×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
暗の軍師の思考
豊臣軍の軍師の一人・黒田 官兵衛は半兵衛と茶を飲んでいた。
正しくは半兵衛のみ茶を飲んでいる状態だけど。
でも、それは何時もの事だし半兵衛に何を言っても聞き入れてはくれないだろうと言う諦めがあったから何も言わないけれど。
「飲みたいのであれば自分で淹れたらどうだい?尤も君に飲ませる茶なんて無いけど」。そう言われるに決まっている。自分から半兵衛の部屋に押しかけた様な物だから覚悟はしている。

「そういえば先程お前さんが目を掛けてる娘に会ったぞ」
「……彼女に近寄らないでくれないか。君の子を孕んだりしたら困る」
「孕むか!!お前さんは小生を何だと思っているんだ」

そう叫ぶ官兵衛に半兵衛は何時もの冷静さで「品が無いね。何で君が僕と並び立つ軍師と呼ばれているんだか」と返す。
官兵衛はムッとしながらも咳払いをし、話を続けた。

「あの娘、本当に阿修羅姫なのか?小生にはそうは見えなかったが」
「彼女は阿修羅姫であった時の記憶は無くしている。だからだよ」
「記憶があっても、此処で生きて行くために忘れたフリでもしてるんじゃないか?小生はそう思っているがね」
「僕も最初はそれを考えたさ。でも彼女に勉学を教えている内にその線は無いと断定した」
「でも、今では阿修羅姫だと云う事が確定した。違うか?」
「……君のそういう所、本当に五月蠅いね」

軽蔑に似た視線を向けられる。これも官兵衛にとってはいつもの事だ。日常茶飯事過ぎて涙が出てくる。
しかし、千影が阿修羅姫である事の話題を出すと露骨に嫌そうな態度を出す。
これ以上この話題は避けたほうが良いのだろうけど、それは常人の考えだ。半兵衛の事を良く思っていない官兵衛は嫌がらせの様に話題を暫く引き伸ばしに入った。

「お前さん、何故ああも阿修羅姫に拘る?阿修羅姫と関わっているときのお前さんはまるで人の親の様だ」
「……千影君の事を阿修羅姫と呼ぶのは止めてくれないか。彼女は阿修羅姫の事を興味を持っている。自分がその阿修羅姫だと知ったらどんなに悲しむか」
「悲しむ所ではないだろうな。小生なら自決を考えるぞ」
「だから彼女の名前をきちんと覚えてくれないか、官兵衛君。馬鹿な君にもその位の事は出来るだろう?」
「おい、小生は……」
「五月蠅い、黙りたまえ」

圧力を掛けられ、官兵衛は黙らざるを得ない。
これ以上阿修羅姫に関する話題を引き伸ばしては自分の首が刎ねられかねない。それだけは真っ平御免だ。
官兵衛が黙った事を確認した半兵衛は目を細め、茶を啜る。すると官兵衛は何かを思い出したかの様に「あ」と声を零す。

「そ、そう言えばその千影とやら、三成の奴と権現と仲が随分良いようだな」
「そうだね。三成君は千影君の事を随分気に入っているみたいだし……」
「だがなぁ、あの雰囲気ただ気に入っているだけって言う雰囲気でもなかったがなぁ。何と言うか片恋しているかの様な」
「うん、知っているよ」
「何じゃと?!」

ぎゃあぎゃあ喚く官兵衛に本当に五月蠅そうな顔をした。


一方三成、千影、家康は庭先の縁側に3人並んで座っていた。
三成は家康が一緒に居るだけでかなり不機嫌そうな顔をしているけど。千影は他人に関する思考的な嫌悪など持ち合わせていないからか、何故三成が家康に対して此処まで嫌っているかは解らなかった。家康は三成の事を嫌っては居ない様だから不思議でならない。

