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失踪と心情
ある日の昼下がり、千影は一人で城の中を歩いていた。
勉学を教えてくれているこの軍の軍師であり大将である豊臣 秀吉の右腕・竹中 半兵衛が急用が入ったからと、千影の時間が空いたからだ。
秀吉に拾われてから幾日が経っていたが、この大阪覇城の中を全く知らなかった。精々よく行く部屋しか配置が解っていない。だからフラフラと、暇さえあれば千影は城の中を歩いていた。

「此処は火薬の保管庫?なのかな」

予め持参していた紙に場内の地図を書く。頭に内容を叩き込んだら焼却処分する予定だけど。城の地図なんて本来であれば存在してはいけない物だし。
次の部屋に向かおうとした矢先、さっきまでしなかった人の気配にハッとして、その方向に振り向く。
でも、振り向いた途端に後頭部に鈍い打撃を喰らって千影はその場に倒れ臥した。


用事が早く終わった半兵衛は千影の姿を探していた。
彼女が城の中を歩き回るのは彼も許可をしていたが、誰も彼女の姿を見ていないと言う。彼女に宛てがった侍女ですら。
其処で一つの嫌な予感を感じる。千影は一部の将から疎まれていた。新参者の、しかも女の身なりで他ならぬ自分と秀吉に買われているから。

「まさか、千影君が……」

いいや、そんな事はないだろう。彼女は確かに新参者だが実力がある。それは半兵衛も秀吉も解っていた。
尤も解っていたから千影を拾ったのだけど。だから、彼女が襲われたとしても相手をきっと返り討ちにしているだろう。それでも心配な事には変わりが無いけど。
そういえば最近千影は三成と一緒にいる様な話をしていた。
三成であれば何か知っているかもしれない。そう思って半兵衛は三成の私室に向かった。
しかし。

「三成君もいない」

必要最低限のものしかない彼の部屋の中に人の気配も姿もない。
もしかしたら彼はまだ鍛錬を行っているのか。それであれば恐らく千影も一緒にいるだろうが、何故か不安が拭えない。
三成が千影に手を上げない訳もないだろうし。半兵衛は次は三成がいつも鍛練を行っている庭先へ向かった。

「三成君!!」
「? 半兵衛、様?如何されたのですか」
「千影君は、千影君は此処に来ていないかい?」
「千影?あの女であれば今日はまだ姿を現してはいませんが……」

三成の発言に半兵衛は顔を蒼くした。
千影が居ないと云うのは彼にとっては重大な事だ。
彼女が疎んじまれていると云う事も心配だが、彼女はまだこの城の事は詳しくは無い。殆ど無知の状態だ。
迷子になったのであれば、千影も幼子ではないから人伝に自室か半兵衛の部屋に戻って来られるだろうけど。彼女がそこまでの考えを瞬時に働かせる事が出来るか不安だ。

「半兵衛様、いかがされたのですか?」
「……困ったね。彼女はまだこの城の中を一人歩き出来る程の知識はまだ与えていないんだ」
「え?」

半兵衛の言葉に三成は驚嘆した。
千影は普通に何処にどんな部屋があると把握していると思っていた。だからこそ千影はいつもあの庭先に来ているものだと思ってた。でも、それは裏を返せば余り場所を知らないとも取れる。
そもそも三成は千影が何時からこの豊臣に居るのかすら知らない。

「は……半兵衛様。あの女が来てどのくらいの時間が経っているのですか」
「彼女を拾ったのは半年前だけど、拾った時は酷い怪我をしていたからね。殆どは養生期間に当てていたよ。実質動ける様になったのはここ二月程だ」
「そんなに酷い傷、だったのですか」
「火傷に背中に大きな袈裟傷……。他にも色々あってね、彼女のそれは酷い物だったよ」

それを聞いて三成は更に驚嘆した。
そういえば一時期軍医達が慌しく仕事をしていたのを記憶してるが、それは丁度半年前だった。
あの時の慌しさは千影の治療の為のものだったのか。納得していると半兵衛が微笑ましそうに三成の姿を見つめていた。

「珍しいね。君が其処まで千影君の事を聞いてくるだなんて」
「あ、いえ……。あの女は何時も鬱陶しい位に私の傍に来るので……」
「あぁ、それに関しては千影君からよく話を聞いているよ。最近の彼女は君の話ばかりするからね。彼女は君が好きらしい」
「!!」

あの女何か余計な事を喋っては居ないだろうか、などと心配してしまう。
うっかり余計な事を喋っていそうな性格だと言うのは、たった短い時間の付き合いでも三成は手に取る様に解っていた。

しかし、今はそんな心配より千影自身の事が心配だ。
先日の手合わせ以来、少し体調が悪そうに三成の目には見えたから。軍医に掛かれとは忠告はしておいたけど、きっと迷子になってそこら辺で倒れているかもしれない。そう思うと何故か僅かに胸が痛む。人としての良心がまだ残っていると言いたげに。

「(まただ……。またあの女の事を考えると鼓動が可笑しくなる)」
「三成君?どうかしたのかい?」
「いえ、何もありません。探しに行きましょう、あの女……千影を」
「そうしてくれると助かるよ」

半兵衛は嬉しそうに微笑むと「僕は秀吉に千影君が居なくなった事を知らせてくる。三成君は一人で先に彼女を探してくれ」と、そう言って踵を返し、天守閣へ向かう。
何故千影が居なくなった事を態々秀吉に知らせに行くのか、それを不思議に思ったが三成は千影を探すことを専念しようと、まず最初に誰も行きそうにない場所を探しに向かった。


