テニプリ短編 | ナノ
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▼ Valentine Kiss

今年もこの日がやってきた。
2月14日。バレンタインデー。女子が男子にチョコレート菓子をプレゼントする一部では阿鼻叫喚、一部ではお花畑なイベントだ。
立海大付属中男子テニス部のメンバーの面々も例外なく女子からチョコレートを山の様に貰っていた。
3年B組に所属しており、現在部室に避難している丸井ブン太と仁王雅治も例外ではない。女子から沢山のチョコレートを貰っていた。
仁王は闘争本能・欲望丸出しな女子の勢いにげんなりし、丸井は「チョコ沢山貰えてラッキー」と思っているものの矢張り女子の勢いに少し押され気味だった。いつの間にかポケットの中にもチョコレートが幾つも差し込まれている。

そして避難した先の部室にもチョコレートが山の様に積み上げられている。
綺麗にラッピングされたチョコレートはミーティング用の長テーブルの上に小さい山となっていた。
リボンと箱の間に挟まれているカードには可愛らしく丸っこい文字で「幸村君へ」と書き綴られている事からこのチョコの山は幸村宛のチョコだという事が解る。

「これは……幸村宛のチョコか。どれも美味そうじゃのう」
「ヒヒッ、幸村君が居ない隙にもーらい」

相変わらずな丸井の食欲に仁王は溜息を吐いた。
勝手にチョコを食べたのがばれたりしたらあの性格温厚な幸村でも怒るだろう。なんせ彼は私生活では他人の気持ちを人一倍尊重する。
きっとこのチョコも「これは彼女達が俺の為に気持ちを込めて贈ってくれたチョコなんだ。それを勝手に食べるだなんて彼女達に失礼だと思わないのかい?」と、きっとそう言うに違わない。
まぁ、一度幸村から怒られるのも丸井にとっては薬になるだろう。
テニス部を引退した今、また太ってきて体型が崩れてきている。このまま高等部でもテニス部に入部するとなるとまた体型作りから事になるだろう。適度に運動はしているし、時たま勉強の息抜きでテニスをするとは言え。止めないのは仁王なりの優しさだ。

するとタイミング良く部室のドアが開く。
丸井はチョコを吟味して選んでいる所為でまだ気付いていない様だが紙袋を持った幸村が少しだけ覚めた目をしながらも笑みを浮かべていた。

「丸井?」
「!! 幸村君!」

拝借しようとしたチョコを一つ手に握っている丸井に幸村は表情を変えないまま、にこやかに言い放つ。

「お望みなら、"味覚"だけを奪おうか?」
「ま、待った!味覚だけは、味覚だけはご勘弁を!!」

即座にチョコを山の中に戻す丸井と未だに怒っている幸村を眺めながら「……そういえば味覚ってテニスに関係あるのかのぅ」と、仁王はぼんやり考えていた。

「その紙袋、今日一日で全部持って帰るつもりなんか」
「うん。このまま置きっぱなしにするのも気が引けるし、溶けてしまう可能性もあるからね」
「どっかの誰かさんみたいに勝手に食べようとするやつも現れるかも知れんからのう」

ちらりと丸井の方を見るとしゅんとしながらも罰が悪そうな顔をしていた。ふふふと笑いながら「そうだね」と言う幸村に更にしゅんとしている。

「二人も沢山貰ったんだろう?入れるものが無ければ先生に言えば紙袋、分けてもらえるよ」
「ん。じゃぁ俺も貰いに行くかのぅ。流石にバッグの中に入りきらんぜよ」
「今だと女子生徒も結構少なくなってるから行くなら今行った方が良いんじゃないかな」
「そうけ。恩に着るぜよ、幸村」

そう言うと仁王はドアの方に向かう。恐らくこれから職員室に紙袋を貰いに行くのだろう。
擦れ違い様に丸井の襟首を引っ掴むと(首が絞まってるのか丸井は「ぐえっ」と苦しそうな声を零していたのが幸村には気掛かりだったけど)そのまま部室から出て行った。
ぱたん、と木製のドアが閉まると部室の中は幸村一人きりになり無音の状態になる。

「さて」

テーブルの上のチョコの山を見て悩む。紙袋の中にチョコを入れて持ち帰るとは言え、かなりの袋数になりそうだ。
スクールバッグも持って帰らないといけない事を考えるとやっぱり全部を今日一日で持って帰るのは大変で。半分だけ持って帰ってもう半分は海風館の冷蔵庫を借りて保管させて貰うか、それとも素直に親に迎えに来て貰うか。チョコを一つ一つ丁寧に紙袋に詰めながら考える。

そう言えば、今年は彼女からまだチョコを貰っていないなとふと思う。
そもそも今日一日学校内でかち合ってすらない。学校に来ているのかどうかすら解らない。
さっきまで彼女のクラスメイトである仁王と丸井が居たんだから聞いておけばよかった、と少しだけ後悔した。
幸村の手は紙袋にチョコを詰める作業を止め、ブレザーのポケットの中にある携帯電話に伸びる。そして指先は流れる様に彼女の携帯電話に電話を掛けていた。
コールは1、2回のみ。すぐに電話が繋がる。

『もしもし、精市?』
「日南、風邪ひいてない?」
『? 何で?別にひいてないよ。どうして?』
「どうしてって、……今日一日日南に会えてないから心配になって」

そう深刻そうに告げると受話器越しから『ぷ……あっはははは』と元気な笑い声が聞こえてくる。何も其処まで笑わなくても良いじゃないと思いながら、でも幸村は日南が元気な事に安堵して微笑む。

