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春告鳥
あの後、三成に自室まで連れられ先の女中に衣服や化粧を直してもらった。
女中もあの将の話は良く聞いていたようで、悪い噂ばかりが立てられていると彼女は言った。

「怪我をされている千影様に乱暴を働くだなんて……。石田様が通りかかって下さってよかったですね」
「うん。三成は私が危機に陥ると助けに来てくれるの。微かな声も聞き逃さないで」
「ふふ、千影様にとっての麗しの君と言った所ですね」
「茶化さないで頂戴」
「フフッ、申し訳ございません。後は髪飾りを挿してお終いですがどちらに挿しますか?」
「自分で挿すから、其処において置いて」

女中は「かしこまりました」と言って、自分の仕事が終わったから次の仕事へ向かっていく。
女中と入れ替わる様に千影の部屋には三成が入ってきた。そして千影の隣に腰を下ろす。

「あの女中と仲が良いのか」
「仲が良いかどうか聞かれると返答に困るけど、それなりにはお話する位。でもそれがどうかした?」
「いや。貴様は警戒心がないのだな」
「……以前あんな事があったから心配するのは仕方ないけど、あの子はそんな事はしないよ」
「貴様は人を信じすぎだ。私の事も。あの時私が近くを通らなければ貴様はあの下卑た男に犯されていた」
「でも、三成は来てくれた」
「何時までも私が近くに居ると思うな、阿呆」

しかし、その言葉の中に怒りなどは微塵も感じられなくて。
最初はあんなに千影の事を嫌っている節があったのに。
千影は甘えるように三成の肩に頭を預けた。

「何をしている」
「三成に甘えたくて」
「下らん。離れろ」
「嫌。三成は今日一日私の隣に居ると約束してくれたでしょ?」
「……少しだけだ」

そう言って溜息を吐く。そして今の千影とさっきの千影の違いに少しだけ気が付き、三成は千影を凝視していた。
そういえばさっきは頭に髪飾りをつけていた。それは以前三成が延々と市で探した髪飾りで。辺りを見渡せば髪飾りは部屋に置かれていた鏡台の前にぽつんと置かれていた。
何故かその光景が悲しくなる。矢張り千影はこの髪飾りを気に入らなかったのかと。

「千影、先程つけていた髪飾りはどうした」
「鏡台の上。宴が始まる前まで外しておこうと思って……。初めて身に付ける物なのに壊れたりしたら嫌。折角三成が選んでくれた物なのに」
「……気に入ったのか?」
「勿論。刑部から聞いたの。三成が誰かに贈り物をするだなんて今までに無い事だった、って。だから殊更私には特別な物だよ」
「そうか。それならば、良い」

その後も少しずつ話題を小出しに、世間話をしていた。とはいっても殆どが千影が話を切り出し、三成が耳を傾けているだけ。
でも、三成はそれが嫌ではなかった。千影がどんな事をしているのか、どんな物が好きなのかを知っていく事が出来る。
ここ最近、千影の事であればどんな事でも知りたいと思っていたから願ったり叶ったりだ。

「……そういえば、三成は秀吉様とお会いする前は何をしていたの?」
「……何もしていない」
「何も?三成も記憶が無いの?」
「いや、ある。だが、思い出したくも無い」
「そっか、ごめん。嫌な事聞いたね」
「構わん。悪意があった訳ではないだろう」
「でも、貴方の事を不快にさせました。謝る理由はそれで十分でしょう?」

「相変わらずおかしな女だ」と微笑みながら千影の頭を撫でる。
そして再度千影の事が愛しいと想い始める。伴侶に選ぶであれば千影が良い。伴侶なんてものは必要ないし足手纏いだと思っていたけど彼女であれば迎えてもいい。そう思うくらいに。
そこでふと気になった事があって、声を掛ける。

