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友を想う
結局千影は半兵衛から聞きたい事を聞きだす事が出来ずにいた。
半兵衛でも知らない事はそれはあるだろうし、自身が知りたかった事が解らないからと言ってそれを咎める事もない。
ただ自分の存在がまた、朧になっていく。

「一体、私は何者なんだろう」

半兵衛が去った後の、再び空虚になった部屋の中でぼんやりと思う。
もしかしたら半兵衛の言葉が嘘で、何か隠しているのかもしれない。そう思ったけど流石に考えすぎかもしれない。
もしそうだとしたら、自分は此処に存在してはいけない存在で、死んで居なくなってしまった方が良いのではないかとすら思う。殺されてしまう可能性があるならいっそその方が良い。
でも、三成は「死んで欲しくない」と言った。
半兵衛は「何があっても君は守る」と言った。
だから死ぬ事はきっと千影には許されない。それは他ならない自分の事を心配してくれている二人に対しての裏切りに相当するから。

「どうしたらいいか解らないよ、三成」

呟いた言葉は千影にしか聞かれずに、その場で静かに消え失せた。


千影と食事を済ませた半兵衛は今度は三成の部屋を訪れていた。
彼にも蘭丸と接触があったかどうかを確認する為。恐らく接触は無いとは思うが念の為だ。

「三成君、お邪魔してもいいかな」
「は、半兵衛様?!何故私の部屋に……」

有無を言われる前に三成の部屋に入り込むと直にその場に座り込む。三成も直に姿勢を正し、半兵衛と向かい合う様に正座する。一体何を言われるのか固唾を呑んで見守りながら。
すると、がちがちに固まった三成の態度を見て、半兵衛はくすくす笑い始めた。

「そんなに固くならなくても良いよ。僕は何も君を説教しに来た訳じゃないんだ」
「はっ。それでは、今宵は一体?」
「紫色の、袖なしの装束を着た男の子と会った事は無いかい?」
「袖なしの装束を着た男、でございますか?」

三成にはそんな人物の記憶はなかった。
もしかしたら一度戦場でまみえた事もあったかもしれないけど、自分の興味に無い事には全く記憶力が働かない事は自覚している。
以前、秀吉から流石にそれは治す様にと言われているけど改善は中々に難しくて、未だに治っていないのか幾ら記憶を探れど、そんな人物に覚えはない。

「申し訳ございません。私の記憶には……」
「そうか。それなら良いんだ」
「僭越ながら半兵衛様、その者が一体?もしや、千影の暗殺の下手人なのですか」
「いや。千影君がね、夢の中でその人物にあったと云うんだ」
「夢の中で?……あの阿呆、そんな下らぬ事を半兵衛様に……」

そう言い掛けると半兵衛は「待つんだ」と三成の言葉に制止を掛ける。
すると三成は大人しく半兵衛の言葉に従い、口を止めた。

「その人物、僕にも覚えがあってね。ぎゃあぎゃあよく騒ぐ、五月蠅い子供だったんだよ」
「な……」
「察しが良い君なら薄々感付いてきているだろう?」
「その子供、もしや……」
「そう。織田軍の魔王の子・森蘭丸。これで僕は確信したよ、千影君は正真正銘の阿修羅姫だと」
「!!」

三成は絶望の色を顔に浮かべた。
これでは千影は殺される事は決まってしまったような物だ。
しかし、それを止める手立てには三成にはない。幾ら秀吉の左腕と言えど、右腕である半兵衛や本体である秀吉が「殺す」と命を下してしまえばそれを阻止する事等出来ない。
半兵衛は三成の胸の内を見透かしているのか柔和に微笑んだ。

「安心したまえ。千影君は殺さないよ」
「本当、ですか」
「秀吉は千影君が阿修羅姫の記憶を取り戻して暴走しても殺さずに御すと、そう言っていた。彼女位の人間を御せずにこの日ノ本は統治出来ないそうだよ」

その言葉に三成の表情は優しく、歓喜した物に徐々に変わっていく。
これはまるで、三成が千影の事を好きなのではないか。
半兵衛はその事を知らないから、少しだけ三成の表情の変化に頬を緩ませる。
三成もこの豊臣に来る前は地獄の様な生活を送っていたと聞いた。三成は幼い頃に身寄りをなくして、親戚の所に身を寄せていた。
秀吉達が見つけた時の彼の姿はそれは凄惨な物だった。死にかけていた所を、烏の集った大樹に腕掛けを縛られ吊るされていたのをよく覚えている。
千影とは全く違う境遇だけど、秀吉に会うまではどちらとも生きている間は地獄だっただろう。
そんな地獄に身を置いていただあろう二人が、仲良くなって幸せになれるのであれば知らぬ顔と称される半兵衛だって手を貸してやりたかった。

「君は、いつの間にか千影君を好きになっていたんだね」

茶化すようにそういうと三成は顔を真っ赤にしてその言葉を否定しようとするけど、否定しようとすると言葉が濁って胸が痛む。

「好き、と言った感情がどのような物かは私には解りません。ですが、千影は失いたくないと、そう思うようにはなりました」

そう言った三成に半兵衛は「そうかい」とだけ、優しい声音で返した。


===============


あれから2週間ほど経った頃、半兵衛から千影は漸く部屋を出て良いと許可を貰った。ただ、暫くの間城の外には出てはいけないとそう言い付けられたけど。
千影は真っ先に三成とよく会話をしていた、鍛錬場に足を向けた。この時間帯、其処であれば三成は居る。そう思ったし、そう教えられたからだ。
案の定、其処には何時もの様に戦装束をしっかりと身に纏って刀を奮う三成が其処に居た。久方ぶりにその姿を見て名前の胸は高揚して、彼の元まで走っていく。

