テニプリ短編 | ナノ
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▼ スプーンひと匙の感情

どんなに人が多い場所でも、あの人はすぐに見つけられる。

「あ」

暇だから、と言う理由で一人でショッピングモールに来ていたのだが見覚えがある、真っ白いコットンキャンディの様な頭を見つけて日南は声を上げた。
その人は他の人間よりも頭一つも二つも突き抜けて大きくて。あまりの高身長に擦れ違う人達も驚愕しながら、ちらりと彼を見つめては通り過ぎていく。
一体何処に向かうのか。失礼ながらもそっとその背に着いて行けばこのショッピングモールに新しく出来たばかりのスポーツ用品店にフラッと姿は消えていく。
さすればテニス用品でも見に来たのかな?そう思いながらテニス用品売り場に行けば案の定其処に彼がいた。

「月光さん」

名前を呼ばれて漸く日南の存在に気がついたのか「あぁ、来ていたのか」といつもの無表情で会釈をする。
高校生である兄の先輩、と言う事で知り合った彼は現在テニス部の部長を努めていて。1回だけ軽くラリーの相手をして貰った事があったけど229センチの身長から繰り広げられるサーブは迫力満点で返せるようになるまで少し時間が掛かったのを良く覚えている。
しかも、ただ早いだけじゃない。パワーもしっかりと込められている為、重い。ボールの軌道を読めても越知のコートにしっかり打ち返すのはとても大変だった。
越知は何かと日南にも良くしてくれるし、日南もそんな越知が大好きだった。
最初はやっぱり2メートルを越える身長に、前髪に隠れていた鋭い目つきに怖がりはしたけど穏やかで優しい人だと知って今ではこうして声を掛ける事も容易に出来る様になっている。

「ラケット新調するんですか?」
「あぁ。今使っている物もまだ使えるが、少し趣向を変えてみようと思ってな」
「新しいラケットフレーム、最近沢山出てますもんねぇ」

「私も新しいの買おうかな」と、手前にあった水色のフレームのラケットを手に取る。
そんな様子を越知は無言で、日南の視線よりも遥かに高い位置から見下ろしていた。

「……お前にはそのラケットは少し重いのではないか?」
「え?」

確かに言われてみれば確かにいつも使っているラケットより僅かに重たい。グリップも、テープを変えれば何とかなりそうだけど少し握り辛さを感じた。初めてのラケットなんて意外にそういうものなのだけど。
越知は少し考えてから奥の方にあった同じ、水色のラケットを取り、日南に握らせてみる。

「体が小さいお前には此方の方が合うだろう」
「わっ、本当だ。グリップも握りやすい」
「お前が使っているラケットと同じ型だ。下手に型を変えない方が扱いやすいだろう」

そう言うと越知も白と青のラケットを選び「ふむ……」と声を零し、自分のラケット選びに戻る。
そういえば越知を見つけたから声を掛けただけで、越知は隣にいて良いなんて一言も言っていないなと思い返す。
日南が傍にいて嫌がっている素振りは特にないが、普段から無表情な彼が胸の内ではどんな事を思っているかは想像つかない。
ぼんやりと越知の事を見上げていたら「どうした?」と声を掛けられ、「なんでもないです」と返すと頭を撫でられた。
普段白と青いメッシュの髪に隠れている青色の瞳が優しく日南を見つめていた。

「お前は物怖じしないで俺に付いて来るのだな」
「だって月光さんは怖くないもん。めっちゃ優しくてお兄ちゃんよりお兄ちゃんで。だから私、大好きだよ、月光さんの事!!」
「……」

頭を撫でる手が先程よりもわしゃわしゃと軽快な動きを見せる。
これは喜んでいるのかな?何て考えていると若干への字に曲げられた口が僅かににっこりと微笑んだ。


===============


あの後もショップの中を見回って、日南はラケットフレーム以外にもテーピング用のテープやアイシングを買った袋を片手に笑みを浮かべていた。
開店セールで少し安かったから思わず沢山買ってしまったけど全然気にならない。
今は買ったフレームにガットを張って貰うので時間が掛かるからと越知と一緒にフードコートまで来ていた。まだ越知と一緒に居られるのも日南としてはとても嬉しい。

「アイス、好きなのか?」
「へ?どうしてですか?」

このショッピングモールにはアイスクリームやジェラート専門のお店もあって、日南はそこで3段のカップアイスを買っていた。
その間も越知は日南と一緒にいてくれて、あまつさえ荷物を持ってもくれた。別に小さい物だからと、断ったけど無言で荷物を取られたからそのままお願いしたけど。

「いや……。随分美味そうに食べるものだからな」
「ここのアイス、めっちゃ美味しいんです。この特に宇治抹茶と大納言小豆のアイスは絶品で!」
「随分渋い物を好むのだな。クラスの女子やお前の兄は苺やチョコレート、それに飴が入った物をよく選んでいるが、お前はそう言った物は好まないのか?」
「昔からよく食べてたので。それに素朴な味というか……。あっ、でも私も苺やチョコミント大好きです」

そう言うと越知はまた口元を緩ませて「そうか」と優しく笑う。
もしかしたら越知は自分に興味を持ってくれて、自分の事を知りたいんじゃないか。言われてみれば兄経由で知り合って、日南も越知の事はほぼほぼ何も知らない。日南はそう思いながら自分からも話題を探す。

「越知さんはアイス、あまり食べないんですか?」
「そうだな。気が向いた時にだけだ」
「そうなんですね。あっ、そう言えばお兄ちゃんから聞いたんですけど月光さんお蕎麦好きなんですよね?」
「ああ」
「あのお店変わり種多くてお蕎麦のアイスもあるんですよ!」
「! それは興味深いな」

僅かに明るくなった越知の声に好感触だと日南も嬉しそうに笑った。
そしてカップの一番下のアイスを掬って越知の目の前に差し出す。

「実は気になって買ってみたんです。月光さん、あーんしてください」
「だがそれはお前が買ったものだろう」
「一口なら気にならないです」
「……」

ゆっくりと、小さく越知の口が開かれると日南はスプーンをその中に送る。越知は小さな口でアイスを受け取ると口の温度でゆっくり溶かして行く。

「……蕎麦の香りはするが、これは蕎麦ではないな」
「まぁアイスですから」

はにかみながら日南も宇治抹茶のアイスを掬って口に放る。
するとテーブルに置いておいた携帯が軽快なメロディを奏でる。すぐに電話に出るとさっき買ったガットのフレーム張りが終わったから取りに来て欲しいと言う連絡だった。

「終わったのか?」
「はい!あ、でもまだアイス残ってる……月光さん先行くならどうぞ。私、これ食べてから行くんで」
「いや、一緒に行こう。お前と話をしていると楽しい。それとも迷惑だろうか」
「! いえ!むしろ私の方がご迷惑お掛けしてるんじゃないかって心配してて……」

慌ててそういうと越知はふっと表示を緩ませて日南の頭に手を伸ばす。それから優しい手つきで頭を撫でてくれた。
「さして問題は無い」なんて、いつもの決まり文句を口にして。

「(どうしよう……月光さんめっちゃ格好いい……!!)」

何となく、兄が家にいる時越知の話ばかりする理由が解ったかもしれない。それに女子みたいに「格好いい」と連呼する理由も。
火照った顔を冷ます様に日南はもう一口、照れ隠ししながらアイスを救ったスプーンを口に放り込んだ。


2016/12/18