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不吉の羽搏き
事は意外なまでにあっさりと終った。
昨晩の事を尋問されるかと思って脅えていたのに、秀吉も半兵衛も千影と三成に2、3質問をして部屋に返した。
今まで緊張していたから、余りの呆気無さに千影は部屋の外に出た途端緊張の糸が切れてヘタリ座ってしまう。

「おい、そんな所に座るな。立て」
「だって、殺されるかと思った……」
「謀反もしていない人間をやすやすと殺すか」

三成は千影の腕を引っ張り立ち上がらせようとするが、しっかりと防具を着込んでいる所為で重い。
仕方が無いからしゃがみこんで千影の顔をじっと凝視する。すると別に他意は無いのだろうが千影の顔は赤く染まり始めた。

「み、三成?」
「行くぞ」
「え?やっ、ちょ……!!?」

脇腹の下に腕を通されたかと思ったら体がふっと浮かび上がる。すると千影は三成に米俵を担くが如くに担がれていた。

「やっ、やだ!何とかして一人で歩く、だから下ろして!!」
「喚くな。大人しく担がれていろ。尚、喚くのなら庭池にぶん投げる」
「ぶん投げるの?!」

冗談だよね?と言った感じで聞くが三成の事だ。冗談ではなく本気でぶん投げるだろう。彼はそういう人だ。冗談なんてありゃしない。
千影は羞恥で顔を真っ赤にして三成に担がれていた。一体彼が何処に連れていくのかを知らずに。


一方話が終わった後の秀吉達の空気はピリピリしていた。
三成は千影の事を気遣いながらも、秀吉と半兵衛に昨晩の出来事を包み隠さず話した。そして千影に2、3質問をして返答を得た。
その上で秀吉は千影達を「もう良い」と言って返したのだ。

「……良かったのかい、秀吉」
「何がだ」
「千影君の事さ。三成君の話を要約すると彼女が阿修羅姫と言う事は明確だ」
「だが、お前は殺したくないのだろう。千影を」

そう言われて半兵衛は押黙る。
そうだ、可能な限り彼女を殺したりはしたくはない。今の千影も豊臣にとっては大切な戦力である事には変わりがないし、半兵衛は千影を気に入っている。それは秀吉とて同じ事だ。
だからと言って彼が慈悲を掛けるのも珍しい事だけど。

「君の選択を間違っていると咎め立てするつもりは僕にはないが、これがいい選択だとは思わない。君が彼女に慈悲を掛ける本当の理由は何だい?」
「あれは、千影は三成に似ている」

確かに。言われてみれば三成に似ている部分は多々あるがそれは理由にはならない。
秀吉は確かに三成を気に入っている。そしてその三成も千影を気に入っている。
彼の千影に対する行動はまるで恋でもしているかの様な行動で。
しかし、三成の為に生かしていると言う訳では無いくらいの事を半兵衛は見通していた。
そんな理由を、秀吉が持ち出す訳が無い。確かに千影に会わせてからの三成は色々と良い意味で変わり始めたけど。

「僕には彼女は三成君というよりは、ねね君に似ている気がする」
「千影とねねは違う。それに、阿修羅姫一人扱えずして日ノ本を統べるなど、到底出来ぬ事よ」
「成程、そう言う事か」
「お前も解っているだろう、半兵衛。千影の力は我ら豊臣に必要な物。易々と失う訳には行かぬ」

半兵衛は沈黙した。未だ、納得が行かない部分があるから。
しかしこれ以上、千影の存在をどうするかの話しをするつもりはなかった。

「半兵衛よ、千影の教育を止めるか?」
「いや。今迄通り僕が彼女の教育を続けるよ」

そんな会話をし始めていたら頭上に人の気配。
天守閣の空気はまたもや凍り付いた。
そんな天守閣に姿を現したのは黒い装束に身を包んだ、豊臣の忍だった。

「御注進。我が領内に侵入者が入り込んだ模様」
「侵入者だって?何処の誰が……」
「……大和の弾正、松永久秀にございます」

秀吉のこめかみがピクリと反応する。
松永久秀。彼は秀吉にとって因縁がある男。
恐らくはまた骨董品でも集めに来たか、はたまた道楽で村を焼きに来たか。前者であれば捨て置いておくつもりだけど、後者であれば討ちに行く道理がある。
しかし、半兵衛が腰を上げようとした秀吉を静止する。

「僕が行こう。僕が彼の真意を確かめて来る」
「……解った。くれぐれも油断はするな」
「解っているさ」
「松永が一人で城下を歩いている模様。ですが」

忍は接続語を口にし、言葉を止める。
しかし言葉を待てど忍は言葉を続けない。何かを言い淀んでいるかのような、そんな感じだ。
半兵衛は痺れを切らし、苛立ちを声に乗せながら忍を睨みつける。

「何だい。早く続きを言い給え」
「既に城下には石田 三成、宇多 千影の両名が出掛けているとの報告が」
「三成君と千影君が?」

彼らは松永の驚異を知らない。
でもそれと同時に松永は三成も千影も知らない筈だからかち合う事はないとは思うけど。
だが、半兵衛には思う所がある。半兵衛はそれを止めるべく、足早に城下に松永を探しに出た。


