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大切な人
「バージル、寝てる時も眉間に皺が寄ってるんだな」

ネロがそう言うと二代目は「あぁ」と小さく静かに頷いた。
あの後眠りについている二人をそれぞれの部屋のベッドに寝かせようと言う事になり、二代目はアスタを、ネロがバージルをそれぞれ部屋に運びベッドの上に横たわらせた。
アスタは精神的に苦しんでいる様だったが二代目が部屋を出ようとドアノブを回した時、穏やかな声で「ありがとう、ございます」と寝言を口にしていたという。今は童話の幸せな部分に触れているのだろう。
ネロは大丈夫かとすぐにバージルの部屋に向かってみたらネロは苦戦しながらもバージルを丁度ベッドに乗せた所だったらしい。ベッドの余白部分に腰掛け、一息ついていた。そして冒頭の台詞である。

「でも、大丈夫なのか」
「何がだ」
「バージル。本の中に入ったからって無事にアスタに会える訳でもないだろ?」
「そうかもしれないな。だが、この二人なら大丈夫だろう。それにアスタの事を一番わかっているのはこの中ではバージルだけだ。今の俺達には信じる事しか出来ない」
「……そうだけど」

少しだけ顔を俯かせているネロの頭を二代目は元気付ける様に優しく撫でた。ネロは「俺、子供じゃないんだけど」と不貞腐れながらも二代目の手を払いのけようとしない。普段髭に撫でられたら容赦なく払いのけるのに不思議な物だ。
それに矢張り何処となく似ているのだ。今彼の隣で眠りに落ちている若かりし兄の更に幼い頃に。それを言えば幼い頃の自分にも良く似ているのだがそんな事を言えばきっとネロは臍を曲げてしまうだろう。撫でるのを止めると「悪かった」とだけ謝って先に部屋を出ようとする。
ネロもベッドから立ち上がり事務所に戻ろうとした途端、今まで寝息しかこぼして居なかったバージルが急にくぐもった声を上げ、足が止まる。
耳を澄ませば微かに微妙に掠れた声で何かを口にしている。ネロと二代目はその場で動きを止め、その言葉の続きに耳を傾けた。

「Where are you…Asta」

必死にアスタを探しているんだとネロは勝手にそう思っていた。しかし、そう思っていたい。何処となくだがバージルとアスタが二人で固まっている光景がとても優しくて好きだったから。
さっきの引き摺り戻してきて斬り伏せると言った発言もきっとアスタを心配しているからこそだ。彼は「本気か」と尋ねられた時に「本気だ」と答えたが本当はそんな事しやしないとそう確信めいた物を感じていた。それは二代目も同じようだが。

「……一緒に寝かせた方が良かったか」
「目覚めた時どうすんだよ。アスタの場合悲鳴上げてもう一回気を失うんじゃないか?」
「其処まで免疫が無いとは思わんが」

其処まで口にして暫し二代目は此処1週間のバージルとアスタの距離感を思い出す。アスタがソファで眠ってしまった時にバージルが仕方なさげに彼女を抱き上げた時、横抱きにした途端目覚めてすぐに気絶した事があった。あれはただ眠たくてすぐに眠った訳ではないのか。女心と言うのが良く解らんと二代目はひっそりと思った。


††††


バージルは当てもなく森の中を走っていた。こんな茶番は早く終わらせ、元の世界に戻り、あの悪魔を切伏せたい衝動に駆られていたからだ。
それにあんなに苦しそうに夢を見ているアスタを何年と言う単位で久し振りに見た。見ている夢の内容は大分違うようだが。それでもバージルはアスタの苦しそうな表情を見ている気にはならなかった。
何時ものあの能天気な、子供の様な笑顔で「バージル」と名を呼ばれたい。そんな些細な事ですら"喜び"と言う感情に変えてくれる。
彼女と一緒にいる事で何時しか自分で捨てた筈の"人間であるバージル"に戻ってしまうのではないかと恐れて彼女を殺そうと思ったことも幾度かあったがアスタだけはどうにも傷付ける事すら倦厭してしまっている。
今の自分にはアスタの存在がなくてはならない様な気もしてきて嫌悪感も生まれてくるが、あの日、始めてアスタに出会ったあの日、ぼろぼろに傷付いた、それでも自分を殺そうとしてきた彼女に手を差し伸べたのは他でもないバージル、自分自身だ。

「随分と時が経過していたみたいだな」

思案しながら森をつっきて行くと明るく、青い空が一面に広がっていた。
アスタも此処に来たのだろうか。微かにだがアスタの魔力が其処に残っている。
この魔力を辿ればアスタに辿り付ける。そう思ったがバージルはすぐに違和感を感じた。

「……他の者の魔力が混ざっている?」

今まで感じた事のない魔力に微かに残っていたアスタの魔力が掻き消されている。折角手掛かりを見つけたというのにこれではまるで意味が無い。
だが、今はそんな事をゆっくりと思案している暇もないようだ。背後に大きな魔力がいつの間にか姿を現していた。

