たがその表情はいつも以上に険しい。彼が何を考えているか、現在どういう心境でいるかなんて事はアスタには解からない。それは昔からそうだった。
だが、たった一つ解かる事はバージルも自分もこの悪魔に対して怒りを抱いている事だけだった。
だが、早めにこの下らない茶番劇に終止符を打ち、幕を下ろさねばならないようだ。
地面が揺れながら裂け、青々とした澄んだ空が瓦礫の様に崩れ落ちる。この世界が終わりを告げようとしている。
それはこの悪魔の力が上手く作用していないという事も動議だ。バージルとアスタの存在に相当動揺しているのか、思考も力のコントロールも出来ていない様だ。

「貴様に指図される謂われはない」

閻魔刀を抜き、素早く一刀両断に悪魔を斬り伏せる。
醜い断末魔と共に悪魔は砂となり、四散し、消え失せる。すると世界が更に大きく揺れ崩れ始めた。

「きゃっ」
「アスタ、掴まっていろ」

大きくなっていく揺れにバランスを保てなくなったアスタが膝から崩れる前にバージルがその体を支える。
今の今まで、こんな事思う余裕はなかった。今も余裕なんて微塵もない位だが。だがバージルはアスタにとっては本物の王子様の様に思えた。何だかんだ言ってアスタの事を助けに来てくれたから。
しかし、そんな思考はすぐに頭から振り払われる。今自分達がいる足場さえも空間そのものに亀裂が入り、バージルはアスタを抱き抱えたままジャンプ移動で足場の崩れていない場所に移動する。
ファントムも巨体に見合わない俊敏な動きでその後を追ってきていた。

「バージル、どうやったら此処から出られるのでしょう」
「さあな。だが、あの場で立ち尽くしているよりは動いていた方が良い。そう思ったまでだ」

抱き抱えられているだけで何も出来ない自分に嫌気が差す。
そもそもこんな事態になったのは元を正せば自分の所為だ。あの古書店で不用意に手にとって本を読み進めてしまったから、意識してない内に悪魔の術中に嵌められてこんな大事にしてしまった。
眉間に皺を寄せ、頭の中で何か脱出出来る方法はないか情報を探してみるも中々見つかりはしない。
しかし、そんな時に「姫様」とあの末っ子妖精の声が脳裏に響いた。

『胸元に鍵がありますの!それをドアの鍵穴にさして、開けば良いだけですの!』

その言葉に導かれるままアスタは無意識に近い状態で自分の胸元に左手を滑り込ませた。
何をし始めるかと思いきやいきなり服の中に手を突っ込み、何かを弄り始めたアスタの行動にバージルは目を疑った。こんな時に何をしているんだと。
バージルがアスタの行動を咎めるよりも早く、アスタの指先にかつんと固い何かが触れた。指先でそれを挟み、服の中から引っ張り出すと小さな、シルバーのハートの飾りと青い宝石が付いた鍵が現れる。

「これが、鍵?」
「鍵、だと?」
「はい。あの、末っ子の妖精さんがこの鍵でドアを開ければ良いと……って、バージルは末っ子さんと面識ありませんでしたね」

はにかむアスタにバージルは口元だけを笑ませながら「……いや」と声を溢す。

「知っている。その末っ子のお蔭で俺はお前の居場所を知る事が出来た」
「そうだったのですね」

あの時、彼女が消える間際だというのにアスタに何か囁いていたのはこの鍵の事だったのかと納得する。真実はどうなのかなんて事はバージルにも、眠っていたアスタにも解かりはしないがそう考えた方が自然だ。
だが次の問題がある。それはこの鍵で開くべきドアは何処に存在しているのかと言う事だ。流石にあの末っ子妖精もあの短時間の中でアスタにそれを教える事など出来なかっただろう。
移動しながらドアらしき物を探すがうねりながら崩れていくこの世界の何処にもドアらしいドアは何処にもなかった。
そんな時、バージルとアスタの頭上を大きな何かが飛び越えていく。
バージルは瞬時に足を止め、その場にアスタを下ろし、閻魔刀に手を掛けるが、アスタのが「駄目です!」と声を荒げて腕を掴む物だから抜刀する事はなかった。
アスタがバージルに抜刀を許さない理由はすぐに飲み込めた。

「何故邪魔をする」

二人の頭上を飛び越え、目の前に立ちはだかったのは先程まで後を付いてきていたファントムだった。その青い瞳は何かを訴えるかの様にバージルの表情を映す。
蜘蛛にはない、蠍の様な固い尾をゆらゆら動かしながら、その先端で自身の背をちょんちょんとつついた。

「? 背中に何かあるという事、ですか?」

ファントムの行動から何を言いたいのかを察したアスタが察した内容を口にするとファントムは口をかさかさと動かした。アスタの言葉は当たっていたらしい。
足を折りたたんで犬が伏せている時と同じ格好を取る。
アスタは導かれるかの様にファントムに近付くと器用にファントムの体の段差に爪先を引っ掛けて背中の上に登る。ファントムの白い外殻の隙間からマグマの様な、鮮やかな橙色の体液が見えているが熱くはないのか。そう思ったがバージルの事を嬉々としながら呼ぶアスタに呼ばれ、一気にファントムの背の上に移動する。

「これは……」
「このドアが、末っ子さんが言っていたドアかも。鍵の大きさも丁度合います」

しかしアスタは何時まで経っても鍵だけを眺め、鍵穴に鍵を刺そうとはしない。一体何を迷う事があるというのか。そう思ったが答えは明白だ。
彼女はこのファントムの事を心配しているのだ。もしこのドアから元の世界に戻れるとしたとして、崩壊しているこの世界にこのファントムだけを残して行く事になる。アスタはこう見えて義理堅い女だ。"命の恩人"だけを放っておくなんて彼女の性格上考えたくも無い事だろう。
だが、今はそんな事を悩んでいる暇などは一秒たりともない。

「アスタ、この悪魔の事は切り捨てろ」
「!」
「このままでは俺達がこの世界から出られなくなる。尤も、お前が此処に残りたいというのであれば俺は一向に構わん」
「……」

冷たく言い放たれたバージルの言葉にアスタは息を詰まらせ、鍵からファントムに視線を移した。
ファントムもアスタが何かに迷っているのを察知したのか鋭く尖った尾の先端でアスタの頬を掠める様に攻撃する。言葉を扱えないファントムにはその程度の事でしかアスタに思いを伝えられない。
頬に走る鋭い痛みと血が垂れる感覚にアスタは一瞬驚きつつも、吹っ切れたのか鍵穴に鍵を刺して、鍵を捻った。


2015/03/14