×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
絵本の中のお姫様
森の中に足を踏み込むがそれから暫くは何もなかった。だが何もない所為で自分がどれ位の距離をどれ程の時間歩いていたのかが全く感覚として掴めない。
いい加減歩き疲れて休める場所を探していたら丁度良く存在している切り株に視線が向かった。少しだけ腰を下ろさせてもらおう。そう思いファントム・ベビーを乗せたまま切り株に座り込んだ。

「一体何処まで繋がっているのでしょう」

もしかしたらこの森に果てなど無いのかもしれない。そう思ってしまう。この本自体が悪魔だとしたらその可能性すらありえる。アスタが疲れた所でぱくりなんていう事も珍しくは無いだろう。そんな間抜けな死に方だけは真っ平御免被るが。
ベビーもアスタの肩に捕まるのに相当な労力を使っているのかだらんと脚を広げてくつろいでいた。何だか蜘蛛に対する見方が変わりそうだ。指先でベビーを擽るとベビーは猫の様に反応しかさかさと脚と口を動かす。
しかしここら辺でいい加減次はどんな物語が襲ってくるのかを予測しなければいけない。とは言えアスタが知っている物語はまだまだ沢山あるし、悪魔もそれなりに頭が良いのだろう。予測のしようがない。
しかしそんな時近くから愉快な歌が聞こえてくるのがアスタの耳に届いた。

「この歌詞……何処かで」

その何処かと言うのは思い出せないが。しかし誰かがいるのなら、それが悪魔だとしても会いに良く価値はある。
アスタは未だに疲れている足を無理矢理動かして歌がする方向へ駆けて行く。途中転びそうになったが体勢を何とか持ち直して、ワンピースを泥だらけにしながら。息を弾ませながら走る姿はさながら童話の中のお姫様。
目の前で光が広がったと思ったら其処には大きな湖が広がっていた。

「綺麗……」

夜空には点々と星がさんざめき、大きく真っ白な三日月が黒く輝く湖面に光を映している。
しかしアスタはすぐに体を左右に揺らし、先程の歌の主達を探す。だが何処にも見当たらない。声はすぐ近くに聞こえるのに。
もうその場に立っているのも億劫だ。アスタはその場にへたり込むとそのまま目蓋を閉じて眠りについてしまう。そしていつの間にか体も青々として柔らかい草叢の上に体を横たえた。ベビーもアスタの側に転がり、そのまま動きを止めた。

「……バージル」

夢の中に不意に姿を現す青いコートを身に纏った銀髪の青年。自分が一番心を許している人物。彼が助けに来てくれる何てそれこそまさに夢物語を描きながらアスタは深淵の眠りに着いた。


††††


一方、事務所では皆がバージルの発言に驚いていた。ただ一人初代を除いて。
悪魔は口を金魚の様にはくはくと開いて「何を言っているんだこいつ」と言いたげな表情を浮かべていた。バージルの表情は至って真面目その物だが。

「だ、駄目だよ!そんな事をしたら物語が壊れちゃう!!」
「俺は貴様が引きずり込んだあの馬鹿女を連れ戻し、斬り伏せるだけだ」
「バージル、お前本気じゃないよな?」
「本気だが?」

「…Oh」と髭が表情を崩して心の中でアスタに今から憐れみを向けた。バージルなら本気でやりかねない。その事を知っているからだ。いざとなったら全力で庇う事はするが。
しかしその発言は悪魔のツボに入ったのか腹を抱え、足をじたばたさせながらてけらけら笑っている。

「こりゃ面白いや!でも是非とも物語の中でやって欲しいな」
「ふざけるな。その前に貴様を斬り刻んでやる」
「良いよ?出来るものならね。じゃあお兄さんのお望みどおり本の中に取り込んであげるよ。あぁ、今本の中に入り込んでるお姉さんの状況聞きたい?」
「要らん」
「ちぇ!面白い事になってるのに。ユーモアに欠けてんね!」

唇を尖らせてそう言うとバージルは無言無表情で悪魔に向かって幻影剣を飛ばした。「次、下らない言葉を抜かせば本気で貴様を殺す」。そう言わんばかりに。現に幻影剣を弾いたシールドには薄く罅が入っていた。
悪魔のこめかみに汗の玉が滲み出る。バージルがまだ本気を出していないという事を悟って。機能していても全く意味が無い心臓が氷を落とされたかの様に冷たく感じる。
どくどくと鼓動が体全身に伝わる。しかしその鼓動を恐怖として感じている合間にバージルはもう一本幻影剣を背に浮かべていた。「早くしろ」と無言の重圧が掛かり、バージルの足元に陣を展開する。
だが。

「待てよ!俺もアスタを助けに行く」
「若」

ソファから勢いよく立ち上がるとバージルに詰め寄り、肩を掴む。
だがバージルは鼻で笑うと閻魔刀の柄尻で勢い良く若を殴り、その場に沈めた。ネロが「大丈夫か?」と若に駆け寄るが若は「大丈夫だ」と一言だけ言って自力で立ち上がろうとする。
しかしバージルに殴りかかろうとしたが時既に遅く、バージルは力なくその場に倒れる寸前だった。幸いにも二代目が抱き抱えて体を何処にもぶつける事は無かったが。
若はその場で奥歯を強く噛み締め、きつく拳を握ると「Shit!」とテーブルを蹴りながら呻き、ソファに座り直した。