「Be gone」

背後で悪魔が吼える。しかしその声は普段聞いている醜悪な、低い声とは違い、オペラの様な軽やかで高く、清廉な声。しかしそんな事はバージルには関係が無い。自分の邪魔をするのであれば迷わず斬るだけだ。
ちゃき、と閻魔刀の鍔を親指で押し上げる。
一閃。躊躇いもなく背後の悪魔を一瞬の内に何重にも斬り伏せた。
あの程度の悪魔が作り上げた"幻想"などバージルの前では地面を這い蹲る蟻も同然。そんな物にいちいち割く時間もないし割く事もない。
そのまま先に進もうとするがまだ何かが近くを漂っている事に気が付き仕方なくその場に足を止める。

「良いだろう。まとめで掛かって来い」

白刃が宙を切る。それと同時に靄の様な姿をした悪魔の体も共に真っ二つに分断された。
悪魔達は嘆きの声を上げ、バージルに襲い掛かるが攻撃を加えようとしている訳ではないらしい。だがそれでも目の前に、刃向かってくる悪魔がいるのであれば斬り伏せるのみだ。
だが幾ら斬っても斬っても悪魔の姿はなくならない。まるでブラッドゴイルを斬りつけたときと同じだ。
幸い目の前の悪魔はただ揺らめ気ながら声を上げているだけだが。鬱陶しい事には変わりが無い。
魔人化をして魔力を高め、一気に片をつけるべきか。一層その方がアスタもバージルがこの本の中に来た事に気付くだろうと思ったがこの程度の悪魔に其処までしてやる事もない。
一度閻魔刀を鞘に納め、顔を俯かせる。しかしすぐに顔を上げ、抜刀からすぐに切り込みに変更し、悪魔を薙ぎながら先に進む。

ひとしきり悪魔を斬り伏せ閻魔刀を鞘に納める。するとタイミングを見計らった様にバージルに向かって石が飛んできた。
勿論そんな物を動いて止める事はしない。幻影剣を一瞬の内に作り出し、石に向かって射出する。見事に石はばらばらに砕け散った。
砕け散ったその後すぐに「うー」と子供の声がしたのもバージルは聞き逃さなかった。

「誰だ」
「……」

問い詰めるも戻ってくるのは無言のみ。だが無言を貫いても無駄だ。声が何処からしたのかなんて事はバージルは確りと解っている。
声がする方にゆっくりと足を進め、声の主に距離を詰める。
すると草叢から一人の子供の姿が現れた。果敢にも両手で確りと握り締めた銃の銃口をバージルに向けて。目は見開き、瞳孔が開いている。恐怖に立ち向かっている事を瞬時にバージルは理解した。
だがバージルは閻魔刀を鞘に納めたまま、鞘で子供の手を払う。その衝撃で子供は短い悲鳴を上げながらその場に転んだ。銃は地面の上を滑り、やがて止まる。
転んだ子供に目もくれずバージルはその銃を拾い上げ、眉間に皺を寄せた。

「これを何処で手に入れた」
「あ、貴方なんかに答える義理はないです!」
「答えろ」
「ひっ……?!」

バージルに睨まれながら怒鳴られ子供は体を縮こませる。
子供が手に持っていたその銃はバージルにも良く見覚えがある。この本の中に精神体が取り込まれたアスタが所持している愛銃・アルカネット。
アスタ自体は見つからないのに銃だけは見つかった。これは大きな手掛かりになるだろうが、武器を手放しているアスタが危険に晒されているかもしれないと思うとどうしようもなく怒りが沸き立つ。
自分にも悪魔にもアスタにも。そして目の前にいるこの子供にも。
恐らくまだアスタにはサントリナ&ベルガモットが残っているだろうがそれも取り上げられている可能性もある。
早くアスタを見つけ出さなくては。
恐らくだが目の前で脅えながら自分を見上げているこの子供であれば何かしら手掛かりを握っているだろう。バージルはそう思った。

「もう一度聞く。この銃を何処で手に入れた?」
「ひ、姫様が森に行くなら使ってくださいと、貸して下さったんですの」
「姫?」
「あ、貴方、王妃から差し向けられた狩人ではないのですか?姫様の命を狙いに来た悪い人じゃ……」
「質問は簡潔にしろ。……貴様が言う"姫様"とやらは常に敬語で喋る能天気な表情の女ではないだろうな」

そう問い掛けると子供は「能天気かどうかなどはわかりませんが、私達下々の妖精達にも優しくしてくださいますの」と小さく呟いた。
そこでバージルの考えは確信に変わる。この自称・妖精が言っている事が正しければ先程から会話に出てくる"姫様"と言うのはアスタに間違いない、と。

「もう一つ聞く。その"姫様"の名は何と言う」
「……アスタ、アスタ姫ですの」

アスタがすぐ近くにいる。目蓋を閉じてその姿を思い受かべる。流石に斬り伏せると言ったのは流石に冗談だが頬に一発平手打ち位はしてやらないと気が済まない。本の悪魔の事は差し引いても。

「俺はアスタを連れ戻しに来ただけだ。王妃とやらは知らん。だが戻るべき場所につれて帰る、それだけが目的だ。俺をアスタの所に連れて行け」

バージルのその言葉に妖精は暫し考えてから小さく首を縦に振った。


2015/02/14