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わたしがしゅやくのものがたり
アスタは鼻腔を突き抜ける甘い香りに目を覚ました。手の甲で目を擦り、ぼやけた視界を拭うがすぐにその身に起きている違和感にすぐに気付いた。いつもであれば手に嵌めている合皮のグローブがその手に嵌められていない。電気とは違う温かさに、この甘い匂い。それに少し粉っぽい。
目蓋をぱちぱちと数回瞬かせてみて、視界に広がるその光景を見てアスタは喉を引きつらせた。
自分の体よりも遥かに大きい花にアスタは乗っていた。しかも服装も何時ものブラウスにベスト、それに青いロングコートではない。所謂甘ロリの様なふわふわとした女の子女の子した服装。太腿に括りつけているサントリナ&ベルガモットもあるべき場所にない。幸い右脇に通してあるガンホルスター、アルカネットは無事の様だが。

「……あの本、悪魔が憑いていたのですね」

漸く自分が現在どの様な状況に置かれているのかを察する。すると自然に舌打ちが出た。油断をした自分に腹が立つ。ネロにはあんな偉そうに魔道書かもしれないと話したのに。
とりあえず此処から降りなくては何も始まらない。そうは思うが今自分がいる場所から地面までかなりの距離がある。花茎を上手く伝って下りられればと、そう思うがそれも難しそうだ。

「まるでサンベリーナみたい」

みたい、ではまさに親指姫状態なのだが。アスタが読んで頭の中に入っている内容はシンデレラで赤頭巾でヘンデルとグレーテルで不思議の国のアリス。だとすればこの後の展開はどうなる。話の通りツバメが来るのか。そう思い青々とした広い空を見上げるが蝶は飛んでいるがツバメなどは飛んでこない。
しかしこの大きさでは普段は可愛いなと思う蝶ですら気持ち悪く思える。暫くは長は見たく無いなと苦笑いしていると空の彼方から何かが飛んでくる。しかしツバメではない。ツバメの体はあんなに赤くは無い。

「……あれってもしかしなくても」

アスタの顔色が真っ青になる。テメンニグルでは散々増殖してくれたあの悪魔。
ブラッドゴイル。普段の体の大きさであれば恐れる事は無いだろう。だが今のアスタの体の大きさは親指サイズしかない。アルカネットを打ち込んでもきっと豆鉄砲くらいの威力も無いだろう。もしくはそれ以下だ。しかも都合が悪い事にブラッドゴイルは増殖しながら此方に向かってきている。
下級悪魔の癖に目は良いのか。そう思うと怪我する事を百も承知でアスタは花の天辺から地面まで躊躇いもなく飛び降りた。


††††


「うう……あんなのに、食べられたくない……」
「おいおい、お嬢ちゃんどんな夢見てんだ」
「夢じゃないよ!現実だよ!ちょちょちょ、銃口向けないでってばぁ!!」

あの後気が済むまで銃弾の雨を打ち込んだダンテ達は姿を現した酷く脆弱な悪魔を囲んで話を聞いていた。しかしこの悪魔、童話の悪魔の様に少しだけ悪戯をしているようで全く悪意が無いから困ったものだった。しかしそれは最初だけ。
この小さな悪魔の能力はある意味で恐ろしい。標的の精神体だけを本の中に閉じ込め本の内容を綴らせる。其処までならばただの悪戯で済ませられるだろう。
しかし腐っても悪魔。標的に話を書かせるだけ書かせて飽きたら物語上で無残に殺しその精神体を食べてしまうという。悪魔曰く「だって僕、ハッピーエンドはクソ食らえ主義だから」と笑顔を浮かべて言った物だからバージルがキレて閻魔刀を振り回そうとした。何とか二代目がそれを諌めたが今でも斬り殺してやると鬼の形相をしている。
若も大分苛立っているのかずっと右膝を貧乏揺すりさせている。

「おい、アスタをすぐに本の外に出せよクソ悪魔」
「無理だよ」
「何?」
「だって物語が完結しないと魂は解放されない」

けろっと、呼吸をするかの様にそう言う。若はチッと舌打ちを打つと深く椅子に座り直す。
しかし先程聞いた話と違う点があった事にネロはすぐに気が付いた。聞き間違いではなければ今"魂"とそう言った。

