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軍師様は心配性
「言ってはいけない事なのだろうけど、はっきり言って半兵衛様は過剰だと思う」。
千影は少しげんなりした顔で友人である三成と吉継にそう零した。何が過剰なのか二人には解かりかねるけど、千影がそういうのであればそうなのだろうと思う。

「確かに主は賢人に愛されておるからな」
「……はっきり言って半兵衛様の愛情重い」
「何?千影貴様、半兵衛様に目を掛けて頂いて、あまつさえ直々に勉学や舞をご教授いただいているのに何だその言い草は!!」
「え?三成達は違ったの?」
「我は特に。三成は字の読み書きのみよ。なぁ」

吉継の言葉に「うむ」と短く三成は答える。
やっぱり自分は色んな意味で半兵衛に大切にされているのかと、そう思うとそれはそれで嬉しいのだが内心複雑になる。
千影にとって半兵衛は"面倒見の良いお兄さん"と言った形だけど、半兵衛は千影に"手の掛かる年がうんと離れた可愛い妹"の様な感覚である。
それはもう幼子の面倒を見るような物だ。確かに記憶がない千影は半兵衛にとっては幼子の様なものなのかもしれない。
しかし、だからと言って止めて欲しい事などは沢山ある。そんな物まで見守られないといけない年ではないと言いたい位に。

「でも、ね?舞の御稽古の時に着物の裾を踏んで転んだ事があるんだけど"こんな危ない着物は着せられないから処分するよ。新しいものをすぐに用意してあげるから着替えてくるんだ"って言って新しい着物用意されるし、畳に足を取られたんじゃないかって言って部屋の畳を総入れ替えするのはやりすぎだと思うの……」
「転んだのは貴様の鈍臭さ故になのだろうがな」
「言わないでよ。それにこの前なんて夕餉に出た魚の小骨が喉に引っ掛かったって言ったら"口を大きく開けて。今骨を取るから"って箸を喉の奥に突っ込まれて死ぬかと思った」
「取れたのか?」
「取れたけど……喉を掻き回されたお陰で気持ち悪いし、苦しくって」

今思い出したら情けない話ばかりだ。
この手の人の災難話が好きな吉継は何時ものあの不気味な笑い声を上げて笑っている。何も其処まで笑わなくても良いのに!と千影は顔を真っ赤にしているけど、余りの自分の間抜けさに言葉を上手く発せなかった。笑われても仕方が無い。
しかし三成は何時もの様に冷静に物事を考えていた。
確かに千影は何故かは解からないが庇護欲が湧く。時々手合いをしているが少し強く攻撃を入れると罪悪感が湧いて、柄にもなく優しくしてしまう。
半兵衛もそんな感じなのかと考えるが何だか少し違うなと、三成は一人で首を傾げていた。

「何やら楽しそうな話をしているね」
「おぉ、賢人か。何用で参った」
「何時まで経っても千影君が僕の部屋に来ないからね。探し回っていたら楽しそうな話をしていたから……ねぇ、千影君?」
「ひっ?!」

千影の名を笑顔で呼んだ半兵衛に千影は身を竦ませた。
この反応は今までの話の内容全てを聞かれていたかもしれない。かもしれない、というか確実に聞かれている。これは後で半兵衛にお説教を貰う事になるなと思い、千影の顔色は少しだけ悪くなった。
半兵衛のお説教は内容が難しい上に長いし、何より怖いから二度と受けたくなかったのに。自分の軽薄な言動に一度軽く刃を突きつけて息の根を止めてしまいたいと思ってしまった。

「さぁ、行こうか千影君。君には早く立派な武士になって貰って、大谷君と共に僕の補佐をして貰いたいんだから。それじゃあ大谷君、三成君。千影君を連れて行くよ」

そう言って半兵衛は千影を立たせて、背中を押して行く。
千影は「お説教嫌だ」の一心で冷や汗で背中が若干湿っていた。半兵衛はそれを感じ取り「大丈夫だよ」と声を掛ける。
一体何が大丈夫なのか。お説教は無しにしてくれるのか。そう思ったけど規律に厳しい半兵衛の事だからお説教はなくならない筈だ。

