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「#幼馴染」のBL小説を読む
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嘯く梟
三成が早足で歩き出したから千影も頑張って追いかけていたけど、三成の背は人ごみに紛れてしまった。
最早右を見ても左を見ても知らぬ人だらけ。知らない場所でしかない。そんな中でただ一人、ぽつんと千影は一人で立ち尽くしていた。そして小さな声でぽつりと呟く。

「どうしよう。三成、見失っちゃった」

始めてきた大阪城下の街に千影は一人放り出された。
このまま一人で城に戻った方が良いのか、それとも此処で三成が戻ってくるのを待つのが良いか。三成を追いかける、という考えは千影の頭から消え失せていた。
追いかけて、更に迷子になったりしたら始末に終えない。それこそ愚行だ。一人で悶々と悩んでいたらふと背後から影が射す。それと同時に千影に声が掛けられる。

「おや、君は……」
「?」

背後から声を掛けられ振り返ると其処には白と黒の、二色に分かれた羽織を着込んだ中年男性が其処に居る。
その姿を目にした途端、千影の心臓が強く脈打ち始める。
千影は目の前の男性を見たのは初めてだ。なのに嫌な気配がひしひしと感じる。何かよからぬ事を沢山起こしている、そんな嫌な感じ。
それに、男性に気付いた途端から火薬の匂いが鼻につく。嫌な汗が体から噴き出し始めた。

「どうしたのかね。顔色が悪いようだが?」
「あ!い、いえ……。何でもありません。一体私に何か?」
「先程、あちらの往来で君がもう一人、男児と一緒に居る所を見かけたのだが、一人で呆然と立ち尽くしていたからね。どうした物かと声を掛けた次第だよ」
「そう、だったんですね。お優しい方、ご心配お掛けいたしまして申し訳ありません。迷子になってしまって、どうした物かと悩んでいたのです」

心臓の鼓動を何とか鎮めながら男性と話をする。
この心臓の高鳴り方は異常だ。何故だか知らないが怖い。本能的に恐怖を感じ取った千影の体は意思する事も動く事もなく、その場にただ立ち尽くしているしか出来ない。
しかし男性は優雅に「ふむ」と息を零して顎に手を当て、千影を見下ろしていた。

「そうか、矢張り迷子か。しかし、君の様な愛らしい娘を放っておくとは、君の連れも相当見る目が無い」
「ご謙遜を。それに、私と彼はその様な仲では……。ただ、怖がっていた私の気を紛らわせようと外に連れ出してくれただけなのです」
「すまないね、老人の戯言だと聞き流してくれたまえ」

流麗さの中に危険な雰囲気。
千影は何とかしてこの男性から離れた場所に行きたかったのだけど中々足が動かない。それに、言葉も上手く紡げない。
そんな内に段々と胸の中では脅えや恐怖などと言った感情ばかりが溢れている。

「気分を害してしまったか……。一つ、礼として甘味でも奢らせてくれないかな?」
「いえ、結構です。きっと彼は私を探しています。それなのに私は見知らぬ方と茶を頂くのは彼に失礼と云うもの。貴方様のお心遣いだけ、頂きたく存じます」

そう言うと男性は「はは」と、低い声で笑った。
しかしそれは怒りの声ではなく、愉快そうな笑い声。
怒らせてしまったのではないかと一瞬冷や冷やしたが、怒ってはいない様で少しだけホッとした。

「時に、この辺には骨董屋などないか知らないかね」
「申し訳ありません。私はここら周辺の地理には明るくないもので……」
「そうか、それは済まないね。では、私はこれで失敬するよ。そうだ、あちらを見給え」

「何やら鬼の形相で此方を見ているが、君の知り合いかね」。
そう言った男性は名前の背後を指差す。反射的にそちらを見るとその場には怒りに満ちた表情を浮かべた半兵衛が其処に立っていた。

「半兵衛、様?」
「松永君!君は一体千影君に何を吹き込んでいた?!」
「ほう、君の名は千影と云うのか。覚えておこう」
「話を逸らさないでくれないか」
「半兵衛様、この方は……!」

そういうと半兵衛はつかつかとこちらまで早歩きで向かってきて千影を松永から引き剥がし、自分の胸に千影の肢体を押し付ける。
その腕は強い力を掛けられていて、何かに脅えるかの様に震えていた。

「仕方がない、卿の質問に返しよう。迷子になっていた彼女に声を掛けただけ。それだけの事だよ」
「……千影君、それは本当かい?」
「はい。共に外に出た三成に、置いていかれてしまって……」

千影の言葉に「本当だね?」と念押しされたから頷くと千影を腕から開放した。
しかし、松永に対する怒りは消えてはいないらしい。

「貴方には悪いが、早急にこの大阪から立ち去りたまえ。此処は貴方が来て良いような場所ではない」
「はは。酷い言われようだな、沈黙の。私はその娘に手を出すつもりは毛頭ない。結果は目に見えているからね」

その一言に半兵衛はこめかみをピクリと動かした。
結果、とは一体何の結果なんだろうか。まるで、千影の事を元から知っていたかの様な口振りにも思える。事実、知っているのかもしれない。
何せ、目の前のこの松永久秀と云う男は魔王・織田 信長に逆らい、その度にその行いを許されている。
それは即ち、阿修羅姫がいた織田軍の、織田信長の近くに居たのだから。
それでも、半兵衛はこの男から情報を聞き出す事はするつもりなどは無いけど。この男に縋るくらいなら死を選んだ方が幾分かましだ。

