▼ ラブ・アシンメトリー
※白石視点
「うわっ」
練習中、背中に何かがぶつかった衝撃が起きたと思ったら背後から腕が回されてた。
四天宝寺のジャージを纏った少し小さな手。
その手が誰のもんかわかりながらも少し首を後ろに向けたら案の定。日南が俺の背中に引っ付いとった。
日南が自分から俺にくっ付いてくるんはかなり珍しい事で。
あぁ、何かあったんやなぁなんて思いながら右手で低い位置にある頭を撫でる。
「日南、どないしたん?またユウジと小春にウザ絡みされたんか?それとも財前と喧嘩したんか?」
なるべく優しい声で日南を安心させながら何があったか聞き出そうとするけど、思い当たる事全部聞いても小さく首を横に振るだけで。
困ったな……何があったのか検討もつかへん。
すると僅かに俺の腰周りを囲んどってた腕に力が入る。
女の子にしては腕力がある方やから少し苦しいけど、あんまり顔に出さへんようにする。
「日南。だんまりしとっても何があったか解らへんから、何があったか教えてくれへんかな?」
日南には見えてへんけどはにかみながら。
すると何故か背中に思い切り頭突きされた。何やねんホンマ。意味わからん。
「痛っ、日南痛いわ!何やねんな、もう」
「……」
「日南?」
どれだけ聞いても無言を貫くからカチンと来て左手で前頭部を掴んで無理矢理日南を剥がす。
でも日南も更に腕に力を込める。まるで俺から離れたくないみたいな。ちゅーかほっそい腕にどんだけ力込めてんねん!
アカン、意味がわからん。こんな日南初めてや。思わず溜息が口から出てしまう。
「はぁ……、何や。俺にも言えへん事なん?」
「……蔵ノ介さんがモテ過ぎるのが悪い」
「は?」
今日南は何て言うた?
漸く口開いた思ったら俺が"モテ過ぎるのが悪い"?って……何の話や。
もう一度首を後ろに向けると僅かに日南の表情が見えて。何や少し泣きたそうな顔をしとる。
そこで悟った。また、俺絡みでなんか嫌な事でもあったんやなって。
日南はある程度の事は我慢しながらも、笑って許してまう子やけど我慢しきれんくなったら爆発する様に泣き出す。……俺としては泣く前に相談して欲しいんやけどな。
日南の腕を優しく撫でたると日南はほんの少しだけ腕の力を緩めた。
その隙を狙って体を日南の方に向けて、真正面からがっしりと日南の体を抱きしめる。どや、無駄ないやろ!
「何かまた嫌な事あったん?」
小さい背中を撫でながら耳元で囁くと「ん……」なんて小さな声が零れる。
「最近蔵ノ介さんの周り、女子の壁が厚いから」
「女子の壁?」
「朝練の後も、休み時間に蔵ノ介さんのクラスに行っても、お昼休みも最近ずっと蔵ノ介さんと一緒に過ごせてない」
そう言えば、言われてみたら最近日南と休み時間一緒に過ごしたり、朝練後にとってたスキンシップもまるっきりなくなっとる。
寧ろ、日南と過ごす時間自体が少なくなっとる。メールも電話もからっきしや。
アカン、言われて初めて気が付いた。
謝罪の言葉を口にしよ思ったら顔を上げたら日南は目にぎょーさん涙を堪えて、今にも泣き出しそうな顔をしとる。何かあったら涙が頬を伝って零れ落ちそうや。
「ずっと女子に囲まれてばっかで、逆ナン嫌だって、がっついてくる女の子苦手だって言ってるのに頬染めてデレデレしちゃって、……怒っちゃうよ?」
喉を震わせながら声に出した言葉が、睫毛を濡らして頬を伝い落ちる涙の雫に胸が痛む。
こんなんなるまでなして日南の感情に気付けへんかったのやろ……。こんなん彼氏失格や言われても仕方ない。
せやけど、こんな我慢出来んくなるラインに到達する前になして話してくれへんのやろ。……俺に変な心配掛けさせたくない思ってるんならお門違いなんやけどな。
小さな日南の体を抱き締める腕に思わず力が入ってまう。
「堪忍な……」
「謝るくらいなら、少しは拒否してよ」
嗚咽を小さくこぼしながら言われた言葉は正論で。ぐぅの音すら出ぇへん。
「蔵ノ介さんが優しいの知ってるから、相手の人を傷つけないようにしてるの解ってるけど、私だって嫉妬するんだからね!」
「ホンマごめん。そない日南が傷付いてるなんて思わんかった」
ぐすっと鼻を啜りながら日南はまっすぐ俺の顔を見上げる。
日南が俺に何か求めて来たらちゃんと真正面から受け止めたる。そのくらいの意気込みを持ちながら日南の言葉を待つ。
「……ほ、放課後」
「うん」
「放課後、一緒に帰ってくれる?」
「勿論、えぇに決まっとるやん。寧ろ日南の家まで送る。少しでも一緒におりたいし」
笑顔でそう言ったれば日南は僅かに表情を明るくした。あぁ、やっぱり日南は笑顔が一番可愛い。
明日からは女子に囲まれても日南の為に少しは拒否する事頑張らな。また泣かせたりするんは嫌やし。
日南を抱き締める腕に更に力を込めて密着すると日南め小さい手を背中に回してぎゅっとくっついて来た。
「部長。部活中にマネージャーとイチャつくん止めてもらえます?ちゅーか、部活に専念して下さい」
「!」
「ざ、財前!」
「さっきから見とったらグズグズイチャイチャ……。ホンマ、リア充爆発せんかなぁー」
嫌みったらしく(いや、ド正論や)こっちをチラチラ見ながらそう言う財前に、抱きしめ合う腕を離して頭を下げる。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
日南と声が綺麗に重なる。
怒られとるのに嬉しいんは何でやろ。でも此処でニヤけたりしたら財前がまた機嫌悪くするから我慢や我慢。財前が怒っとるんは元はと言えば俺らの所為やし。
「気ィ付けて下さいよ。あそこで非リアがイライラしとるんで」
クイッと顎で財前が示したのはジト目で見てる謙也で。健次郎と銀が何とか諌めとる。
「日南、堪忍な。仕事戻って貰えるかや な」
「うん。あとは放課後……」
「おん」
そう言って日南は次の仕事をしにその場から離れた。
あぁ、後で謙也や健次郎達にも謝らんと。勿論一緒に話をしていた日南と一緒に。部活中にする話でもなかったし。
「財前もホンマ堪忍な」
「別に。日南が少しでも元気出たならそれでえぇんで。最近ホンマに元気なかったし」
「部長と話全く出来んて」。そう言った財前はホンマに日南の事で安心した顔をしとった。
まぁ、日南と一番仲えぇんは何やかんや言うても財前で。クラスも部活も同じで、趣味も合う。親友としても日南が元気無かったらそら気にもなるやろうな。
取っつきにくいヤツやけど財前はこういう所が部内で一番しっかりしとる。俺もしっかりせなアカンな。
「でも、まぁ。次日南ん事悲しませたりしたらその時は遠慮なく掻っ攫わせて貰うんで、気ぃ張っといて下さい」
「……おん」
やっぱり俺、財前とどう接したらええかわからん。
せやけど財前の一言でシャンとした。もう日南を悲しませたりせぇへんって。
部活終わったら日南に何か甘いものでも奢ったろなんて、俺はすぐにそんな事を考えとった。
2016/10/02
お題配布元「ポケットに拳銃」