×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
気になる女
「最近、あの女が気になって仕方がない。」

憂い気味にそう言った友人の一言に大谷 吉継は唯一露出している目を丸くした。
君主である豊臣 秀吉とその軍師・竹中 半兵衛以外に一切の興味を示さないこの男が遂に年相応に女に興味を持ったのか、と。
寂しいような、嬉しいような。不思議な感情を胸に感じつつも吉継は頷きながら喉を鳴らして笑う。黒く染まった目を細めて。

「それは良き事よな。して、その女と云うのは誰の事だ?三成よ」
「お前は知っているか。半兵衛様が最近連れていらっしゃる、あの女だ」
「あぁ……あの小娘か」

三成は"あの女"と忌々しげに口にする。好いた女にそんな嫌悪感丸出しの声音をしなくてもよかろうに。そう思ったけど彼は人の愛し方一つ知らない人間だ。
それに吉継も彼女には覚えがある。彼女は最近秀吉と半兵衛が拾ってきた娘で、戦えると言う事から豊臣軍に参入した。
名は確か"宇多 千影"と言ったか。何時も大きな鉄扇を持って戦場に出ているのだが、よもや三成がその彼女に興を惹かれるとは思ってもみなかった。
何故かと言えば吉継から見た千影は頗る他人に甘い性格の女だったから。
例え豊臣に弓引く敵でも千影はすぐに死なない程度の大怪我を負わせてそのまま立ち去る。そいつがいつか自分に、豊臣に再度弓引くとは思っていない様に。
三成や自分とは全く正反対の女だった。それにどちらかといえば千影は三成が嫌う部類の人間である。逆上して斬り殺しかねない。
それにこの豊臣軍の、秀吉の理念とは遠くかけ離れている。
そんな彼女を何故あの豊臣 秀吉ともあろう人間がこの軍に引き抜いたのかは吉継の理解にも及ばなけれど。
しかし友の為に言える言葉はただ一つ。

「……三成よ、あの女子は止めておけ」
「何を止めると云うのだ?あの女は何故、半兵衛様の傍に付き従っているのか。何故、半兵衛様はあの女に重要な策を託すのか。……気になって仕方がない」
「(そちらの話か)」

色恋での"気になる"では無かったのかと、半分落胆し、半分安堵する。ようやく男らしい欲を持つようになったと思ったのに残念な事だ。
そんな吉継を尻目に三成は言葉を続けていた。

「そもそもあの女は何だ。顔を見る度へらへらと笑い、腹立たしい……。秀吉様の兵があのような締まりの無い顔をするなど、……教育したくなる!!」
「教育は既に賢人がしておるであろ」
「だが、半兵衛様はあの女はあれで良いと仰っていた!!あの締まりの無い顔のままで良いと!!」
「……既に直談判しに行っておったのか」

何なんだその無駄な行動力は。そう思ったが下らない事で直に怒れるこの男だ。行動が早くてもなんら不思議ではない。
しかし、その行動力をもっと他の物に活かして欲しいというのが吉継の本音だ。
ぎゃぁぎゃぁ三成が喚きたてているのを受け流しながら眉間に皺を寄せる。受け流しているとは言え三成の声は大きい。
その細くしなやかな体躯からは想像しがたいけど、しっかりと腹の底から声を出しているからだ。
そんな時、吉継に与えられた私室の襖がなだらかな音を立てて開いた。襖が開いた先に居たのはこの豊臣軍の軍師である男で、何時もの優雅な笑みを浮かべて立っていた。
噂をすれば何とやら。正にその言葉がこの盤面に合う。

「二人で話している所すまないね、吉継君、三成君」
「半兵衛様!!」

半兵衛の柔らかな声が鼓膜を震わせるやいなや、三成は喚くのを止めて明るい表情を浮かべて半兵衛に向き直る。その姿はさながら犬の様だ。
吉継はそんな三成を一瞥して呆れ半分で溜息を吐きながら半兵衛に向き直った。

「賢人よ、今日は一体何の用であろ」
「君達二人にもそろそろ紹介しようと思った子がいてね。既に何回か戦には出てもらっているから、君達も彼女の姿を見た事があるだろうし、君達は何かと情報を得るのが早いから知っているかもしれないけど。……入りたまえ」

もしかしたら。そう思っていたら嫌な予感程よく当たる物で。
半兵衛が少しだけ身を引くと彼らよりも幾分か小さい少女がその場にちょこんと立っていた。
三成がその姿を見てこめかみをピクリと動かしたのを吉継は見逃していなかった。
目の前の少女は三成とと同じく白と紫を基調にした羽織を身に纏っている。

「紹介するよ。僕が今教育を施している新しい豊臣の将だ」
「石田様、大谷様、お初お目にかかります。先日より豊臣に従事しています、宇多 千影と申します。何かとご迷惑をお掛けしてしまうと思いますが、何卒よろしくお願い致します」

その場で軽く礼をすると半兵衛はその隣で満足そうに頷いている。流石豊臣の頭脳、秀吉の右腕である竹中 半兵衛の礼儀作法を受けているだけある。一国の姫君にも劣らない作法だ。
でも千影は三成と吉継、そして半兵衛の前での自己紹介で未だ緊張しているのか、顔を上げた後はずっと直立していた。
そう吉継は思っていたけどどうやら千影が直立しているのは別に理由があるらしい。
よくよく見ると彼女の額から薄っすらと汗の玉が滲み出ている。今日はそこまで熱くはないはず。もしかしたら。そう思って三成の方を見るとじっと千影の事を睨みつけている。
まるで蛇に睨まれた蛙の状態。これは流石に酷だと思ったが先程まで三成から彼女の愚痴を聞かされていた吉継が三成にも千影にかける言葉を紡げなかった。
直に半兵衛に視線を移すとその様を見てニヤニヤしている。さらさら助け舟を出すつもりはないようだ。
しかし千影は三成に脅えたまま、震えた唇で言葉を紡ぐ。先程まで穏やかだった目が、今にも泣きそうな情けない目になっていた。
だが何故睨み付けられているのか。それを究明したいのか千影は恐る恐る唇を開く。怯えているその様はまるで小栗鼠の様だった。

「い、石田様……。私、何か粗相でも……?」
「……いや、なんでもない」

そう言って三成は千影から視線を逸らした。顔はいつもの鋭く尖った仏頂面。
しかし、三成の頬から耳に掛けてうっすらと赤く染まっていて。
その様相から解る事はただ一つ。

「(あなや……)」

吉継はその様を見て器用に、誰にも気づかれないように喉で笑ってみせた。ああ、漸く春が来た、と。


2014/02/20