テニプリ短編 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ Valentine Kiss

「なぁ、日南は大人の味ってどんなんか知っとるか?」
「……は?」

突如白石が発した質問に日南はただただ意味が解らず、素っ頓狂な声を発してしまった。

「いやな?この前ユウジと千歳と話とったんや。"大人の味ってどんなやろな?"って」
「呆れた。また意味わかんない話して」
「日南、少し冷たい」

日南の家の広いリビングに置いてある大きなソファからアイランドキッチンに立ってバレンタインチョコを作っている日南を見つめる。
少し苛々しているから少しでも和ませようと思ったけど、どうやら失敗だったらしい。
余計イラ付いているように見える。何故そんなにもイラついているのかは白石も解らないのだけど。
もしかしたら、さっきチョコを作るのを手伝うと言ったから怒ってるのか。いやでも日南はそんな事では怒りやしないしその前から少しぴりぴりしていた、様な気がする。
今日は部活が休みだと言うからデートの約束を2週間前からずっと入れていたのに、日南が苛々していると何かしてしまったのではないかと心配してしまう。
そういえばデートで行く予定だったチョコレート専門店に行く途中でいきなり「うちでデートしよう!今日も家誰もいないし」と言って日南の家に来た訳なのだけど。

「(それにしても……)」

日南がエプロンをつけてキッチンに立っている姿を初めて見て不覚にも笑みが零れる。
今まで日南の色んな姿を見てきたけど家庭的な姿を見るのは初めてかもしれない。合宿の時はいつもTシャツ・ハーパンにエプロンだから然程気にしていなかったけど、私服にエプロンの組み合わせが思っていたよりも可愛い。
チョコレート専門店に行けなくなってしまったけどこれはこれで良かったかもしれない。見た事がなかった日南の可愛らしい姿をまた一つ見る事が出来たのだから。

「で、その後出た結論は?」
「え?あ、あぁ……何となく財前と小春は知ってそうで、金ちゃんは全く知らん。謙也は微妙、銀は大人やから知っとるやろって事になった」
「待って、師範風評被害被ってない?師範は確かに大人だけど蔵ノ介さん達と同い年だからね?」

そう言いながら日南はお盆を持ってリビングに戻ってくる。
大きな硝子テーブルに置かれたお盆には下に機械が付いた器が乗っており、中にはチョコレートソースがたっぷりと入っていた。周りにはハートや星の形にカットされた果物が乗った皿が配置されていた。

「チョコレートフォンデュ。ずっとやりたかったんだ」

そう言った日南は少し機嫌がよくなったのか僅かに口角を上げて笑うとエプロンを脱ぎ、白石の隣に少しだけ隙間を開けて座った。
折角エプロン着てる姿も可愛かったのにな、と残念に思うけど日南が隣に座ってくれた事が嬉しくて如何でもよくなってしまう。

「……ごめん」
「なして?」
「さっきからイライラして蔵ノ介さんに当っちゃった。嫌、だったよね……」
「……嫌、言うよりは不安になったかなぁ。日南に何かしてしもたんやないかってずっと考えとった。なぁ、もし差し支えなければなんやけど何でイライラしてたんか教えてもろてもええかな?」
「……すっごく下らないよ?」
「大好きな子の悩みを下らないなんて思う訳ないやん」

はにかみながら頭を撫でてやると日南は少し悩んでから「笑わないで聞いてね?」と話を切り出す。
しかし、恥ずかしいのか中々話の続きを口にしない。
それでも白石は優しい微笑を浮かべ、日南の言葉を待つ。急かした所で日南にとって良い事はないし、きちんと心に整理が付いてから話して欲しい。そう思っているから。

「街中を、蔵ノ介さんと歩きたくなかった」
「え?」

彼女は今、何と言ったのか。自分と街中を歩きたくなかったと言う風に聞こえたけど。
もしかしたら日南にとっての自分は一緒に歩くのも嫌な位恥ずかしい人間なのかと悩んでしまう。よく「人前で絶頂って言っちゃだめ!」と注意されているし。
少なからず日南の言葉にショックを受けていると日南は顔を真っ赤にして声を荒げた。

「だ、だって!!擦れ違う女の人達、皆蔵ノ介さん見て目をハートにしてるし、蔵ノ介さんは気付いてなかったかもだけど言われた言葉が悔しくて……だから、一緒に外歩くの嫌で、それで」
「言われた言葉?何言われたん?」
「……」