===============


三成は千影を城の外に連れ出していた。
一体何をするのか、何処に行くのか。千影は一切教えられていない。城の外では降ろしてはくれたけど、外に出た途端三成は千影と距離をとりスタスタと早歩きで道を行く。
「着いて来い」と、そう言われたからついては行くけど城下町を初めて歩く千影には何もかもが新鮮そのものだ。
今までは療養に時間を費やしていたし、療養が終われば半兵衛から勉学を教わり、城に呼ばれた舞妓に舞を教わり、束の間女中と話をしていたから滅多に外に出る事は無かった。
外に出るとしても戦に出る時位のもの。だからこうした人の営みを見る事に一々感嘆の息を零してしまう。

「千影、何を愚図愚図している」
「三成、城下町はこんなに人が溢れ返っているものなの?」
「何を当たり前な事を言っている。城の下には人が集う物だろう。この地は秀吉様と半兵衛様が統治されていらっしゃるからな、特に人が溢れている」
「そういうものなんだ」
「城下町に出た事すらないのか?」

訝しげな三成に対してこくんと軽く頷くと「そうか」と一言だけ返された。

「幼い頃にも、街には来た事がないのか?」
「んー……、やっぱり記憶に無いですね」
「幼い頃の記憶もか」
「えぇ。何もかもさっぱり」

千影の言葉に三成は微かに同情の色を浮かべた。
何も覚えていないと云う事はきっと此処にいたる境遇は過酷な物だったのかもしれない。
それは千影が"阿修羅姫"だとしてもだ。いや、阿修羅姫だからこそ辛い境遇に身を置いていたのかもしれないが。
そもそも、何故千影は戦う事を始めたのか。戦う事がなければ阿修羅姫と疑われる事はなかった筈だ。それを言葉にしてしまうのは三成には憚れる。
何故ならそれは、千影が戦う事が無い只の小娘であったらこうして言葉を交わすなど死ぬまで無かっただろう。そんな事、今の三成には考えられない。

「後悔していますか?」
「何をだ」
「だって、急に黙りこくるから。私の過去をの事を聞こうとした事を後悔しているのか、と」
「そんな訳あるか。ただ、貴様には悪い事を聞いたと、そう思っただけだ。他意はない」

そう言ったら千影はきょとんとした顔をし、すぐに明るく笑みを浮かべるけど、その表情がとても愛しくて仕方が無い。
こうして表情をころころ変えている方が千影らしいと思うし、何よりも三成は安心感を覚えていた。同時に言葉にしがたい疎ましさも覚えるけど。

「私は何も辛くないよ。だって、今こうして秀吉様の配下の下戦える事だって、半兵衛様に色々教えていただける事だって、大谷様と縁側でのんびりお茶を飲む事も、三成と仲良くなってお話出来る事が私にとっては大切な記憶だから」
「!!」
「本当はね、誰とも仲良くなるつもりなんて私には無かった。でも、半兵衛様が三成達を紹介してくれて、三成があの時声を掛けてくれて、私の事を知ろうとしてくれて。そんな些細な事が嬉しくて仕方なくて……」
「止めろ、それ以上恥ずかしい事を秀吉様が治める往来で口にする事を私は許可しない!」

本当に嬉しそうに語る千影に、三成は羞恥で顔を赤くした。
そうだ。最初千影に声を掛けたのは彼女の存在に興味が出たからだ。それが今は自分でも理解し難い感情に昇華している。
死んで欲しくない。生きていて欲しい。笑っていて欲しい。泣かないで欲しい。
今ではずっと隣に居て欲しいと願ってしまっている。

「貴様は私の調子を狂わせるのが上手い女だ」
「そう、なの?」
「そうだ。貴様が現れてからずっと様子が可笑しい。何故だか教えろ、千影」
「そ、そんなの解りません!私だって、三成に呼び止められたあの日から、ずっとずっと三成の姿が頭にちらついて……。どうしたら良いの?」
「そんな事、私が知るか」

此処を往来だと言う事を忘れていたのか、はっと意識を戻すと人だかりが出来ていた。痴話喧嘩でもしているのではないかと、出歯亀達がひそひそ小声で噂する。
これには二人も反省し、その場をそっとその場を離れた。

「ごめんなさい」
「謝るな。今のは私にも責がある」
「……」
「……」

途端に会話が続かなくなる。先程の言葉の応酬を考えると、また変な言葉を口にすると思ってしまい言葉に出来ない。
しかし、ただ肩を並べて道を歩くのはもっと気まずかった。

「……三成は、私を何処に連れて行こうとしているの?」
「場所など決めていない。只歩いているだけだ」
「何で?」
「気が紛れるだろう?まだ、自分が殺されるのではないかと脅えているんだろう、貴様は。顔を見れば解る」
「! ……三成は嘘が嫌いと言ったけど、人の心を見透かそうとするんですね」
「……貴様の事だけはなんとなく手に取る様に解る。それだけの事だ」

やっぱり、千影と一緒にいると心地が良いが調子が狂う。
今まで誰に対しても、そんな事はなかったのに。きっとこれは千影が馬鹿な所為だと、三成は千影に責任転嫁を心の中でしながら、早足で歩き始めた。早歩きで後ほど、後悔する事など知らずに。


2014/03/26