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白い棺からの目覚め
そういえば以前戯れに、らしくない事をアスタに聞いた事があった。

「もしお前が童話の主人公になれるのであれば、どの主人公になりたい?」

するとアスタは本を胸に抱きながら、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして少しだけ考えた。そしてすぐに笑顔を浮かべてバージルの真正面にぐっと距離を詰める。
一体何をしようとしたのか。少しだけ身構えたが馬鹿みたいに明るいアスタの笑顔を見て軽快するのも馬鹿馬鹿しくなった。

「どの主人公にもなりたいとは思いません」
「何故?」
「だって、物語の主人公なんて予め展開は決まっていますし、そんなのはつまらないでしょう?そんなのは私は嫌です。バッドエンドでもハッピーエンドでも何でも良い。自分だけのの人生と言う物語の主人公でありたいのです」

何故かその言葉に母の姿が思い浮かぶ。
そういえば幼い頃ダンテが今のバージルの様に母・エヴァに「かあさんはむかし、童話のおひめさまになりたいって思ったことはないの?」と聞いた事があった。するとエヴァは少し擽ったさそうに笑みを溢し、それから彼女の答えを心待ちにしていたダンテとバージルの頭を撫でた。
そして嬉しそうにこう言ったのだ。
「母さんは確かに童話のお姫様には憧れた事はあったけど、特別お姫様になりたいとは思わなかったな」と。
ダンテが不思議そうに「どうして?」と聞いた時には、その質問が来るのが解っていたかのように真っ赤な口紅を引いた優しげな唇を動かして言葉を紡ぐ。

「だって、母さんは母さんの物語を歩んでいるもの。それにお姫様にならなくてもスパーダ……父さんと言う素敵な騎士様に出会えて、これから大きくなる貴方達に出会えたのだもの。それだけで母さんは幸せよ?」

そして更に続ける様に唇を開く。

「二人も父さんみたいに守るべき存在を見つけて、確りとその手で守ってあげてね?」

母の優しい笑顔に幼い双子は無垢に、その言葉に頷いていた。
その後ムンドゥスの襲撃を受けて大切に思っていた家族はいなくなり、バージルは一人で当てもなく旅に出た。力を求めて。最初は何処かに言ってしまった父を探していた筈なのにいつの間にか力を欲して父・スパーダの歩んだ道を追い求めるようになっていた。
その過程で出会ったアスタは今の様な強さは持っていなかった。脅えて泣いてばかりの無力な子供。でもそんなアスタを守らないといけないと、何故かそう思って手を引いていた。
だからこそ今もアスタの事を助け出したくて仕方が無いのかもしれない。長い時間、アスタの唇を塞いぎながらバージルは過去の事を思い出していた。
するとアスタの体を覆っていた茨はぱらぱらと砂に姿を変えていき、彼女の体を解放する。だが、彼女の魔力の流れは元に戻らない。それどころか血の気が失せて青白く皮膚の色を変えていく。

「これで目覚める訳ではなかったのか?!」

声を荒げ、未だ棺の中に横たわるアスタの顔のすぐ横に拳を叩き付けた。
しかしそんな時背後からあの妖精達が騒ぐ声が聞こえてくる。「うるさい」と怒鳴りつけてやろうと思い、振向いたその時。妖精達の姿に異変が起きているのがバージルの目に映り込む。
彼女達の体は淡い光を発しながら姿を変えていく。そして光が粒子になり、そのままこの世界に溶けて行く。
消えているんだ。すぐにバージルは察した。
その内の一人、恐らく末っ子だろう。彼女はアスタに近付き何かを囁いてからバージルに顔を向けると小さな笑みを浮かべて「Multumeesc!」と告げて消えていってしまった。

「あーあ、お兄さんあの子達に掛けた呪い解いちゃったんだ。つまんないの」
「……!! 貴様、何処にいる。姿を見せろ」
「やーだよ。だって姿を見せたらその刀で僕の事斬るんでしょ?僕はまだ生きていたいからそんな事絶対しないね。そもそもその刀、本の中に取り込んだ時に持ち込めない様にしたのに何で手に持ってんのさ。卑怯だよ、卑怯」

何処からともなく聞こえてきた悪魔の声に神経が怒りでざわめいていく。だが冷静になってざわめき始めている神経を何とか平静に導いていこうとする。まずはアスタを起こして連れ戻すのが先だ。

