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蝶の物思い
ザビー教本部を壊滅してきた三成、千影は孫市達雑賀衆を引き連れ大坂城に戻ってきていた。
丁度東北の一揆も鎮圧してきたらしく、吉継や家康達も時同じ頃に戻ってきていた。

「お疲れ様、諸君。各々の役目をよく果たして来てくれたね」

半兵衛が戻ってきた兵に労いの言葉を掛ける。
しかし、千影の表情は明るいものではなく暗く沈んでいた。
結果を言えば千影達九州に向かった隊はザビー教を殲滅出来なかった。これでは役目を果たしたとは到底言えない。それは三成や孫市も同じの様で苦虫を噛み潰した彼の様な表情を浮かべていた。
それどころか千影は左腕を折り、右足も酷い捻挫をして余計な負傷をしてしまっていた。
しかも負傷者は千影だけではなく、ザビー教信者の異質さに恐れ慄き負傷した兵も数知れない。これは後で半兵衛から何かしら叱責の言葉を賜るかもしれない。そう思うと余計に千影の胸の内で負の感情だけが渦巻いていく。
半兵衛の話が終わり、兵達が退いていくと千影はその場にまだ立ち尽くしたままだった。そんな千影に孫市は優雅に歩み寄り、言葉を掛ける。

「大丈夫か、宇多」
「大丈夫、といえば大丈夫ですが余り大丈夫ではないと思います」
「そうか……。済まないな、我らの援護がもう少し早ければお前は其処までの負傷をしなかったかもしれない」
「気にしないで下さい。孫市殿の援護がなければきっと死んでたかもしれませんし。生きていれば傷は癒えますし、再起も図れます」
「……強いな、お前は」

フッと孫市は笑みを浮かべた。
あの後、三成の千影に対する感情を聞いた孫市は千影に一斉に切りかかる信者達に向かって早打ちの一斉照射を繰り広げていた。あくまで千影には当てず、信者にだけ。
孫市も三成の言葉で吹っ切れた。確かに今の千影は魔王の眷属である鬼の姫ではないと。鬼の姫は記憶をなくした事でその身を滅ぼした。
阿修羅姫が先代の雑賀孫市率いる雑賀衆を傷つけた事には変わりがないけど今の千影には関わりはない事だとそう思うようになった。
たった数日の短い時間での考えだけどこれを覆す事はめったな事が起きない限りは無いだろう。

「しかし、雑賀衆は本当にお強いのですね。私もこんな怪我をしなくて済む位につよくならなくちゃ」
「ありがたい事だ。だが強い事には越した事はない、せいぜい精進しろ。だが……」
「? 孫市殿?」
「力にだけは溺れるな。溺れた途端お前はお前ではなくなる。そう、別の何かに」

千影が力に溺れたら意図も容易く新しい記憶を持った"阿修羅姫"に戻ってしまうだろう。それだけは危惧しておかねばならない。
尤も、力が全てとのたまう豊臣秀吉に心酔し、身を預けている時点で大分危うい所まで来ているだろうけど。
そんな所に少しだけ怒ったかのような顔をした半兵衛が二人の前に現れた。

「お帰り千影君。そして協力ありがとう、孫市君」
「竹中」
「半兵衛様」
「三成君の報告書を早速読ませて貰ったよ。殲滅を命じていたが今回ばかりは仕方がないね。いずれザビー教はこの日ノ本から追放させてもらおう。それよりも千影君!!」

半兵衛に怒鳴られる様に名前を呼ばれ、千影は肩を震わせた。
これは途轍もなく怒っている。半兵衛が右腕を上げた所で千影は怯えた様に短い悲鳴を上げ、肩を萎縮させて目をぎゅっと閉じる。でも半兵衛は千影を殴る事などなく、ぎゅっと抱き締めた。

「全く君は……こんな怪我をするまで何で無茶をするんだ。孫市君や三成君が居なければ死んでいたかも知れないんだよ」
「も、申し訳ございません半兵衛様」
「うん、そうだね。申し訳ないね。君は豊臣の将ではあるが婚前前の女の子なんだ。戦で矢鱈めったらに体に傷なんて作ってはいけないよ」
「……はい」

俯きながら返答すると半兵衛はまだ少し怒った顔をしていたけどすぐに微笑を見せた。
その様子をみて孫市は呆然と、でも興味深く千影の存在を感じていた。
もし千影が豊臣から離れ、独立した軍を作るというのであれば快く手を貸してやりたい。そう思ったけど、千影の事だ。そんな事は万が一ないだろうけど。


===============


その日の夜、大阪城で雑賀衆を交えて宴会をする事になった。これは半兵衛が一人城に居る時に準備を進めていたらしく、事は滞りない。
千影も半兵衛に手伝える事があるなら手伝うと言ったけど「君は怪我人なんだからおとなしくしてい給え」と仕事すら与えられなかった。
しょんぼりしていたら見兼ねた女中のひとりが三成と吉継、家康達が同じ部屋に固まって話をしていたと教えてくれたからすぐにその部屋へと向かう。

