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雑賀衆と黒田八虎筆頭
「それは種子島を使ったのだろうね」

そう豊臣の若き軍師は言った。
報告に来ていた三成、吉継はその手があったかと納得する。
一方、城に戻った途端目に見える様に気分が良くなった千影は首を傾げて「種子島?」と、初めて聞くその名を復唱した。

「何じゃ、お前さん種子島を知らんのか」

官兵衛が物珍しそうにそう問いかけると千影はうんと頷く。
戦に出ているとは言え、銃器の事には疎いのは殆どの女がそうだろう。
中にはその種子島の類の武器を扱う女もこの戦国にいるのだけど、千影そんな事は知らない

「黒の軍師さん。種子島って何ですか?南にも同じ名の島がありますが……」
「千影君、種子島は火縄銃の事を言うんだよ。君が今言った島に伝来したから種子島とそう言ったんだ。そのことについてはまた今度詳しく教えてあげるね」
「ありがとうございます、半兵衛様。話の腰を折って申し訳ございません」

申し訳なさそうに千影は頭を下げると、半兵衛は微笑みながら優しい声音で「構わないよ。いずれは教える事だったから」と言葉を返す。
そんな会話の流れを吉継は一息ついてから変えた。

「種子島。なるほどなァ……。賢人よ、これは雑賀の仕業と考えるべきか」
「そうだね。種子島を使えば土地を荒らす事を最小限に出来る。しかし、あの誇り高い彼女らがならず者如きを依頼とは言え殺すとは僕には思えない」

そう言うと半兵衛は物思いにふけった。これは何か裏がある。
この前松永が大阪に現れて以来、半兵衛は松永を疑うようになっていた。矢張り、彼の目的は千影か。
しかし、松永が絡んでいるとなると雑賀衆が彼を危険因子として排除に掛かる事だって考えられる。雑賀衆の現在の頭領はキレ者だ。それに仕事も選ぶ。
今回のこの一件は考えれば考える程に深みに嵌って行く。
出来るのであれば考える事を放棄したい位だけど、如何せん半兵衛の意思とは裏腹に明晰な頭が解明しようと勝手に働いてしまう。

「……まぁ、三成達が捕まえた奴をあいつが尋問している筈だ。上手く吐かせる事が出来りゃあ真実は見えるじゃろ」
「ふん。官兵衛の癖に偉そうな事を……。そんな事貴様に言われずとも半兵衛様は解っておいでだ」
「何じゃと三成!」
「黒田君、黙りたまえ。三成君も焚き付けるのは止めてくれないか。騒々しくなる」
「……申し訳ございません、半兵衛様」

半兵衛に叱責され、三成は項垂れる。
そんな三成を珍しそうに見つめ、千影は隣に座っていた吉継にそっと耳打ちをした。

「刑部、三成は黒い軍師さんと仲が悪いの?」
「うむ……、仲が悪いというよりは存在自体を認めていないと言った方が良かろうな。それよりも千影よ、本当に容態は良いのか」
「うん。村の子供達が介抱してくれたりしたから大丈夫。でも、やっぱり自分が情けないな。役に立てると思ったらとんだ役立たずだし、無知で皆の話を遮ってしまう。精進しなきゃ」
「主は今のままで十分役立っていると思うがなァ……」

思わず口に出た言葉に「何を言っているんだ」と思いつつも、きょとん顔から一変、笑みに変わった千影の表情を見て気恥ずかしくなってしまう。
こんな小娘如きに何を照れているのか。
そんな様子を見てムッとしている友人の視線が痛いから何時もの無表情を取り繕う。
あの三成をここまで変貌させるとはある意味で恐ろしいと吉継は思っていた。

そんな時、"尋問"されているであろう男の断末魔が今、千影達が集っている半兵衛の部屋まで聞こえてきた。
そのおぞましい声に千影は肩をビクつかせるけど三成達は動じてはいない。

「あ、あの……今のは一体?」
「あぁ。今のは尋問されている男の断末魔だね。でも気にする事はないよ、千影君」
「え、でも尋問って断末魔上げるほど凄惨な物でしたっけ?」

そうだ。今のは尋問で発せられる声ではない。それは常日頃尋問をされていた千影によく解っていた。
そもそも千影がされていたのは尋問ではなく、千影を気に入らないが故の八つ当たりや苛めだった。最近はそんなものはなく平和そのものだけど。
断末魔を上げるともなると拷問でもしているのではないかと思う。自業自得だけど少しだけ村を襲ったならず者が可哀想に思えた。
また程なくして断末魔が響いてくる。

「三成、これって本当に尋問なの?拷問の間違いじゃないの?一体誰がやっているの?」
「半兵衛様が尋問だと仰っているんだ。尋問に相違ないだろう。誰が尋問しているかなど私には微塵も興味はない」
「えええええ……」
「そういう言い方はないだろう三成。今あやつらを尋問しているのは小生の部下の後藤 又兵衛という男だ。今度お前さんにも紹介……いや、やっぱり止めておこう。千影、又兵衛に会わんように気をつけろよ」
「……又兵衛さんって、何者なんです?」

