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疑いと惑い
その日、また千影は夢を見た。
其処は地獄の様な、しかし南蛮渡来の置物が置いてある異質な空間。
秀吉の部屋にも、大阪城の天守閣にも南蛮渡来の置物や地図が置いてあるがそれとはまた違う何か。

「千影」

程よく低い、耳障りの良い男の声が背後から響く。
振り返れば其処には深緑の鎧を着た青年を従えた、銀髪の女性にも見える青年が立っていた。
二人とも顔が見えないが、千影は何故かこの二人に抗ってはいけないと体が震えだすのを感じた。

「今日もよくやりましたね。  公が可愛がる阿修羅の姫」

まただ。また、あの阿修羅姫の名を出される。
千影にはとうと覚えがない名なのに、あの少年も千影の事をそう言っていた。
怪訝そうな表情を浮かべると銀髪の青年は「おやおや」と困った様な、馬鹿にした様な声を零した。

「阿修羅の、姫?私はそんな者では……」
「何を言う。お前は阿修羅姫として  様のご寵愛を受けているだろう。何を謙遜する事がある」

今まで黙っていた深緑色の青年が口を挟む。
砂嵐が走った音で掻き消されたが、彼らが口にする  様と言うのは一体誰の事なのだろう。
それよりも、此処は何処で、彼らは誰で、自分は何なのか。
そして彼らは千影と一体どんな関わりがあったのか。それが知りたい。もしかしたら記憶を取り戻す足掛かりにはなってくれるだろうか。
すると銀髪の青年は血色の悪い唇を歪ませ、嗤う。

「まぁいいでしょう。千影、また  公のご期待に沿えるような戦をするのです。それがお前の役目。解りましたね?」

そう言って、彼らは踵を返し千影から遠ざかっていく。でも歩いていない。まるで滑って行くかの様に遠ざかる。
千影は咄嗟に手を伸ばして、「待って!!」と叫びながら彼らを止めようとするけど彼らは止まってはくれない。濃霧の向こうに消えていく。

「お願い!私は貴方達とどういう関係の人間なの?!それだけでも良いの、教えて!待って、待って……っ!!」

そこで千影の意識は目覚めた。
また、肝心な事が解らなかった。そうは言っても所詮は夢であるから夢に答えを求めても詮無き事なのだけど。
上半身だけ起こしてぼんやりとしていたら今度は勢い良く、部屋の襖がすぱーん!と景気が良い音を立てて開いた。思わず肩をを大きく跳ねさせて身構える。其処には息を切らした家康が立っていた。

「い、家康?」
「千影殿、すぐに着替えるんだ!急な軍議が入った!!」
「軍議?まさか、何処かの軍が攻めてきたの?!」
「解らん。だがすぐに集まれと召集が掛かっている!」
「解った。解ったから、部屋を出て頂戴。その、着替えを見られるのは抵抗が……」

そう言うと家康は顔を真っ赤にし「済まん!」と謝ってからすぐに襖を締めた。


軍議が開かれる広間に着いた時には豊臣に属する諸侯が一堂に集まっていた。
少し遅れて来た千影と家康に嫌な視線が突き刺さる。千影はその視線に刺々しい気配を出しながらも、家康と共に定められている席に座る。

「集まったか……」

将が全員集まった事を確認した所で秀吉は玉座から立ち上がる。
そして単刀直入に今回の子の大掛かりな召集について、話を始めた。

「東北で農民が一揆を起こした」
「そして西国では毛利、長曾我部が戦を起こし、其処に伊予河野の軍勢が乱入している。更には九州では南蛮のザビー教に呑まれた大友軍が各地で乱を起こしていると報が入った」

秀吉の言葉と半兵衛が筒下様に放ったその一言に諸侯はざわめき始める。
もしや一揆鎮圧と中国地方、更には九州に遠征をしろと、そう言いたいのだろうか。
そんなざわめきたつ諸侯の中で三成、吉継、家康、官兵衛、千影、それに家康の家臣である本多忠勝位なものであった。

「中国地方に関しては共倒れを狙うが得策だろう。彼らは力がある軍だからね。ともすれば早急に片付けねらねばいけないのは……」
「一揆と九州ですか」
「そうだ。それに一揆には東北の小僧……伊達 政宗が絡んでいると聞く。一度この我が手で灸を据えてやらねばなるまい」

伊達政宗。その名に千影はまた聞いた事がない名前だと首を傾げた。
九州の大友もその、ザビー教という変なものの名前も始めて聞くものだけど今の千影には何故か伊達 政宗の方が千影には興味があった。
半兵衛は「そこで」と声を掛ける。その一言でざわめいた声がぴたりと止んだ。