「……千影、貴様好いた男は居るのか」
「! ど、どうしたのいきなり」
「いや、言いたくなければ言わずとも良い。私らしくも無い事を聞いたものだ」
「……」

三成の問い掛けに一言言葉を返しただけで千影は顔を高潮させて沈黙を紡ぐ。
まさか、三成までそんな事を聞いてくるだなんて。
こんな事を聞いてくるだなんて。もしかしたら自分に気があるのではないかと頭に乗ってしまうけど、こんな可笑しな女を好くだなんて好いているとしたら三成も相当な変わり者だ。
本当なら、自分の想いの丈を三成に告げてしまいたいがその想いがもし空回ったりしたらとそう思うと立ち直れなくなる。きっと、三成の事だからせせら笑ったり下手な慰めなどはしてこないだろうけど、今のこの折角築き上げてきた関係が崩れてしまうのはこの場で自害するよりも果てしなく嫌な物だ。
こんな臆病な性格だったかと千影は自嘲の笑みを浮かべるけど、三成は未だ千影の言葉を待っている。

「三成、私は……」

意を決して千影は三成に、三成だけに伝える言葉を紡ぐ。
しかし、千影は何時まで経っても自分の秘めている想いを口に出来ずにいた。

「私は、貴方の事がその……」
「……」
「その、……」

「好きです」。「お慕いしております」。
そんな言葉ですら紡ぐのが恐ろしい。躊躇ってしまう。
もし三成に想いを拒絶されてしまったらどうしようと恐ろしくなって。三成はじっと千影の顔を見て千影の言葉を待っていたけどいい加減じれったくなって来たのか「もう良い」と告げて一度千影から視線を逸らす。

「私は千影、貴様の事を愛しく想っている」
「え……?」
「半兵衛様にも家康にも指摘をされて漸く気が付いた。私は貴様を疎んじていたのに、いつの間にか愛していたと」
「それって、私の事を……」
「何度も言わすな。私は貴様を、千影をす……好いている」

その一言で千影の感情は爆発し、三成に抱きついていた。
折れている腕の痛みすらも感じない。それ程までに三成の言葉に千影は歓喜していた。
三成もそんな千影の頭を愛しそうに撫でて、自分の柄ではないと思っていた言葉に少しだけ感謝の念を示していた。
それに本心だったのかどうかは解らないが家康も千影の事が好きだといっていたのも効いているのだろう。
家康にだけは、彼にだけは千影を奪われたくなかった。それはきっと三成が彼を心の何処かで友だと思っているが故の心理なのかも知れない。
その心情だけは認めたくは無いけど、きっと今の千影への気持ちの様に家康の事も"友"だと認める日が来るのではないかと静々と三成は思っていた。
しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。
三成は優しく落ち着き払った声音で顔を真っ赤に染め上げている千影に返答を促す言葉を掛ける。先程は答えたくないなら答えなくても良いなんて言ってしまったけど、何だかんだ言って気になってしまう。

「千影、貴様からも私に告げたい言葉があるのだろう?」

千影は笑顔に涙玉を浮かべて、嬉々とした声で告げた。

「はい……!私も三成の事を、お慕い申しております」


===============


その日の宴は大盛り上がりだった。
千影は腕の怪我があるから病身の吉継と共に広間の隅に座っていたけど。
こう言った空気は苦手だと千影は笑うけどつい先程の、今までに無かった幸福な感情を保っていたいから余り他人に干渉しない様にしていた。

「何ぞあったか」
「何で?」
「主は笑みを絶やさぬ女子であるが、今は殊更女子らしい笑みを浮かべているから気になっただけの事よ」
「……えへへ」

さっきの話を吉継に是非とも話したいけど吉継はちゃんと内容を聞いてくれるだろうか。
そう考えると少しだけ話すのを躊躇ってしまうけど、だが矢張り友である吉継には話を聞いて欲しいと言う気持ちもある。

「そういえば三成は何処へ行った?」
「三成ならば半兵衛様に呼ばれて秀吉様の元に。凄く大切なお話だって半兵衛様が仰っていたの」
「そうか。……時に千影」
「?」
「主は三成を男として好いているのか?」