『ごめんごめん。いやね?精市のクラスに行こうと思ったら女子の壁が厚くて厚くて……。まぁ私も女子にチョコ貰ってください!卒業式の時に花付けさせて下さい、第2ボタン下さいって迫られて部室に逃げ込んでる状態でさ……。もう、放課後だって言うのにまだ探されてるって教えて貰って参ってるんだよね』

『今日女テニ練習休みで本当助かったわ』と呑気にけらけら笑っている。
数ヶ月前まで女子テニス部で部長を務めていた日南は人柄のお蔭で男子からも女子からも人望があり、人気がある。
そう言えば去年のバレンタインは女子生徒に追い回されて隠れながら移動していたと柳が教えてくれたっけ。
でも、追い掛け回されているなら追い掛け回されているでメールの1通でも送ってくれれば良いのに。付き合っているんだから、とも思うけど。

「俺も今部室にいるんだ。良かったら一緒に話しないかい?」
『本当?!じゃあ今から男テニ部室行くよ。赤也から聞いたよ、今日は男テニも休みだって』
「日南は情報早いなぁ」
『まあね!知りたく無い事とかもじゃんじゃん耳に入ってくるから少し困ってるけど』

がちゃりとドアノブが捻られる音がした。
すぐ日南はこちらに来るな、と幸村は電話を耳に充てたまま部室のドアまで向かい、ドアノブに手を掛ける。女子テニス部部室と男子テニス部部室は丁度真正面に面しているのだ。
すぐにドアを開くと今日初めて見る彼女の姿が映りこむと同時に、表情が自然に緩んでいくのを感じた。
流石に日南は幸村がドアを開いて出迎えてくれるだなんて思っていなかった様で、幸村より僅かに小さい体はその腕の中に納まってしまった。
余ほどびっくりしたのか日南の手から携帯電話が滑り落ち、衝撃で通話が強制終了される。

「せい、いち」
「半日会えてなかっただけなのに寂しかった」
「……ごめん。私も寂しかったよ」

目を伏せ、幸村に体を委ねる。相変わらず、彼からは花の香りがして心が安らぐ。
ほんの少しの時間だけだけど抱き締めてもらった後はしっかり部室のドアを閉めて、隣り合わせに椅子に腰掛けた。
デリカシーが無いと言われそうだけど、あのチョコの山を真正面に。
流石の日南もこれ程までの山を見た事がないのか唖然としながらチョコを見つめていた。そして幸村に視線を移すと申し訳なさそうに幸村がはにかむ。

「漫画みたいだね、この量」
「そうだね。……嫌じゃないのかい?」
「? 何が?」
「彼氏がこんなに沢山のチョコを受け取ってるのが」

だったら受け取らなければ良いじゃないかとそう思ったけどバレンタインの女子の勢いは凄まじい。その凄まじいオーラもだが、矢張り彼女達が頑張って自分の為に用意してくれていると思うと突っぱねる行為をすると胸が痛む。
日南はそんな事で嫌な思いをする子ではないだろうけど、もしかしたら。
去年は柳達が真田に内緒で預かってきたチョコを見て「いやぁ、モテるねぇ精市は」と言って話えらっていたけど、今年は去年と立場が違う。正式に異性としての付き合いを交わしている。
しかし日南はきょとんとした顔をしてから「何で?」と言葉を返してきた。

「精市がモテるのは今に始まった事じゃないし、精市がこんなに沢山の人から好意を向けられてるって思うと私も嬉しいよ。それに、そんな素敵な人とお付き合いさせて貰えてる私も鼻高々だし」
「!」

悪戯っ子のようなあどけない笑みを浮かべる日南に幸村も一瞬きょとんとした表情を浮かべる。
日南の事を疑ってしまった事を恥じると共に思う。
「俺もこんな素敵な考え方が出来る人と巡り合えて、付き合えて本当に良かった」と。

「あ、でも譲れない事はあるなぁ」
「譲れない事?」
「精市、貰ったチョコ食べた?」
「いや、まだだけど」

そう告げると日南は「よかったぁ」と微笑んでからバッグを膝に乗せて、綺麗にラッピングした箱を幸村に差し出す。

「私からのバレンタインチョコ!初めての手作りだからその、あんまり美味しくないかもしれないけど……でも精市に一番最初に食べて貰えたらなぁ、喜んで貰えたらなぁって思って作りました!お納め下さい」

途中から言葉遣いが可笑しくなった日南は顔を真っ赤にしながらチョコを差し出し続ける。
そんな日南が可愛くて可愛くて、幸村は日南の耳元に業と唇を寄せて「ありがとう」と感謝の言葉を告げた。案の定、更に顔を真っ赤にして耳を押さえ口をぱくぱくと金魚の様に開閉している。

「じゃあ、日南のチョコが俺のバレンタイン初のチョコだ。今、此処で食べていいかな?」
「も、勿論!な、なんなら"あーん"のオプションもつけるよ!」
「ふふ、お願いしようかな」
「!!」

まさか。冗談で言っただけなのに。そう思いながらいつの間にかラッピングを解いていた幸村が「あーん」と良いながら口を開いて待っている。こうなったらやるしかない。
幸村の為に作ったトリュフチョコを一つ摘むと開かれた口の中に放り込むように入れる。
音をなるべく立てずに咀嚼する姿すらも綺麗で思わず恥ずかしくなってくる。

「うん。美味しいよ、日南の手作りのトリュフチョコ」
「! 良かったぁ」
「もし良ければ来年も俺の為だけに手作りしてくれたら嬉しいな」
「っ!!来年は、もっと美味しいの作れるように頑張る」
「期待してる」


END


2016/02/14