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過去の断片
手当をする前に見た千影の体は痣塗れだった。
こめかみは切れて軽くだが血が流れていたし、縄で拘束された手首は千影が手首を動かした事で擦れて真赤になっていた。
今は気を失って三成の部屋の布団で眠りについているが、医者曰く暫くはまた安静にしていないといけない状態らしい。

「そうか、千影君は使われていない武器庫に」

千影発見の報を受けた半兵衛も三成の部屋に訪れていた。
半兵衛だけではない。吉継も家康も三成の部屋に集まっていた。
流石に千影をあの荒れ果てた部屋に寝かせるのも忍びないし、千影を武器庫に閉じ込めた犯人が見つかるまでは秀吉の左腕である三成の部屋に寝かせていた方が安心だろう。

「三成君、千影君を無事に見つけてくれてありがとう」
「私にその様な……勿体無いお言葉です。この女、千影が床を這いずり周り、音を立てた事で見つけられて様なものです」
「謙遜しなくても良いよ。その音を聞き取り瞬時に確認しに行ってくれたお蔭で千影君は見つかった。それだけでも感謝に値するよ」

ふんわりと普段見せない様な笑みを浮かべた半兵衛は、直に眠っている千影の顔を見つめ、優しく額を撫でる。
その場に居た誰しもが半兵衛のその行動に目を見開いた。彼はそんな事をする様な柄ではないと言う事をよく知っているから。
確かに、自軍の兵には優しくしている所は良く見るが、こんな風に慈愛に満ちた眼差しを向ける事は一切無い。
そんな中、吉継が場の空気を変える様に言葉を紡ぐ。

「賢人よ。千影は誰ぞに恨みを買っていたのか」
「いや……、個人での怨みは良くは知らないが女の身で武功を上げる彼女を気に食わない人間なんてごまんと居るだろう。だから誰かが千影君を狙っていても僕にも見当はつかないな」

半兵衛のその言葉から以降、誰も言葉は紡がない。
重苦しい沈黙だけが流れる。

「矢張り、彼女に戦場は忌むべき物なのかな」

ポツリと静寂を裂く様に紡がれた半兵衛の言葉に、三成達は一斉に視線を向けた。
その言葉が一体どういう意味か。それを問い出す様に。
それに気がつき、半兵衛は苦笑交じりに言葉を紡いだ。

「家康君にはまだ話してはいなかったが、彼女は半年前の遠征の折に拾った子でね。見つけた時の千影君は物取りの躯に囲まれる形でその場に立ち尽くしていた。長い刀を持って、頭から血を被ってね」
「!!」
「頭から、血を被って……?」

家康がそう問いかけると半兵衛は静かに頷く。
再び続きを紡ごうと口を開くけど、その表情は何処か辛そうだった。

「それだけならまだ良かったんだけど、背中や腕に火傷の跡があったり、瀕死に近い大怪我を負っていてね、何でこの娘はまだ立っているんだろうとあの時の僕は思ったよ」
「そのまま連れ帰ってきて、療養をさせたのですか?」
「三成君、話を急くのは良くないよ。実は千影君は僕達の存在に気が付くと僕達に刀を向けてきて襲ってきたんだ。まぁ、秀吉がどうにか千影君を諌めて連れて帰って来たんだけど、その後も大変だったんだ」

家康は絶句しながら未だ目を覚まさない千影の横顔を見つめた。
まさか、この女子がそんな過去を持っていたとは。
面識が無い家康にとってはそれはとても信じがたい事実だったが、半兵衛がそう言うのであればそうなのだろう。
それに、今の彼の表情も声音も到底嘘や冗談を言っているものには思えなかった。
でも、家康以上に信じられないと思っていたのは三成だった。
少しだけの時間を共有しただけでも解る位に千影は穏かな人間だ。そんな千影がそんな過去を持ってこの豊臣に来ただなんて。
秀吉に牙を向けたと云う言葉にも驚いたけど、千影は何を思って秀吉に牙を向けて従属したのだろうか。彼の威光にひれ伏して従ったのではない事位は三成にも解る。
だとしたら何故。その理由が気になって仕方がない。

