テニプリ短編 | ナノ
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▼ 脂で濁った夜空に君王星を探した

※いじめ描写有、ユウジ←夢主の片恋


「あー」

日南は目の前にあるそれを見て間抜けな声を間延びさせていた。
これはよく漫画で見る展開だ。寧ろ、すでに一年生の時にも経験した事がある。
あの時は白石や、今はもうこの学校にはいないハラテツ達が事を収めてくれたけども。
とりあえず黒く汚れたそれを拾い上げると日南は「困ったなぁ」と言わんばかりの表情を浮かべ、教室に向かう。

「日南?」
「あ、ユウジ君」
「! 何やそんな泣きそうな顔して。転んだんか」

一氏の目に触れない様に腕に抱えたそれをさっと背後に隠す。
そんな日南の挙動に気付いていないのか「ほんまドジやなぁ、おどれは」と口が悪いながら心配している事が見て取れる言葉をかけてくれた。
泣きそうな顔してるんだ。一氏の言葉で漠然と自分が今どんな顔をしているのかを理解して左手首のリストバンドで滲んでいた涙を拭う。
泣いている理由は転んだ訳では無いのだけども眉間にシワを寄せて「痛いんだー」とだけ返しておいた。

しかし、一氏 ユウジと言う男を侮ってはいけない。
彼の観察眼や洞察力は四天宝寺一番、否、日南が知る限りは全国一だ。
気付かれていない、とは言いきれないかもしれない。気付いていて気付いていないふりをしてくれているのかもしれない。
彼はああ見えてデリカシーがあるから。
今まで日南が本気で嫌がる事は一切しなかったし、されている所を見ると誰よりも早く日南を助けてくれていた。

「余り無茶すんやないで。お前、大人しそうに見えて結構なじゃじゃ馬なんやから」
「じゃじゃ馬って……ひっどいなぁ。もう!」

怒る素振りを見せると「わー、マネージャーが切れたー」と鮮やかな棒読みでかわす。
そんないつでも他人を笑わせる事に一生懸命な一氏が日南は大好きだった。
とは言っても彼は小春にゾッコンだし、小春は人間として素敵で尊敬出来て、日南も大好きな人だから敵わない事位理解はしているけど。
しかし一氏はごほんとわざとらしく咳き込んで「あー、日南」と言うと日南を指さす。

「後ろに隠してるそれ。何や?」

低く発せられた声にびくりと体を萎縮させる。
笑い顔から一変、試合中のあの鋭い目付きで日南が後ろ手に隠してるそれをじっと睨みつけていた。

「……何でも、ない」
「あぁ?何でもない訳ないやろが、だぁほ。お前がまた三年に嫌がらせされてる事くらい、お見通しや。先輩舐めんなや、コラ」

そう言って日南の右腕を掴むと無理矢理前に持ってこさせる。思わず「あっ」と声がこぼれる。
ユウジの視界に触れたそれは日南の部活用ジャージで。態とらしい位に泥やゴミで汚れていた。
今までにされた事と言えば上靴をすぐ見つかるような場所に隠されたり、水を引っ掛けられる位だったのだけど今回のこれは少しばかり精神的に応えている。
授業用のジャージであればまだ幾分かはダメージは少なかったのだけど。相手は日南がされてダメージを受ける事を熟知しているらしい。

「ひっどいな……洗濯しても汚れ落ちるかどうかわからへんやん」
「……」
「で、日南。自分に直接的な被害はないか?」

じわじわと涙が熱を帯びて分泌されそうなせいで声を出さずに小さく2、3回首を縦に降ると一氏は「さよか」と日南の頭を撫でた。

「自分に怪我ないなら、まだえぇ。とりあえず家庭科室でジャージ洗濯しよか。付いてきい、日南」


===============


「よし。今日の部活までは多分間に合うへんやろうけど部活終わった後には乾いとるやろ」

家庭科室の使用許可を貰った一氏は洗濯機の前から、少し離れた椅子に座らせた日南に振り返りながらそう言った。
べったりと付着したごみを落として、少しだけ洗剤を混ぜた水にジャージを漬けて内側の汚れに浸透させて、洗濯機にいれて……。
全部自分でやらねばいけない作業なのに一氏は気を遣ってそれらの作業を全部日南の代わりにやってくれた。
申し訳なくなって、首をうな垂れさせながら「ごめん」と謝ると頭をがしっと掴まれて上に持ち上げられる。無理矢理上向きにされた視界に一氏の顔をが目いっぱいに映り込む。
よく"目つきが悪い"と言われる一氏だが日南はそう思っていなかった。年頃の男の子らしい顔立ちをしているし、ヘアバンドで眉を隠している所為で目つきが悪く見えるだけだと思っている。
今も日南をじっと見る目は真摯に日南を見ているし、綺麗な瞳をしている。
その瞳に映った自分の姿が僅かに眩んだ。

「あんなぁ、大切な後輩が困っとったら助けるのが先輩や。特に日南は俺らにとっては大切で大事で大好きなマネージャーや。見て見ぬ不利なんて出来るかい、阿呆」
「(あ……)」

日南の頭を撫でながらあどけない笑みを浮かべた一氏に日南は微かに頬を染めた。
本当に、このひとはずるい。恋愛感情を向けるに値しない相手に対してでも、自分が気に入っていればこうして優しく接してくれる。それの相手が男だろうが、女だろうが。
だからこそ彼に対して、想い人がいることを知っているのに「好きでいたい」と思ってしまうから馬鹿げている。
彼には優しくされていたくないのに。勘違いしてしまうから。

「日南。この後も多分、何かあると思うから、何かあったら遠慮なく俺に相談しぃや。俺じゃなくても白石でも、謙也でも財前でも誰でもえぇ。俺ら男子テニス部でお前の力にならん奴なんて誰一人として存在せぇへんからな」
「……うん」
「よし。ほな、教室戻ろうか。何かあったら嫌やし送ったるわ」

先に家庭科室を出ようとする一氏の背を少しだけ見送り、小さく唇を「すき」と形作る。一氏に聞こえない程度に、小さく声帯を震わせながら。

「何してんねん、授業遅れんで」
「ごめん。今行く!」

椅子から立ち上がると駆け足でその背まで距離を詰める。168センチの身長に不釣合いな位にその背中が大きく見えた。
いじめとか嫌がらせとか、嫌な事が続くけどもテニスも皆をマネージメントするのが好きだから辞めるつもりはないし、そんな気も毛頭ない。
それに、片想いだとしてもこうして一氏が助けに来てくれるから本の少しでも頑張っていられる。
一氏の背中を見つめながら日南は「頑張ろう」と微笑んだ。


End

お題配布元「VIOLENCE.com」

2016/02/06