テニプリ短編 | ナノ
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▼ 本音を貴方に伝えます

※卒業間際のお話


「えっ。熊本に、帰る?」

部室で部誌を書いていた日南は驚愕の声を上げた。
すると千歳は申し訳なさそうな顔をして小さく首を縦に振る。
その様を確認すると日南は狼狽しながらも事実を受け止めようと、「そ、そっか……」と顔を一瞬だけ伏せ、笑顔を取り繕って「寂しくなるね」とだけ告げた。

その後、皆着替えを済ませ各々帰宅していく。
家がお隣だからといつも一緒に帰宅している謙也は兼部している文化部の方に顔を出したいと言って日南に先に帰るように告げて校舎の奥に消えていってしまった。
とぼとぼと、駐輪所に置いている自転車を手押ししながら通学路を下っていく。
よくよく考えたら、そうなのだ。千歳が卒業と共に熊本に帰るのはごく自然な事だ。
彼は元々熊本に住んでいて、大坂の大学病院に通うついでに四天宝寺に転入しただけなのだから。
それに千歳だけじゃない。師範と呼び慕っている石田 銀だって卒業したら実家がある東京に帰ってしまうし、白石も、小春も、ユウジも、小石川達3年生も卒業してしまったら会う機会は当然減ってしまう。
謙也は家が隣だから時間やタイミングさえ重なれば顔を合わせる事くらいは出来るのだろうけど。

「何で、こんな単純な事に気づかなかったんだろ……」

当たり前だった光景が時間が経過していくにつれ、段々と遠ざかっていく。
足を止めて、ふぅと溜息を吐いてから空を見上げると、空は既に青暗く染まっていて、幾つもの星が光りを放って輝いている。
悲しさが段々と湧き上がってきて思考を蝕んでいく。
その中でも思う事は只一つ。「皆が居ない部活は嫌だなぁ」と言う事だけ。
小学生の時も、仲が良かった忍足 侑士が東京に引越しする事になった時はとても寂しくて侑士に泣きついて彼を困らせたりしたが、もうそんなに幼い訳では無いのだからそんな事は出来ない。

「日南、ちゃん?」

今の季節にそぐわない、からころんという軽快な下駄の音に振向くとビニール袋を腕に通している千歳が其処にいた。

「奇遇だね、こんな所で会うなんて」
「そうっちゃね。……こぎゃん遅くまで何ばしっとたん?」
「オサムちゃんに部室の鍵返すのにオサムちゃん探してたら時間掛かっちゃって。もー、本当参っちゃうよね、オサムちゃんには。すぐどっか行っちゃうの」
「……」

そう言うと千歳は急に日南の頭をわしわしと撫で始める。無言で、真剣な表情で。

「……ちぃくん?」
「日南ちゃんは、本当に強か子やね」
「何?いきなり」
「……俺の部屋ば来て」
「? 私は構わないけど……」

途端、千歳は安堵の表情を浮かべてから日南に笑顔を向けた。

四天宝寺の学生寮にある千歳の部屋に着くまでずっと二人は無言だった。自転車の車輪が回るカラカラとした音と、千歳の下駄の音だけがやけに虚しく鳴り続ける。
何か話題を振ろうとしても何を放せば良いのか全く解からなくて、テニスの話をしようとしてもいつもしている話題だから、これでは何も普段と代わり映えがしなかった。
駐輪所に自転車を停めて、千歳の後を付いていき、彼の部屋に入る。

「お、おじゃまします」
「すまんばいね、座布団とかなくて。適当に座ってよかよ」

初めて入った千歳の部屋は酷く閑散としていた。必要最低限な家財(恐らく寮の備え付けの家財だろう)と千歳の私物であろうトトロのぬいぐるみやテニス道具位しか部屋に無い。
バッグを先に床に置き、座卓テーブルの前に正座で座る。
しかし何故、千歳は急に自分を部屋に招いたのだろうか。
台所でお茶を淹れている千歳の背をじっと見つめるが、当たり前だけども答えなんて出てきやしない。
千歳がお茶を淹れた湯飲みを持って日南の正面に座ったのを見て、「あの」と声を掛ける。

