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動き始める関係
その日の夜。
半兵衛は考えていた。そしてその考えを告げる様に秀吉の部屋に来ていた。
半兵衛のその考えには秀吉の意見がどうしても必要不可欠だったから、早速考えを秀吉に告げる。

「秀吉、三成君と千影君の事だけど」
「三成と千影?あの二人がどうしたというのだ」
「あの二人もそろそろ互いに伴侶が居てもいい年頃だと思わないかい?」

秀吉はその一言に一瞬だけ頭を働かせるのを止めた。
確かに最近のあの二人の仲は恋仲などといったそれにしか見えない。千影の存在で三成が武が弱くなってしまう事を恐れた時期もあったけどそんな事は一度たりともなかった。
しかし、何故半兵衛がそんな事を言い出すのかは秀吉には遠く理解に及ばなかった。
もしや、いっそうの事三成に千影を嫁がせ、自然なまま監視をさせる魂胆なのだろうか。

「半兵衛よ、あの二人はまだ顔を合わせて日が浅いだろう」
「そうだけど……。千影君が忍にかどわかされそうになった時以来、あの二人は互いの事を意識し合っている」
「……お前の事だ、他にも訳があっての考えなのだろう」
「流石秀吉。以前君は千影君が阿修羅姫になってもそれを御せないと、日ノ本を統一なんか出来ないとそういった事もあっただろう?」
「あぁ」
「君も僕も彼女は出来れば傷つけたくはない。それに、三成君は千影君にいい影響を及ぼしている。それは千影君にも言える事だけどね。更に言えばあの二人は有能だ。三成君と千影君の子であればきっと豊臣の次代を守ってくれるかもしれない」

そう言った半兵衛は少しだけ無理をしているような顔をしていた。
そういえば、千影を拾う少し前から半兵衛は時折顔色を悪くしていた。それに千影の教育の件を他の者に任せてはどうかと話をした折には、力強く「他の者に任せるつもりは無いよ」と、そう言っていた。
千影に固執している節も見られたけど、それを問うたところで半兵衛はかたくなに「そんな事は無い」としか言わないだろう事は秀吉の目には見て取れた。

「今日、千影君の着物を何着か作らせようと思って反物屋を呼んだんだけど千影君はそう言ったものに余り興味がないみたいだね」
「待て、半兵衛。千影に三成と婚姻を組ませると言う事を話したのか?」
「いいや、まださ。でも、彼女は女の子なんだし今から少しくらい頭の中から戦の事を切り離してお洒落する事も必要だと思っただけさ」
「……うむ」

半兵衛の千影に対する態度はまるで父の様であり、兄様でもある。だからこそ千影に此処まで力を入れて接しようとするのだろうが、これはいささか行き過ぎな様な気もしてならない。
そんな神妙な面持ちの秀吉を見て半兵衛は何かを察したかの様な、そんな表情を浮かべた後に自嘲するかの様な笑みを浮かべた。

「秀吉、こんな僕を愚かだと思うかい」
「何故だ。お前は千影を大切に思っている、我が子の様にな。違うか?」
「うーん、我が子という例えは何だか違うな。でも、それに限りなく近い。以前から言っていただろう?千影君には戦を切り離した所で幸せになって欲しいと」
「三成に嫁がせた所で千影が戦に関わるのは目に見えているだろう」
「……それは、そうなんだけどね」

自分と同じ様に秀吉の存在に、力に憧れる三成の事だ。
きっと戦える力を持つ千影を娶れば彼女も共に戦場まで連れていくだろう。それは半兵衛も薄々思っていた事だ。
でも、もしそうなったとして千影がそれでも幸せだというのであればそれでいいのではないか。そう半兵衛は思った。


===============


千影は部屋のまん前の縁側に腰を掛けて真っ白な月を見上げていた。
今日一日は何だか気持ちが重かった。朝からずっと。

「他人の目から見て、私は如何映っているんだろう」

戦に出る女が変わり者なのは知っている。それに野蛮で粗暴な事も。
だから三成も半兵衛も千影に女らしさを求めてきたのか。そう思うと戦慣れしている自分の体が、戦で傷付き爛れているこの体が急に憎らしくなる。秀吉の為に力を奮える事に誉れを感じていたのに、急に疎ましくなってくる。
それに自分の性にも。男に生まれていれば、きっとこんな事で悩まなくて済んだのかもしれない。女として生まれた事に此処までの腹立ちを抱いたのはこれが初めてだった。
所詮女は女。そう思うと鉛玉を飲み込んだかの如く胸が重く、苦しくなる。呼吸をする事すら辛い、ままならない。

