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In the Fairytale
夕飯後アスタはソファに座り早速買ってきた本の鍵を開き中身を確認する。中にはちゃんと文字が書いてあるが記入されている文体は英語でもドイツ語でもフランス語でもなく。

「ルーマニア語?」

何故ルーマニア語なのか理解は出来なかったが別に読めれば何でも良い。そう思いながらアスタは本の中身を黙々と読み始めた。魔術の勉強をしようと努めていると自国の言葉以外にも自然に諸外国の言葉を覚えてしまう。
これはルーマニアで発行された童話の本なのだろうか。そう思っていたが本を読み進めて行く内に可笑しな部分がちらほらと現れて来る。

本の中身はこうだ。
或る国の富豪の娘である少女は継母と腹違いの姉達にいびられ、豪華な御館に住む令嬢とは裏腹に使用人の様な生活をしていた。ある時少女は継母達にいびられる生活が嫌になり屋敷を出て国境近くの森に入り、その身を隠した。
すると森の中には綺麗な花畑が広がっており、少女は花を摘んで冠などを作っていた。其処に人語を喋る狼がやってきてこの先にお菓子で出来た小屋があると教える。お菓子と聞いた少女は何の疑いもなくその小屋へ向かうがその途中、兎を見つけて追いかけている内に大きな穴に落ちてしまった。
此処まで呼んでアスタは首を傾げた。見た事がある話がしっちゃかめっちゃかに書き綴られている。継接ぎ状態と言った言葉が正しい。

「どうしたんだよ、そんな気難しい顔して」
「初代……。この本、何だか内容が可笑しくて」
「内容が可笑しい?」
「はい。内容がサンドリヨンで赤頭巾でヘンデルとグレーテルで不思議の国のアリスなんです」
「済まん。何を言ってるかさっぱり解らん」
「言葉の通りです」

本の中身を読んでいない初代には何が何だかな状態だがアスタが上手く状況整理できていない訳でもないらしい。そうじゃなければこんなに必死そうに言葉は紡がない。
すると今度はバージルがキッチンからマグカップを両手に持ってアスタ達の所に来た。その内の一つはアスタに持って来たようでアスタの前に静かに置いた。そういえばバージルは読書する時は近くに飲み物を置いておくタイプだったなとふと思い出す。
そしてバージルもアスタの隣に少し距離を置いて腰を下ろした。どうやらバージルもアスタが購入してきたこの可笑しな本が気になって仕方が無いらしい。

「随分継接ぎだな」
「でしょう?でも流れは上手い事一つの物語になっているんです」
「ほう?」

アスタは視線で文字の羅列を追いかけながら言葉を紡ぐ。視線が空白部分に追いつけばその指は乾いた音を立てて羊皮紙を捲る。そしてまた文字の羅列をなぞり、その繰り返し。

「?」

急に視界がぼやける。目は其処まで疲れている訳ではない。それにまだ眠たくなる様な時間でもない。しかし睡魔に襲われた時のそれと同じ感覚が頭の中に靄を張り、内部を支配していく。
手の甲で目を擦り、予め用意しておいた栞を挟み、本を閉じようとするが本の表紙が閉じれない。どんなに力を込めても内部が錆び付いてしまったレバーの様に表紙が動かない。

「どうした?」
「表紙が固くて、閉じないんです……んっ、はぁ、駄目……固い」
「貸してみろ」

初代がアスタから本を借りると力を込めて本を閉じようとする。だがアスタが言った様に固くて閉じる事が出来ない。本当に材質は紙なのかと疑うレベルだ。バージルも試してみたが結果は同じ。"閉じられない"。
そんな時「Get down!!」と言う叫び声と共に銃声が事務所の中に響いた。
バージル、初代、アスタは伏せずにその場からすぐに離れるが、銃弾は本を目掛けて飛んでいく。しかし本は薄いシールドを張っているのか弾を弾く。
声の主は大きく舌打ちをするとすぐにバージル達の元に寄ってきた。向かってきたのはエボニー&アイボリーを構えた二代目。

「おいおい二代目、いきなり撃つなんてそりゃないぜ」
「いきなりではない。確りと"伏せろ"と合図は出した筈だ。それよりも……」

二代目はテーブルの上にもう一度エボニーの銃口を向ける。銃口が狙いを定めていたのはアスタが買って来たあの本だ。
トリガーを引こうとした所で二回の部屋から何事だと髭、ネロ、若の順番で事務所に下りてくる。ネロがこちらに来た時、強く右腕が反応を示した。
そして悟る。この本に悪魔が憑いていたと。
しかし気付くのに少々遅かったらしい。バージルのすぐ隣で何かが倒れた鈍い音が響いた。

