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花一匁
※モブとの軽い性描写有


三成、吉継、家康を追い出した部屋の中で千影は女中に髪型を整えてもらっていた。
そう言った事は必要ないと言ったのだけど半兵衛から申し付けられたと言われてそのまま抗う事も出来ずに言うがままに櫛で髪を梳かれている。

「唐突ですがお答えくださいませ。千影様は石田様、大谷様、徳川様……どの方が異性としてお好きですか?」
「……うん、本当に唐突だね。別に私達はそう言った関係じゃなくて、ただ単に同じ豊臣軍に属している仲間って入るだけの話です。そう言った感情は持ち合わせていません」
「あら、それは嘘でございましょう?先程の貴方様は恋をする乙女の表情をしていらっしゃいました」

嬉々とそう語る女中に千影は顔を顰める。
恋をする乙女。自分でも三成に対しての自分をそう思っていたがなるべく表に出さない様にしていたのに。まさかこんなに簡単に看破されているだなんて思ってもいなかった。
恐らくは彼女が千影と同じ"女"と言う性別の生き物だから気が付いただけなのかもしれないけど。

「もしや千影様」
「それ以上何も言わないで頂戴。恋してる、なんて将の誰かに知られたら馬鹿にされる」
「そんな事はございませんわ」
「貴方は女中だからそう言えるの。戦場に立つ身になったらまた、色々と状況は変わってくる。女である事がこれ程までに憎いだなんて、思わなかった」

時々、ぼんやりと思う。もし自分が男であれば少し腕が立つ武将位で話は済んだであろうと。女であるから"阿修羅姫"ではないかと囁かれるのだと。吉継も、三成も気にしないとは言ってくれた。
それは千影にとっては嬉しい事だけども、彼らは胸中では一体どういう風に捉えているのか。そう考えるだけで胸が苦しい。

「……確かに私には千影様のお心は解りません、ただの女中ですから。でも、馬鹿にされるのを恐れていてどうするのです。貴方様は誇り高い豊臣の将でしょう」
「!」
「きっと、千影様がお慕いになられている殿方もそう仰いますわ」
「だから私は三成をそんな風には……、あ」
「あら」

思わず口が滑ってしまい、顔がみるみる内に赤くなっていくと同時に女中はくすくすと千影の小さな失態に体を震わせていた。


宴の準備も着々と進められてる中、雑賀衆三代目である雑賀孫市は現在の契約主である豊臣秀吉に謁見していた。
契約に関して話したい事があるし、何よりも千影の事で話がある。

「何用だ、孫市」
「率直に言おう。我らとの契約がそろそろ切れる頃合だ。だが」
「だが、何だ」
「我らはこれ以上お前と契約する気はない」
「……ほう?何故だ」
「お前達が阿修羅姫を飼っているからに他ならない。あれは魔王の尖兵、つまりは我らの敵だ」

凛とした瞳で秀吉を見上げる。しかし秀吉は孫市の目にも、言葉にも屈っしはしなかった。寧ろその場で笑いを零す。

「貴様は千影が恐ろしいのか」
「あぁ。そして憎い。宇多ではなく、影で巣食う阿修羅姫の存在が」
「……千影の事をあくまで個の存在、阿修羅姫とは別の者と捉えているのか」
「そうだ。だからこそ、豊臣。お前に頼みがある。宇多 千影を我ら、雑賀衆に加えたい」

その一言に秀吉はこめかみを引くつかせた。
千影を雑賀衆に。別に千影一人が豊臣から去ろうとしても戦力には響かない。しかし、秀吉は千影を手放そうとは思いもしていなかった。
半兵衛が気に入っている。三成や吉継が彼女の存在で変わりつつある。別にそう言った理由があるからではない。でも、言葉に出来やしない理由が秀吉の胸中にある。
そもそも千影自身が豊臣から離れ、雑賀衆を選ぶかと聞かれれば忠義者の千影がそんな事はしないと胸を張り、自信満々に言い切る事は出来るが。

