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歩く面倒事
「……今日も来たのか」

いつもの如く千影は定位置に座り、三成の鍛錬の様子を見守っていた。
その表情は何故か嬉しそうで。三成には何故千影が嬉しそうにしているかが理解出来なかったが、何となく千影がそうした顔をしているのが微笑ましく感じた。
しかし、今日はいつもと違う。何か違和感がある。その違和感を探っていたら千影は「今日は石田様にお願いがあるのです」と、縁側から立ち上がり、じっと三成を見つめた。

「私に頼み事だと?下らん内容であれば、斬る」
「……私とお手合わせ、してください!!」

千影の一言に三成は目を見開いた。
今、この馬鹿女は一体何を言ったのだろうか。三成の聞き間違えでなければ"手合わせ"と、そう聞こえた。
しかし、千影は「お願いします、石田様!!」とその場で頭を垂れる。一度千影から視線を逸らし、彼女が座っていた縁側に視線をやると、其処には彼女の武器である大きな鉄扇が畳んで置いてあった。
成程、違和感があったのはこの鉄扇があったからか、と三成は納得する。
が、千影と手合わせをするつもりなんて三成にはさらさらない。三成はその場で踵を返すと、千影に一言「断る」とだけ告げた。

「貴様では私の手合いには役不足だ。他の奴にでも頼め」
「他の方では手合いにはならなかったのです。そこで大谷様にご相談した所、石田様であれば手合わせしてくださると、そうお伺いしました」
「っ、刑部め。余計な事を……」

そんな事を言うなら貴様が相手をしろ刑部、とそう腹の中で思ったが、病を患っている彼に其処までの事はさせられない。
しかし、千影と手合わせをする気も起きない。
誰かと鍛練をするなどしょうに合わないからだ。それを告げて、それでも尚食い下がって来る様なら刀を喉元に突きつけて脅してやろうと思い千影の方を見たけど今度はそんな気が失せた。千影の背後に、ニヤニヤ笑いを浮かべた吉継がいる。

「冷たい男よなぁ、三成」
「!! 大谷様」
「……刑部。貴様、私に面倒事を押し付けるつもりだったのか」
「はて、面倒事とな?我は主に面倒事等は押し付けてはおらぬぞ。なァ、千影よ」
「? 何が面倒事なのでしょうか」

きょとんとした顔で不機嫌な三成と愉快そうな吉継を交互に見合わせている。
自分が面倒事の塊と言う事を解っていないのか、と三成は思わず口にしそうになったが、それを先読む様に吉継が言葉を挟む。

「千影を無碍に扱えば、賢人は主にどういった処遇を架すかなァ?なぁ三成よ」
「ぐっ……」

半兵衛の名前を出されたらぐうの音も出ない。
実の所、三成と吉継は半兵衛から千影とは仲良くする様に、と申し付けていた。
子供ではないのだからこんな事を言われる事もないのだが、秀吉ですらも千影とは良好な関係を気付く様にと言われている。
此処で千影に無碍な態度を取ってそれが秀吉と半兵衛に伝われば。きっと二人は自分に幻滅するかもしれない。秀吉の左腕の座を追われるかもしれない。それだけは犬死するよりも耐え難い。

「……其処まで言うのなら手合わせ位してやる」
「!! 本当ですか」
「嘘は吐かない。だが、私は手を抜かない。此度の手合わせ、これっきりだ!!怪我をしたからと言って後から誰かに泣き付く事は私が許可しない。解ったな」
「はい!ありがとうございます、石田様!!」

千影が満面の笑顔を浮かべる様を見た途端に胸の奥で鼓動が激しく脈打ち、それと共に何故か温かい気分になっていく。

「?」

この感情は一体なんだ。右手を鼓動が激しい左胸に充て、少しだけ考えてみる。こんな感情を抱いたのは初めてだ。そう言いたげに。
そんな三成の事を逆に吉継と千影は不思議そうに見ていた。もしかしたら体調が優れないのだろうか。
片やこんな三成は初めて見たと、新しい彼の面を知る。片や体調が悪い中、大変な事をお願いしてしまったのではないのかと心配している。

「石田様?」
「!! 寄るな!!」
「!」

千影は三成が心配になり、近くに寄り顔色を伺ったのだが三成に振り払われてしまった。
瞬時に後退したから怪我などは一切してはいないが、少しは吃驚した。
その顔を見て三成は「しまった」と思い、千影に一言「済まない」と謝る。

「あ、いいえ、気にしていません。それよりも、石田様の気に障る事をしてしまったようで、此方こそ申し訳ありません」
「……貴様は何故そうやって自分に非がない事でも謝る。その神経が私には解らん」
「三成、主は千影の謙虚さを少し見習うとよかろ」

吉継は呆れた様にそういうと、「五月蠅いぞ刑部ッ!!」と三成が吠えた。
そんな光景でも千影にとっては微笑ましく感じる。
今度はそれを見て三成が「笑うな貴様!!」と云うものだから思わず苦笑いを浮かべた。


