テニプリ短編 | ナノ
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▼ Snow Memory

今日はとても寒かった。
少し外を歩いただけで咲き出される呼吸は白い蒸気に変わり、すっと透明に四散していく。
日南は指先が赤く染まりかけた冷たい手を擦り合わせてからコートのポケットに両手を突っ込んだ。
本当は危ないから止めた方が良いのかもしれないのだけど、大坂とは言え寒いものは寒い。
マフラーは巻いてきたのに今日に限って手袋を忘れたのはもう不運としか言いようがなかった。
しかし、学校についてしまえばテニス部部室のロッカーに予備の手袋は突っ込んであるし、校内は暖房が聞いて暖かいし、自販機完備だから自販機でホットミルクティでも買ってしまえば簡単に暖は取れる。
そんな事を考えながら頬を綻ばせて通学路を歩いていたマフラーに隠れている筈の首筋に冷たい何かがぴったりと触れて「ひゃっ?!」と情け無い声が出る。
途端、背後から聞こえた笑い声に日南は振向き、頬を真っ赤にした。

「何、朝から阿呆みたいな声出しとんの」
「ひ、光!!」
「おはようさん」
「おはよ……いきなり首掴むの止めてよー。手冷たかったけど光、手袋は?」

財前も日南と同じ様に手はそのまま外気にむき出しの状態で指先が赤く色付いていた。
そもそも服装自体も指定の学ランの下に少し大きめな厚手のパーカーを着込んで、首にマフラーを巻いてイヤーマフ代わりにヘッドフォンをつけているだけ。見ているこちらが寒くなりそうな服装だ。
動きにくくはなるだろうけど上にジャンパー位は羽織れば良いのにとすら思ってしまう。
すると財前は呆気からん態度で告げた。

「失くした」
「え?失くしたって……」
「何でもえぇやん。自分かて手袋してへんのに」
「な、何で知ってるの」
「見れば解かる事を一々聞くなや。見たまんましてへんやろ。それにさっきから後ろにおったんやけど」

全然気がつかなかった。そう呟くと財前は「まぁ、気配出さん様にしとったし」と言ってマフラーで口元を隠した。
そして一目日南をちらりと見ると日南の腕を引っ張り、手を強制的に握る。
あまりの冷たさに背筋が小さく震えた。こんなに冷たくなると逆に脳が体を暖めようと熱を生もうとする筈なのに。
財前の平均体温を知らない訳ではないが、幾らなんでも冷た過ぎる。

「あー、日南の手ぇぬくいわー、子供体温言う奴?」
「子供体温って光も同い年でしょ……って、光の手は冷た過ぎ!低温火傷しちゃいそう」
「そんな訳あるか阿呆。どんだけ俺の手冷たいねん、そんなん低いなら既に凍死しとるわ」

ご尤もな突っ込みを貰いはにかんでしまう。
意外に財前は日南のボケに対しては辛辣、と言うよりもマジレス気味にツッコミを返す。その厳しいツッコミに何度泣かされ掛けたか。
その度に金色や白石「もっとソフトにツッコんだり」と諭されていたが(ツーンとした態度で聞き入れるつもり皆無だったけども)。

「あー、寒っ。はよ学校行って缶汁粉飲みたいわ」
「またお汁粉……」

「本当に好きだね」と半ば呆れながら突っ込みを入れる日南を尻目に「ちゅー訳で」と、財前にしては少し声を弾ませて日南の腕をぐっと引っ張る。

「学校まで走ろか」

そういうよりも早く足は走る準備をし、ぐいっと体が引っ張られる。
確かに走れば体も温まるし、早く学校に着く。異論はないが何だか少しむず痒い。
そもそも何でこんなに自然に手を繋いでいるのだろう。男の子って余り手を繋ぎたがらないよね?と日南は走っている間ずっと悩んでいた。

