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芽生え始める感情
三成が次に千影に会ったのは大阪城の庭先だった。
三成が素振りの鍛錬をしている時に丁度、千影が庭に面した廊下を通り過ぎたのだ。
何時もであれば誰かが通り過ぎようとも歯牙にもかけないのだけど千影が通ったとなると途端に集中力が切れて、素振りをする気力すら損なわれる。どうしてこんなにも気になってしまうのか。

「……おい」
「!!」
「貴様、今時間はあるか」
「は、はい」

そう言って呼び止めたは良かったが何を話して良いか解らない。そもそも何故千影を呼び止めたかすら三成自体が解っていなかった。
だが、彼女に少しでも優しく接すると、その様に努めようと思っている理由は覚えている。
先日の顔合わせの後、他ならぬ吉継に小言をうんと聞かされたし、半兵衛からも「千影君とは仲良くしてあげてくれ」と言われたから。

縁側で二人は微妙な距離を置いて並んで座っていた。端から見たら言葉を交わすのすら気恥ずかしい年頃の男女にしか見えないのだがそんな可愛らしいものではない。
この豊臣軍に中で、誰からも畏怖されている石田三成が新しく入ってきた女武将を傍に置いて一緒に座っている事は異質な光景だ。
この時刻は三成が庭先で一人、鍛錬を行っている事を知っているから用が無い限り誰も通り過ぎる事はないのだけど。
自分を呼び止めたのに何も言葉を発さない三成に千影は少しおどおどして、肩を竦めながら横目で三成の横顔を覗き見る。
先日初めて顔を合わせた時は彼の雰囲気が恐ろしくてその姿を直視できなかったが、よくよく見てみたら男にしては美しい顔をしている。
やがて、ぼんやりとした眼差しで三成を見続けていると彼の金色の鋭い視線が千影の視線と交わる。

「何だ。私の顔に何かついているのか」
「い、いいえ!!」
「なら、じろじろと私の事を見るな。不愉快だ」

そう言うとまた沈黙が流れる。気まずい。千影はこの気まずさに今にも押し潰されそうになっていた。
これは自分から何か言葉を掛けるべきなのだろうか。しかし、先程のように威嚇する様に言葉を掛けられては挫けてしまいそうだ。
実の事を言うと千影も半兵衛から三成、吉継と仲良くする様にと言われていた。でも、これでは仲良くなどなれる気がしない。
そもそも、この乱世で友人関係などと言ったものを築くつもりは千影にはないのだけど。
それは、隣に座る寡黙で苛烈な男もそうだと言う事を少なからず悟っていた。
そんな事を思案していたらおもむろに三成が口を開く。ただそれだけの事なのに無意識に肩が微かに動いた。でも三成が問いかけた言葉は千影が予想打にしないもので更に戸惑い、言葉が詰まる。

「……貴様は何故、半兵衛様の隣に居る」
「え?」
「え、ではない。答えろ。何故貴様の如き新参者の女が半兵衛様のお隣に居る」
「そんな事、私にも解りません。私はただ、半兵衛様と秀吉様から賜った命のまま、半兵衛様のお隣に居るだけなのですから」
「……秀吉様と半兵衛様のご命令なら仕方がないな」

この回答で納得したのか三成は一度言葉を止めた。
かと思いきや、珍しく千影に興味を持ったのか三成は更に千影に言葉を掛ける。

「豊臣に来た理由は何だ」
「秀吉様と半兵衛様が私を拾ってくださりました。躯の中で立ち尽くし、呆けていた私を……」
「お二方に出会う前は何処にいた。貴様の武功は私にも届いている。それなりの軍に居たのだろう?」
「……それは」

急に千影の言葉が濁る。これだけは聞いてはいけなかった事だったのか。通常の人間であればそう思うのであろうけど豊臣に誰よりも忠節を誓うこの男は考え方が常人とは違う。
一度庭に下りると千影の正面まで歩き、刀の切っ先を千影に突きつけた。鬼の様な鋭い形相で。
しかし、先程まで三成に恐怖を抱いていた千影は視線も心も何もかもを揺るかさず、じっと三成の顔を見つめていた。まるで三成が自分に刃を向ける事を見透かしていたかの様に。

「貴様、もしや豊臣の崩壊を目論む間者ではないだろうな」
「……?何故私が拾っていただいた方々への恩を仇で返さないといけないのです?」

千影は真直ぐに三成を見つめる。三成はそれを静かに見下ろすけど、千影は怒りが燃え始めている三成の瞳から目を逸らさずに言葉を紡いだ。

「……正直なところ、私は秀吉様と半兵衛様に拾われる前の事は何も覚えていないのです」
「何?」
「この言葉のままです。何も、何も覚えてはいない。何処の生まれなのか、何処から来たのか、何をしていたのか。覚えているのは自分が何者かのみだけ……」
「……」
「でも、こんな私を秀吉様と半兵衛様が……」
「もう良い、口を噤め。それ以上喋るな」