千影が部屋に到着する前、三成達は平服に着替え、談話を交わしていた。
談話と言っても決して楽しそうな、和気藹々とした物ではなく神妙な面持ちでの話し合いと言った方が良いかもしれない。

「三成。千影殿の怪我は一体何があったんだ」
「貴様には関わりがない事だ」
「関わりがないなんて事はないだろう。ワシも千影殿の仲間だ。心配位するさ」
「フン。貴様は以前千影を女として好いているとそう言っていただろう。私が傍にいながらあやつが怪我を負った事について甘言を並べ懐柔するつもりではないのか」
「ワシはそんな事はせん」
「どうだが」

二人のやり取りを聞きながら吉継は口布をずらし、茶を啜る。
この二人は千影の事になると途端に熱くなる。
別に千影の事だけで衝突する訳ではなく、色々な内容で衝突しているから既に彼にとってこの口喧嘩は日常の物と化していた。
しかし、三成の言葉は完全に家康に対する嫉妬だ。
千影の様子を見ていれば彼女が家康と仲が良くても、家康に靡く事はないと言うのは解る事なのに。
残念な事に三成は視野が狭いからその事に気が付けていない様だけども。二人に気が付かれない様に吉継は小さく溜息を吐いた。
すると丁度到着したばかりの千影が顔を見せる。

「おぉ千影か。腕の調子はどうだ」
「刑部。うん、痛いけど何とか。さっき半兵衛様にも怒られちゃった」
「ほう?何と」
「女なんだから輿入れ前に矢鱈と怪我を作るんじゃないって」
「ほんに主は可哀想なおなごよな。我も賢人と同じ事を申してやろ」
「酷いなぁ。そもそも私は誰かと結納を収めるつもりなんてない、し……」
「? どうした」

急に言葉尻が小さくなり、黙りこくってしまった千影に吉継は言葉を掛ける。そして黙りこくったと思いきや吉継の隣にぴったりと座ると「何でもない」と答える。
しかし、いつもの調子にすぐに戻り、未だに口喧嘩をしている三成と家康に指を指す。

「それよりもあの二人、何で喧嘩しているの?」
「ヒヒッ。愛しい主の事でな」
「……はぁ、私の事で?何で?」
「委細はあの二人に尋ねればよかろ」

そう言って吉継は「場所を移す」と言って千影を連れて部屋を出た。
吉継の後を付いていくと其処は千影自身の部屋だった。部屋の中にはいつの間にか豪華な打掛が用意されている。一体誰がこんな物を用意したんだと千影はしげしげと内掛けを見つめていた。
そんな鳩が豆をぶつけられたような顔をしている千影を見つめてヒッヒと声を上げて嗤う。

「主も矢張り女子か。内掛けに興味があるのであろ?」
「興味……はない。何で私の部屋にこんな豪華な物があるか考えてただけ」
「そうかそうか。これは確かに賢人も手を焼く興味のなさよ」
「待った。どうして其処に半兵衛様が出てくるの?」

すると吉継はまた喉を鳴らして笑う。
何だか小馬鹿にされているような。そう思った千影は少しだけムッとした顔をするも吉継はすぐに「済まぬ、スマヌ」と謝罪の言葉を口にする。
いつもの数珠で内掛けを宙に浮かせ、千影の肩に羽織らせてそれから、頭を一撫でして今度は優しげに笑った。

「この内掛けは賢人、主の言う半兵衛様が主にと用意した物よ」
「半兵衛様が用意された?一体何故?」
「彼の者が主を戦から遠ざけ、女子らしく暮らさせたいと願っているのは知っておろ?これはその第一段階と言う事よ」

吉継の言葉が終わるとすぐに苦々しげな表情を浮かべ、「はっ」と皮肉めいた笑いを吐き捨てる。
確かに半兵衛は千影に重ね重ね"女らしさを備えよ"と舞に活花に琴……、大大名の姫が行う様な物を学ばせてきた。つい先程も"女なんだから体に傷を作るな"と言われたばかりだし、その前も急に女中を使って反物選びをさせられた。確かに、千影は女であるし多少はそう言ったものに興味はあったりはする。
しかし、しかしだ。興味はあってもごくごく薄いものだった。千影が立派に女らしくなれば他国に密偵として嫁に差し出す事も出来るだろうし、そういった命は下されれば内容の通りに遂行して勤める予定だ。心の中も決まっている。

「どうしやった、千影よ」
「……何でも、ありません」
「嘘よな。何でもないのであればその般若の様な顔をするのを止めよ」
「……どうせ、私は阿修羅の姫だからそう言われたって構わない」
「!!」

