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過去の写し
船で九州に渡り、ほどなくした頃。
三成達は半兵衛に指定された場所で雑賀衆を待っていた。半兵衛は雑賀衆は既にザビー教に向かわせていると言っていたけど、此処に来るまでに雑賀衆と思しき集団など見掛けはしなかった。
集団で動いているのであれば何処かで見かけると思っていたがそうでもないらしい。まるで忍の群れの様だ。集団で動いているのに何処に居るのか解らない点では忍と同じだ。

「ねぇ三成。三成は雑賀衆の頭領である孫市殿に会った事はある?」
「ある。が、それが一体どうした」
「半兵衛様からお話を伺ってからずっとどんな方か気になってて……。いずれ会わせてあげる、とは半兵衛様は言っていらっしゃったけど、先にどんな人か周りの人にも聞いておきたくて」
「……奴は女とは思えん女だ。貴様もある意味では同じだがな。ただ、貴様と雑賀 孫市では決定的に違う部分がある」

そう言うと三成は千影の顔を一瞬だけ横目で盗み見て、すぐに顔を空に仰いだ。

「貴様には秀吉様に対する忠義がある。だが、あの女にはそれが見あたらない」
「? だって、傭兵集団なんでしょ?色んな軍に行っているならそれもやむをえない気がするけど」
「……貴様、何故そんなに安穏としていられる」
「だって、傭兵集団はお金で雇われて働く人たちの事でしょ?幾ら秀吉様のご威光が凄いとは言っても、そんな事をしている人達がそうそう忠誠を誓ってくれるとは思いはしない」
「戯言を。秀吉様に仕えぬ将など、此度の戦と同じく蹂躙すればいい話だ」
「それはつまり……」
「我らと豊臣の契約が切れれば斬り殺しに行く。そう言いたいのだろう、石田」

急に千影の言葉に自然に続けられた他人の言葉に千影と三成は振り返る。
その場には橙色の髪を風に靡かせた、美しく気高い女性が立っていた。右太腿には幾つかの銃を入れたホルスターを巻いている。その特徴一つを見ただけで千影は彼女が雑賀孫市その人だと言う事を悟った。

「孫市……貴様、到着が遅いではないか」
「がなるな。此方には此方の進軍の仕方と言うものがある」
「秀吉様に雇われている癖に何を……」
「その立場で言うのであればお前達も我らと同列だがな」

冷静に三成の言葉に対処する姿は凛々しく、千影はつい孫市の姿に見とれてしまっていた。
こんな女性、今まで見た事がない。短時間で見た立ち居振る舞いだけでも戦国最強の傭兵集団を纏められる実力がある事をその肌で感じ取っていた。秀吉とはまた違う、長としての風格が漂っている。
そんな千影の視線に気がついたのか、孫市は首だけを動かし千影の顔を見た。しかし、その表情は以前から知っている人間に向けるある種の敵意に近い物があった。

「見ない顔だな。お前、名は何と言う?」
「宇多 千影と申します。貴方が、雑賀 孫市殿ですか?」
「あぁ。そんな事よりも……」
「!?」
「なっ?!孫市貴様、一体何をしている!」

孫市は冷たい表情で千影に銃口を向け、引き金に指を掛けていた。
この人は何故、自分に敵意を向けているのか。今日、今この瞬間初めてあった筈の人間なのに。
こめかみから汗が吹き出て頬から顎を伝い、雫となって地に落ちる。ざわめき始めた周りの声がやけにゆっくりと、歪んで聞こえた。

「貴様、魔王の軍に居た小娘だろう」
「ま、魔王?魔王とは尾張の、織田信長の事、ですか……?」
「とぼけるな。私はお前を見た事がある。先代が魔王に討たれたあの地で、同胞の血を浴び立ち尽くしているお前の姿を……!」
「……ま、待ってください!人違いです、私にはそんな記憶はないんです!」

千影の言葉に、眉間に深く皺を寄せる。
そして今にも引き金を引き、千影の眉間に風穴を開けんとしない勢いだ。

「孫市、銃を下ろせ」
「止めるな石田」
「下ろせと言っている。それは秀吉様の大切な兵だ。殺す事は許可しない」
「それは聞き入れられない言葉だ。お前はこの小娘に騙されている。この娘の姓は宇多ではなく尾籐と言うのではないか」
「そんな!私は尾籐なんて姓では……!」

しかしそうは言っても千影には記憶がない。
もしかしたら記憶がなくなる前はそう名乗っていたのかもしれない。でも確かに千影の姓は宇多で間違いがないのだ。
小さい頃からずっと"宇多 千影"と言う名を名乗っていた筈だ。そうでなければ自分の名は一体何処から来たものなのか。それが解らなくなれば、自分の存在すら解らなくなってしまう。
そんな時微かに背後から「やっぱりあの女は阿修羅姫だったんだ」と怯えた声が聞こえてきた。それは先程千影に声を掛けてきた少年兵で顔は青ざめ、足はがたがたと震えている。
少年だけではない。三成が退けてくれたあの嫌味な将も他の将に何かを耳打ちしている。予想しなくても解る。それが悪意に満ちた言葉である事自体。
此処にいる事が段々と恐ろしくなって、耳から聞こえてくる音がぐにゃぐにゃに歪んでいく。
やがて立っている事すら覚束無くなり、足が少年と同じ様に震え始めた。