「若、何を苛立っている」
「別に。二代目には関係ないね。その前に俺は苛立ってなんかいない」
「いーや、二代目の旦那の言う通りだ。バージルが嬢ちゃんを助けにいくのがそんなに気に食わないのか」
「何だよ、お前あのお姉さんの事好きなの?……ひゃ?!いきなり撃つなよ!」
「うるせえ元凶」

苛付いたように若はエボニーを悪魔に向かって打ち込む。髭と二代目はその様を見て「若いな」と思い、ネロは「ガキかよ」と思い、初代は「これはアスタに避けられた訳だ」と昔を思い浮かべていた。


††††


アスタは目蓋の外が明るい事に気がつき徐々に意識を回復させ、目を開いた。視界に映ったのは木で出来た天井に電球を覆う電気傘。さっきまで外にいたのにと思いながら体を起こすが額が何かに思い切りぶち当たり悶絶する。
赤味が点った額を両手で押さえていれば「起きた!」「姫様起きた!」と騒ぐ声が聞こえる。

「(姫様?)」

聞こえてきた単語に頭を捻るがそれが恐らく自分の事を指している事にアスタはすぐに気がついた。何せ今この物語の主人公は自分なのだから。姫なんて言われてもピンとこないが。本来ならばアスタは姫に害をなす魔女でなくてはならない。
ゆっくりと体を少し小さめのベッドの上から降ろさせると、少し広めのリビングに出る。
最初Devil May Cryに来た時と同じだなと思い返すと微笑ましいが今は思い出に浸っている場合じゃない。
今しがた聞こえてきた声の主、女の声だったがそれらが悪魔である可能性もある。右胸のホルスターからアルカネットを引き抜き、両手で構えながら家の中を進んだ。
そして人影が目に映った途端、真正面に銃を構える。

「ひっ!?姫様、撃たないで!」
「? 妖精?」

アスタに銃口を突きつけられて顔を真っ青にしながら両手を上げていたのは背中に羽根が生えた子供位の大きさの女の子。本当に童話の中にいるんだなと再確認させられる様なファンタジーな光景にアスタは少しだけ眩暈がした。
取り敢えず妖精の少女が脅えているから銃をホルスターに納めるが彼女は一体何なのか。もし彼女の名前がティンクだったりティンカーなどだったりしたら幾分か解り易いのだろうけど、そんな展開は解り易過ぎる。

「貴方は?」
「私はしがない妖精姉妹の末っ子です。姫様は森の中でお倒れられておりましたので僭越ながら私達の家にお運びいたしましたの!」
「! それはご丁寧にありがとうございます。ですが私は姫などではなく……」
「ご謙遜を!貴方様はファントムの子を連れていらっしゃったではないですか!!」
「そのファントムと言うのが良く解りませんが。……そういえば蜘蛛さんはどちらに行ってしまわれたのでしょう?」
「その蜘蛛がファントム・ベビーでございますわ」

妖精は両手をぱんと叩き合せてからアスタの手を引き、違う部屋へと走る様に誘う。
そして妖精の少女は他の7人妖精がいるリビングルームにアスタを連れて来るとテーブルの近くにアスタの体を寄せた。テーブルの上には小さな網篭。その中を覗いてみたらその中でファントム・ベビーは体を丸めて眠りに付いていた。その様にアスタはホッと胸を撫で下ろす。命の恩人をそこらへんに転げさせておいて放置だなんてアスタにとってはありえない事だ。
妖精達は「姫様」とアスタを呼び、彼女が振り返るとそれぞれ何かキラキラした粉を振りかけ、キャッキャと甲高く柔らかな声を上げて笑う。彼女達は一体何を振りかけたのだろう。
不思議に思っていたら末っ子の妖精がアスタに微笑みながら「幸せな姫様に、姫様がもっと幸せになれる魔法を振り掛けましたの!」と告げた。と言う事は恐らく魔術の類かと納得する。
アスタも彼女達に微笑み返し、一言、礼の言葉を告げる。

「ありがとうございます。素敵な魔法ですね」
「姫様に感謝のお言葉を頂きました!」
「そんな、勿体無いですの!」

キャッキャと騒ぐ妖精達を見ていると嬉しい半面、酷く淋しくなる。早くこの悪魔を倒してDevil May Cryに戻りたい。
だが悪魔を倒してしまったらこの子達は消滅してしまう。そう考えてしまうと酷くやるせない気分になる。
だがそんな事を考えていると妖精の一人が「ですがお気を付け下さいませ、姫様」と深刻そうな声でアスタに語りかける。その途端、楽しそうな妖精達の声もぱったりと止んでしまった。

「ある物を口にしてしまった途端、私達の魔法は呪いに変わり姫様は永遠の眠りに付いてしまいますの」
「ある物?そのある物と言うのは?」
「申し訳ありませんの。私達の様な小さな妖精では其処までは解らないのですの」
「……そうですか。ですが、大切な事を教えて頂いてありがとうございます」

アスタは静かに微笑み、危険を教えてくれた妖精の額に優しく口付けた。


2015/02/12