「しかし、三成は千影殿とこんなに仲が良いとは思わなかったぞ」
「私の交友関係に一々口を出すな」
「三成と家康はお友達なの?」
「あぁ、そう……」
「断じて違う」

きっぱりとそう言った三成に家康は苦笑いをしている。
それを見た千影は「友達じゃないのか」と不思議そうな顔をしている。
それよりもこの友と言った感覚が何故か懐かしくて仕方がない。
何故か夢の中のあの男の子が脳の中でぼんやりと浮かんだ。あの男の子は一体何者なんだろうか。珍しい南蛮菓子を一緒に食べる位には仲が良かったのは解るけど。

「千影殿?どうした、ぼんやりとして」
「! ううん、何でもない」
「こいつは何時もぼんやりしている。大方眠りかけていたのだろう」
「そんなんじゃないってば。もうっ、三成ってば言う事が冷たい」
「千影殿もそう思うか。ほら三成、ワシだけじゃないぞ。同じ事を言っているのは」
「私の物言いは貴様らには関係ないだろう」

明らかに機嫌が悪くなった三成に千影は悲しそうな表情をした。
もしかしたら、また三成の気に障るような事を言ってしまったのだろうか。横目でそんな顔の千影を見た三成は溜息を吐いて立ち上がる。
そしてそのまま庭に下りると千影の手を引き、その場から離れるように促す。
どうやら三成は此処から離れたいらしい。その意を汲んで千影は立ち上がった。

「三成?千影殿もどうし……」
「貴様の話をこのまま聞くつもりなど無い。行くぞ、千影」
「え?あ、う、うん」

三成に手を引かれるまま千影はその場を離れる。
背後では三成と千影の名を呼ぶ家康の声が聞こえた。
これで良いのか。若干の罪悪感が生まれるけど、千影にとっての一番の友は三成だ。
そんな中、三成がぽつりと言葉を零した。

「すまない」
「え?」
「家康と、話がしたかったのではないのか」
「……解らない。でも、三成が家康と話すのが少し嫌そうだったから、貴方の手に引かれるまま付いてきた。それだけだよ」
「……阿呆が」

しかし、千影の言葉に歓喜している自分が居る。
三成は目を細め、空を眺めた。


===============


翌日、豊臣領にならず者の軍勢が入り込んだと忍から報を受けた。
また秀吉が望まない展開になったと半兵衛は頭を悩ませる。
此処は一度自分が出て略奪だ、殺人だのをもう二度としたいとは思わない位に痛めつけるか。それとも、秀吉に忠節を深く誓う三成と吉継を向かわせるか。
手は幾らでもあるが、恐らくこの事を知ったら千影も同行したいと願い出るだろう。
別に同行する分には構いやしないのだが今の彼女は城内謹慎の身で、しかもそれを申し付けたのは自分。
そう簡単に言い付けた事を捻じ曲げるのは周りに示しがつかない。尤も、千影の謹慎はごく一部のものにしか知らせていないのだけど、その中には千影の事を嫌っている者も当然居る。
そうしたらまた、千影を特別扱いされるだけの女と言われて侮蔑されたりしたら。千影はその事でまた表情を翳らせてしまうかもしれない。
しかし、こうしている間にもならず者どもは民草を虐げている。半兵衛は秀吉にどのようにするか、自分の考えをその口で告げた。


目的地に向かう豊臣の少数の軍勢は馬を掛ける。
その軍の先頭には黒田 官兵衛、背後につく様に石田 三成、大谷 吉継、そして千影が続いていた。
官兵衛は馬に乗りながら、眼球だけを上手く動かして千影の様子を見る。
そして半兵衛とやり取りした言葉を思い出した。

「なぜ小生が三成達とならず者の討伐に行かにゃならんのだ!」
「これも大事な事だからさ。本当は僕が行きたいけど、この通り僕は政務を片すのに一苦労でね。君なら今は暇だろう?何、大丈夫さ。三成君と大谷君以外にも千影君も付ける」