「宇多を我らに引き渡すというのであればこのまま契約を続けても良いと考えているが、どうだ?」
「フ、フハハハハハ。……孫市貴様、我と駆け引きをしようとそう言っているのか」
「そうだ」

孫市の返答後、二人は真っ直ぐに視線を交わす。
暫く、沈黙が走る。

「その駆け引きには応じぬ。千影をこの手から引き剥がす?その様な事はさせぬ」
「……そうか。ならばこの交渉は決裂とみなし、このまま契約は切らせてもらう。構わないな」
「構わぬ。貴様ら如きの力を借りずとも我ら豊臣は天下を掴む」
「……最後に一つ忠告だ。力に溺れるなよ、豊臣」
「聞き覚えていてやろう」

そう言って孫市は天守から出て行く。
するとその先の廊下に半兵衛が壁を背に、腕を組みながらその場に待機していたのを孫市の鳶色の瞳が捉えた。

「次は竹中か。何だ」
「契約は切ったようだね。残念だよ」
「機が来たら新たにまた我らと契約を交わすか?」
「秀吉が不要だといったんだ。いつか全力を持って君達を打ち滅ぼしに行こう」

半兵衛のあからさまな挑発に孫市はただ一息、冷笑だけを零した。
半兵衛も上手くかわされたと憤る事もなかったけど、それよりも一つだけ彼女に確認したい事がある。

「君に一つ聞きたい。先日此処から少し離れた農村にならず者が出た。その時に君達は何処に居た?」
「数日前、だと?何日程前の話だ」
「確か十と三、四日程前の話かな」
「その時は姫に呼び出されていた、客人として。だから大坂には来ては居ないな」
「そうかい。済まないね、呼び止めて」
「あぁ。次会う時は敵同士だな、フフ」

颯爽とその場を去っていく孫市の背を見て半兵衛は忌々しく歯をきつく噛んだ。
孫市の事が憎い訳ではない。孫市達雑賀衆ではないという事はあの男が絡んでいる可能性が十二分にある。

「矢張り千影君が目当てか、松永 久秀……っ!」

この前の邂逅もきっと千影の事を調べていたに相違ない。三成達が捕まえ、又兵衛が尋問した男からの話を照らし合わせれば松永がまた大坂に現れたのは明白だった。
そして、千影を殺す為に大阪城に紛れ込ませたくのいちも松永の仕業だと考え始めていた。
千影の思い出したという情景の中に含まれていた"真っ黒な人の形を成した何か"。それは恐らく炭化するまで燃やされた人間だった物だろう。
人体を瞬時に黒炭にする程の火力を持つ人間はこの日ノ本を探しても半兵衛が思いつく限りは松永 久秀その人しか居なかった。
他に十分な火力を持っている軍は存在するけど、甲斐の武田はそんな事はしないしする必要も無い。
松永であれば火薬を駆使し、人体をその場で灰にする事も可能だ。彼の火薬に死していった者もそう少なくは無い。
それに珍しい物好きの彼の事だ。千影に手を出そうとする理由も半兵衛の頭の中には幾つか覚えがあった。
それは千影が使っていた刀かはたまた千影、"阿修羅姫"その物を欲していたか。
織田 信長の眷属であった事があり、謀反の罪を許されている松永であれば織田軍に居た千影に近付く事など容易な物だっただろうし。
だが、もうこれ以上千影に松永を近付かせてはいけない。

「千影君は絶対に渡しやしない。彼女の檻を壊される訳には行かないんだ」


===============


「孫市、殿?」
「……宇多か」

着替えも終り、千影は半兵衛の下へ用意してもらった内掛けの礼をしに半兵衛の部屋に向かおうとしていたら丁度契約を切ってきた孫市と邂逅した。
孫市は柔らかな女性らしい笑みを浮かべて千影に「似合うな」と賛辞の言葉を投げかける。
しかし、その表情とは裏腹に纏っている空気は戦の時の、千影に銃口を向けてきた時のそれと同じ物だった。

