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真っ赤な林檎
アスタは家の中を掃除をする手を止めて溜息を吐いていた。
あの妖精達について考えていて。何かと世話を焼いてくれる良い子達なのだが少しだけパワフル過ぎて付いていけない。一応半人半魔ではあるし、バージルと旅をしていたとは言え体力自体はそこそこしかないからあまりに元気が良過ぎると逆に疲れてしまうのだ。
現に此処の置いてくれている事に感謝しているから何か手伝える事はないかと思って掃除を提案したがそれすらも「姫様にそんな事して貰うだなんて、私達殺されてしまいますの!」と言ってさせてくれなかった位だ。
しかしそんな彼女達も仕事で今はこの家の中にはいない。聞いた内容では彼女達の仕事はミツバチの様なものだった。花から蜜を集めて生成して、時には花を摘んで加工して。そして生計を立てていたらしい。
童話の中といえど矢張り生活をするとなるとそれなりに生活スキルが必要になるらしい。

そんな事を考えていたら急に玄関のドアがノックされている事に気が付き、アスタは何の疑いもなくドアを開いてしまった。
其処に居たのは真っ黒なマントを身に纏った同世代位の女の子。しかしすぐに今演じられている話が何の話か理解をしてアスタは「林檎売りなら結構です」と笑顔で断り、ドアを閉じる。
だが外の女はそっと足を挟みこみ、年相応な綺麗な笑みを浮かべた。

「そんなつれない事を仰らないで下さいませ、お姫様」
「だから、昨日から妖精さん達にも仰っていますが私は姫ではないのです」
「あらまぁ、姫の従者をお連れになっていらっしゃるのに?」
「……貴方、何者ですか」

殺気を滲ませながら睨みつけると林檎売りの少女はクスっと笑い、「ただのしがない魔女ですよぉ」とからかい混じりにそう言った。手をそっと太腿に移動させる。だが何時も其処にあるべき物は何時まで経ってもその手に触れない。
その事を思い出すまでにかなりの時間を要した、此処に来た時からサントリナ&ベルガモットは太腿に括りつけられていなかった事を。
アルカネットも末っ子の妖精に貸してしまった。いざとなれば体術で何とか応用出来るが
この悪魔の作った世界でそれが通用するかも解らない。やって見ない事には解らないが。
それに余り頼りたくはないが魔人化さえしてしまえば何かあっても対処は出来る。

魔女は指先を伸ばし、アスタの顔の輪郭に手を沿えてクスクスと耳障りな笑い声を浮かべる。

「何者なんて無粋な質問をされるだなんて酷いお姫様」
「……今」
「?」
「今の私は肩に蜘蛛さん、いえ、ファントム・ベビーを肩に乗せてはいません。それどころかベッドルームにある小さな籠の中でお休みしています。ファントム・ベビーがこの国の姫の従者だという事は知っていますが、随分可笑しい話ですね?この場に居ないファントム・ベビーの事を知っているだなんて」
「!!」

途端、林檎売りの少女の体が地面と水平に吹き飛ぶ。腹は少し凹み、口からは血液が混ざった唾液を少量吐き出し、その場に転がった。
アスタが全体重と多少の魔力を込めて林檎売りを蹴飛ばした。

「甘いんだよ下級悪魔。魔女である私と騙し合いをして勝てると思っていたならな」

冷たく、下級悪魔を見る様な目で冷たく淡々と言葉を告げる。
しかし林檎売りは膝をつき、腹を両腕で抱き抱えるように押さえながら相も変わらずけらけらと薄ら笑いを浮かべていた。

「何が可笑しい?」
「いえ、騙し合いですか。ハハッ、最初からこの世界に騙されていたのに?」
「? ……!!クソッ」

背後からもう一人その場にいなかった人物が現れる、アスタを羽交い絞めに拘束した。その人物は目の前にいる林檎売りと同じ姿をしていた。
唇には真っ赤な毒々しい口紅。最近、赤い色は見慣れたがこんな下品な赤を見たのは久方ぶりだとアスタは唇を歪ませた。
しかし林檎売りは下卑た笑みを浮かべながら、先程の少女とは違う子供の声で「あーあ、飽きちゃった」と言って籠の中から真っ赤に熟れた林檎を取り出し、自分の口に含む。
そして事もあろうか林檎を口に含んだままアスタの唇を塞いで、林檎の欠片を移した。
急に口に入ってきた林檎に驚くが、すぐに吐き出そうとするも林檎売りはアスタの鼻と口を塞ぎ呼吸を止めさせる。目的はただ一つ。林檎を飲み込ませる為。
半人半魔で元は魔女とは言え呼吸を塞がれては堪ったものではない。アスタは体をばたつかせて抵抗するも、先に酸欠が襲ってきて口に入った林檎の欠片を嚥下してしまった。
アスタはその場に両膝を付き、口を押さえ込む。
徐々に体に異変が現れて、聞こえてくる音全てがぐにゃりと不快に歪んでいく。

「しまっ……」
「そういえば、外にいるお兄さん達には言ったけどお姉さんには言ってなかったよね」

「僕、ハッピーエンドはクソ食らえ派なんだ」。
くすくす笑いが悪魔らしいケタケタ笑いに変わっていく。そして悪魔はアスタの意識がある内にまだ言葉を告げた。
物語の通りあの林檎は毒林檎だったらしい。体が指先から痺れ始め、呼吸が段々苦しくなっていく。

