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Devil Hunt
「ミセス、まずは落ち着いて話を聞かせてくれないか」

広い談話室に通されたダンテとアスタは来客用のソファに座ると正面に座ったミセスに状況説明を求める。ミセスは少しだけそわそわと落ち着かない様子だったが恐らく、この屋敷に勝手に住まわっている悪魔に脅えているのだろう事は容易に想像出来た。
恐らくダンテも既に気付いているとは思うがこの部屋の中で姿を見せていない悪魔がかさかさ壁を伝っている音が聞こえる。恐らくこの音は業と依頼主である彼女に聞かせる為に立てているであろう事も。
一種の警告なのだろう。強力な魔力をその身に宿したデビルハンターを雇った事に対して「覚えていろ」「どうなるか解っているな?」と。これはまた随分陰湿で脆弱な、面倒臭い悪魔に付け込まれたものだとアスタは無表情ながらに思った。
ダンテは空気で何となくアスタの心情を察したのか後頭部をわしゃわしゃと撫でる。

「……つい1ヶ月前まではこんな事はなかったのです」

ミセスが言うには1ヶ月経っていない内に屋敷内で怪奇現象が起き始めたのだと語る。
最初はただの思い過ごしだと、そう思っていたしいけど日に日に被害は拡大していく。通りすぎた後に背後の道に飾っていた花瓶が前触れもなく割れたり、甲高い笑い声が聞こえてきたり。昨日なんかは真っ白のバスタブの中が真っ赤な血で一杯になっていたそうだ。
典型的な悪魔の悪戯だとは思うが本当に性質が悪い。ひとしきりミセスの話を聞くとダンテはソファの背凭れに思い切り背を預けて「Fum…」と悩んだ様に声を零す。その様にミセスは不安になったのか「どうにもならないのでしょうか」と尋ねるも、しンテはミセスの質問を無視しアスタに「どう思う?」と尋ねてきた。

「話を聞く限りでは下級悪魔の悪戯にも思えますけど、こんなに精神が疲弊していては生活も侭ならないでしょうし……。おじさま、私達でミセスに元の生活を返してあげましょう?」
「……お嬢ちゃんらしい回答だな」

そう言ってまたアスタの頭をわしゃわしゃ撫でると「Okey!」と言ってソファに立てかけていたリベリオンを担ぎなおす。
先に屋敷内の悪魔を探しに行ってしまったダンテはアスタが追いつく前に顔を俯かせ、苦笑を浮かべながら呟いた。

「元の生活を返してあげよう、か……」

「That's wishful thinking…」。皮肉を重ねるように続けた呟きは暗く、湿度が高く息苦しい廊下の奥に静かに吸い込まれた。


††††


ダンテとアスタは別行動をしていた。広い屋敷の中を二人で固まって悪魔を探すよりは個別に別れて探した方が良い、そうダンテが言ったから。
アスタは何が起きてもすぐに対処出来る様に左手に確りとアルカネットを握り、慎重に廊下を歩いていく。足を進めていくにつれて悪魔が放つ魔力や瘴気が濃くなっていく。酷い臭いだとアスタは眉間に皺を寄せた。
しかし、その臭いの中に悪魔と関連はあるも、おおよそ関係のないものの臭いまで混ざっていた。
死臭だ。死体が腐った時の、見た目に不釣合いなあの甘ったるい臭い。出来ればこの臭いはもう二度と嗅ぎたくなかったなと溜息を吐く。
しかし意を決して大きく息を吸って肺に息を溜めると死臭が酷い部屋まで一気に駆け走る。アスタの考えが当たっていればその部屋に悪魔が一緒に潜んでいるかもしれない。
死臭が一番濃く漂っているドアの前まで来るとドアノブに手を掛け、一気にドアを蹴破る。どうやら読み通りその部屋が当たりだったらしい。死臭の臭いの濃さと魔力の濃さに汗がこめかみから大きな珠となって滲み出る。
壁側面につけられている証明のスイッチをONにし、中に入っていくと、部屋の置くに祭壇の様な白い台が置かれていた。その中から死臭が漂っているようで、恐る恐る足を進めて中を上から覗き見る。

