テニプリ短編 | ナノ
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▼ 陳腐な言葉の重ね合い

※白石視点


「ねぇ、蔵ノ介さん。私がテニス辞めて私の事優先してって言ったら、蔵ノ介さんは何て答える?」

部活後の自主練の素振り中に、ベンチに座っとった日南が急にそんな事を口にした。
今までそんな事言う事もなかったし、日南は俺のテニスが好きや言うてくれてたから思わず思考が停止する。俺がテニスを辞めたら何が残るんやろう、って。
ラケットを下ろして、ベンチに近付いて、日南の隣に座るとすぐにタオルを差し出してくれた。そこはいつも通りマネージャーの仕事をしてくれてる。……目は合わせてくれへんけど。
もしかしたら俺がテニスばっかであんまり構ってないからそないな事言い始めたんやないやろうか、なんて思ったけど、俺的には結構日南の事は構ってると思う。昼は一緒に食べるようにしとるし、休憩時間に教室まで顔出しに行ったり、部活中も確認する事を増やしておいたりとか。ただ単に俺が日南と話する時間や機会を増やしたいだけなんやけど。

「なして?」
「……何となく。気になっただけ」
「何となく気になっただけって……、それだけで随分究極の二択を迫ってくるんやな、自分」
「気分悪くした?」

首を傾げて顔を覗き込んでくる日南に少し悩む。
別に気分が悪い訳でも、怒ってる訳でもないんやけど日南がそうやって聞いてくる時は大抵俺が気分を悪くしている時、って小春が言うとった。教えてもらうまで自分では気がつかへんかったけど注意してみてみたら本当でちょおびっくりしてる。別に気分を悪くしとる訳ではないんやけどな。
真っ直ぐ日南の頭に手を伸ばすと叩かれると思ったのか僅かに肩が小さく揺れた。別に起こってへんからそんなにおっかなびっくりしなくてもええんやけどなぁ、なんて。
頭を撫でて笑いかけてやると日南は目を丸くして俺の事を見とった。

「別に気分悪くしてもないし、怒ってもないで?ただ日南がそないな事聞いてくるなんて思わんかったからちょお驚いただけや」
「ごめん」
「謝らんでええって。せやなぁ……日南のお願いなら聞きたいところやけど、テニスを辞めるのだけは聞けへんかな」
「……それで私が蔵ノ介さんとお付き合いするのをやめるって言っても?」

本日二度目の日南の言わなさそうな言葉に俺は思わず溜息を吐きそうになった。何でそないな事聞いてくるんやろうか。
確かに日南が突拍子のない事を言うのはいつもの事やし、お陰様で慣れてもいるけどこうも食い下がる様に変な事を言うんは初めてや。
そこでふと嫌な予感が脳裏をよぎる。きっとまた誰かに何か言われたんやろうな。要領良い癖して、何でもかんでも信じてまうのが目の前のこの子やから。ある意味で純粋なんやと思う。
でも、だからありとあらゆる言葉から守ってやりたいと思うんやけど。

「まず日南はそないな事言わへんやろうし、もし言われたとしても解決策練る為に日南と何度でも話し合うで?贅沢で我儘かもしれんけどな、日南もテニスも俺にとってはどっちも大切やし、大好きやからどっちかを諦めるなんて嫌や」
「……」
「そないな事聞いてくるいう事は、また誰かに何か言われたん?」

優しく尋ねるように声を掛けるとまた日南は顔を背けて、足をぷらぷらさせる。不貞腐れた様に尖らした唇を見とったらやっぱり何かあったんやないかって勘繰ってしまう。

「……別に、そんなんじゃない」
「嘘吐いてもアカンで?俺は日南の事良く知ってるつもりやし」
「……」

部活の時の明るい日南も、授業中退屈で欠伸をして怒られとる日南も、ウザい位に構われて膨れっ面してる日南も、誰かが傷付いて自分の事の様に悲しんでいる日南も、試合に勝って戻った時に優しく「お疲れ様」って微笑んでくれる日南も全部知っとるし、どんな日南も全部好きや。
他からは日南の事を溺愛し過ぎや言われるけど、好きな子を好きや思うのは普通やし、好きな所を沢山増やしていくのも普通やと思ってる。
言葉や行動に出すのはちょお恥ずかしいからあんまり表には出さへんけどな。
無言で俺の顔を見ていた日南は溜息を大きく吐くと「敵わないなぁ」なんて。でも、俺から視線を逸らさないでいる。そして、ふっと上目遣いで笑ろた。