「違う……。私はそんな、阿修羅姫なんかじゃ、ない……」
「落ち着け千影!今のお前がそんな物ではない事くらい、私が幾らでも証明してやる!」
「……みつな、り……」
「石田。お前は何故その女を庇う」
「先程言った通りだ!千影は秀吉様の兵だと。貴様如き傭兵の頭が殺して良い筈がはない!」

暫しの間、その場に緊張と沈黙が走る。三成と孫市は互いに互いを睨み合っていて、正に一触即発といった空気だ。
するとすぐに孫市からその場の沈黙を破り捨てた。

「何に怯えている」
「何?」
「この娘が居なくなる事に怯えている目をしている。郷愁とは違う……慕情の色を持ち合わせた目だ」
「戯れるな孫市!」

三成は吼えると、無名刀の鞘に手を掛ける。
だが、孫市は短く笑うと「案ずるな」と言って、千影に突き付けていた銃を下ろした。

「すまない、勘違いをしていた様だ。礼を詫びよう」
「え?」
「我らが知るあの女は一瞬の隙に仲間ごと斬り殺しに行く女だった。だが、お前にはそれがない。確かに顔は瓜二つだがな」

がちゃりと音を立てて銃が太腿のホルスターに収まる。
でもまだ見極めなくてはならない。あの宇多 千影という女の正体を。まだ孫市の表情は険しかった。


一悶着はあったけど三成達は無事ザビー教本部の城であるザビー城に辿り着いた。
本部の中は千影の見た事がない世界だった。見た事がない綺麗な真っ赤な花が咲いており、綺麗な音楽が流れている。
それに真っ白な石で作られた柱に、様々な色が付いた硝子。日ノ本の、秀吉の居城・大阪城も素晴しいがこのザビー教本部の建物も引けをとりはしない。
……よく解からない男の銅像と姿柄がなければの話だけど。何と言うか顔が濃い。それに笑みが胡散臭い。それさえなければ本当に素晴しいと思わず敵の居城(一応城ではない事は解かってはいる)に感嘆の息を吐く。

「何をしている宇多。こんな趣味の悪い城など見回すな」
「同感だな。この城に入ってから寒気が止まらん」
「ご、ごめんなさい。物珍しくて、つい」

三成と孫市はずんずんと城の奥に足を進めていく。
それにしても奇妙だ。此処まで人の気配がないだなんて。
足を進めて行くにつれ人の気配は強くなっていったけどそれでも人の姿は見えない。千影は三成の陣羽織の裾をきゅっと握り、「此処、何がかおかしくない?」と震えた声で問い掛けた。

「確かにおかしいな。気配はあるが姿が見えん。ザビー教とやらはこの世のものではない者共の集りかもしれんな」
「!!??」

三成の一言に千影は体を思い切り跳ねさせた。
そして目に大きな雫玉を浮かべて、口元を引く付かせている。心なしか顔色も悪い。
こいつは妖や幽霊等と言った怪談話が苦手なのかとすぐに気がついた三成は、面倒臭さの余りに言ってしまった言葉に「すまん」と言葉を紡いだ。

「……冗談だ。だからその情けない顔を如何にかしろ」
「三成ってば、そういう意地悪言うのね」

少しだけ拗ねた様にそう言った千影の顔はまだ情けなかった。
しっかりしなきゃいけないという事は解かっている。だからこそすぐに居住まいを正す。
そんな千影の様子を孫市は監視する様に横目で見ていた。あぁ言って千影への疑いを晴らす言葉を口にしたけど、千影は確かにあの時、先代であり師である二代目・雑賀 孫市が討たれた現場に居た女兵士である事に相違ないと。
"阿修羅姫"。そう言って名を隠していたが雑兵が怯えながらも"尾籐殿"と確かにそう言ったのを当時、まだ"サヤカ"だった孫市はしっかりとその耳で聞いていた。
尤も、その尾籐と言う名を口にした織田の兵士は目の前の少女の長く赤い刃に細切れにされて息絶えたけど。その時の少女は名を口にされた事に対して腹を立てたかの様な、そんな顔をしていた。兵士の鮮血を体の真正面から受け止め、真っ赤に体を染めながら。
その記憶はつい昨日の事の様に孫市の頭の中で巻き戻された。