「精々大切にする事だ。卿らに彼女の存在は大きすぎる。食い殺されないように気をつけ給え」

そういうと松永はふらりと何処かへ消え去る。
半兵衛の中に疑心と恐怖を植え付けて。


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あの後、無事三成と合流出来た千影は半兵衛に連れられ城に戻っていた。
其処までは良かったものの、半兵衛は怒りの色を露わにして千影を見張りをつけた部屋に押し込めた。
「君は暫く部屋から出てはいけないよ。君はどうにも人に唆され易い節がある」と、そう言って。
つい昨日の暗殺未遂から変な空気が立ち込めて嫌な気分だ。もしかしたら自分がこの城に来てから災厄を持ち込んでしまっているのではないかと柄にもなく悩んでしまう。
半兵衛からの言い付けで部屋の中にも限られた人間しか入れられないから、話がしたくても出来ない。
見張りの人達に話し掛けても「大人しくしていろ」と冷たく言い放つだけだった。

「(暇、だなぁ……)」

暇になる事を見通して半兵衛が異国の話が書いてある本や、御伽噺の書いてある巻物を置いていってくれたけど、それらはこの数時間のうちに殆ど読みつくしてしまった。
読みつくした、と云うよりは初めて読んだものばかりの筈なのに内容が全て頭に入っているのだ。話の経過も、結末も何一つ違わず。
自分の事ながら気味が悪くなって、放り投げたのが実情だ。

そういえば、今朝三成に連れられて秀吉の部屋に行く途中彼は自分の事を「魔性の者だったら殺さねばならない」と、そう言っていた。
それに先程会った松永という男性。彼もまた、恐らく自分の事であろう。
「結果は目に見えている」。これはどういった意味なのだろうか。
そこでふと思う。自分の事を知っている人間は何処にいるのだろう、と。誰も、昔の自分を知らなかったら。そう思うと途端に恐ろしくなる。
千影は無意識の内に、震えた唇である人物を名前を呟いた。


「会えない?それはどういう事だ」

一足遅れて三成は城に戻ってくると、途中に会った吉継に問いを投げかけていた。
しかし、理由は吉継にも全く解らずでただただ首を傾げるしかない状況だった。

「我にも理由は知らぬ。主が連れ出した風の子を賢人が怒って部屋に押し込めたと聞いただけの事よ」
「……。私が千影を外に連れ出したのがいけなかったのか」
「そうよなぁ……。しかし、一概にも主が悪いとは言えぬであろうな」
「しかし、私は千影を初めて触れた外の世界に置き去りにした。それだけでも罰せられるだけの理由になる」
「それは可笑しな話よ。それであれば、主も引き摺る様に城に連れ戻され、処罰を受ける筈。何故千影だけ罰を受ける必要がある?」

吉継が言った事は三成にも引っかかっていた事だ。
帰って来た時に半兵衛とすれ違ったがその時は何時もの様に接してくれた。
別に自分に対しての憤りなんて微塵も感じなかった。
もしかしたら、千影が一人でいる間に千影の過去を知る人物にでも出会ったのだろうか。もしそうであれば、千影は阿修羅姫として何かを思い出し、それを再び封じる為に部屋に仕舞い込まれたのかもしれない。
三成は己の行動の軽率さに腹を立てた。

「時に三成よ。その手に持っているその緑の糸、それは何だ?」
「……あぁ、帰り時で摘んで来た花だ。女は花が好きだと、以前貴様が言っていたではないか刑部」
「主が千影に贈り物とな?それ程までにアレを好いているのか」
「あやつには害は無い。今のところは、な」

三成は自分の手に握られた薄紫色の花を掌に乗せ、優しく指で包み込んだ。
会えないのであえばこんな物は無用の品だが、何故か無碍に出来ない。きっとこのまま無残に握り締めて打ち捨てれば。その事を知った千影は悲しそうな顔をする。
千影が悲しそうな顔をするのを見るのは三成にとってはもう沢山だったからそうするのは止めた。

「刑部。私は可笑しいのかもしれないな」
「何故」
「千影が気になって仕方がない。あれが笑っていると私も嬉しくなるし、悲しんでいると胸が痛む。泣いていると尚更だ」
「……主は千影に惚れているのよ。ヒヒッ、永久に凍土であろうと思った主にも漸く春が来たか」
「なっ?!……刑部、貴様余りふざけるな」

そうは言うが吉継は素直に喜べなかった。
実の所、三成が帰ってくる前に半兵衛が吉継の部屋に訪れていたから。
そして、その時に紫色に彩られた唇で無常な言葉を無常に紡いだ。その表情は今の三成の様に少しだけ悲しみに暮れていたのを吉継はよく覚えている。
「彼女は、千影君は今の所は阿修羅姫で間違いない」。
三成だってそうである事を頭では理解はしているだろう。だけど、半兵衛の話を聞いていたら三成は客観的に、第三者の目で真実を告げるけど、千影の事を庇っているとそう言っていた。
この事は三成に教えるべきか。だが今の三成に伝えた所でそれはきっと彼を迷わせる枷にしかならない様な気がしてならない。
しかし、これはいつか三成の耳にも入るべき話題だ。

「(難儀な物よな)」

そう言うと未だ顔を赤くして、怒っている三成に目をやり、深い溜息を吐いた。


2014/03/30