「九州鎮圧と一揆鎮圧に戦力を二分しようと思う」


千影は馬に跨り、九州を目指していた。
九州に向かう軍勢は一揆鎮圧勢より少なく編成されていたが、何も不足は無い。何故なら三成も同じく、九州鎮圧勢に組み込まれていたからだ。
残念ながら家康、忠勝、官兵衛は主君である秀吉と共に一揆鎮圧に向かってしまったけど。そして吉継は半兵衛と一部の兵と共に大阪城に留まる事になった。
それに兵力が少ない事には理由があった。

「九州には既に雑賀衆を向かわせている。三成君達は九州で雑賀衆と合流し、ザビー教を駆逐するんだ」

出立前に半兵衛からそう命を受けた。
雑賀衆。戦国一の傭兵集団。雑賀を尤も評価する軍にのみ雇われる誇り高い軍勢。
以前半兵衛から委細を聞いた時に一度会ってみたいと思っていたけで、こんなに早く機会が回ってくるとは思っていなかった。
一体どういう人なのだろうか。雑賀衆の頭領・雑賀孫市という女性は。
早くこの遠征を終わらせて孫市と話をしてみたい。千影はそう思っていた。


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ザビー教。それはザビーと言う南蛮の聖職者が世に愛を広める為に作った宗教。愛を広める為、とはいっても布教の為にどんな手段でも使ってみせる事に半兵衛は頭を抱えていた。

「愛などと……そんな物は惰弱に過ぎん」

三成はザビー教本部までの地図をぐしゃりと握り潰す。千影はそうは思っていなかったけど、ある意味で愛と言うものを嫌っていた。
愛は自分の行動を鈍らせる。でも、今の自分はそんな事を言える立場ではなくなっていた。今では三成の事が大好きだ。その感情も一種の愛と呼べるのだろうから。よく恋と愛は違うと聞くけど千影にとって愛も恋も同じ様なものだった。
しかし、そのザビーと言う聖職者は一体何の為にこの戦国乱世真っ只中の日ノ本に布教をしに来たのか。
確かに今のこの世は荒んではいるけど、少し考えればいきなり来た得体の知れない余所者を排除しに掛かられるという事解るのではないかと千影は頭を捻らせた。そんなことが考え付かない平和な国から海を越えてきたのか。はたまた石山本願寺の僧兵・顕如の様に武装しているのか。
尤も、誉れ高い豊臣の兵である自分達には関係の無い事だと、千影は地図を畳んで懐に仕舞い込んだ。

するとすぐ傍に年端の行かない、幼げな少年がその場に居た。
何故少年がこんな所に居るのだろうと思ったけど、豊臣の歩兵である証の赤と黒の具足を身につけている事からすぐに兵だということは理解出来る。
少年は少しだけ顔色が青かった。

「う、宇多様……」
「? 何ですか」
「いえ、何でもございません……」
「嘘言わない、顔色悪いよ。寒暖差に体調でも崩した?」
「滅相も無い!」

千影は少年の額に手を伸ばし、額に掌を当てる。少し熱っぽいけど、これは外気が熱いからそう感じるのか。

「体調が悪いのなら、早めに言って。動けない兵を無理に動かすのはこちらとしても効率が悪いから嫌」
「は、はぁ……」

少年は「俺が言いたいのは体調の事ではないのに」と言いた気な目で千影を見ている。
何だか嫌な目だ。そう思い千影は少年から目を逸らす。すると逸らした先に居た将の数名が千影を軽蔑する様な、疎ましそうな顔をしているのが映りこんだ。
確かに自分が嫌われているのは自覚済みだ。でも、最近はずっと三成や家康達と仲良くしていたからそんな事はすっかり脳から薄れてしまっていた。
此処に来てまた、嫌われている事を自覚するだなんて。気が付いてしまうと胸が痛んで、息苦しさを感じる。

「どうかしたか」
「三成……。ううん、何でもない」
「何でもない訳があるか。何でもないのならその様な、悲しそうな顔をするな」

三成が千影に言葉を掛けると千影の背後で先程の嫌な顔をしていた将がチッと業とらしく舌打ちをする。
三成は特段気には留めていなかったけどたったそれだけの事に何故か千影は肩を揺らして怯えてしまう。
此処にいる事が恐ろしい。普段通りの態度で居ればいいのにそれが出来ない。
すると三成は怪訝そうに千影の顔を覗き込んだ。