「しかし賢人よ、この件と千影の過去がどう関係するのだ?我にはさっぱり解らぬ、ワカラヌ」
「……君達は織田の"阿修羅姫"の話を聞いた事があるかい?」
「姫阿修羅ってあの、姫阿修羅か?」
「そう。阿修羅姫が姿を消したのは僕達が千影君を拾う直前の話なんだ」

「それにね」と、半兵衛は言葉を続けるとその場の誰しもが固唾を飲み込む。

「阿修羅姫の使っていた刀は刀身が長い刀。その刀身は血を吸い紅色に染まっていたと聞く」
「千影が持っていた刀と云うのは紅色の刀身だったと、主はそう言いたいのか」
「流石に君は察しが良いね、大谷君。千影君の刀は紅色の刀身をしていたんだ」

怪談話を聞いたかの様な嫌気が三成の背に奔った。
千影がそんな存在の訳が無い。もしそうだったとしても信じられる訳が無い。
かと言って半兵衛の言葉が嘘だとは三成も思ってはいなかった。

「今の千影君は織田に居た時の記憶は無いみたいでね。連れ去られて他軍に使われでもしたら僕達にも大きな痛手になる。……僕一人の意見としては戦から遠ざけて、女の子らしく生活してもらうのが一番なんだけどね」

そう言った半兵衛の表情に三成は切なくなった。
だからずっと千影の傍で色々な事を教えていたのか、と。
その反面、千影を羨ましく思った。こんなにも半兵衛に想われ、大切にされる彼女が。
また、胸の鼓動が激しくなって、ちりちりと痛み始めた。


===============


その日の夜、三成は未だ眠り続ける千影を静かに見詰めていた。
半兵衛直々に千影の警護を頼まれたから、と言えばそうなのだけど、やけに千影の事が気になって仕方が無い。
それは半兵衛から聞いた彼女の豊臣軍参入の話を聞いたからなのか、或いは自分が気付かないだけで千影に大して何かを感じているからなのか。
解らないが、千影の事を知りたいと、近くにいてやりたいと思う。

「(こいつは私と同じ部類の人間か)」

千影は以前、秀吉に拾われる前の記憶はないと、三成にそう言った。
その失われた記憶さえ取り戻せれば噂の真意は得られるのだろうが、昔の千影になど三成は会いたくはなかった。
それに三成の場合は秀吉と出会う前の記憶は確かに頭にあるが、それを態々思い出したいとは思いたくはなかった。
しかし、千影が半兵衛が確信する様に"阿修羅姫"だったら。秀吉に従わないと、そう言ったら。その時は彼女には死しかないと、三成は思っている。
だが、千影は真っ直ぐな目で三成に「何故拾っていただいた方々への恩を仇で返さないといけないのですか」と、そう言っていたのを思い出す。その言葉はどうにも嘘には思えなかった。
そんな時、三成の部屋の外で誰かが通ったかの様な陰がチラつく。
こんな夜更けに三成の部屋の近くに来るものなど誰も居ない。何故なら三成の部屋は隅に位置する上に、厠などからもだいぶ離れているからだ。
吉継であれば彼が持つ独特な雰囲気ですぐにわかる。だがこれは吉継の気配などではない。

「誰だ、誰が其処に居る」

三成が低い声でそう言うと陰ははしたなく音を立てて走り去る。
もしかしたら千影を軟禁した狼藉者か。その後の対処を考えるよりも先に三成は部屋を飛び出る。
しかし、部屋の外には誰の姿も見つからなかった。

「がっ……はっ」
「!!」

不意に部屋の中から聞こえてきた物音と聞きなれない女の声に三成はすぐに反応する。女の声は苦悶に満ちた様な、そんな声だ。
急ぎ部屋に戻ると眠っている筈の千影がいつの間にか侵入していた女を組伏せ、首を両手で締めていた。