「三成!」
「千影?千影、なのか?」

千影の声に刀を奮う手を止めた。
声の方向に視線を向けると其処にはちゃんと千影が居て。相変わらず馬鹿みたいに元気そうで安心してしまう。

「もう良いのか」
「はい。半兵衛様が部屋の外なら出でもいいって」
「そうか。それは良かったな」
「三成とこうしてお話しするのが久し振りすぎて、何だか何年も幽閉されていたみたい」

くすくすと笑いながら冗談を言う千影に思わず頬が緩む。千影とこうして雑談をする時間がどうしようもなく愛しい物に感じてくる。
最初は千影と雑談なんてするつもりは無かったのに。寧ろ、千影の様な惰弱で、お気楽な人間が嫌いで仕方なかったのに。
それに、今回の千影が自室謹慎で会えなかった間ずっと千影の姿が脳裏にちらついてやる事なす事が上手く行かなかった位だ。

「三成、ちゃんとご飯食べてた?」
「……刑部と同じ様な事を言うな」
「此処に来る途中で大谷さ……刑部にも会ってね、三成にちゃんとご飯食べるように言ってくれと頼まれたの。そうしたら、会話が弾むだろうからって」
「刑部め、余計な事を」

それよりも、千影は今までは吉継を「大谷様」と呼んでいたのに、いきなり刑部呼びになったのは何故か。
もしかしたら吉継も千影の事を大切に思っているのかと勘繰る。別に普段なら呼び方など気には留めないのに、何故こんなにも気になってしまうのだろう。

「千影。貴様、刑部と仲が良いのか?」
「うん?多分、普通よりは良いと思うけど、でも豊臣軍の中で一番仲が良いのは三成、かな」
「そうか」

その一言で何故か安心する。すると千影は不思議そうな顔をして三成の顔をじっと見つめた。

「どうしたの?いきなりそんな事を聞いて」
「いや。普段は"大谷様"と呼んでいたのに、いきなり"刑部"と呼び方を改めた事が気になってな」
「呼び方って不思議だよね。私も十日と四日程前まで三成の事は"石田様"って呼んでいたのに三成が"三成"って呼んで良いって言ってくれてから何だか距離感がぐっと縮まった気がする」
「そういう物なのか?」
「何となく、ね」

暫く会話が止まったけど、千影は急に笑い出す。
今の会話の一体何処に笑える要素があったのか。三成は怪訝そうに一人笑う千影を見るけど千影は今だくすくす笑っている。
でも、矢張り千影が笑っていると心が休まるから不思議だ。

「貴様は本当に可笑しな奴だ」
「いきなりどうしたの?」
「貴様が居ない間、私は心が翳り荒れていた。しかし今、目の前に居るだけだというのに翳りも荒れも一切はない」
「? それって、私に会えなくて寂しかったってとっても良いの?」

我流に三成の言葉を要約して、首を傾げると三成は頬を若干赤くした。
照れてる。そう思った瞬間三成に頭を叩かれた。思い切り拳骨で。三成は容赦がない男だと解ってはいたがまさかここまで容赦がないとは思っていなかった。叩かれた部分に熱が集中して、頭がじくじくと痛む。

「いったぁい!!」
「ふざけた事を抜かすな貴様!!誰が貴様に会えない間寂しいなどと、そう言った?!」
「だって、今の言葉を要約したらそうなるんじゃ、……痛い!また叩いた!」
「黙れ!それ以上私が寂しがっていたなどと云う戯言を口にするな!許可しない!!」

そうは言っても顔が真赤になっている。そう追言したかったけどそんな言葉を口にすればまた叩かれるから口にしない。
ぎゃあぎゃあ二人で騒いでいると其処に家康が欠伸をしながら通り掛る。
しかし、千影の姿を見た途端に欠伸などは何処かに吹き飛んだ。

「おぉ、千影殿!もう謹慎は解けたのか」
「徳川殿」
「ワシの事は家康で良いぞ!」

元気良く庭に下りてきた家康に千影は微笑を浮かべた。
しかし三成は途轍もなくいやそうな表情を浮かべながら千影の腕を引き、自分の元に体を寄せさせる。そして冷たく千影の耳元で言葉を言い放つ。

「千影、コイツの事は馬鹿で良い。名を呼んでやる必要もない」
「酷いぞ三成!!」
「そうだよ三成、流石に馬鹿は酷いと思う」

千影にも咎められたが三成は「フン」と鼻を鳴らす。
千影が家康の肩を持つと腹の中がもやもやする。矢張り、自分は千影の事が好きなのか。
逡巡している間に千影が「家康」と名前を呼んだ事で舞い上がった(様に三成には見えた)家康に三成が切りかかりそうになった。
幸い、偶然に通り掛った官兵衛により止められたけど。


2014/04/06