「千影君にはうんと優しく接してきたつもりなんだけどね。それが嫌がられているだなんて、心外だよ」
「う……。申し訳ございません半兵衛様。そう言った訳ではなかったのですが……半兵衛様にはその様に取られてしまわれたのですね」
「構わないさ。でもおかしいな……普段の君には他の兵士と同じ様に接しているつもりでいたのだけどね」

まさか。そんな事はないと千影は思う。
だって半兵衛は他の兵には決して頭を撫でてやったりしないし、個人的に褒章を与えたりはしない。それら全て千影だけ行われていると言うことを最近、他の将から聞いて知った位だ。
普段の、とは言っていたが普段からもそれと同じ様に扱われているから矢張り特別使いされている事には変わりはないのだけど。
悶々とそんな事を考えながら千影は半兵衛の部屋に上がりこんだ。

「あぁ、そうだ。千影君、左腕を見せるんだ」
「え?左腕、ですか?」
「うん。左腕」

左腕が何かあるのだろうかと思ったが、少しだけ考えてはっとする。
そういえばついこの前の戦で左腕に矢傷を負った。軍医にはすぐ直る位の軽い掠り傷とは言われていたけれど、まさか半兵衛にその事を話したのだろうか。だとしたら余計な事をと思ってしまう。
しかし半兵衛は何時まで経っても腕を見せない千影に苛立ちを覚えたのか、無理矢理に腕を掴んで袖を捲った。
軽い傷だからと布を巻かずに、薬だけ塗った処置を施した千影の腕が白日に晒される。それを見た半兵衛は苦々しげな顔をした。

「あっ」
「本当に軽い怪我の様だが……こんな雑な処置をしているだなんて。雑菌でも入って破傷風にでもなったらどうするつもりだい、君は」
「そんな大袈裟な……。この程度の傷、舐めておけばすぐに治ります」

そう言うと半兵衛は含みを持たせながら「へぇ?」と呟く。
するとそのまま千影の腕を口元まで寄せて赤く線が入った傷口を舌先で舐め始めた。

「ちょ、なっ?!は、半兵衛様一体何を!!」
「舐めておけば治るのだろう?ならば僕が舐めたとてそれは同じ事じゃないかな」
「ですが、血は止まり流れていないとは言え傷口を舐めるだなんてそんな……汚いですよ?先程半兵衛様が仰った様に雑菌が付着している可能性だってあるんですから」
「何を言っているんだい、君は汚くなんてないよ。それに舐めれば治ると言ったのは他でもない君だし、君は汚いと思っている自分の体の傷を舐めるつもりだったのかい?」
「……」
「ほら、言葉が出ない」
「参りました」
「ふふっ」

まるで千影で遊ぶのが楽しいといったような笑い声だ。しかし、何処となく怒っている様にも見えるのは気の所為だろうか。
千影は空笑いを浮かべ、半兵衛に調子を合わせようとするが、半兵衛は正面からすっぽりと千影をその細い腕に閉じ込めた。

「余り心配を掛けさせないでくれないか。君が軽いとは言え怪我をしたと聞いた時は気が動転しそうになった」
「……申し訳ございません」
「君には重いと思われているだろうけど、僕は君を失うのが嫌なんだ。だからこそ重くなってしまうんだよ、この愛情は」
「……はい」
「君が心配掛けさせないと誓ってくれるのなら、君が嫌がるような愛情の掛け方はしないんだけどね」
「私、そんなに半兵衛様にご心配をおかけしていますか?」
「うん、とっても。この城に居ても、戦に居ても君が生きている間はずっと心配さ。だって、僕にとって君は秀吉と同じ位に大切な人間なんだから」

そう言って半兵衛はぎゅうぎゅうと千影の体に密着する。

「僕には妹は居なかったから、君が豊臣に来て僕を慕ってくれている事が何よりも嬉しい。だから、手放したくないだけさ」
「安心してください」
「え?」
「半兵衛様は私にとって大切な軍師様ですが、兄様の様な方でもあるんですから」
「……千影君。そうか、ありがとう」


2014/05/20