「緑茶、苦手と?」
「え?あ……ううん、好き。じゃなくて」
「どうして部屋に連れてきたか、っちゃろ?」
「!!」

おずおずと頷くと「そうったいね……」と少し考えてから茶を啜る。

「日南ちゃんともっと話しばしたかった」
「それなら、学校ちゃんと来れば良いのに」
「……日南ちゃんが望むんなら善処する」
「何で私基準なの?」
「それは……」

急に照れて言葉を詰まらせ始めた千歳に日南は状況判断が追いつかず、首を傾げる。
すると、生唾を飲み込んでから何かを決した千歳が言葉を紡ぐ。

「俺、日南ちゃんの事好いとうけん」

時間が止まった、気がした。
千歳が自分に何を言ったのか、その言葉の意味が理解出来なくて自分勝手な解釈をしてしまう。

「私もちぃくんの事、好きだよ」
「違っ、……俺は異性として好いとう」

寂しそうな目で日南を見つめる。
そしてゆっくりと腕を伸ばし、頭を撫でる。

「本当は伝えたらいかんって思ってた。でも、さっきの日南ちゃんの背中見ちょったらどうしても伝えなくちゃいけんって思って、その……あー、上手く言葉に出来ん!!」
「ま、待って!何で伝えたら駄目だって、そう思ったの?」
「……日南ちゃんに寂しい思いさせたくなか。ばってん、俺は電話もメールも苦手やけん」

その言葉の意味を上手く汲み取り、日南は顔を真っ赤にして俯いた。
つまり、遠く離れても電話やメールが出来れば寂しい思いをさせてなくて済むけど、そのどちらも苦手だから告白したって寂しい思いをさせてしまう。そういう事だ。
そんなに寂しがり屋に見えるかな。そう思ったが、自分の普段の行動を思い返すと恥ずかしい位に誰かと一緒に居なくちゃ駄目になってしまいそうで。
千歳はそんな日南の事を解っているから、今まで"好き"と言う気持ちを伝えなかったのかもしれない。

「……ありがと」
「? なして?」
「そんなに、私の事考えてくれてたんだって思うと、嬉しくって」

微笑みだけ向けると千歳は急に肩をわなわな震わせ、無言で立ち上がる。
そして日南の隣に来るとその場でしゃがみ、ぎゅっと日南を正面から抱き締めた。頬に千歳の癖っ毛が当ってくすぐったい。

「こぎゃんいい子、もっと早く会いたかった。……神様がおるんなら、意地悪たい。出会う時期が、悪かったとね……」

隙間が無いくらいにぎゅうぎゅうと回された腕に、そっと指先から触れる。

初めて彼に出会ったのは昨年の関西大会会場。
その時笑顔を浮かべて手を振ってくれた千歳に対し日南は威嚇されたと思って脅えて財前の後ろに隠れてしまった。
そしてその千歳が今年の春に四天宝寺転入してきた時も、至近距離で挨拶をしに来てくれた千歳が日南の頭を撫でようとした時にぎゅっと目を瞑り、肩をびくつかせてしまった。
その時の千歳の悲しそうな顔は今でも日南の目蓋の裏にこびりついている。
その所為で一定の距離を作りながらも仲良くはしていたけど、ゴールデンウィーク明けから日南は家の都合でこの四天宝寺から、大坂から3ヶ月弱離れてしまったから、共有している時間は他のメンバーに比べると遥かに少ない。
千歳自信、自由気ままな性格をしているから学校に中々来ないという事もあるけれど。

そんな日南をマネージャーとして探しに行く(本当は探しに行かされるだけど)のも仕事の内に入っていたけど、それが段々楽しくなっていったのも事実だ。
千歳との時間は少ないけど、そう言ったやり取りのお蔭で他の部員が知らない千歳 千里を知ってるし、段々出会った頃とは違う感情を抱く様になって行った。

日南は千歳の腕の中で静かに目蓋を閉じて、千歳の体に寄りかかる。

「ちぃくんに対して脅えたりしちゃった事もあるのに、好きだって言って貰えて、嬉しい」
「日南ちゃんは普通の女の事同じくらいの身長やけん、俺みたいな大男に脅えるんは、わかっちょうけんね。……なぁ、日南ちゃんは俺ん事ばどう思ってると?」

目蓋を開いて、千歳の腕の中で千歳の顔を見上げる。
彼の焦げ茶色の目に自分の姿が確りと映っているのを確認して、腕を腰に回した。

「……好き。私も、ちぃくんを男の子として、好き。昔は怖かったけど、その高い身長も、大きな手も、優しい所も。……放浪癖だけは少し勘弁だけど」
「うっ……、其処は善処すったい」

少しの時間だけ無言で見つめ合った後、自然に唇が重なり合う。
互いの呼吸を暫くの間奪い合いながら、無言の時間を過ごす。
さっきは少しの無言でも辛く感じたのに、今では無言ですら愛しいと思うから不思議で仕方が無い。
唇を離すと二人は少しだけ見詰め合って、声を揃えてくすくす笑い声を上げ始めた。

「何だか不思議だね」
「そうたいね。……日南、愛しとうよ」

ちゃん付けを止めた千歳に頬を染め「私も」と返すと額や鼻筋に甘えたように唇を落とされる。
そして思う。実は千歳も自分と同じで寂しがり屋で、甘えたがりなんじゃないかと。
そう思うと千歳と共通点があると知って何だか嬉しくなった。


End

2016/01/11