「アスタ?おい、どうしたアスタ!」

バージルがすぐにアスタの体を揺らし、意識があるかどうかの確認をするがアスタの目蓋は眠っているかの様に閉じられている。二代目が駆け寄り脈拍や呼吸を確かめるが本当に眠っているだけの様だ。その場にいた全員が安堵の息を吐いた。
しかしただ一人、ネロの表情は曇ったままだった。

「もう少し早くアスタに言ってたら……」
「どう言う事だよ、ネロ」

若の問い掛けにネロは鈍く光を放ち続けている右手をぎゅっと強く力を込めて顔を俯かせる。
恐らくネロが一番早くにこの本が何か可笑しい事に気付いていたのだろうと二代目、髭、バージルは察する。ネロの右手は悪魔を感知出来るからだ。だがネロがアスタに何も言わなかったのは反応があまりに小さすぎて暫くは放置しておいても問題はないと、そう判断したからだろう。
現に現在まで悪魔の力が発動するまでデビルハンターとして、生きてきた経歴が長い髭と二代目も何も感じられなかったくらいだ。誰もネロの事は責めやしない。恐らくアスタもこのまま何もなければネロの事を責めないだろう。
髭がネロの肩に手を置き、「気にするな」と態度で伝えるがネロには相当堪えてしまっているらしい。
兎にも角にもこの悪魔の能力が何で、どうしたら倒せるのか。どうやったらアスタが目を覚ますのか。それの答えを探すのが先決だ。反省会なんてものは全てが終わった後にすれば良い。

そんな中初代は一人顎に手を当て何かを考えていた。この状況、詳細は違うだろうが似た様な依頼をした事があると思い返しながら。
初代の検討があたっていれば術者に当たる悪魔はこの世界の何処かにいるという事だ。だが発動するまで余りに力が弱過ぎた。この世界に居てもこの事務所から遠い場所から力を操作しているとなると厄介だ。

「どうしたんだよ初代、黙りこくって」
「……いや、似た様な仕事をした事があってな。おっさん達は覚えてるか?エンジェルホームズのベッドの悪魔」
「エンジェルホームズ?いや、知らないな」
「俺もだ。……初代は特別な時間枠から飛ばされたという事か」
「二代目、それってどういう事なんだよ?」

若が二代目の呟きを聞き拾い、尋ねるが「今はそんな話をしている場合ではない」と諭される。確かにそうだ。バージルに抱き抱えられ、一先ずソファに寝かせられたアスタの寝顔を見て若は奥歯を噛み締めた。
また、目の前でアスタを助けられなかった。あの時もそうだ。アスタが悪魔と化したアーカムの気を引き、攻撃されて深い深い闇の底に堕ちて行ってしまった時も手が届かなくて自分の無力さを強く感じた。
リベリオンやエボニー&アイボリーを使いこなせても、悪魔の力が覚醒しても、どんなに強くなっても大切に想っているひとを助けられなければ意味が無い。
しかし急に若の頬に鈍い痛みが走り、骨が砕けた様な重い音が鳴る。何が起きたか気付いた時にはその体は床の上に転がっていた。
顔を上げればバージルが見下ろしながら頬を殴ったであろう右手を左手で覆っている。

「てめぇ、バージル!いきなり何を!!」
「大方下らん事でも考えていたのだろう。その位貴様の顔を見れば解る」
「だからって殴る事はねぇだろ!」
「……フン」
「落ち着けお前達、喧嘩している暇などないだろう!!」

喧嘩を始めそうな双子に二代目は珍しく声を荒げて止めさせる。しかし二人の気持ちは何となく察していた。何とも皮肉な事だが年をとれば色んな事が解ってくる。何故父はあんなに厳しかったのか。バージルが何故力を求めようとし、テメンニグルの封印を解いたのか。何故アスタはバージルに従いながら本気を出せば殺せる筈の自分を殺さなかったのか。自分がどれだけ、関わりが少ないのにアスタを想い続けていたのか。
しかし、矢張り喧嘩などしている暇などはないのだ。
双子は一度顔を見合わせると気まずそうに顔を伏せた。
重苦しい空気が事務所内を包む。しかしその場に似つかわしくない、軽快な子供の様な声が6人の耳に届いた。子供の声、と言うよりは子供がヘリウムガスを吸い込んで更に声が高くなった。そんな感じの声。

「あはははは、やった!やったぞ!これでまた物語の続きが紡がれる!……あれ」

銃口が合計9つ。そして青白く光る魔力の剣の切っ先が2つ。開かれたままの本の上に胡坐を欠いている小さなそれに向けられていた。

「お前がこの本に憑いてる悪魔か」

二代目がそう口にすると悪魔は間抜けな声を上げ、銃声と甲高い声の断末魔が事務所内に響いた。


2015/02/10