三成は大人しく刀を鞘に収めた。
何となく、何となくだが千影の言葉に嘘偽りは無い気がするただそれだけの事だった。

「フン。今日のところは貴様の言を信じてやる。だが、今後疑われるような事はするな。疑わしい行動を見せたその時は私が直々に貴様を斬滅してやる」

「時間を取らせたな」。そう言って三成は城の中へ戻っていく。
その背中を千影はただ見つめるだけだった。

「石田、三成様……」

名前を復唱する。この軍に来て初めて自分の事を聞いてくれた。他の人間は千影を捨て置いておくばかりなのに。
たったそれだけの些細な事なのに嬉しくて仕方ない。千影は三成に惹かれ始めていた。


===============


翌日もいつも通り三成は大阪城の庭先で鍛錬をしていた。精神状態はあまり宜しくないみたいだけど。
何故ならば縁側に腰を下ろし、三成が刀の鍛錬をする様を千影がじっと見つめているから。
どうやらこの前、彼女を引き止めたのが悪かったらしい。仲良くなってくれたと勘違いしているのか何なのか。
もしそうだとしたらえらく頭が弱い女だと三成は忌々しそうに舌打ちをした。
イライラを発散するかの様に庭に立てていた木の柱を一刀両断、切り伏せる。
そして千影が座る縁側まで少しだけ早歩きで距離を詰めた。

「貴様、何をしている」
「石田様の鍛錬のご様子を見学していました」
「即刻止めろ。気が散って仕方が無い」
「……もしや、私が見ている事が不快だったでしょうか」

目を伏せて悲しそうにそう言う千影に三成は息をつまらせた。
こうしてうじうじとした態度をいとも容易く見せる人間は大嫌いだ。見ていて腸が煮えくり返りそうになる。
しかし、彼女は半兵衛が教育している最中の兵。下手に手を挙げでもしたら半兵衛はきっと三成に処罰を下すだろう。こんな女の所為で不当な処罰を貰うのは三成とて真平御免被る。
少し乱暴に千影の隣に、少しだけ距離を話して座り込むと、千影は嬉しそうに顔を綻ばせた。それだけでも嬉しいと言わんばかりに。

「貴様の存在が不快かどうかを問われれば不快ではない。が、余り見られるのは好きではない」
「そう、だったんですね。申し訳ありません」
「謝罪する事でも無いだろう。何故貴様は要らん場面で謝罪する?」
「石田様の気分を害してしまった事には変わりがありませんから」
「……貴様はよく解らん女だな」

何だか毒気を抜かれそうだ。態度が腹立つ事には変わりがないのだけど。
それでも、先程よりは千影に対しての感情が緩慢になりつつあるのを三成自身は感じ始めていた。
何故かは解らないけど千影の側は秀吉の傍にいる時と同じ様な安心感がある。

「石田様の太刀筋は真っ直ぐで素晴らしいものですね」
「この位普通だろう。そもそも貴様は先程私の鍛練を見学していると言ったが、貴様の獲物は鉄扇だろう。何の参考にもなるまい」
「……何故かは解りませんが、石田様のお姿を見ていたかったのです」
「私の姿を見ている暇があるなら秀吉様に、豊臣に時間を費やせ」

そう言うと、戯言は終いだと言わんばかりに三成は庭の方に足を向けた。そして、何もなかったかの様に鍛錬を再開する。
千影は名残惜しそうな顔をしてその場を静かに去った。自分がいない方が三成も鍛練に身が入るだろうと、そう思ったからだ。
それに三成が言った言葉も尤もだ。豊臣の兵ならば豊臣の為に尽くす事が最優先。自分も他の場所で鍛練をしよう、そう思い立っての事だ。


千影が去って幾時間後。
日が完全に登りきった頃合に三成は漸く鍛錬の手を止めた。
額の汗を腕で拭い、縁側に戻ると吉継がいつもの如く輿に乗り、宙を漂っていた。

「刑部、体は良いのか」
「今日は頗る快調よ。……三成よ、主も今日は良い事があったのか?晴れやかな顔をしておる」
「戯れるな。晴れやかな顔などしてたまるか」

其処ではたと千影がいない事に気が付く。
確かに鍛練中彼女からの視線が消えたが、いないとなると何故か気になる。

「……刑部。貴様が来た時、此処にあの女はいなかったか」
「あの女?……あぁ、千影の事か。我が来た時には既に姿は無かったなァ」
「……そうか」

吉継の言葉に落胆してしまう。三成はこの落胆という感情が何の為に押し寄せて来ているのか理解出来ずにいた。
そもそも千影の事なんてどうとも思っていない、つもりだ。
落胆している三成を見て吉継は訝しむ様な視線を三成に向けた。

「千影がどうしたというのだ」
「先程まで私の鍛練を見学していた。少し話もした」
「さようか。しかし、珍しい事もあるものよ。主が主が嫌う性質の者を気に掛けるなど。まぁよかろ、千影であれば賢人に呼ばれ作法でも学んでる頃合であろうな。あれも忙しい身故」
「……そうか」

いないとなると気になって仕方が無い。
それに胸元が急にざわつき始め、瞼の裏で自然と千影の姿を思い浮かべてしまう。

「(一体あの女はなんなんだ……!!)」

昨日の問答の際の真っ直ぐで凛然とした千影の顔が頭から離れない。
次会った時に苦情を言ってやろうか。そんな事を思っている三成を見て、吉継は薄く口元を歪ませた。


2014/02/25