千影の名前を出され、官兵衛は言葉を失った。
官兵衛は千影と直接的に関った事は殆どないけど噂に聞いた話では余り良い印象は抱いていなかったからだ。
しかし、千影の同行は最終的に秀吉が決定したというから従わねばならない。この軍では秀吉が絶対的な掟だから。
だが、官兵衛は半兵衛の言葉に異を唱え噛み付く。

「はぁ?今の奴は謹慎の身だろう」
「……少し、外の空気を吸わせてやりたくてね」
「確かに年頃の娘には窮屈かもしれん状態だが、戦になるかもしれないんだぞ」
「……解っているさ。恥を偲んで君に頼みたい。いざとなったら千影君を守ってあげてくれ」

半兵衛は儚げな笑みを浮かべてそう言った。
戦に出て男達よりも武功を稼ぐ、これはまだ良い。
あの雑賀集の新しい頭領である雑賀 孫市も女だし、遠江には井伊 直虎という女地頭だっている。それに東北の農民一揆もいつきと言う年端も行かない女の子が先導していると云うから何も言う事はない。
しかし、女と云う存在を良く思っていない、自尊心だけが無駄にある男にしてみたら厄介な事この上ないだろう。戦からも、そのやっかみからも守ってやれというのか。そうだとしたら官兵衛には些か荷が重い。
だが、官兵衛が一番気に掛けている事がある。
それは千影が阿修羅姫だと言う事だ。もし、この討伐戦で千影が阿修羅姫として戦を始めたら、恐らくはならず者以外にも豊臣の兵士、民草を殺す場合だってある。
半兵衛はそんな事はしないと言うけど、半兵衛は千影に対して信頼と云うか、油断している節がある。

「(小生は油断なんかせんぞ。尻尾を掴んで追放してやる)」

そんな事を胸の内で考えていたけど、背後から三成の「おい」と云う不機嫌な声が聞こえた。

「な、何じゃ三成」
「私達は半兵衛様の命で貴様に従っているだけだ。この討伐が終われば私は貴様の言など聞く耳は持たんから覚悟しろ」
「へいへい解ってるよ。小生も小生に従順なお前さんらなんて気色悪くて仕方ないからな、こっちから願い下げだ」
「フン」

其処で会話は中断する。
でも官兵衛はまだ何か言いたそうな顔をしていた。これ以上は敢えて口にはしないけど。
そもそも官兵衛は三成と話がしたい訳ではなく、千影と話がしたい。会話の機会はまだあるだろうから、別に今話をしなくても言いのだけども。

「しかし、千影よ。今まで体を碌に動かしていなかったのであろ?いきなり賊の討伐等、体がついて行かぬのではないか?」
「ううん、大丈夫です刑部。一応、部屋で腹筋背筋腕立位の軽い運動はしていたから」
「主はまこと元気な娘よな」
「千影、貴様は無理をする事は無い。半兵衛様にもそう言われているのだろう?」
「えぇ。でも私もいざとなったら戦う」
「……もしそうなったとしたら、私の傍で戦え。私が守ってやる」

三成の一言に誰しもが驚いた。普段であれば三成が他人にそんな事を言うだなんてありえない事だから。
それは勿論官兵衛も同じで。彼は一応、半兵衛から三成が千影を気に入っている事を話で聞いていたけど、流石にここまでとは思っていなかった。何と言うか、優しすぎて気持ちが悪い。
しかし、官兵衛は思った。千影さえ居なければ豊臣はいずれ瓦解する。勿論、阿修羅姫としての人格を取り戻した場合も豊臣は内側から崩壊する。
どちらにしても千影は豊臣を崩壊させる存在だと。

「(ま、小生には関係のない事だがな)」

寧ろ、大きな勢力となった豊臣を壊してくれるのであれば万々歳だ。
その言葉を喉の奥で殺して、官兵衛達は馬を走らせた。


2014/04/15