「そういえばお姉さんそろそろ死にそうだけど、お兄さん今どんな感じ?悲しい?怖い?それとも清々してる?」
「……黙れ」
「え?」
「黙れ。二度は言わん」

瞬間、時空に切れ目が走る。バージルが閻魔刀で魔力の流れが可笑しい部分を一瞬の内に切りつけたのだ。すると其処から悪魔が、あの本の上に胡坐を欠いていた悪魔が姿を現せた。
悪魔は何が起きたのか全く解らないと言った状態で「あ?え?」と間抜けな声を出しながら左右をきょろきょろ見回している。
バージルはその空間の裂け目に足を踏み込み、悪魔には目もくれずある場所に足を向けた。
空間の中にもアスタが眠っている白い棺。その中を覗き込むと薄く体全体が透けたアスタが横たわっていた。衣服も元々身に纏っていた青いロングコートだ。
腕には手錠の様な物が幾つも付けられている。閻魔刀でそれを斬り壊すと悪魔は狼狽し始めた。
成程、この鎖を壊されては都合が悪いのか。恐らく目の前で寝ているアスタがアスタの精神体で外の棺に眠っているのが何らかの術で分けられたアスタの魂だとバージルは瞬時に思案する。
そしてこの鎖は分離させた精神体を繋ぎとめておく為の拘束具。それを壊してしまえば「精神体を食べる」と言っていたこの悪魔の目的を一つ潰す事が出来る。

「な、何してるんだよ!折角の僕の食事!」
「生憎だが、この女を貴様の様な下等種に食わせてやるつもりはない」
「なっ?!人間の癖に、ちょっと僕より魔力があるからって生意気なんだよ!」

そう言った悪魔の頬が瞬時に裂ける。
バージルの手には閻魔刀。悪魔が喚いている間に素早く次元斬を幾重に発していた。

「俺が人間だと?いいや違う、俺は悪魔だ」
「あ、悪魔が人間の女を守るなんてそんなの、ありえるわけが無い!」
「……そうだな。ありえる筈もない。だがそれは貴様のちっぽけな頭の中で理解が及ぶ範囲の事だろう?」

悪魔は「ひっ」と喉を引き攣らせた様な悲鳴を上げ、尻餅をついたまま後退する。もういいこのまま斬り伏せてやるとバージルが閻魔刀を抜こうとしたその時、悪魔の姿はぱっと何処かに消えてしまった。
するとそれと同時に裂け目の外から別の悪魔の叫び声とアスタの悲鳴が耳に飛び込んできた。

「アスタ?!」

あの悪魔、他の悪魔を召還する事が出来たのか。アスタに何かの力が及んで身動きが出来ないままであったら彼女の治癒能力があったとしても生きて連れ戻す事が出来なくなるかもしれない。
ダークスレイヤーの能力を駆使し、一気に外に出ると目に飛び込んできた光景にバージルは思考を停止させた。

「何が、起きている……?」
「! ……バージル!?」
「やめろ!やめろよぉ!!このっ、蜘蛛の癖に!!」

精神体が魂に戻ったのであろうアスタは棺から上半身だけを覗かせていて、見た事もない巨大蜘蛛が悪魔の下半身をもごもごと食べている。その光景は中々にグロテスクな様で流石のバージルも目を逸らした。
そして何も見なかったかの様にアスタのいる棺に近付き、彼女を棺の中から抱き上げる。だがすぐにその場に落とす。ドスンと鈍い音が鳴った。

「いたたたた……」
「外に戻ったらもっと痛い目を見る事になるぞ、アスタ」
「……バージル」
「……助けに来た。不必要だったか?」
「いいえ。バージルが助けに来てくださって凄く嬉しいです」

打ち付けた尻を擦りながらアスタはバージルが助けに来てくれた事に感謝の言葉を述べる。妖精達に助けてもらう前に僅かながらに期待した。そしてあの悪魔と対峙していた時にも助けに来てくれた人物がいると聞いて余裕が無い中でもそれがバージルであれば良いと密かに思っていた。だからこそ嬉しくて仕方が無い。
バージルの大きな掌がアスタの頭を撫でる。

「泣くな。泣いている暇などないだろう」
「! はい」

いつの間にか分泌されていた涙を手の甲で拭い、バージルにアルカネットを投げ渡される。
バージルの視線は目の前の悪魔に向かっていた。尤もその悪魔を大きな蜘蛛型の悪魔が食べていたが。しかしあの蜘蛛、どこかで見た覚えが……と一瞬だけ考え、思い出す。

「バージル、あの大きな蜘蛛さんだけは攻撃しないで下さい」
「何を言っている。あれも悪魔だ」
「解っています。でも、あの蜘蛛さんは私の恩人なのです」

じっと真摯にバージルの顔を見上げる。バージルもアスタの視線に何か感じる物があったのか、ただ一言「……解った」とだけ告げて幻影剣を背後に幾つも浮かべる。
それを合図にアスタもアルカネットをファントムが銜えている悪魔に向け、トリガーに指を掛けた。なるべくファントムに弾丸が当たらない様に、少しだけ標準を逸らして銃口の位置を決める。
その様子に気がついた童話の悪魔は必死にファントムの顔を殴り、その口から抜け出そうとするが顎の力が強く中々抜け出せない。それどころか下半身が溶けている錯覚すら覚える。

「行くぞアスタ」
「はい、バージル」

言葉の掛け合いの後、幻影剣とアルカネットの銃弾が無数に絵本の悪魔に襲い掛かった。


2015/02/17