「お姉さんを助けに一人、王子様が迷い込んできたけどさ、きっと王子様もすぐにこの本の中で死んじゃうよ。ただの人間じゃないみたいだけどこの本の中では僕が一番強いんだ。お姉さんがその林檎の毒でじわじわ感覚を失って体が死んでいく中、絶望するお兄さんを見届けてあげるよ。お兄さんはお姉さんをバラッバラに斬り刻んちゃいたいらしいけど」
「それが、誰だか存じ上げませんが、私の知り合いに……貴方如きに負ける方はいません。それに私も、死にはしません……。だからその阿呆面、後で蹴り潰しに行ってやるからな、蛆虫野郎!」

そう告げた途端意識の糸がぷつりと切れ、アスタはその場に手折れ伏す。
その様を悪魔はざまあみろと言わんばかりに爪先で蹴り転がし、近くに林檎を転がして姿を消した。


††††


バージルが妖精に連れられアスタがいるべき筈の家に着いた時、何もかもが遅かったらしい。妖精達は何かを囲みながらぐすんぐすんと泣いている。
一番上の妖精が末っ子の妖精に「何処に行っていたのですの」と涙声で怒鳴りつけている。
身長が高いバージルには彼女達が何故悲しんでいるのか、何を取り囲んでいるのかがすぐに解った。
彼女達の真ん中にあるのは何処から用意したか解らないが真っ白な棺。その中に良く見知った女が眠りに付いている。体を真っ白な茨に侵されながら。

「……アスタ」

バージルが棺に近付くと妖精達は道を空ける。バージルも今の展開がどういう物かは良く解っていた。
良く昔、幼い頃に母が絵本を片手に読んでくれた。哀れましいスノーホワイトの物語を。
それにアスタもよくスノーホワイトの話を読んでいた。幼い頃母が教えてくれなかった真実と一緒に。
だが生憎、バージルは死体になんかは興味が無い。少し乱暴にアスタの腕を引っ張ると喉元に、妖精から取り返したアルカネットの銃口を押し付ける。
妖精達7人は喧しく悲鳴を上げた。

「起きろ、アスタ」
「な、何をしているんですの?!」
「この女は毒林檎如きで死ぬ体はしていない。それ以前に毒に耐性を持っている。この銃口で喉に穴を開けられても死にはしない。見てみるか?」

そんな事するつもりもないがずっとなかれているなら実演して見せれば良い話だ。そうすれば少しは妖精達もアスタが生きている事を認知し、安心するだろうと思ったからだ。逆にこれ以上自分達が泣いていたら目の前でアスタが殺されると思ったのか、そのまま黙ってしまったが。
このまま今の物語、スノーホワイトが続いていればアスタは目を覚ますだろう。しかしそんな目覚め方、バージルが協力する筈もない。
今もアスタの胸倉を掴んで体を上下に揺らしている。

アスタが昔話してくれたスノーホワイトはこうだ。
魔女の呪いが掛かった毒林檎を口にした白雪姫は林檎の毒でも魔女の呪いで死んだ訳でもなくただ単に林檎の欠片を喉に詰まらせて仮死状態になっていただけだという。それを死んだと勘違いした小人達が硝子の棺にその体を納め、死を悼む。その最中に現れた王子が姫を気に入り城に連れ帰るという内容だ。
王子の行動を不可解に思ったバージルはアスタがこれから話そうとした落ちを質問してしまったのは良い思い出だ。アスタははにかみながら静かな声で答えた。

「実は王子は死体愛好家だったのです」
「死体愛好家だと?」
「ええ。何を思ってそんな設定にしたのか私には理解は及びませんが、きっと死んで血の気が失せた青白い肌や死化粧が好きなのでしょうね。死んでしまえば五月蝿いという事もありませんし」
「……随分と冷静に分析をしたものだな」
「物語を読む上では不要ですけどね。でも、性分なので。で、最終的に……」

昔のやり取りを思い出しながらバージルは閻魔刀を鞘から抜き、アスタの体に纏わりつく白い茨を斬り伏せる。この茨は先程から邪魔だと感じていたのだ。アスタの体を揺さぶる度に剥き出しになっている柔肌に棘が刺さり、赤い血が滲む。それにアスタの体を引っ張り戻して鬱陶しい事この上なかった。
しかし茨を切伏せてもすぐに茨は新しい蔓を伸ばしアスタの体に纏わりつく。何度も何度も、傷付けてもアスタを取り込もうとしていく。
スノーホワイトに茨なんて存在はしない。もしかしたらもう次の話にシフトしているのでは中とバージルは考える。そして該当しそうな話を脳裏に浮かべ不快そうに表情を歪めた。
その物語の結末も、裏の結末もアスタに聞いた事がある。
そして、アスタを助けるのであればバージルの取るべき行動はたった一つに縛られる。

「どちらにしろ、これしか方法はない……か」

「Sucm…」と忌々しそうに呟く。それはその行為をアスタにする事が出来ない自分に対して、この世界を作り上げた悪魔に対して。
確かにアスタの事は自分でも良くは解らないがとても大切にしてきた。それは恐らくこれからも変わらない事だろう。
しかし、どうしてもバージルには譲れない感情があった。
だがこれ以上は四の五の言っていられない状況だ。アスタの体に均等に流れていた魔力が一部一部流れが止まりかけている。
腹を括らねばならない。バージルは背後で脅えている妖精達に一瞥くれてから、ぎゅっとアスタの体を押さえつけて、顔を近づけた。


2015/02/17