気になって官兵衛に詰め寄ってみるが官兵衛は「取り合えず気をつけろ」としか言わなかった。


「そういえば、半兵衛様。先ほど話に出た"雑賀衆"とは?」

報告が終わり、雑談も(とはいっても千影が一方的に官兵衛に話をしていた)終わり、三成達は各々役目に戻っていったけど千影はそのまま半兵衛の部屋に残り、兵法を学んでいた。
先程まで官兵衛の部下である又兵衛がどんな人間か知りたがっていたのに切替しが早い事。だが半兵衛は千影のこの切替の早い所が何よりも大好きだった。
他人は半兵衛の事も切替しが早いと言うけとま実はそうではない。そう見せているだけと言うのが実情だった。本当は頭の中では気にしている。ずっと、ずっと。

「半兵衛、様?」
「すまない。少し考え事をしていた。雑賀衆は紀伊国の雑賀荘、十ヶ郷、中川郷、三上郷、社屋郷を主な活動拠点にしている傭兵集団の事さ」
「その雑賀衆が銃器を使い、色々な軍に雇われると言うことですか?」
「そうだよ。実の所、今は僕達豊臣が彼女達を雇っているんだ」
「……彼女?雑賀衆の頭は女性なのですか?」

千影は驚いた様に声を上げた。
戦において女が上に立つなどありえない。千影は豊臣に着てからずっとそう言われ続けてきた。そう言ってきた彼ら曰く"生意気"だそうだ。
しかし、この雑賀衆という傭兵軍団はそうではないらしい。中には仕方なく従っている者も居るのではないかと、変な心配すらするがそれは雑賀衆の人間にとって大きなお世話でしかないだろうから考えを止める。
しかし、逆にその頭が慕われているとすれば。そうなると千影は凄くその雑賀の女頭領に会ってみたいと思った。

「ふふっ、会ってみたいかい?」
「! 心の中を読まないでください」
「心の中なんて読んでいないさ。君のその顔、今とても孫市君に会ってみたいと言う顔をしている」

顔に出ている。そう言われ、急に恥ずかしくなって顔が真っ赤に火照る。
いつもこうだ。半兵衛みたいに落ち着きを持ちたいけどどうやらそれは千影には難しいらしい。
でも、半兵衛も吉継も三成も千影のこのくるくる変わる表情を好きだと言ってくれるから無理に変わらなくても良いと思っているのもまた事実だった。

「いずれ、孫市君はまた大阪城に来るからその時に紹介してあげよう。それまでは少し我慢して貰う事にはなるけどね」
「ありがとうございます、半兵衛様」
「君の教育の為さ。それに千影君が広い見識を持ってくれるとなるとそれだけ豊臣にも力が増える。無論君だけじゃなく他の者にも言える事だけどね」
「私、半兵衛様みたいに戦も軍略もこなせる様に頑張ります」
「そうしてくれると嬉しいよ」

千影の頭を撫でると千影は嬉しいそうに満面の笑みを浮かべた。
城に戻って来た時は顔が青かったのに。三成達が言うにはそれでもまだ大分様子は良くなったという話だけども。

「そういえば、千影君。討伐の際に何かあったのかい?村についた途端怯え出したと聞いたけれど……」
「……ただ、驚いただけです。余りにも酷い状況に」
「嘘だね。……いや、嘘ではないけれど何か大切な部分を隠している。僕には常に真実を話すように教えている筈だよ?怒ったりはしない、だから素直に言ってご覧?」

すると千影は少しだけ、半兵衛に戸惑いを見せた。
これはもしや、阿修羅姫の記憶が蘇ったのかもしれない。思わず身構えてしまうけど千影にそれを悟られると何も語ってくれなくなってしまう。
そうなれば無理にでも、暴力でも何でも働いて口を割らさせざるを得ない。
ひいては豊臣を守る為。そういった手も考えていた。

「千影君」
「変な風景が、頭に浮かんだんです」
「変な?」

問いかけると千影はゆっくりと小さく頷いた。
そしてまた、ゆっくりと唇を開いた。

「燃えている家屋や地面を見て、怖くなったんです。曇天の空に、枯れ果てた桜の木の下でぽつんと立ち尽くして真っ黒な、人の形を成した何かを見つめて、鳴き叫んでいる自分が、其処に居たんです。その場の周りの草木も、微かに燃えている情景が、頭の中に浮かんだんです」

震えた声で、怯えながらそういった千影の目には涙がうっすら溜まっていた。
話す事すら嫌で、怖くて仕方がなかったのだろう。
千影の語った情景は半兵衛にとって、戦をしているのであれば極当たり前な物なのだけど彼女には恐ろしくて仕方がない物らしい。
そっと抱き締めると幼子をあやす様に背中を数回撫でた。
そして矢張り、千影には戦などない平和な世で暮らして貰いたいとそう思った。
それに彼女が阿修羅姫だという事は明確だけど、まだその記憶は戻っていない様だ。願わくばこのまま、何も思い出す事なく安穏な彼女のままで生きて欲しい。
そう思うだけで、千影を抱きしめる腕に力が自然に篭った。

「私が秀吉様と、半兵衛様にお拾い頂く前の記憶、なのでしょうか……」
「そんなものが君の記憶の訳がない。きっと悪夢を見たんだ」
「……そう、かもしれませんね」

無理に笑う千影に最近では痛まなくなった心が痛む。
千影に情が湧いているのかもしれない。こんな、今のこの姿を見たら秀吉は何と言うだろう。
ねねを殺した時の様に、千影も人を弱くさせる存在だと、やっぱり殺してしまうのではないか。

「それだけは、流石に止めるけどね」

千影に聞こえない程度の小声で呟いた。


2014/04/22