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黒染まりの記憶
「こりゃ酷ぇな……」

ならず者が荒らしたであろう村は死屍累々。土は斬られたであろう村人の血で所々染まっていた。
まだ生きている村人を助けて介抱し、惨状を聞き出す。
その間千影は呆然としながらその光景を眺めていた。豊臣に迎え入れられてから出陣した戦は更地の様な、山の中等と言った民家が無い場所だった。
民が巻き込まれるような戦いは千影にとっては初めてだ。
しかし、こういった惨状は千影は初めて目にしたとは思えない位に克明に目蓋の裏に焼きついている。

枯れ果てた大きな桜の木の下。
轟々と燃え盛る辺りの草。
それに肉の焼ける臭いと、焼け過ぎて焦げた吐き気を催す嫌な臭い。
視線の先には数人の、消し炭と化した人間だったもの。
それを見て、喉の奥底から獣の様に声を絞り出された声。
この記憶は一体なんだ。途端に体が震えだし、嫌な汗が一気に噴き出してくる。加えて呼吸も荒くなっていく。
怖い。此処に居る事が。今、目蓋の裏に映し出された記憶のような物が。
思い出したくないのに頭が勝手に思い出そうと作用する。しかしその度に急に目の前が暗くなっていくと同時に体が揺れる。

「千影?……おい、千影!!」
「!!」

三成に怒鳴り付けられるように名前を呼ばれ、ハッとする。その手は千影の肩を掴み、心配そうな顔で千影を見つめていた。

「どうした。顔色が悪い」
「大丈夫、何ともないよ三成。この惨状見て、酷いなって思って……」
「……そうか。だが、先程も言っただろう。無理はするな、と」
「だから無理はしてないよ。そんなに私は無理しているように見える?」
「いや、それなら良いのだが」

そう言っても三成の目にも千影の顔色が相当悪い事は目に見えて解った。顔色が悪い他にも何かに怯えている様にも見えるし、変な汗だって出ている。
怯えると言っても何に怯える物があるのだろうか。怯えるような物は何一つ此処には無いはずだ。
人の生き死にが怖い筈なら戦になんてまず出ないから、生き死にではない事は明確。それならば一体何に?それを千影に聞いてみても「何でもない」の一点張りで答えなんて言ってはくれないだろうけど。
そう考えていたら空気を読まない男のヤジが少し離れた所から飛んできた。

「おい、三成!いちゃついていないで賊を探すのを手伝え!!千影、お前さんもだ」
「黙れ官兵衛、貴様如きが私に指図をするな。貴様に言われずとも探し出して斬滅してやる」
「三成よ、賢人からは殺さずに生け捕りにせよと命が出ておる」
「クッ……」

吉継のすかさずの突っ込みに苦虫を噛み潰したような顔をし、言葉を吐き捨てる。
こんな茶番、早く終わらせたいのに。秀吉の領地を侵し、あまつさえ民草を殺した罪人共を生け捕りにして連れ帰るなど三成には考えられない事だ。
即刻その場で斬滅。それが三成の基本的な思考だった。
それに、今だ顔色が悪く体を震わせている千影が気がかりだ。此処から早く遠ざけて安心させてやりたい。千影が苦しんでいたり辛い顔をしているのは堪える。
そんな時、村からすぐ近くの森から大きな爆発音がし、地面を揺らした。
鳥が危機を察知したのか一斉に森から羽ばたいて行く。

「何じゃ?!」
「もしかしたらならず者が何かをしているのかもしれないなァ。行くとするか、三成」
「あぁ。……官兵衛、貴様は千影と此処にいろ。私と刑部で充分だ」

そう言うと三成は千影の顔だけをチラリと見てから走り出す。吉継もそれに付き従うように神輿を走らせた。

「ちょ、待てお前さんら!指揮は小生が……。くそ、走るのが早い奴らめ」

そんな官兵衛の声を聞いて千影は今まで俯かせていた悲しそうな顔を上に上げた。
其処にはもう三成と吉継の姿はない。此処にはまだ一部の豊臣の兵士も、官兵衛も居るのに心細くて仕方がない。

「全く、城に戻ったら半兵衛からたっぷり灸を据えてもらわにゃいかんな。おい千影」
「?」
「! お前さんどうした、顔色が悪いぞ」
「何でもありません。大丈夫です」
「大丈夫ではないだろう。お前さんだけでも先に城に帰るか?」
「要らぬ気遣いです、黒い軍師さん。私も三成達を追って……」

一歩進もうとすると足がふらつく。そのまま転倒しそうになったけど寸での所で官兵衛が助けてくれた。
官兵衛は思った。この千影と云う少女は何故だが無性に心配したくなってくる。ある意味で魔性の女だ。心配になって、気になって仕方がない。あの三成や半兵衛ですら気に入り、大切にするような女だ。魔性である事は間違いない。
官兵衛は自分だけは千影には絶対に騙されないと、そう誓った。


