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▼ ある一日の一コマ

「あっちゃー、国語辞典忘れたわ」

4時間目の授業が始まる前、次の授業の準備をしていたらバッグの中に入れたはずの分厚い国語辞典が入っていない事に白石は絶望した。
するとすぐ近くの席にいる謙也が戦々恐々とした顔で声を掛ける。

「どないすんねん白石。今日の国語代理のワタヤンやで。ワタヤン、忘れ物にはごっつ厳しいからなぁ……流石に白石でも怒られるんとちゃうか?」
「日南のクラス今日国語ある言うとったからちょお借りてくるわ」

そう言った白石は席を立ち、日南のいる2年7組に向かう。
心なし少し嬉しそうに見えたのは気の所為だろうか。遠ざかって行く白石の背を見ながら「もしかしたら日南ちゃんに辞書借りに行く口実作る為に辞書忘れたんやないんやろうか」なんて思ってしまう。
しかし、白石は知らないのか。2年7組の今日の授業並びが1限目国語、2限目体育、3間目数学と言う魔の並びだったという事を。今朝の朝練中に財前が「めんどういっすわ」なんて物憂げな顔をしていたのをよく覚えている。
それであればきっと日南は。そう思ったけど日南に対して甘い白石はなんだかんだ言いながら日南がどんな状態になっていても許すだろうな、なんて。

「まぁ、何とかなるやろ。多分」

他人事の様にそう思いながら次の4限目の授業である国語の準備を始めていた。


===============


「日南ー」

2年7組の教室の中を覗けば白石の声を聞いた女子生徒がきゃあきゃあ色めき始める。でもそれはいつもの事だから慣れてしまっていた。
それよりも日南だ。いつもこうして呼べばすぐにこちらに来てくれるんだけど、今日に限って中々来ない。
一体どうしたんだのだろうと不思議に思いながら教室の中をじっと眺めてみると頬杖をついていた財前と目が合う。
すると財前はいつもの調子で左隣の席にいる女子生徒の肩を思いきり揺らし始めた。財前が日南以外でそんな事をする女子はそうそういないから隣にいるのが日南だとすぐに解かった。

「日南、起きや。部長来たで」
「んん……おかーさん、あと10分……」
「誰がオカンや。あと寝過ぎや、阿呆」

ひそひそ声で喋りながらいつもの調子で思い切りでこピンをしてみるけど日南は起きない。
そんな様子を見ていてそういえば、「今日は体育の後の数学があるから最悪」なんて言っていた事を思い出す。
日南は数学が苦手だ。それは1年の時から自分でぼやいてたし、暇を見ては部室で小春に教えを乞うていたけど数字を見たり、聞いたり度に眠くなってしまうらしい。因みに小春は日南が眠くならないように適度にネタを入れるから日南を眠らせた事はないし、日南も不思議がって、しかもわかりやすいからと小春に勉強をよく教えて貰っている。
でも、数字で眠たくなってしまうという感覚がどんなものなのか白石には理解し難いものだけど、このクラスでの座席を見ていると明らかに席の所為ではないかと思ってしまう。いい塩梅に日の光が当たって温かそうだ。
兎にも角にも早く辞典を借りて教室に戻らないと。目が合ったままの財前に声を掛ける。

「財前、教室入ってもええかな」
「ええんやないでしょうか」
「ほな、お邪魔します」

教室に白石が踏み込むと女子のきゃあきゃあ言っている声はより一層大きくなる。そんな中でも日南は眉一つ動かさないで机につっぷしたまま眠っていた。

「物の見事に熟睡やなぁ……、そないに疲れとるんか」
「まあ、体育の時のはしゃぎよう凄かったんで。そらもう小学生でしたわ。……それよりも部長、何か日南に用でもあったんですか」
「実は国語辞典忘れてしもてな。日南が今日1限目国語や言うてたの思い出して、借りれたらと思ってたんやけど……」

はにかみながらそう言うと財前は無言で日南のバッグに手を伸ばして中から国語辞典を取り出すと、何の躊躇もなく白石に「どうぞ」と渡した。
幾ら仲が良くて気心知れているといっても勝手にバッグから物を出すのはどうかと思うけど、でもこれで首の皮一枚繋がったから今日は特に何も言わないでおこうと思う。言った所で聞いてくれるような性格でも無い事はよく知っているし。
でも何か一言でも日南に断りを入れておかないともやもやする。学ランのポケットに刺しているペンとメモを取り出してメッセージを綴ると日南の腕の下に差し込んだ。それでも全く起きる気配が無いから少し心配だ。今日の部活は休ませて家で休んで貰った方が良いんじゃないかとすら思う。
考えながらもふと、このクラスの次の授業は何なんだろうと思って財前に声を掛けた。

「財前、次の授業は?」
「オサムちゃんの授業なんで寝かせときます」
「……オサムちゃん泣くで?」
「おっさんの泣き顔より日南の寝顔見てる方が個人的には好きなんで」
「ホンマ辛辣やな、自分」

財前の言いたい言葉は何となくわからない事もないけど、少しは顧問の事を敬ってあげて欲しい。
それ以前に授業中の居眠りは褒めれた事ではないし、部長として注意叱責をする立場にあるんだけど。でも財前の言葉には同調してしまう。日南は寝ている時も可愛いと思う。
微笑みながら日南の寝顔を見つめていると4時間目の予鈴が鳴る。

「ヤバッ……。ほな財前、日南の辞典借りてくな」
「日南には俺からも言うておきます」
「おおきに!」

礼だけ告げて2年7組の教室を飛び出すと急いで3年1組の教室まで戻っていく。
もう少し休憩時間が長ければ日南の寝顔を携帯電話のカメラで収めたのに、残念だとは思う。4時間目が終わって辞典を返しに行った時にもう一度様子を見てみよう。
起きていたら部長として、先輩として注意して、もしまだ眠っていたらこっそり写真でも撮ってネタにしてやろう。あわよくば待ち受けにしてやろうか。
そう思いながら次の授業の事を考えていた。


2017/03/27