ふとした疑問の言葉に千影は気まずそうな、でも嬉しそうな表情を浮かべる。
これは矢張り話した方が吉か。そもそも吉継に隠し事をしてもすぐに見破られてしまいそうなのだけども。
しかし吉継は既に気が付いていた。宴が始まる前に千影の部屋に二人が居ると、千影の身なりを整えたあの女中がそう教えてくれたから向かった折にあの二人が普通の、城下に住まう男女のその表情を浮かべながら話をしてる様をひっそりと見つめていた。
千影はいつもの事だけど、普段から不機嫌なのかそうじゃないのか見分けが付かないあの三成ですら薄く幸せそうに笑みを浮かべていた。
その様を見て酷く不安定な気持ちになった。他人の不幸を望む自分が、三成と千影の幸せを願ってしまっている事に。

「そう、だね。好きだよ。三成の事」
「然様か」
「珍しいね、刑部が色恋事の話をしてくるだなんて」
「我とて男児よ。色恋の興味くらい持ち合わせておる」
「ふふふ、そうね。ごめんなさい。でもどうしていきなりこんな質問を?」
「何、主らが長年連れ添った夫婦の様に見えたのでなァ」

そう言って茶化すと千影は頬を染めて顔を俯かせると「刑部、貴方って人は本当に意地悪ね」と照れた様に笑ってみせた。
その場だけ宴からは隔離された空気を醸し出し始めていた。


一方、半兵衛に呼ばれ共に秀吉の元に赴いていた三成は突如告げられた言葉に目を丸くしていた。

「秀吉様、申し訳ございません。今一度、今一度今のお言葉を……!」
「三成。お前は千影を妻に娶らぬか」

秀吉がそう言う隣で半兵衛は「フフ」と声を零して笑む。秀吉も三成と千影を結婚させる事に漸く同意したからだ。
左腕である三成に、阿修羅姫である千影。この二人の子であればきっと永劫に豊臣を支えていってくれるに違いない。そう半兵衛がいい続けた結果だ。
それに三成には一筋でも良い。それなりの幸せを掴んでいて欲しいと云う気持ちもあった。
かつて自分で打ち砕いた分の幸せも三成にはその手に確りと握り締めていて欲しいと柄にもなく思い始めていた。

「千影を妻に迎えるのでは不服か」
「い、いえ!決してその様な訳では……!!ただ、少々驚いてしまったのです」
「何だい?」
「私が千影を好いているという事が秀吉様にも見透かされてしまっていたようで……」
「あぁ、この話は僕が秀吉に持ちかけたものだからね。僕が話すまで秀吉も気が付いていなかったみたいだから安心して良いよ、三成君」

半兵衛の言葉に「ムゥ……」と不服そうな声を零した秀吉だが、すぐにいつもの視線で三成を見据える。
かつて自分を引き取り、死に至らしめようとした親戚を皆殺しにした名も無き少年が此処まで成長するだなんて。
初めて三成に会った時はこんな風になるだなんて思っても居なかった。あの時の状況を冷静に考えて「死が楽」と、自らの血で汚れ、獣の様に呻りを上げたあの少年が。委細を知らないとは言え、同じ様な境遇に居たであろう記憶の無い少女に此処まで気を許し、僅かにでも笑む事まで覚えるだなんて。

「半兵衛よ、茶化すのは止めだ。後日同じ話を我から千影にもする。それまでこの話は千影には内密にせよ。良いな三成」
「はっ」
「ならば良い。先に広間に戻れ。そして千影の傍に居てやれ。今のあやつは無力な女だ」
「必ずや私が千影を守り通して見せます」
「うむ」

天守から出て行く三成の背を見送った後、半兵衛は秀吉に「後悔しているのかい?」と尋ねた。

「何を後悔する必要がある」
「三成君と千影君を引き合わせてしまった事に、さ」
「構わぬ。手元に置いておける力は置いておけば良い。むざむざ手放す事はあるまい」
「随分とざっくばらんな返答だね、君しては。……三成君を助けた事と良い、千影君を拾った事と良い、君の行動は罪を償う為の行動に見えてくる」
「戯れよ」
「……そうだね」

