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「今日の買出し当番はバージルとアスタな」

そう言ったネロに財布と買ってくる物が細かく記入されたメモを渡された。
あの屋敷の一件から早1週間。つまりはこの時間枠に来てからも1週間程が経っている。あれ以降悪魔絡み(初代、髭、二代目曰く"合言葉付き")の依頼は一度たりとも来ていない。来た依頼といえば本当に便利屋が行う様な犬の散歩や迷子猫探し、人手が足りない倉庫の仕事手伝い。早い話がアルバイトの様な物だ。
そんな物ばかりだからダンテ達(二代目は除く)は暇をしていた。ネロは「小さな事でも依頼はこなせ」と言った性格だし、バージルは何もなければ部屋に篭って本を読み漁っている。アスタはアスタでゆっくりと家事が出来るし、それすら終われば愛銃の強化に時間を費やしていた。
でも、今のアスタは嬉しかった。今日は短時間とは言えバージルとまた二人きりで外出が出来る。バージルは買出し当番と言う事に些か不服を感じているみたいだけど。

「何を買いに行くんだ」
「えぇっと、まずは夕飯に使うお肉からですね。ネロったらお財布の中に道順を書いたメモまで入れてくれてるんですよ」

「律儀で良い子ですよね」と思わず微笑みながらそう言うとバージルははぁ、と溜息を吐いた。そして道順が書いてあるメモをアスタから奪い取ると先に道を行ってしまう。
バージルはアスタと違って高身長だし、足が長い。だからその分歩幅に距離が出来てしまう。
アスタは何故バージルがいきなり呆れて先に行ってしまった理由が全く解らずにいた。何か気に障る事でも言っただろうかと思って発言を思い返してみるけど、別にネロの事を褒めただけだ。もしかしたらネロを褒めたのがいけないのか。そう思ったけどまさかバージルに限ってそんな事はないだろうと思う。
取り敢えず今アスタがすべき事はバージルとはぐれない様にしっかりとバージルを追い掛ける事だけ。
尤も、バージルやダンテは目立つ髪色と服装がセットになっているからはぐれてもすぐに見つけられるのだけど。この時間に来てから彼ら程目立つ人間なんて未だに見た事がなかった。
数十分後にはネロに頼まれていた物は全て買い揃えて、後は事務所に戻るだけだった。
でもバージルはまだ事務所に戻るつもりはないのかフラッと何処かに向かってしまう。アスタは慌ててその背を追い掛けた。

「バージル、どちらへ?」
「少しこの辺を散策するだけだ。戻りたいならお前は先に戻れ」
「……一緒に居たいから嫌です」
「好きにしろ」

それきりバージルは何時も通りの無口になってしまって、アスタの事など気にしていないかの様に先に行く。
恐らくバージルは古書店にでも行くつもりだろう。昨日二代目に借りていたらしい本を返した時に何処で本を買っているのかを尋ねていた。別に盗み聞きをしていた訳ではないけど二代目が行っていた道筋と今歩いている道が全く同じだから恐らく間違いはない。
更に5分ほど歩いていくと少し古風な、でもお洒落な外装の古書店に到着した。バージルは何も言わずその店の中に入っていく。
考えが的中していた事に喜ぶべきなのか。アスタも少し考えてから荷物を抱えて古書店の中に入った。
店の中は紙が古びた独特なにおいで満ち溢れていた。アスタはこのにおいが大好きだった。本のにおいは何処となく安心出来る。
バージルはと言うと小説が纏めて置いてあるコーナーに入り込み気になる本を片っ端から手に取っていた。
そう言えばこちらに来てからは全く本を読んでいないな、と思いながらアスタも暇な時の読書用の本を買おうと思って少し幼いだろうけど童話集が収納されている棚を見つけ其処から本を選び取ろうとする。