「……これは」

中に入っている物を確認した途端、背後から殺気を感じてアスタは振向き様にアルカネットを連射する。
魔銃と言うのは便利なものだ。アルカネットの場合は魔界で名を馳せたガンスミスが"駄作"と称し、誰からも相手をされなかった可哀想な装飾目的の銃ではあったけどアスタが手にいれて改造を施し、新たな魔銃に姿を変えた。
実弾は不必要だけど魔石の魔力を糧にするこの銃は何かがあった時でもすぐに弾を発射する事が出来る。性能としては限りなく線が短いレーザー銃に近かった。
アスタはそのまま部屋の奥へ後退してからもう一度アルカネットを構えて殺気を放っているそれに照準を定める。そしてそのまま引金を引き、その肉体を打ち抜いた。途端、真っ赤な血が薄橙色の壁紙に飛び散り、大きな醜い悲鳴が上がる。悲鳴は獣の様な咆哮で背後の窓ガラスがびりびりと振動した。思わずアスタは目を瞑り、両耳を塞ぐ。すぐに治るとは言え鼓膜を破られては戦いに支障が出るから。
しかしアスタは目を開けた瞬間、打ち抜いたそれの正体を見て大きく目を見開いた。

「ミセス・アレクセイ?」

目の前にいたのはつい数分前まで自分達に悪魔の被害を告げていた依頼者のご婦人。しかし顔の半分は醜い悪魔の姿をしていた。
そういえばダンテは此処に来るまでに自分がどういう仕事をして生計を立てているかを教えてくれた。その中で彼はこう言っていた。「俺は悪魔にとっては"裏切り者"のスパーダの息子だからな。今でも俺の命を狙おうとする輩は意外に多いのさ」と。
きっと目の前の悪魔は元々ダンテだけをおびき出して彼を食べるつもりだったのかもしれない。でもそこに想定外な存在がくっついてきた。
アスタだ。悪魔にとってはアスタの存在など知りやしない。当たり前だ。アスタはこの時間に生きている筈のない人物なのだから。
でもあわよくばダンテには遠く及ばないけど魔力を秘めているアスタも一緒に、と思っているかもしれない。

「おのれ小娘!この私の体に傷を、よくも、よくも!!その部屋の秘密も見たからには生かして返さん!」
「……そう、さっきのお話は自作自演の真っ赤な嘘、と言う事ですか」

ぼそりと呟いたその言葉はすぐにアスタが発した魔力の圧に吹き飛ぶ。

「ごめんなさい。貴方が悪魔だと解った今、それに悪魔を作り出そうとした事が判明した今、私は貴方を殺さねばならない」

銃口をもう一度ミセスに向けたアスタの目は真っ赤に、仄暗く燃えていた。
静かにアスタはミセスに向かい一歩を踏み出す。ブーツの硬いソールが高級そうなベルベットの絨毯を踏みしめる。
ミセスの体は完全に悪魔のそれに変貌し口から吐瀉物の様な薄茶色の粘液をアスタに向かって吐き出した。絨毯と、その下の木製の床が焦げた臭いがする。でも、アスタの姿は何処にも見えない。彼女の体が完全に溶けるような強い酸の粘液を放出できない事は自分が一番知っている。
悪魔はアスタの姿を探してその場できょろきょろと首を、体を揺らす。だがそれ以上の動きを悪魔はしなかった。悪魔の体に幾つもの切れ目が走り、切れ目に沿って左右に重力に従って床に落ちる。そして黒い砂の様な血をその場に散らして姿を消した。
しかしアスタはその様子を冷たい目で一瞥くれただけですぐに部屋の中に入っていく。
あの祭壇(祭壇と言うよりは棺に近い)の中に入っているそれを憐れみに満ちた目で見つめ、その場に膝を折り、両掌を合わせて祈る。
悪魔に身を巣食われている、魔の者である自分がこんな祈りを捧げるだなんて可笑しな話だろうけど、そうせずにはいられない。

「アスタ?」

リべリオンを背に、ダンテが部屋の中を覗く。
アスタはその声に祈る事を止め、振り返るとその場に静かに立ち上がった。ダンテが「何だこの臭い」と言いながら此方に歩いてくる。

「初のデビルハントは如何でしたかな、お嬢様?」
「実に呆気ないものです。簡単に終わりました。でも……」

アスタは視線を棺の中に向ける。ダンテも棺の中を覗くと眉間に皺を寄せた。棺の中には人間と悪魔、それぞれの肉体を半々に持つ子供の腐乱死体が幾つも収められていた。
棺の側面には何時だったか見た事がある魔方陣らしきものが血で描かれている。

「胸糞悪い」

冷たくアスタが言い放つとダンテの横を通り過ぎようとする。が、ダンテは「少し待て」と言ってアスタをその場に停止させた。

「この屋敷にはまだ生きた人間が居る」
「? どういう事です?」
「言葉通りの意味さ」
「……その方はどちらに」
「もう助けてさっきの応接間に連れて行っているさ。その間にお嬢ちゃんが悪魔を倒してしまった訳だが」