「何かありましたか」
「……次会う時は我らとお前は敵同士だ」
「それは雑賀衆と豊臣が契約を切ったと、そういう事ですか」
「そうだ。だが、お前の主もその軍師も再び我らと契約を交わすつもりは無いらしい。こちらとしても願い下げだがな」
「……そうでしたか」

少しだけ俯いて半兵衛達の意図を考えてみるけど、千影には全くと言って良い程彼らの意図は解りやしなかった。
顔を上げると真っ直ぐに孫市の顔を見て、折れていない右腕を孫市に差し出す。孫市はその行為に面食らったけどそれが千影なりに孫市への別れを示している事を察して同じく右腕を差し出して、手を握った。

「先程次会う時は敵同士と言われましたけど、敵じゃない状態でお会いしたいです」
「そうだな。私個人もそう思う」
「その時は私の事は"宇多"では無く"千影"と呼んでくださいね」
「考えておこう」

そのまま孫市と別れ、千影は本来の目的である半兵衛の部屋を目指す。
しかし、その場に半兵衛の姿は無かった。
きっと宴の準備で忙しいのか、はたまた状況整理で秀吉の元に向かったのか。それであれば半兵衛にすぐに礼を言うのも難しいと、今度は三成達の部屋に向かおうと方向を変える。
そういえば三成と言えばこの前彼から貰った髪飾り今つけてみたらきっと映えるだろうな、なんて思いながら袖口に仕舞いこんでいた髪飾りを眺める。
櫛に蝶の形に整えた紫の布を巻き、その上に銀色の花飾りと桃色の飾りをとつけた髪飾り。
何処と無く色調が三成の陣羽織と同じでついつい頬が綻ぶ。彼は偶然市で見つけたと言っていたが、きっと柄にも無く悩んで選んでくれた物ではないかと邪推して喜んでしまう。
そっと髪に挿してみながらこの髪飾りを見て三成はなんて言葉を掛けてくれるだろうかなんて考える。そもそも気付いてくれるかどうかすら危ういけど。

「ん?其処の女子、何処から入ってきた」
「!」

背後から声を掛けられ振り返ると、よく千影を馬鹿にしてくる将がその場に居た。
そして声を掛けた女が千影だと気が付くと下卑た笑みを浮かべながら「何だ宇多であったか」と良いながら近付いてくる。

「ほう?馬子にも衣装とはよく言ったものではないか」
「……」

無言でそのまま踵を返し三成の元に向かおうとするも将は千影の腕を掴み、その場に留めようとする。将を睨みつける様に顔をそちらに向けるも将は物ともしていない様だ。

「離して下さい」
「そう邪険にするでない。ふむ、矢張り阿修羅の国の姫。着飾れば一国の姫に見劣りはせぬなぁ」
「私は阿修羅姫などではないと何度言えば……」
「ほう?違うと言うのであれば証拠を見せよ」
「それならば私からも言わせて頂きますが、私が阿修羅姫たる証拠をお持ちになられてから非難の言葉を口にされますよう……」
「この小娘が、頭に乗るでないわ!」
「っ?!」

その場で男に組み伏せられ、千影は苦悶の表情を浮かべる。
折れた左腕がじんじんと痛みを発し始める。
これは症状が悪化したか。顔をしかめながら舌打ちをし上に載る男をどうすべきかを考える。

「このまま殺せば良いだろう?」

すると脳裏に自分の声が反響した。
そうだ。殺してしまえばもう自分が阿修羅姫だと言われる事もないし、この程度の言葉で苦しまなくて済む。
しかし、曲がりなりにもこの男は秀吉の配下。自分と同じ位置に居る人間。殺す事なんて許される筈が無いと千影は思考を一時停止させた。
男は千影が着ている着物を脱がしに掛かり、あまつさえ肌に触れ様とする。肌を這う、その気持ちの悪い感触に千影は暴れながら悲鳴を零した。