「駄目。これ以上考えたら苦しくなる。何か楽しい事でも考えなくちゃ」

首を横に振り、楽しい事を思い出そうとするが中々楽しい事が思い浮かばない。
浮かんだとしてもそれは最近の、三成達と他愛の無い会話をしている情景。

「……私、秀吉様に拾われなかったらどんな生き方をしていたんだろう」

ふと思う。今までどういう生き方をしていたかも解らないのに、秀吉達に見つけてもらえなかったら今は無かったと振り返る。
秀吉に拾われなかったら千影は大阪城には居ないし、三成達にも会う事はなかった。出会ったとしてもそれは今とは全く違う道を歩んでいたであろう事は解っている。
もしかしたら、殺しあう関係になっていたかもしれない。
それだけは回避出来て良かったと心から安心した。
すると遠くから千影に向かって誰かの視線が飛んできた。
その方角を見ると其処には何時もの戦装束ではなく、木綿の着物に袴を履いた三成が居た。

「珍しい格好をしているね」
「あぁ。たまには、な。……」
「? どうかしたの?」
「いや……。隣に座っても良いか」
「どうぞ」

そう言うと三成は静かに千影の隣に座る。
他人行儀な距離は開いていたが。
このまま出いてはきっと会話はないな。千影はそれだけは回避しようと当り障りない話を考える。
これ以上雰囲気から何から重たくなるのは御免だ。

「今日の月、綺麗だね」
「……あぁ、皎月だな」
「皎月?」
「明るく輝く月、と言う意味だ。知らなかったのか」
「……無知でごめんなさいね」

拗ねた様に顔を背けると三成は呆れた様な溜息を吐いた。別に千影の無知を馬鹿にした訳でも何でもない。
寧ろ皎月は千影のような存在だと三成は思っている。きらきらしくて、純真で。邪気がなくて。三成の中の宇多 千影と言う女はそういう人間だった。
着物の袖口から今日買ってきた髪飾りをそっと抜き出し、見つめる。
今、これを渡した方が良いのか。しかし、今ではないと渡す期を逸してしまうと、そう思う。

「千影」
「何?」

名前を呼べば振り返った千影に、髪飾りを押し付けた。
千影は意味が解らないといった顔で押し付けられた髪飾りと、顔を若干赤くして俯いている三成を交互に見比べる。

「貴様にくれてやる」
「……これ、髪飾り?」
「偶然市で見つけた。要らんと言うなら焼き捨てろ」
「そ、そんな勿体無い事しません!……ありがとう、三成」

嬉しそうに微笑む千影に三成の胸は高鳴る。
そして、思った通り心の中が満たされた。様な気がした。
これは家康の言う通りだったのかもしれない。千影の事を一から十までとは言わずとも、何も解っていなかった。

「ふふ、三成が選んでくれたなんて嬉しい。ずっと、ずっと大切にするね」
「それはもう貴様の物だ。好きにしろ」

そう言うが千影はずっと嬉しそうに笑んだままだ。その表情に三成も釣られて口元が緩んだ。


===============


幸せに身を浸しながら眠りにつくとまた千影は夢を見た。
其処は地獄の様な、しかし南蛮渡来の置物が置いてある異質な空間。秀吉の部屋にも、大阪城の天守閣にも南蛮渡来の置物や地図が置いてあるがそれとはまた違う何かがある。

「千影」

程よく低い、耳障りの良い男の声が背後から響く。
振り返れば其処には深緑の鎧を着た青年を従えた、銀髪の女性にも見える青年が立っていた。
二人とも顔が見えないけど、千影は何故かこの二人に抗ってはいけないと体が震えだすのを感じた。

「今日もよくやりましたね。  公が可愛がる阿修羅の姫」

まただ。また、あの阿修羅姫の名を出される。
千影にはとうと覚えがない名なのに、あの少年も千影の事をそう言っていた。
怪訝そうな表情を浮かべると銀髪の青年は「おやおや」と困った様な、馬鹿にした様な声を零した。

「阿修羅の、姫?私はそんな者では……」
「何を言う。お前は阿修羅姫として  様のご寵愛を受けているだろう。何を謙遜する事がある」

今まで黙っていた深緑色の青年が口を挟む。
砂嵐が走った音で掻き消されたが、彼らが口にする  様と言うのは一体誰の事なのだろう。
それよりも、此処は何処で、彼らは誰で、自分は何なのか。
そして彼らは千影と一体どんな関わりがあったのか。それが知りたい。
もしかしたら記憶を取り戻す足掛かりにはなってくれるだろうか。
すると銀髪の青年は血色の悪い唇を歪ませ、嗤う。