「(宇多は確かに尾籐だ。この目でしっかりと見た、疑いはない。しかし何故だ?何故この娘は鬼の形を潜め、こんなにも弱々しく生きている?)」

十中八九何かが起きた事は明確。
しかし、それを探っても何の特はないと孫市は思い思案するのを止めた。
今の彼女は孫市が、サヤカが知っている鬼の姫ではない。覇の力を純真無垢に慕う只の少女だ。
そんな時、いきなり城の中が大きく揺れ動いた。けたましく鳴り響くラッパの音に不快な音階と詩を綴る野太い歌声。
豊臣軍、雑賀衆両軍ともそれに警戒する様に獲物に手を掛ける。
一体何処にいたのだろうか、黒い特徴的な装束を身を包んだ河童の様な頭の男達が柱や戸の奥からわらわらと現れ、豊臣軍雑賀衆の両軍をぐるりと囲みこんだ。

「ザビー様のお留守を狙って侵攻してくるとはなんと罰知らずな!」
「愛なき不敬者に天罰を!!」

いきなり出てきたと思いきや、先程から鳴っているラッパの音を掻き消す位に騒がしく声を上げる。
しかし、彼らの言葉の端々を聞いていたら教主のザビーもザビー教に併呑されつつあるという話の大友家当主・大友 宗麟も此処にはいないようだ。
それよりも、千影も三成も自分達を囲っている珍妙な男共にうんざりとした様な、引いているかの様な表情を浮かべていた。

「うわぁ……。何だか変なのが沢山湧いて出てきた」
「何なんだこいつらは」
「恐らくこれがざびー教とやらの信者なのだろう。行くぞ石田、宇多」
「私に指図するな、孫市」

三成がその場からたった一歩で敵兵の懐に飛び込み、無名刀の抜刀一筋で十数と言う敵を切り伏せる。
孫市は商売装具の火縄銃と短筒を駆使し、鉛玉を打ち込み駆逐していく。
千影も負けじと得意の舞踊を流用した風による攻撃で信者達を吹き飛ばし、壁に打ち付けていった。
すると今度は言葉にし難い動きをしながらまた、声を荒げる。

「悔い改めよ!右手、左手!」
「貴方の実家に腐ったイカを送りましたよ!」
「私が死んだら灰はザビー城の噴水に……」

言っている内容も意味が解からないけど、これは確かに厄介だ。
結構な攻撃を浴びせている筈なのに何度も何度も立ち上がる。まるで死する事がない亡者だ。その姿に異質さすら感じ少し恐ろしさを抱く。半兵衛が頭を抱えた理由が此処に来て漸く理解が出来た。
「こいつらを生かしておいては後の脅威になる」。本能的にそう思った千影はキッと顔を上げ畳んでいた鉄扇を大きく広げた。そして蹴りの勢いだけで信者達の波に突っ込んでいく。

「千影?!」
「何を考えた、宇多」

孫市は短筒で千影の周りの敵を援護する様に倒していく。
しかし、これは孫市には好機だった。千影の本質を見抜くにはこの戦いはうってつけだ。
千影が本当に鬼の姫ではないのか、はたまた鬼の姫なのか。孫市は眼光を光らせて千影の行動に注目する。
千影は扇で幾重もの風の太刀を作り、ザビー教の兵士を切りつけて、終の一扇ぎで壁に叩きつける。
その姿は先程までとは特に変わった様子ではないけど、纏う雰囲気だけが変わったように思えた。さっきまでは微塵も感じ取れなかった殺気が僅かに発せられている。
孫市はこの殺気の感覚をよく知っていた。これはやはり阿修羅姫の殺気。
それは彼女と対峙しているザビー教の兵士達も感じ取ったようで、中には半狂乱になって(元々半狂乱になっているような者が多かったけど)刀で千影に襲い掛かる。
でも、千影はそれを物ともせずに閉じたままの鉄扇で薙ぎ払い、平然とその場に立ち尽くしていた。

「千影の様子が変わった……?」

三成も千影の様子に気が付いたのか、何故か戸惑いを見せている。それは戸惑いと言うよりも何かに怯えているかの様な。
今まで接していた千影とも、初めて彼女に乞われて手合わせした時の千影の空気と今の空気は全然違う。
しかし、三成がこの程度の戦働きに戦慄するような男ではない事位、孫市は知っていた。孫市は三成が千影に一番近しいと瞬時に感じ取り、三成に問いの言葉を投げかける。自分たちに襲い掛かってくるザビー教徒に銃口を向けながら。

「石田。お前は宇多が阿修羅姫だと、そう思うか」
「?! いきなり何を」
「良いから問いに答えろ」
「……千影には記憶はない。それも引っかかるが、魔王の眷属だったという証明が時々あの女の口から吐かれる」
「……そうか。お前も宇多が阿修羅姫だと思っているのだな」
「だが、それが何だというんだ。今の千影は千影だ。そんな悪しき物ではない」
「……」

孫市は瞼を閉じる。
そうだ、これは単純な事だ。しかし、単純が故に解せない。享受しきれない。
孫市はホルスターから短筒を一丁引き抜き、千影の方向へ照準を定める。そして、そのままトリガーを弾いた。


2014/06/01