戯れではないと、半兵衛はそう思っている。
そして今の三成と千影の姿を在りし日の自分と、もうこの世界の何処にも居ない彼女に重ね合わせている様にも見える。
昔の秀吉と彼女、ねねも三成と千影の様に互いに好き合って互いを想い合う、そんな仲睦まじい関係だった。

「(彼が今の僕らを見たら一体何て声を掛けるだろうね、秀吉)」

半兵衛の脳裏にいつも明るく太陽の様に笑む、奔放な青年の後姿が思い浮かぶ。
彼とは袂を分かってしまっているし、半兵衛は彼の事を嫌っているけど何故か不意に存在が浮かぶ。
心の何処かでは彼に縋りたい部分があるのではないかと考えてしまうけど、それだけは絶対にないと半兵衛は頭を横に振って雑念を振り払った。


三成は宴が繰り広げられている大広間に来ていた。
中は耳を塞ぎたい位に騒がしく、酒の臭いで充満していた。
こんな所にずっと吉継と千影が居ては体に毒だ。急いで二人を此処から連れ出し、外の空気を吸わせなければならない。
それに三成自身もこんな場所に長居はしていたくは無いと言うのが本音だった。官兵衛は自分の部下達と馬鹿騒ぎしていて一番場を五月蝿く盛り上げているし、家康の部下達(忠勝の姿は其処には無かったが)も酒に呑まれて既に出来上がっている。
それだけではない。他の将達も秀吉達が居ぬ間に酒を呑み続け出来上がっていた。
その中で三成は漸く広間の隅で菓子を摘まみ、程々に酒を呑んでいる吉継と千影を見つけた。

「貴様ら、何故こんな隅に居る」
「おぉ三成か。太閤と賢人の所用は済んだのか」
「あぁ。……」
「? 私の顔に何か付いている?」
「……いや」

酒の所為で少しだけ頬が赤らんだ千影をじっと見つめていたら千影は最初に会った時に見せていたにへらっとした締りの無い笑顔を浮かべていた。
「この女を生涯の伴侶にする」。其処までの事は考えていなかったが、いざ考えて見ると少しだけこそばゆい。
でも、それと同時に恐怖が湧いてくる。今までは彼女に表立って思慕の情があるように見せていなかったけど彼女を妻に迎えるにあたって少しでも、愛情の一欠片でも表に出す事は出来るのか、と。
そんなものを表に出すのは柄ではないし、そもそも慈悲の一欠けもないと自負している自分が本当に千影を愛せるのかと恐ろしくなってくる。
もしかしたら、上手く愛する事が出来ずに千影を傷付けてしまうかもしれない。そう思うと酷く恐ろしい。
千影が傷付くのは嫌いだ。今の、ザビー教本部で負った彼女の怪我は見るに耐えない。三成自身がもう少し早く千影の背後に立ち、背を預かり戦っていればと今も少し後悔をしている。
尤も、この"後悔"と言う感情も千影に会ったから、出会えたから感じる事が出来た感情なのかも知れないけれど。

「千影……」
「何?」
「……何でもない」
「そう?あ、三成。貴方も一緒に呑みましょう?刑部と二人で貴方の分の膳とお酒も確保しておいたの」
「私は酒は呑まん。それに食事も不要だ。故に貴様ら二人で片せ」

そう言うと千影はしょんぼりした表情を浮かべて吉継に「ねぇねぇ刑部、今の聞きました?」と、吉継に擦り寄る。それに乗るように吉継も「聞いた聞いた。何と可哀想な千影よなァ、主はこんなにも三成の身を案じていると言うに……」と小芝居を挟む。
しかし、はたと刹那だけ交わった吉継の視線に少しだけ尖ったものを感じた。それは「主は何かを口にしやれ。拒否は認めぬ」といわんばかりのもので。三成は肩を震わせ、静かに、低い声で呻った。

「この酔っ払い共が……」


2014/07/02