自嘲気味に吐き出すと吉継は驚きで、千影の表情を凝視した。
鎌を掛けるつもりで吐いた言葉だけど、まさか自分が信じた人間にも"阿修羅姫"である事を疑われているだなんて思いもしなかった。いや、思いたくもなかったというのが本音だ。三成だって千影が阿修羅姫かもしれないという事を口走っていたし、孫市も千影の事を確かに阿修羅姫だとそう言った。
しかし吉継は冷静に千影に言葉を掛ける。

「主が阿修羅姫であろうが関係なしに主を好いた男が居る」
「? 私を好いた?それは誰?」
「其処までは申せぬなァ。主は我を疑りの眼で見ておるようだしな」
「刑部!」
「吼えるな吼えるな。阿修羅の姫も所詮は人の子、気に病む事はなかろ」

阿修羅の姫も所詮は人の子。その言葉に千影はじっと吉継の顔を見た。

「刑部……。刑部、貴方は私が阿修羅姫でも友で居てくれる?」
「何を世迷言を……。主は今は只の人の子であろ?尤も、主は主よ。それ以上でもそれ以下でもない。我と主の関係はそう変わらぬ、カワラヌ」

この言葉の何処までが彼の本心かを、今の精神的に不安定な千影には推し量れずにいたが今は吉継の言葉が千影の精神を少しだけ安定させた。
吉継は腹の中で「この娘も相当な阿呆よ」と思いながらも、三成に対する感情と同じような物を抱いていた。正面を切って"友で居てくれるか"などと聞いてきた人間は千影だけだ。
だからこそ、千影を上手く使えれば大なり小なりどうなるかは解りはしないが不幸を降らせる事が出来るのに、そうしない。最初は千影と上辺だけでも仲良くして利用してやろうと思っていたのに。今ではその野心も霧の中に消え失せた。

「(我も随分と感化されたものよ)」

目を細め、物思いに耽る。
しかし、そんな僅かな物思いすらすぐに騒がしさで壊されてしまう。廊下から騒がしく慌しい足音が二人分、吉継と千影の耳に飛び込んできた。

「やれ鉄砲玉が二つ、飛んで来やったか」
「千影!」
「千影!」

三成と家康が吉継と千影がいつの間にか居なくなった事に気が付き、探しに来た。
馬よりも早く走れ、息切れ一つ起こさない事に定評がある三成ですら息切れを起こしている辺りかなり必死で探していたのだろう。
家康は千影の両手を握るといつもの太陽の様な笑顔を浮かべ、「いきなり居なくなられたら心配するじゃないか」と言葉を掛ける。
普段であれば本当に心配しているんだなと思うのだけど、笑顔で言われると怒りを滲ませて言われている様で少しだけたじろいてしまう。

「ごめんなさい。三成と家康ったらずっと喧嘩してたから……。でも何で喧嘩なんてしてたの?」
「そ、それは……」

まさか、「千影の事で言い争っていた」なんて事実は口が裂けても言えない。恐らく千影は家康までもが千影に思慕の情を抱いている事は解っていないだろうから。
それもそうだ。家康はずっと千影に接する時はそういった素振りを見せない様に努めていたのだから。
すると今度は三成が家康から千影を引き剥がす。

「貴様には関係がない事だ。気にするな」
「えー、何それ。私だけ蚊帳の外なの?」
「黙れ。貴様はその傷を早めに癒せる様に努力しろ」
「そんな言い方はないと思うぞ三成」
「黙れ」
「もう、また喧嘩し始める」

千影が溜息を吐いたその時に部屋の外から女中が部屋に入る為に呼びかけを行うも、今のこの状況を見た女中に「千影様が女子らしく殿方とお話されている!」と勘違いされてまたもや溜息を吐いた。
吉継に「この状況を如何にかして欲しい」と救いを求める視線を向けたが彼は笑い、楽しむばかりで当てにならない。
でも、今のこの騒がしい状況が何処となく嬉しくて楽しい。記憶にはないが昔もこんな事があった、様な気がする。
ぼんやりとした脳裏の裏に漆黒と橙の色調に蝶の模様があしらわれた着物を着た女性。
彼女はいつか脳裏に浮かんだ燃え果てた大地に立ち尽くしていた少女、恐らく記憶を失う前の自分に鏡を当てて化粧を施したり、可愛らしい小花模様の着物を体に当ててああでもないこうでもないと楽しそうに盛り上がっていた。
それをこれまたいつか夢の中で会った紫色の少年に深緑の鎧の青年、銀色の長髪の青年。それに奥に控える立派な銀の鎧を着た男性に見守られていた。
戻りたい。でも、戻りたくない。意識しない内に小声で口にしていたのか、三成に「千影?どうかしたのか」と様子を伺われる。

「ごめん、なんでもない」
「そうか。ならば良い……」
「待て、二人で一体何の話をしていたのだ。ワシにも教えてくれ」
「誰が……」
「三成、意地悪しない」
「……くっ」
「それよりも申し訳ございませんが千影様はお召し物のお着替えがございますので石田様、徳川様、大谷様はご退室を……」

困り果てた様に女中はそう言った。

2014/06/07