「まぁいいでしょう。千影、また  公のご期待に沿えるような戦をするのです。それがお前の役目。解りましたね?」

そう言って、彼らは踵を返し千影から遠ざかっていく。
歩いていない。まるで滑って行くかの様に。千影は咄嗟に手を伸ばし、「待って!!」と叫び、彼らを止めようとする。でも彼らは止まってはくれない。

「お願い!私は貴方達とどういう関係の人間なの?!それだけでも良いの、教えて!待って、待って……っ!!」

そこで千影の意識は目覚めた。
また、肝心な事が解らなかった。そうは言っても所詮は夢であるから夢に答えを求めても詮無き事なのだけど。
上半身だけ起こしてぼんやりとしていたら今度は勢い良く、部屋の襖がすぱーん!と景気が良い音を立てて開いた。
思わず殻度を大きく跳ねさせ、身構える。其処には息を切らした家康が立っている。

「い、家康?」
「千影殿、すぐに着替えるんだ!急な軍議が入った!!」
「軍議?まさか、何処かの軍が攻めてきたの?!」
「解らん。だがすぐに集まれと召集が掛かっている!」
「解った。解ったから、部屋を出て頂戴。その、着替えを見られるのは抵抗が……」

そう言うと家康は顔を真っ赤にし「済まん!」と謝ってからすぐに襖を締めた。


軍議が開かれる広間に着いた時には豊臣に属する諸侯が一堂に集まっていた。
少し遅れて来た千影と家康に嫌な視線が突き刺さる。
千影はその視線に刺々しい気配を出しながらも、家康と共に定められている席に座る。

「集まったか……」

将が全員集まった事を確認した所で秀吉は玉座から立ち上がる。
そして単刀直入に今回のこの大掛かりな召集について、話を始める。

「東北で農民が一揆を起こした」
「そして西国では毛利、長曾我部が戦を起こし、其処に伊予河野の軍勢が乱入している。更には九州では南蛮のザビー教に呑まれた大友軍が各地で乱を起こしていると報が入った」

秀吉の言葉と半兵衛が筒下様に放ったその一言に諸侯はざわめき始める。
もしや一揆鎮圧と中国地方、更には九州に遠征をしろと、そう言いたいのだろうか。
そんなざわめきたつ諸侯の中で三成、吉継、家康、官兵衛、千影、それに家康の家臣である本多忠勝位なものであった。

「中国地方に関しては共倒れを狙うが得策だろう。彼らは力がある軍だからね。ともすれば早急に片付けねらねばいけないのは……」
「一揆と九州ですか」
「そうだ。それに一揆には東北の小僧……伊達 政宗が絡んでいると聞く。一度この我が手で灸を据えてやらねばなるまい」

伊達 政宗。その名に千影はまた聞いた事がない名前だと首を傾げた。
九州の大友もその、ザビー教という変なものの名前も始めて聞くものだけど今の千影には伊達 政宗の方が千影には興味があった。
半兵衛は「そこで」と声を掛ける。その一言でざわめいた声がぴたりと止む。

「九州鎮圧と一揆鎮圧に戦力を二分しようと思う」


===============


千影は馬に跨り、九州を目指していた。
九州に向かう軍勢は一揆鎮圧勢より少なく編成されていたけど何も不足は無い。
何故なら三成も同じく、九州鎮圧勢に組み込まれていたからだ。残念ながら家康、忠勝、官兵衛は主君である秀吉と共に一揆鎮圧に向かってしまったけど。そして吉継は半兵衛と一部の兵と共に大阪城に留まる事になった。
それに兵力が少ない事には理由があった。
「九州には既に雑賀衆を向かわせている。三成君達は九州で雑賀衆と合流し、ザビー教を駆逐するんだ」。出立前に半兵衛からそう命を受けた。
雑賀衆。戦国一の傭兵集団。雑賀を最も評価する軍にのみ雇われる誇り高い軍勢。
以前半兵衛から委細を聞いた時に一度会ってみたいと思っていたけどまさかこんなに早く機会が回ってくるとは思っていなかった。
一体どういう人なのだろうか。雑賀衆の頭領・雑賀 孫市という女性は。
早くこの遠征を終わらせて孫市と話をしてみたい。千影はそう思っていた。


2014/05/02