「? 何故これだけ何も書いていないのでしょう?」

一冊だけ可笑しな本が紛れている事に気が付く。その本には表表紙、裏表紙、それに背表紙にも何も文字が書かれていない。本、と言うよりはどちらかと言うと日記の様に鍵穴が付いていた。
裏表紙にセロハンテープで紙が止めてあり、「購入時に鍵をお渡しいたします」と記入されている。
きっと童話集が置いてある棚に入っているから童話集だろう。アスタはタイトルが書いていないその本を片手に眼鏡をかけた老父がいるカウンターに向かって、その本を購入した。
バージルも丁度読みたい本を選定し終わったのか、カウンターに向かってきていた。


††††


「遅い」

ネロは苛々しながら事務所出入り口のドアの前で仁王立ちをしていた。
遅い、と言うのは言わずもがな買い出しに出掛けたバージルとアスタの事だ。買い物一つで1時間も2時間も時間が掛かる筈が無い。
あの二人が帰ってこなければ夕飯がいつまで経っても作れない。その事実にネロはイラついて居た。

「坊や。怒るのは一向に構わんが事務所の中で魔人化だけは止めてくれよ」

髭がいつもの様にアダルト雑誌を読みながら注意を呼びかける。だが、あの真面目なバージルとアスタが何時まで経っても戻ってこないのは確かに可笑しい。
もしかしたら悪魔がらみのいざこざに巻き込まれでもしたか。もしそうだとしたら帰りが遅いのも頷ける。あの二人であれば即効で片付けられる様な気もしないではないけど。
両サイドから畳む様に雑誌を閉じて席を立とうとすると初代が「そういえば」と言って髭に声を掛ける。

「1週間前のあの依頼、少し気になる事があるんだが」
「気になる事?何だ初代」
「……本当はレオナルドも死んでたってオチだろ」

初代がテーブルに両肘を乗せ、指を組みながら髭を見た。
その瞳は決して好奇心などと言ったものではなく真実を追究したいといった、そう言った瞳をしている。だからこそ髭は少しだけ言葉を発するのに時間を置いた。
だが、援護射撃の様に今までキッチンに居た二代目がコーヒーカップを片手に言葉を紡ぐ。

「ラジオで言っていた通り魔事件か」
「Bingo!流石は我らが最年長のダンテ。察しが良い」
「? どうして其処で通り魔事件なんかが出て来るんだよ」

今まで怒りながらバージルとアスタの帰りを待っていたネロが話の繋がりの無さに首を傾げると、初代は今度は視線をネロに移して唇を愉快そうに歪めた。

「この前の通り魔事件で亡くなったのが被害者がレオナルド・アレクセイって言う名前らしい」
「……え」

ネロの喉が思わず引き攣る。最後に通り魔事件が起きたのは髭とアスタが依頼に出た前だ。そして彼らが依頼をこなしている内に事件の犯人は警察に逮捕された。
そうなるとダンテ達が話をしたレオナルド・アレクセイは既に死んでいるという話になる。
と、すると。ダンテが依頼料として受け取ったお金は死人の金だとそういう事になる。
しかし当事者であった髭はあっけからん態度で「生きてる感じはしたがあれは霊体だったのか……」と暢気な事を言っている。
そして極め付けを二代目が口にした。

「あぁ、そういえばあの屋敷。昨日だったか……放火されたらしいな」
「……」
「だが放火された形跡は一切無かったらしい。窓ガラスも内側で起きた爆発で割れ飛んだらしいしな」

この場にアスタが居なくて良かったとネロは思った。
あの日のアスタはずっと何かを感じていたのかぎすぎすした剣呑な空気をずっと放っていたから。きっとこんな後日談を聞いたらまた同じ様な剣呑な空気を放つに違いない。あの依頼に関しては胸糞悪いと何かにつけて口にしていた。
それに悪魔が存在する事は認めていても幽霊の存在は否定するだなんて可笑しな話だだけど、ネロは実はこう言ったオカルト話が余り好きではない。
そんな時出入り口のドアが開いた音がした。