日南が一緒に外を歩くのを嫌がった理由を解って安堵すると同時に、可愛いなとは思ったけど日南に向けられた言葉の方が気になってしまう。
泣きそうな顔をしているからあまり良い言葉ではないのは確かだろうけど。
「言いたくなかったら無理して言わんでもええよ」と言って優しく日南の体を抱き締める。恥ずかしい事だけども、日南が辛そうにしている姿は見ていられない。白石まで辛くなってしまう。
日南は白石の優しさに、抱き締めてくれている体から感じる温もりに泣きそうな顔をする。でも泣かない様に必死に感情を押し留めて震える唇で言葉を紡ぐ。

「隣の女の子、妹さんか何かかなって」
「!!」
「ショックだった。頑張って可愛くしてみたり大人っぽく見せてみようとしても周りの人には蔵ノ介さんとお付き合いしてるように見られてないって思うと……」
「日南……」

髪の上から後頭部を優しく撫でると日南は余程悔しかったのか、小さく体を震わせて小さく声を零す。

「俺は、日南がどんな風に言われても日南だけが彼女やって胸張って言えるけどなぁ」
「……え?」

鼻を啜りながらも顔を上げて白石の顔をじっと見上げる。滲み出てきた涙で睫毛が濡れているのに不覚にもドキッと心臓の鼓動が大きく揺れた。

「せやって俺には日南しかおらへんもん、隣に居てくれて気持ちが落ち着く女の子って。日南も胸張りや。日南は何処にいっても一番かわええ女の子やって俺が保障する。それに、俺の自慢の彼女で大切なパートナーや。やから、そんな悲しそうな顔して泣かへんで?な?」
「くら」

大切で大好きな人の名前を呼ぼうとしたら唇に温かくて柔らかい感触。鼻腔を甘いバニラムスクの香りが通り抜ける。
ほんの僅かに唇が甘酸っぱい、でも苦い何かを感じた。
唇が離れると白石はもう一度日南をぎゅっと抱き締めて「ホンマ可愛い。好き」と言って微笑む。
白石もキスをしたのが恥ずかしかったのか、白い肌が僅かに上気している。
それよりも。白石にキスされた時に感じた、あの不思議な感じは一体なんだったんだろう。普段スを交わす時はあんな感じしないのに。
でも、白石からのキスのお蔭で街中で言われた言葉が段々ちっぽけな事に感じる。
白石が言ってくれた通り白石の彼女で居られて良かったと、そう思う。

「ああでも、俺も日南の気持ち、解らんでもないんやで?」
「私の気持ち?」
「日南かて、結構他の男に可愛い可愛いって好意的な目で見られてるんやからな。誰にも渡すつもりなんてないけど、いつか日南が他の男に気持ち移ってしもたらって思うと怖いわ」
「もう、そんな心配しなくても良いのに。私はね、蔵ノ介さん以外の男の人にはさして興味ないんだからね!」
「……そんな越知さんのマネして言うても説得力ないで。可愛いけど」
「嬉しい!もっとかわいいって言って!」

珍しく有頂天になった日南に白石もつい構って「可愛い!」と言って抱きついたり、頬に触れてみたりじゃれあってみる。日南が元気になってくれて良かったと思いながら。

「さ、じゃれあうのも程々にして、チョコ食べよか」
「そうだね。あー、もう、何だかお腹減っちゃった」

テーブルの上に並べた果物やマシュマロを串に刺して器の中に入ったチョコの中に潜らせてからぱくりと口の中に放り込むとチョコレートの甘くさと、果物の酸味が口の中に広がる。

「そういえば」
「ん?」
「さっき蔵ノ介さんがキスしてくれた時、いつものキスと違う感じした」
「いつもと違う?」
「何だか甘酸っぱいんだけど、苦い感じだった」

白石は「うーん」と呻りながら、それから何か閃いたかのような顔をする。

「多分、それが大人の味なんちゃうかな」
「それが?」
「……多分?」

確かに大人の味は苦いと良く聞くけど、何だか少し違う気がする。
そもそもまだ中学生の子供だから大人の味と言われても中々ぴんとは来ないのだけど。

「まぁ、日南と一緒やったら俺は何でも構わへんけどな」

そう言うと本日2回目のキスを求めてくる。
目蓋を閉じて待っていると今度は甘いチョコレートの味がした。


2016/02/14