「俺の出番はなかったって訳だ」と両手を挙げ、肩を竦める。格好良い所を見せたかったのに全くと言って見せられなかった。尤も、まだ機会は別にあるだろうからその時が来たらまた彼女と依頼に出れば良い話なのだけど。
そんなダンテとは裏腹に棺の中の骸の件で自分でも抑えきれない位の怒りを込上げさせてしまった事にアスタは恥じた。
バージルにも昔から言われていた。「お前は怒りを抑える術を少しは身に付けろ。じゃないと総てを破壊し尽くす事になる」と。
今まで暴走した時は必ずと言って良い程バージルが側にいたけどこの世界で生きるという事はDevil May Cry所属のデビルハンターになるという事。それは即ち一人で依頼に出る事もある、と言う事だ。考えていると急に体がふわりと宙に浮かぶ。

「おじさま?」
「ん?お姫様抱っこは嫌か?」
「いえ、……ですが何故いきなり」
「悩んでるみたいだからな。歩きながら悩んだりしたら迷子になるだろう?この屋敷は広いからな。迷子になったりしたら大変だ」
「……ありがとうございます」

ダンテなりに気を遣ってくれているのだろう。普段であれば他人の好意に甘んじる事はないアスタもこれからの身の振り方をゆっくりと考えたい。
それに先程一気に、魔人化をした訳でもないのに魔力を大量に放出したから少し疲れた。帰りのバスがなければまたオロバスを魔具化して帰路に就かなくてはならないし、それまで少し魔力を回復させる為に眠りに就こうと、瞼が勝手に重くなる。
その様を見てダンテは淡く微笑み、耳元で囁く。

「Sweet dream,Asta……」


††††


翌日の朝、事務所内にて。朝食後の広間部分にはダンテが4人とネロ、バージル、そしてアスタが朝食後のブレークタイムを楽しみながら、髭から昨日の依頼の内容を聞いていた。
ダンテとアスタは無事に報酬を受け取り、帰りのバスに乗って事務所に戻ってきていた。戻ってきたのは夜遅くだったけど特に問題はない。

「しかしアスタって強いんだな」

ダンテから依頼内容を聞いたネロはまじまじとのんびりとしたアスタの顔を見つめて信じられなさげにそう言った。
当の本人のアスタはと言うと「思い出すので止めて下さい」なんて、少しだけ依頼内容に嫌悪を滲ませるけど。

あの後の話の顛末はこうだ。
ダンテが言っていた生きている人間と言うのはミセス・アレクセイの実子であるレオナルドと言う青年だった。
彼が語るにはミセスは1ヶ月程前に旦那を事故で亡くしているらしい。そんな折、家にあった魔術の経典を見つけ旦那を蘇生させようと悪魔を召還し、そのまま悪魔に取り憑かれてしまったのだと言う。
レオナルドはすぐさま教会へ逃げようとしたけどどうしても母を見捨てられずそのままあの屋敷で母の姿をした悪魔と共同生活をする道を選んだらしい。
そして彼が独自ルートでDevil May Cryの裏の顔を知り、震えるその手で電話を掛けたらしくも悪魔に見つかり、腕をへし折られ、ダンテが偶然入った部屋のクローゼットの中に押し込まれたそうだ。
アスタが見た棺の中の子供達の死骸は近くの孤児院やスラム街から攫ってきた子供で、悪魔が自分の眷属にする為に生成していたという。
下級悪魔が更に自分よりも下の悪魔を作り、従えようとするだなんて。アスタは冷淡な顔のまま二代目が淹れてくれた蜂蜜入りの紅茶を啜り飲んだ。

「無事報酬をもらえたのはレオナルドが生きていたから、と言う事か」
「あぁ。何でも母親の魂を救ってくれた礼も兼ねて、って事でな」
「……私は」

カップから口を離してアスタは言葉を紡ぐ。
アスタに4人のダンテとネロが視線を集める。バージルはアスタの声に何かを感じ目蓋を閉じ、言葉を待つ。

「私は、彼女の魂を救っていません。怒り任せにばらばらに斬り伏せた」
「……当人の息子がそれで良いって言うならそれで良いのさ」

「この商売をしていたら、そんな事一々気にしてられなくなるぜ?」と髭が昨日の様にアスタの頭を撫でた。
少し腑に落ちないけどこの道が長いダンテがそう言うならそうなのだろう。少しだけアスタの表情に笑みが戻る。
その瞬間を見た二代目はフッと笑った。まるでアスタの笑顔が戻るのを待ちかねていた様に。
そしてまた、この事務所に来てから2回目の電話が鳴った。


2015/02/05