「済みません、帰りが遅くなりました!」
「遅い!」
「落ち着くんだネロ。アスタにスナッチは止めろ」
「本当にごめんなさい。少し時間が掛かってしまって……」
「気にしなくても良いさ。さぁネロ、腕を引くんだ」

二代目に諭されてネロは声を呻らせながらもやり場の無い怒りを抑える。
アスタはすぐにキッチンに食材を置いてきて冷蔵庫の中に適切に仕舞いこんでいく。アスタの態度からして本当に反省している事は見て取れたけど、一体何があったのだろう。其処の所は他のダンテ達も気になっていたらしく、二代目がバージルを呼び止めた。

「何かあったのか?」
「俺の用事に付き合わせた」
「路地裏に連れ込んで気持ち良い事でもさせてたとか?すまん、冗談だ」

冗談半分で言ったのだけど真面目で潔癖、冗談が通じないバージルは下品なジョークを口にした髭に向けて幻影剣を数本向け構えていた。謝った所でその矛先が下を向く訳でもなく今にも体を突き刺されそうな状態だが。
二代目が溜息を吐いて古雑誌を手に取ると、それを丸めて髭の頭を思い切りフルスイングした。

「余りバージルをからかうな。そしてアスタを使って下品な事を口にするな」

そう言った二代目の表情はいつも通りの物だったけど纏っている空気が「死にたいのか?」と無言で訴えかけてくる。髭は萎縮したようにいつもの様に両肩を竦めて「悪かった」と謝罪の言葉を口にする。何時もの軽薄そうな口調とは違い真摯な態度が見えたのでバージルも幻影剣を納めた。
初代は思った。二代目はあの年齢になってもずっと昔に刃を交えた彼女の事を大切に思っているんだと。きっと二代目の中ではアスタは母・エヴァと同じくとても神聖な存在なんだと。自分も隣で微笑んでいたアスタを一時期そういう風に思っていたから何となくだが気持ちが解る。

「この前教えた古書店に行っていたのだろう?」
「あぁ。良い店だった」

「それは良かった」と二代目は穏やかな表情を浮かべて言葉を返した。
そんな時ネロはアスタの片付けを手伝いながらも、今晩の献立を作るの必要な鍋などと言った調理器具を準備していた。その折に見慣れない本がカウンターに置かれている事に気が付いて、手に取る。
見たところ随分年季が入った、高そうな本だ。もしかしたらアスタも古書店でこの本が気に入って買ってきたのだろうか。
そう思ってアスタに一応確認を取ろうとしたら右腕が鈍く水色の光を発した。

「?」

だがそれは一瞬だけ。それ以降悪魔の右腕は本に反応を示さない。一体なんだったんだとネロは首を傾げる。

「なぁアスタ、この本は?本のタイトルも作者名も書いてないんだけど」
「さっきバージルと二代目がお話していた古書店で気になって買ってみたんです。童話の様なんですが一体何の話が綴られているのか解らなくて……」
「良くそんなもん買えるな、あんた」
「……もしかしたら魔道書の類かもしれませんからね。用心しないと」
「魔道書?」

ネロが復唱する様にそう言うとアスタは神妙そうな顔つきで頷いた。
アスタ曰く、表紙に何も文字が書いていない場合、それは魔道師や魔女が書き記した世に1冊しかない魔道書である場合があるという。最初はアスタもただの童話集かもしれないと思い購入したけど、帰路についてる時にふとその話を思い出したと簡潔に教えてくれた。
そしてネロは疑問に思う。何故アスタはそんな事に詳しいのか。
気になって尋ねてみて驚いた。返ってきた返事は「だって私、一応魔女の端くれですから」。ダンテもバージルもそんな事は一切教えてくれなかったから更に驚きだ。
始めて知ったアスタの正体に驚いていたら今まで部屋に居た若が頭をぽりぽりと掻きながら事務所に下りてくる。そして暢気に「なぁ、腹減った」と言い出したものだから一度その話題を頭から切り離し、ネロは夕飯の準備に取り掛かった。


2015/02/10