「何だか安心した」
「え?」

急に言われた言葉に困惑してしまう。一体何に安心したんやろ。
すると日南は俺の手に触れて今度はにっこり笑みを浮かべた。触れた手は僅かに冷たくて、でもそんな事に気を取られてる暇なんて一瞬もない。次にどんな言葉が出てくるか気になってしゃあないから。

「実はね、今日の昼休みにクラスの子達と蔵ノ介さんの話題で少し盛り上がってたんだ」
「俺の?」
「うん。そしたらね、一番仲が良い女の子がもし私が蔵ノ介さんが困るような我儘言ったらどういう反応するか見てみたいって言うから、ちょっと意地悪で試してみようかなぁ……なんて」

「ごめんね、急に変な事言ったりして」なんてはにかむ日南に脱力感を覚える。
そんな……また他の女子に意地悪されたり、もしかしたら何か別れたいと思うような事してしもたんやないかって内心びくびくやったのに。
でも、まぁ日南が俺を試しただけみたいでちょっと安心したわ。もし日南にホンマに嫌われたりしたらどうして良いかわからへん。
ぐったりとベンチの背凭れに体を預けて日南の方を見るとまだ僅かに微笑を浮かべとった。全く、人の気も知らんとこの子は。ちょっとだけ悔しいから思い切り抱き締めたると驚いた顔をしとった。ああ、段々頬も耳も赤く染まってく。

「く、蔵ノ介さん!」
「ホンマ日南はアホやな」
「なっ?!」
「そないな風に試さんでもええやん。日南に嫌われるような事したんやないかって不安になったわ」
「! ごめん……」
「全くや。でも、そうでなくて安心したわ」

もっともっと強く抱き締めると苦しいのか腕の中で小さくもがいとるけどお仕置きや。それだけ俺が不安になったっていう事を理解してもらわな。
力の限りぎゅっと抱き締めて柔っこい頬に頬摺りするときゃあきゃあ騒ぐ。嫌がっとる訳やないけどちょお複雑やなぁ、なんて。

「でも少しは俺の気持ちも考えてや。急にあんな質問されたら別れたいんやないかって思ってまうで?もし俺が日南に謙也や財前達と話せんでって、話したら別れる言うたら困るやろ?そういう事や」
「……ごめん」
「せやから謝らんでええって」

謝る位ならぎゅって抱き返して欲しいし、しばらくの間だけでも良いからこうしていたいのを察して欲しい。
俺が日南の我儘で困るなんて事、そう簡単にありえへんのに。強いて言えば我儘なんて言わへん子やからもっともっと我儘言ってほしい位や。例えばもっと一緒に居たいとか、手ぇ繋いで欲しいとか、次の休み一緒に遊園地行きたいとか。

「なぁ、日南。俺からも我儘言うていい?」
「なに?」
「……もう少しこうしてたい。強いて言うなら日南からもぎゅってして欲しい」
「! うん」

背中に回す手は最初は少したどたどしかったけど、すぐ肩甲骨の下ら辺を強く抱き締める。お蔭で体が密着してもっと日南の存在を感じる事が出来る。それだけでめっちゃ幸せな気分になる。

「蔵ノ介さん」
「ん?」
「間違っても私は蔵ノ介さんの事嫌いになったとか、嫌いになるとかそういう事ないからね?」
「そんなん言われへんでもちゃんとわかっとる。俺の事試すんなら、今度はもっと違う方法で試してな?」

耳元で囁いたると「……うん」なんて小さく、照れた声が返ってきた。


2017/01/26