三成はならず者を殺さない様に切り伏せていく。それを吉継が珠で体を吊り、逃げられない様に捕獲していた。
でも、その中で吉継はある違和感をその身で感じていた。其処にあるべきはずの物が何処にもないからだ。

「しかし、奇妙よな」
「あぁ。あれ程の爆発が起きたと云うのに、野が焼けた気配も無ければ、人肉の焼ける臭いもしない。だが、火薬の匂いはする。こんなに可笑しな事があって堪るか」
「そうよな。しかし、我にはこのならず者らの存在も気がかりよ。何故あのような、街から外れた村を襲ったのか……。こう言っては何であるが我が賊であればもう少し大きな村を襲うのだがなァ」

珠で吊った男の一人をぎょろりとした目で見ると男は悲鳴を上げた。
しかし、真意は城に戻れば解る事だから今此処で無理に真実は吐かせないけど。
吉継よりもっと恐ろしい拷問、尋問方法を熟知した人間が豊臣には居る。彼にそれを任せればいい事だ。
そもそも吉継達はならず者の討伐、捕獲を命じられただけだから其処までは命令に入っていない。
それよりも三成は早く千影の所に戻りたそうにしている。
確かに吉継の目にも千影の体調はかなり悪そうに見えた。でもただ好いているからとはいえ其処まで気に掛けてやる事もないだろう。
いい加減千影への慕情も過ぎれば、何かを失うかもしれないと云うのに。いつか、その想いが足枷になるかもしれなくなるのに。
吉継が咎めても三成は果たして聞き入れてくれるだろうか。それだけが心配だった。

「官兵衛。撤収だ」
「おう、解った。だが少し待ってくれ。まだ手当てが終わっていない村人が居てな」
「兵を数人残し、護衛がてら手当てをさせろ」
「そうは言うがなお前さん、此処で無駄に兵は減らせんのじゃ」
「知るか。これ以上ならず者などと云うものの所為で時間を費やす暇は無い」
「……相変わらず唯我独尊だな」

やれやれと溜息を吐くと、今度は吉継の方を見る。
吉継の力で身動きが出来なかったならず者達は手が空いていた兵士に縄で捕縛されていた。
その力を使っていた吉継も体調が辛そうだった。吉継も病魔に身を巣食われた人間。こうして力を使うのも体力を消耗する。
それに三成の言う通り、時間を此処で裂くのが辛い人間だって此処に居る。それは吉継も良く解っていた。
その内の一人である千影は木に背を預けて座り込んでいた。いつの間にかその周りには村の、隠れていたであろう子供達が座っている。
普通であれば戦場に立つ女なんて見かけないし、話も聞かない。好奇心旺盛な子供には千影の存在はとても興味深い物なのだろう。
でも、子供達の親であろう大人達は千影が子供を殺すのではなかろうかと思っているのか、冷や冷やしている。
自国の領主とは言え、村民達は"覇王"を名乗る秀吉を恐れている。それは部下である三成達も恐れられている事も同義だ。
三成は戻ってくるや否や、子供に囲まれている千影に一瞥くれて、外から指揮をしていた官兵衛に背後から声を掛けた。

「千影の様子は良くなったか」
「あぁ。顔色は大分良くなった。が、今は子供達に色々話を聞かれている」
「あいつは何故、他者にも快く愛想を振りまく……」
「何じゃ、柄にも無く子供相手に嫉妬でもして……痛ぇ!!おい、三成!いきなり何をする」
「黙れ。黙らねばその首、今此処で刎ね落とす」

ちゃき、と刀を引き抜く音が聞こえる。
その様子を見た千影の周りの子供達は一斉に怯え、千影の体に縋りつく。千影も立ち上がって三成を止めようとするけど、いかんせん子供達が体にしがみ付いて立ち上がれない。
立ち上がれないのであれば立ち上がれないなりに出来る事がある。それはその場で三成を言葉で言い聞かせるという事だ。

「三成駄目だよ、そんな事をしたら。秀吉様の軍師さんを勝手に殺しちゃ駄目」
「止めるな千影。秀吉様の軍師は半兵衛様お一人で十分だ」
「それは、そうだろうけど」
「いいのか?お前さん、それでいいのか?擁護してくれるのか、してくれないのかどっちなんじゃ?!」
「三成、子供達が怖がってるし、村の人達も怖がってる。だから止めて」
「そうよ三成。暗を殺しても何の利息にはならぬぞ」

千影と吉継の言葉に三成は仕方が無く刀を収める。
そして、三成の指示通りに兵を分割し、三成達は城へと戻っていった。


2014/04/19