「矢張り何かあるのではないか」
「な、何でもない!心配掛けてごめんなさい」
「ならば良いが……。何かあれば即、私に言え。解ったな」
「……はい」

そんなやり取りの後、三成達はまた行軍開始する。
なるべく早くこのくだらない乱を終結し、大坂に戻りたい。誰しもがそう願っているだろうし、少なくとも千影はそう思っていた。
先程千影に嫌な視線を投げかけてきた兵がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら千影の隣に並ぶ。

「おい、宇多!貴様の様な女が何故このような場所に居るのだ?女は早に城に戻り部屋の隅で縮こまっておれ」
「……私とて豊臣の将で貴方と同じ立場に居る。それに、半兵衛様直々に下さった命に背く事など出来る筈もない。半兵衛様のご命令は秀吉様のご命令と同じ。貴方はそれに背けるのか」

淡々と、何時もとは違う口調で返答する。
自分はこんな冷たい態度と口調を使える人間だったか。そう思ったけど、今のこの絡まれ方にはこの対応が一番だろうと個人的に思ったから今更改めるつももりも無い。
このまま「貴方と会話するつもりがない」と言いたげに馬腹を蹴り、馬を早く走らせると将は負けじとそれに速度を合わせてくる。

「……まだ何か?」
「そういえば、貴様、ついこの前まで半兵衛様に謹慎の命を掛けられていたそうではないか」
「それが、何か?」
「おぉ、否定はせぬのか。これは、あの噂は本当なのやも知れんなぁ……」

ニヤニヤと陰険な笑みを浮かべ将は言葉を並べる。
今まで無表情で対応していたが、将の言う"噂"に興が引かれ、千影の表情は普段の物に崩れた。

「貴様があの"阿修羅姫"ではないかと言う噂よ」
「!!」

また、阿修羅姫の名を聞き千影は表情を強張らせる。阿修羅姫については半兵衛から話を聞いた位の物だし、恐ろしい人物だと千影は思っていた。それが自分であると思ってすらいなかった。
でも、秀吉に拾われる前の記憶がない事、最近見る夢の所為で"もしかしたら"が頭の中を駆けずり回っていたが、まさかそんな噂を立てられているとは。
人の噂は七十五日。そうは言うけど、半兵衛から聞いた阿修羅姫の話は噂話の範疇を超えて妖忌憚の様に一種の物語と化していた。それと同じ様に千影が阿修羅姫と言う話は物語の続きとして好き勝手に紡がれていくのではないか。
それではないとしても、それを演じなければならないのか。そう考えると頭の中がぼんやりとして、意識が遠退きそうになる。気がついた時には手綱は手からすり抜けていて、体そのものがぐらりと傾き、馬から落ちそうになっていた。

「! しまっ……」
「千影!」

今まで横で嫌味を言ってきていた将とは反対方向から三成の声が聞こえる。
そして三成は落ちかけていた千影の体を、上手く腕を掴んで馬にしっかりと跨らせた。

「あ、ありがとう」
「貴様、矢張り何かを隠しているな」
「……そんな事は」
「嘘を吐くな。……おい」

最後の「おい」は千影を挟んで向こう側に居る将に向けられたもので。将は一度「ひっ」と情けない声を上げるも、震えながらも虚勢を張り「何じゃ、三成」と言葉を返した。その言葉すらも情けない位に震えていたけど。

「千影が阿修羅姫だったら?それが何だ。この女は確かに武道の腕は立つし、経歴は不明でその可能性は十二分にある」
「そうかそうか、貴様もそう思うか。それであれば……」
「戯れるな。これ以上下らない侮辱で千影を穢す事をしてみろ。その時は私が貴様を殺してやる!」

刀に手を掛ける。すると将はまた情けない声を上げて馬腹を蹴って先に前に行ってしまった。その情けない背中にフンと鼻で息を吐くと千影の表情を横目で盗み見る。

「あの様な小物の言葉など気に掛けるな」
「……」
「以前言っただろう。私は貴様が魔性の者……阿修羅姫であろうと誰にも殺させはしないと。それは貴様が"宇多 千影"と言う人間だからそう言っている。阿修羅姫だろうが、死人であろうが千影は千影だとそう思っている。だから、下らん事で気に病む許可しない事は私が許可しない」
「……凄い理屈。でも、三成らしくて私は好きだな」
「フン。解ったなら速度を速めろ。ザビー教だか何だか知らんが、秀吉様のお手を煩わせる様な者共は早く斬滅するに限る」
「ふふっ、そうだね。私も早くこの戦を終わらせたい」

そう言って二人は同じ瞬間に馬腹を蹴り、進軍速度を速めた。


2014/05/05