「おい悪魔。今お前"魂"って言ったよな?さっきは精神体がどうのこうのって言ってたじゃねぇか」

すぐに入れられたネロの指摘に悪魔はヤバイ!と言って両手で口を覆う。このクソ悪魔、まだ何か隠してやがんのか。その場にいる全員は腹の底で怒りと格闘しながらそう思った。僕は何も知りませんとでも言いた気に口笛を吹いているのが殊更腹が立つ。
本当なら全員一致で今すぐにでもこの悪魔を殺してしまいたがこの悪魔を殺してしまったらアスタが戻ってこられない可能性がある。どれだけ彼女が強いといえど術者がいなくなってしまえば術そのものが可笑しくなる。戻って来られる場合もあれば戻ってこられない場合もある。尤もこの悪魔は今精神体を取り込んだアスタの魔力で強力なフィルターを使えるからそう易々とは傷付ける事すら出来ないみたいだが。

そんな悪魔を他所に初代は何か思いついたのかソファに座り幻影剣を構えているバージルの背後で腰を屈め、唇を耳に近付けた。

「おいバージル、耳貸せ」
「何故だ」
「俺に考えがある。あの悪魔に聞かれたら不味い」
「……解った。何だ」
「お前も本の中に入ってアスタを助けてきたら如何だ」
「何?」

初代の突拍子ない一言にバージルは眉間に皺を寄せた。しかし先程、悪魔が出てくる前に初代が口にした一言を思い返し、ただの思いつきではなく、経験を踏まえた上で物を言っている訳ではない事をすぐに察する。
それであれば初代が今発言した案に乗るのも一興。だがどうやって本の中に入るのかが検討も付かない。その方法については悪魔を脅し、精神体を本の中に取り込ませれば言い話なのだが。
初代が「どうする?お前が行かないなら俺が行くけど」と言うものだからバージルは幻影剣を一本、初代に向けて発射させる。初代は少し頭を動かす最小限の動きだけでそれを避けたが。
ソファを立ち「俺が行く」と言い捨てると本と悪魔がいるテーブルまで近寄った。
閻魔刀を抜き、切っ先を悪魔に向け、言葉を紡ぐ。
初代以外のダンテとネロはバージルが何をするつもりなのか、椅子から腰を浮かせ、その様子を見守っていた。

「俺も本の中に取り込め」


††††


落下している途中、アスタは何とか着地体制を整えながら空中落下をしていたが地面に着地する事は無かった。そして今も地面ではない、着地したそれの背中に乗って花畑の中を移動していた。
茶色くて、毛深くて、青いまん丸な目を沢山持った多足生物。普段のアスタであれば丸めた雑誌を片手にばんばんそれを叩いて攻撃している位嫌っている生き物。蜘蛛と蠍の姿を持った悪魔ファントムの子、ファントム・ベビーの背中の上に乗っていた。だが今は嫌悪感も恐怖感も全くなかった。
このファントム・ベビー、悪魔の癖に自分の上に落ちてきたアスタに怒る訳でも攻撃する訳でもなくアスタをこの花畑の端まで運んでくれるという。だからアスタはその好意に甘えファントム・ベビーに乗っていた。
かさかさと足を動かし歩く様がなんとも可愛らしく思えてくるのは気の所為だろうか。アスタは頬を緩ませながらファントム・ベビーを労わる様にその背を撫ぜる。

「ごめんなさい、私、重いでしょう?」

そう問いかけるとファントム・ベビーはその言葉を否定してるのかかさかさと口を動かした。

「紳士的ですねぇ……」

和んでいる暇はないのだがそうでもないとやっていけない。自分の失態とは言え悪魔の中にいるのだ。攻撃が無い限りはこうして神経を休ませていたい。神経を尖らせるのは戦う時だけで充分だ。
すると花の葉ばかりに覆われていた視界はやがて開け、大きな木が立ち並ぶ森が視界に入った。花畑を完全に出る手前でファントム・ベビーは足を止めて、アスタに降りる様に蠍の尻尾で指示を出した。アスタもそれを察するとベビーの背中から降り、「ありがとうございます」と告げて花畑を出た。
途端、見る見るうちにアスタの体は元のサイズになっていく。成程、ベビーはこれを知っていたから手前で降ろしたんだなと納得し、掌にベビーを掬い目線を合わす。

「何から何までありがとうございます。お蔭さまで助かりました」

悪魔に微笑みかけるなどと言う事は今までした事が無かったがこの悪魔はいろんな意味で恩人だ。恩人が悪魔とは言えど礼を書く訳には行かない。
するとベビーはかさかさと足を動かしてアスタの腕を伝い、ちょこんと肩に乗った。それが何を意味するのか解らなかったがきっと「連れて行け」と言っているのだろう。黒くて小さな口を矢張りかさかさ動かしている。

「危ないですよ?何が起きるか解りませんし」

それでもベビーは口をかさかささせる。
アスタははにかみながら「解りました。一緒に行きましょう、蜘蛛さん」と言葉を掛け、森の中に姿を消していった。


2015/02/12