===============


庭先で、三成と千影は手合わせを開始していた。
手は抜かないと三成は宣誓していたけど最初の方は千影の鉄扇から繰り広げられる攻撃を軽くいなしていた。段々と千影の攻撃は重くなっていく。
しかし、刀で受け止めきれない程の物ではない。確かに女にしては強いとは思うけどそれまでの事。

「女の身にしては、攻撃が重いな」
「これでも鍛えてはいますから。軽い攻撃では秀吉様のご希望に添える武働きも出来ませんし」

その一言に三成は感心した。彼女は彼女なりに豊臣の兵としての勤めを理解しているらしい。尤も、それが普通の事だから褒めはしないけど。
今までの大きな振りかぶりを見せた千影の攻撃を弾き返し、三成は千影と間合いを取った。
しかし、それは出来れば控えた方が良かった行為だったらしい。千影は今まで畳んでいた鉄扇を大きく開き、構えなおした。
女らしい小花の絵が描かれた扇面が視界に映る。だが、その扇面には華やかな絵に似つかわしくない血の跡が薄っすらと残っていた。豊臣に参入して、彼女が人を殺した形跡。
他人に対して特に何の感情も浮かばない三成だけど今回はその光景は彼女に似つかわしくないと、そう思った。

「石田様、覚悟してください!」

そう言うと千影は鉄扇を開いたまま、優雅に舞う様に扇を奮うと小さいが旋風がその場に起きる。
そう言えば戦場で幾度か不自然に旋風を見た事があった。これは千影が起こした物だったのか、と此処で漸く理解した。
だがそんな関心は手合わせの前では無意味な物だ。三成は金色の瞳をギラつかせ、向かってくる旋風を睨みつける。

「こんな旋風如き、私が消し去ってくれる!!」

三成は一度刀を鞘に収めて一度目蓋を閉じた。
そして、金色に近い色の目をかっ開くと瞬時に幾度もの斬撃を旋風に叩き込んだ。
斬撃の後には紫色の閃光が奔る。
三成が再度納刀し、鞘に鍔が当たった軽やかな音が鳴ると旋風はその場で散った。

「そんな!!」
「この程度の風で私が膝を付くと思っていたのか?」
「!!」

呆気にとられていたら、いつの間にか背後から三成の声がした。
鞘に収められたままの刀が千影の頭上に振り上げられるが、勢い良く踵を返し、畳んだ鉄扇で刀を受け止める。
このまま振り払ってもう一度間合いを取ろう。そう思ったが中々三成の刀を払えない。
そろそろ、受け止めている両手も震えてきて限界を訴えている。
すると三成から刀を離し、後退する。これは好機だと急いで鉄扇を開こうとするが、腕が震えて動かない。
でも、三成は抜刀して千影に斬りかかった。これは本当に斬られると、ぎゅっと目蓋を閉じた。

こうして刀で斬られそうになるのは初めての事なのに、何故か恐ろしくて仕方がない。死に対する本能的な感情だとは思うけど、それとも全く違う。
だが三成からは殺意も何も感じられない。それは当たり前だ。なんたって手加減なしだがただの"手合わせ"なんだから。
何とか攻撃をかわすか、受け止めなくてはいけないとは頭では思うのだが、それすら出来ない位の恐怖を体が覚えている。
一度千影は刀で斬られているのかもしれない。きっと、豊臣に拾われる前のなくしてしまった記憶の中に理由があるのかもしれない。
しかし、体を動かすどころか目蓋すら開かない。でも、何時まで経っても体が斬られるあの気味の悪い痛みはなく、代わりに納刀した時の音がその場に響いた。

「貴様の負けだ」
「え?……あ」

三成の声が鍵になったかの様に、漸く開けた視界に三成の姿が映る。
その表情は影になって伺う事は出来ないが、下らない茶番に時間を取られたと思っている事だろうと千影には容易に考えがついた。
今まで音も声も立てず二人の手合いを見守っていた吉継も、手合いが終わった事で二人の傍に寄る。
気が抜けてしまった千影はその場にへたり込み、三成を見上げた。

「千影よ、どうした」
「気が抜けて、しまいました。流石秀吉様が左腕に選ばれたお方……私などでは到底叶わない事が解りました」
「当たり前だ。貴様など、まだまだ私に近付ける訳がない。だが、お前の攻めは中々の物だ、精進しろ」

三成から掛けられた言葉に千影は目を輝かせた。
嬉しそうに吉継に視線を送ると「良かったなァ、あれが他人を褒めるなど滅多にない事よ」と言葉をくれた。
その一言に三成は若干機嫌を悪くするが。だが、少しだけ頬が上気している様に見えた。
いい加減立ち上がって、三成に礼を言おう。そう思って立ち上がるが未だに足がふらついている。それに気がついた吉継が数珠玉を使って千影の体を浮かせてくれたから転ぶ事は無かったけど。

「今日はもう休め。……それと、手合いは今日一度きりだけだと言ったが、私の気が向いたら、また手合わせしてやる。その時も覚悟はしないから覚悟をしておけ」
「!! 本当ですか、石田様」
「言っただろう。私は嘘を吐かない。嘘を尤も憎むからな」
「ありがとうございます、石田様」


2014/03/02