「……」
「あ゛っ、あ゛あ゛っ……」

組み伏せられている女は千影の下でビクンビクンと身体を引きつらせながら、助かりたい一心で身を捩る。
片や千影はピクリともせずに女の首を締め続けたままだ。無表情、というよりは少しの狂気を表情に込めている。
思わず、三成は千影を女から引きはがした。

「千影!!」
「……石田、様?」

三成が千影を両腕に抱え、声をかけるまで獣の様に唸りながら、冷たい目をしていたのに。
もしかしたら本当に千影が阿修羅姫なのかと不安になったが、我に戻ったのかいつもの穏やかな表情に戻り、三成の名を呼ぶ。
何故かその様子に安心してしまう。千影と縁が結ばれてから自分の事ながら変な事ばかり起きる。この感情は一体何だ。
窒息寸前だった女は咳込みながら首を抑え、三成達から距離を保ち、小太刀を構えた。
夜目に慣れたのか千影は女の姿を見て驚いた顔をする。彼女は千影の侍女だと、確かにそう言った。

「貴様、くノ一か」
「くっ……だとしたらどうした!!」
「貴様が……貴様が千影を軟禁したのか」
「その女はこの世から始末しなくてはならない、それが貴様がッ」

恨めしそうに女は言葉を吐き捨てると三成目掛けて黒い塊、苦無を投げ放つ。
しかし、三成にとってそれは攻撃どころか牽制にも威嚇にもならない。千影を片腕に抱きながらも瞬時に刀を居合抜き、苦無を叩き落とし、女を睨み付ける。
三成は千影をその場に座らせ、三成は怯む女に近寄り、刀を抜く。そして眼前に鋒を向けると静かに言葉を紡いだ。

「言え。誰の命令で千影を狙った」
「そんなもの、貴様に言う必要は……」
「石田様!!」

女が地の底から這う様な断末魔を上げると共に、赤い鮮血が飛沫を上げて噴出した。
鉄の臭が鼻を突く。三成の刀が女の太腿に深く突き刺さっている。その様を千影はただぼんやりと見詰めていた。

「殺してはやらん。貴様には聞きたい事がある」
「あ、あ……」
「もう一度聞く。誰の命令で千影を狙った?」
「しっ、知らない!私は雇われただけで、雇い主の名前なんか!」

女が叫ぶと、先程の断末魔で誘発されたのか何人かの将兵が三成の部屋に走ってくる。
その中に家康と吉継の姿も確認が出来た。

「三成!一体何があったと言うんだ!!」
「家康……」
「千影、主も意識を取り戻したか」
「大谷様、石田様が……」

流石にまずいと思った女は手に持っていた小太刀で首を切り自決しようとする。
こんな状況では千影を殺せはしないし、逃げる事すら叶わない。ぐっと柄を握る手に力を込めたが、次の瞬間には手首すらも刎ね飛んでいた。
頬に先程まで肉の中で循環していた生暖かい鮮血が不気味な感触を皮膚に這わせ、滴り落ちる。
背景には女のそれとは思えない獣の唸り声が耳を劈いていた。

「ああああああああ!!」
「何を勝手に死のうとしている?私は死ぬ事を許可していない」
「石田様、もう止めてください!!そんな事をしたら彼女は死んでしまいます!!」

今までへたり込んでいた千影が背後から三成に抱きつき、刀を振るう手を押さえ付ける。
でも、所詮は女の力。三成にはいともたやすく振り払える物だった。

「離せ!」
「あっ」

三成は千影を手荒く振り払う。しかし、幸いにも振り払われた千影は家康が身体を支えてくれたから怪我はしなかった。
そんな時、様子を伺いに蟻の様にたかってきた将兵達がざわめきたつ。ざわめきと、悲鳴を覇の声が打ち破る。

「騒々しいぞ、何があった」
「太閤」
「……ひ、秀吉、様」

その場に現れたのはこの大阪城の主・豊臣秀吉であった。


2014/03/20