「な、何をするのですか?!離して、……離せ!!」
「暴れるでない、小娘。仕様の無い貴様にワシ自らが仕置きをしてやろうと言うのに」
「貴様如きに仕置きされる言われはない!殺すぞ貴様!!」

急に千影の言葉使いが変わり、将は激昂する。
千影も何故自分がこんな口調で言葉を発しているか理解出来ていなかったけど、この際そんな事はどうでも良い事だった。
早くこの男を退かしてこの場から逃げ去りたい。着衣が乱れようと千影はお構い無しに体を捩る。
すると騒がしさに誰かが気がついたのか、こちらに向かってくる足音が千影には微かに聞こえてきたけど将は気が付いていないようだ。この足音の主が三成でありますように、そう願いながらも体をうつ伏せになっていた体を反転させて、将の体を足蹴にした。
将は情けない悲鳴を上げてその場に転がる。
お陰で右足首の捻挫が悪化したが。
暗闇から銀の髪を持つ青年が現れ、千影と将を金色の目で鋭く睨み見下ろす。

「貴様、一体何をしている……?」
「ひっ……、み、みみみみみ三成!」
「三成……」

その場で肩で息をしながら安堵の眼差しで三成を見つめる千影の姿を見て三成は激昂した。
身に纏っている着物は乱れに乱れて肩や胸元まで露になってしまっている。それに整えられた筈の髪も乱れているし、千影本人は気付いていないが微かな量だが鼻血も出ている。
千影のその姿に三成の脳裏で暗い、思い出したくも無い過去が巻き戻った。
自分も幼い頃、預けられた親戚の家で今の千影の姿と同じ様になるまで暴行を受けた。今もそも暴行の跡は三成の体の隅々まで残っている。
だが、その暴行の一件があったお陰で秀吉の下で生き、彼の為に働く事が出来ている。
千影を辱めようとしたこの男に対する憎悪と嫌悪が腹の底から沸き立ち、それが怒りへと変わっていく。

「千影。この男に何をされた」
「三成、ワシは何も……」
「貴様には聞いていない!黙っていろ!!」

三成に怒鳴られ男は萎縮する。
そういえば先程千影の口調が変わった時背中に戦慄が、恐怖が迸った。まるで今対峙している三成から感じる恐怖と同じ様なものを。

「……」
「……喋りたくないのであれば無理に言わずとも良い。大体の察しは付く」

三成は自分が来ていた羽織を脱ぎ、千影に被せると直せる範囲で千影の着物を直し、自分の背後に下がらせた。

「貴様、自分が何をしでかしたか解っているのか」
「ひっ!!」

後ずさりする男をじりじりと追い詰め、胸倉を掴むとそのまま拳で男の顔を殴った。
何度も何度も。一回一回血飛沫が飛び散る位に強く。千影はその場に呆けて怒りで男を殴る様を見つめているしかなかった。
本当は止めないといけないのに。「気にしていない」といつもの様に自分の感情にだけ、嘘を吐いて事を丸くしようとしないといけないのに。
それなのに胸の奥では「そのまま殺されてしまえば良いのに」と、自分では無い何かかがせせら笑う。
さっきもそうだ。男を殺してしまえば良いと思ってしまった。
そんな思考に頭を働かせてしまう自分が怖い。

「千影。どうかしたか」

将を殴り終えたのか三成が千影の目の前で片膝をつき、声を掛ける。
男は暗闇の中で呻きながら、体をビクビクと痙攣させていた。

「三成、私……」
「恐れるな。今日一日は貴様の隣に居てやる。だから、そんな悲しそうな顔をするな」

ぎゅっと正面から優しく抱き締められる。
微かに鼻腔を通り抜ける血の臭いに顔をしかめながらも、三成に体を委ねていた。


2014/06/21