===============


手当たり次第に三成は城の中を走り回り、千影を探す。
しかし、如何せん城の中は広く、かと言って千影の行きそうな場所を予測して先回る事も難しい。

「くそッ。此処にもいないか」

見つからないとなると胸の中で焦燥が生まれる。
こんなにも他人の事を思うのは初めてだ。しかも会って日が浅い、自分がに嫌いな部類の人間の事を。そう思うのに何故か心配せずにいられない。
千影を見つけたらこの感情が何なのか問い質さなくては気が済まない。
そんな三成に一人の人間の影が迫っていた。その影はじっと静かに三成の姿を見つめ、彼が動くと同時にふっと姿を廊下の奥に消してしまった。

一方、半兵衛は天守で秀吉に千影失踪の話を告げていた。
秀吉も何かの焦りがあるのか、半兵衛の言葉に「うむ……」と言葉を零す。

「どうする、秀吉。もし彼女が他国の手に渡りでもしたら……。僕はなるべくなら千影君を殺す道は選びたくはない」
「……案ずるな半兵衛。あやつには以前の記憶がない。修羅に堕ちる事はないだろう」
「だが、万が一と言う事もある。何かの拍子に記憶が戻りでもしたら?もし彼女が噂の兵であったら豊臣の殆どの兵は食い潰されるだろう。そうであれば、それだけの力は持っている筈だ」

"噂の兵"。その単語に秀吉はピクリと指を動かした。
この日ノ本で一番強大な軍・織田軍。
魔王・織田 信長率いるその軍には"阿修羅姫"と呼ばれる程の力を持つ女武将がいると秀吉も耳にしていた。
素性が解らないという事から単なる噂話の存在でしかないと思っていたが、どうやらそんな阿修羅姫と呼ばれる女は一族を率いて姿を消したらしい。
阿修羅姫が姿を消した時期と、秀吉が千影を拾った時期はほぼ同じ時期だったから半兵衛が千影を阿修羅姫だと推測するのも無理はない話だ。
秀吉も薄々だけど千影が阿修羅姫ではないかと思ったから、拾ったまま手元に置いているに過ぎない。
尤も、千影は秀吉と半兵衛に救けられた恩があると、二人に絶対的な従事を誓っているが。

「千影が手に負えぬ狗と化した時は我が直々に手を下そう。叶うのであれば我とて千影を手にかけたくはない。あやつは殺すには惜しい人材だがな」

半兵衛は信じるしかなった。千影が何事もなく見つかる事を。
千影は確かに腕が立つ武将だけど彼女を教育していて解った事がある。本人は全く気付いてはいないけど、恐ろしい位に深い闇を心の中に背負っている。
しかし気付いていない事が幸いなのか、彼女は子供の様で、とても純真だ。出来れば戦から遠ざけて、健やかな暮らしを与えたいと思った位にも思う。
尤も、今のこの戦国乱世ではそんな生活も直ぐに露と消えてしまうのだろうけど。
それであれば今は血生臭くても、秀吉が作る天下の為に働いて貰ってから健やかな暮らしを得ればいい。半兵衛はそう思いながらも豊臣の、友の為に千影を戦場に送り出していた。

「……もし彼女を見つけたり、何かがあって暴れたら君を呼びに来るよ。暫く城の中を騒がせる事になるかもしれないが……」
「解っている。千影が我の元に来たら保護しておこう」
「そうしてもらうと助かるよ。それじゃあ、また後で経過を知らせに来るよ秀吉」

秀吉に背を向けて、天守を後にしようとする。
こんなにも、もしもの事で心配するだなんて自分もまだまだだ。そう思いながら。

「……待て、半兵衛」
「何だい、秀吉」
「お前は異常なまでに杞憂しているが、あれは強い娘だ。何かあってもそうそう、暴れる事はないだろう」
「……そうだといいけど」

確かに秀吉が言う通り千影は中々に強い娘だ。それは千影の教育係の半兵衛が一番良く知っている。
でも、千影はある意味で"狂っている"。秀吉も千影が狂気に犯されていた面を知っている筈だけど、それは忘却された記憶と共に消えてしまったと思っているらしい。
初めて千影を見つけた時、彼女は全身を真っ赤にして、幾人の屍の中でぼんやりと立ち尽くしてした。普通の女であれば、戦に出ている人間でもそんな場所で惚けていたりはしない。
しかも彼女は秀吉達の姿を認知すると、足元の骸からはみ出した内臓をぐちゃぐちゃと踏みしだいて、純真無垢な笑みを浮かべながら手にした刃を振りかざしてきた。
あの時の千影はまるで阿修羅の様だった。
人間の記憶なんて何かの拍子に、切っ掛けさえあれば蘇るものだと半兵衛は知っているから、あの千影に戻ってしまうのではないかと恐怖が体をのたうつ。

「(早く、千影君を探し出さなくては)」

気持ちだけが逸る。気持ちだけが逸っても千影がすぐに見つかる訳じゃないのに。

「一体何処にいるんだい、千影君」

あのいつもの笑顔が消えてしまう事が恐ろしい。千影があの日の鬼に戻るのと同じ位に。
三成にだけずっと捜させる訳にもいかないと、半兵衛も本格的に千影を探しに城の中を探しに向かった。


2014/03/08