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刑部輔と呼ばれる男
※21話の少し前の話


半兵衛から告げられた2週間ほどの謹慎期間が明けた開けた千影はずっと自分の傍にいてくれた銀色の、左腕と呼ばれる青年の元に会いに走る。
しかし彼は何処に居るのだろうか。謹慎の間は顔を合わせて喋る事も出来なかった。
忍の様に天井の板を外して天井裏を潜ってみようかと思ったが、勉強を教えに来た半兵衛に見つかって一日中雷を落とされた。
彼は余り休養を取らないと半兵衛が嘆いていたから夜中にこっそり部屋を抜け出してみようと思ったが寝ずの番を付けられているから外に出る事も出来ない。
だからこそ久し振りに会える事に胸が、気分が高揚して仕方がない。怒られない位の速度で廊下を駆ける。
そんな様子を千影が居る近くの部屋に居た青年が気付き、背後に浮かべている数珠玉で締め切っていた襖を開く。

「元気な座敷童が紛れていると思いきや久しい顔よな」
「! 大谷様!!お久しゅうございます」

千影は急ぐ足を止めて大谷吉継に頭を下げた。
大谷 吉継と言う男は君主である豊臣秀吉から刑部輔の役職を与えられ、軍師である竹中 半兵衛に次ぐ次期軍師に一番近いと言われている。
だけどその姿は皮膚病を患い、全身を包帯で覆った異形の姿をしていた。千影はその姿を異形とも何とも思っては居ないけど。理由があって体に包帯を巻いている。ただそれだけの事だと思っているから。
この城に来た時に彼の事を悪い意味で噂をしている人間を見てきたがそんな噂を立てる意味すら解っていなかった。病に罹ってしまった物は仕方がない、それは天命だとそう思っている。
吉継は相変わらず元気そうな千影を見て喉をカラカラと鳴らし笑う。

「賢人より申し付けられた謹慎は解けたのか」
「はい、先程。あ、大谷様。三成を見かけませんでしたか」
「三成?あぁ、あやつであれば庭先で鍛錬でもして居る時分よ。言って見たらよかろ」
「ありがとうございます、大谷様!」

相も変わらず邪気のない、子供の様な笑みを浮かべる。その笑みに包帯の下に隠れた表情を険しい物に変えた。
忌まわしい。この太陽の様な明るい笑みが。自分にはもうない、浮かべようのないこの笑みが。三成の心を溶かし、魅了しているこの女が。
しかし、千影の事自体は快く思っている。
何故なら千影の存在は不幸を振りまくのに丁度良い媒体だからだ。
秀吉も半兵衛も三成も千影の事を気に入っているみたいだけど、千影は元織田軍尖兵の"阿修羅姫"だと言われている。
もし千影が本当に阿修羅姫だとして、記憶が元に戻ったら。その時はきっと阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がるであろう。
吉継が知っている阿修羅姫は情け容赦一切無く、敵味方関係なくその手に持った赤い刀身の刀で斬り刻む。そういう女だ。
今はまだこの暢気で能天気な笑みを浮かべたままで良い。三成、彼がこの千影の笑顔を大切に思っているから。

「そうよ千影。我の事も大谷様など他人行儀に呼ぶのではなく、好きな様に呼べばよかろ」
「良いのですか?」
「良い、ヨイ。我も三成と同じ様に主と仲良くしたい。重ね重ねそう思っておった所よ」

「その堅苦しい敬語も使わずとも良い」と人の良さそうな笑みを解りやすく浮かべる。
すると案の定千影は更に嬉しそうな笑みを浮かべた。
頭が弱い女を言葉で操るのは実に単純だ。そう思うと自然に笑みが零れる。

「それでは私も刑部と、役職名でお呼びしてもよろしいでしょうか」
「好きにするとよかろ」
「えへへ、ありがとう刑部」
「それよりも三成への用は良いのか?あれも一応忙しい身故、早く行かねば居なくなってしまうぞ」

そう言うと千影は「あ、私三成探しているんだった」と言ってその場を去ろうとする。
矢張りその表情は笑顔で、吉継は顔をしかめた。しかしその表情は千影に気付かれないように早急に隠し通す。
今此処で嫌そうな顔をしたらきっと千影は訝しげにあれやこれやと質問をしてくるかもしれない。
そうなると厄介だ。面倒臭い。

「そうよ、主に一つ頼みがある」
「何?」
「三成は食事を余り取らぬ。主が謹慎を受けていた時は尚更とらなかった。飯を確りと食べるように主からも伝えてくれまいか。会話も弾むであろうしな」
「うん、伝えておく。しっかりね」

「また今度、ゆっくり刑部の事教えてね!」。それだけ言うと千影の背中は小さな足音を立てて遠ざかっていく。

「……三成と言いあの娘と言い愚かな物よな」

まるで友達になったかのようなそんな口振り。
それはある日の三成と同じ様な物で。三成も最初の頃は「貴様の事を私に教えろ」と刀を突きつけてそう言ってきた。その時の事を思い出し、吉継はゆっくりと後退し、部屋の中に戻る。
三成は吉継の悪口を口にした人間を片っ端から殴り倒した事がある。だからきっとあの娘も次から吉継に関する悪口を聞いたら殴りかかる様な気が何故かして。
そう思うと三成と千影は良く似ている人間だ。似ている三成と千影は他人に不幸を撒き散らすには丁度良い。
綺麗な蝶の翅に蛾の燐粉を振りかけて飛ばす様はさぞ面白いだろう。そう思うと自然に唇が歪む。笑みが押さえ込めない。
しかしまだだ。まだ不幸を振りまくには早すぎる。
今はまだ懐柔して、心を開かせねば。
何事も大事を成すには多大の時間が必要だ。その時をくるのが待ち遠しく思っていたけど、予想だにしない展開になる事を吉継はまだ知りもしなかった。


2014/08/21