程なくして学校に着くと、玄関はまだ寒かったが教室に入れば暖房が効いていてコートを着ている方が逆に熱く感じる位だ。
これはホットの缶ジュースは買わなくて良いかなと思いながらコートを上着掛けに掛けるとすぐに財前が「自販機行くで」と日南を誘う。
日南はすぐにバッグから財布だけ抜き取ると光の後ろをついていく。
そして横に並ぶと彼よりも少し小さい身長で下から顔を覗き込む。

「やっぱりお汁粉飲むの?」
「いや……思うてたより学校の中暑いし、走って喉渇いたから汁粉は止めや」
「幾ら好きでも運動後のお汁粉は辛いよね。喉に絡みつくし」
「おん。ちゅーか何で財布持ってきてんねん」
「え?だってお財布ないと飲み物買えないでしょ?」

何を当たり前な事言ってるの?と困惑した顔でそう言うと光は溜息を吐き、それからべしっと日南の後頭部を叩いた。
思ったよりも痛かったのか日南はその場で「痛い!」と患部を両手で押さえ、財前を上目いで睨みつける。だが余り怖くなかったのか今度は脳天目掛けてチョップを頂いた。

「阿呆。奢ってやる言う意味や」
「え?」

ぽかんと財前の顔を凝視していると日南の顔がそんなに面白おかしかったのか、普段ギャグ等で全く笑わない財前が時間を置いてぷっと噴出した。
珍しい光景を見れたなと思ったが、何故だか後から段々羞恥と怒りが湧き上がって来る。

「……ホンマお前の阿呆面見てるの楽しいわ」
「ひどっ!!今日の部活のドリンク、光の分だけ味うっすくしてやるんだから!」
「止めや、そういう意味無い嫌がらせ。ガキやないんやから」
「さっき人の事子供体温言った癖に何を」
「気にしとったんか」

また手が頭に伸びてきたから警戒すると「ちゃうわ、阿呆」と言われ、今度は髪を優しくなでられる。

「さっき日南に意味無い嘘吐いてしもたし、朝から無理矢理走らせてもうたから優しい優しい光様が礼を込めて買うてやりますわ」
「意味無い嘘?」

今日会ってから今まで財前が嘘を吐いた素振りなんて微塵も感じられなかったから日南は小さく首を傾げた。
しかし財前本人が嘘吐いたというなら嘘を吐いたのだろう。別に自分に実害が無ければ別に嘘を吐かれても如何と言う事無いのだけど。
すると不意に手に光の手の甲が当たった。そしてゆっくりと手を繋ぎに移行する。
どうかしたのかと思い手に向けた視線を上げ、財前を見ると彼は僅かに照れ臭そうにいつもの様に首に右手を添えていた。

「光?」
「日南と手ぇ繋ぎたくて嘘吐いた」
「私と?」
「俺に手袋つけてない聞いたやろ、自分。手袋、ホンマは持ってきてたん」
「何でそんな風邪ひくような事……」
「今言うたやろ、日南と手ぇ繋ぎたかったって」
「?? 言ってくれたらいつでも手位繋ぐよ?」

財前の言葉の意味が解からず素直に自分が抱いた感想を告げると盛大に溜息を吐かれた。

「えっ、なになに?!私何か変な事言った?」

俯き様になった財前に慌てて声を掛けるが本日何回目かの「阿呆」を浴びせられる。
僅かにこちら側に捻られた首に、ちらりと向けられた視線が交わり日南はどきりと心臓を高鳴らせた。
目を凝らさないと解からないけども財前の頬が薄く色付いている。
何だか今日の光は少し変だ。普段しない事を望んで来て、嘘を吐いた事を懺悔してくる。

「はずいねん」
「恥ずかしいって、何が?」
「男から手ぇ繋ぎたいとか言うの。察しろや、阿呆日南」

言葉はそれきり。じっと見つめられて今度は日南が急に恥ずかしくなり顔を染め、視線を逸らそうとするも、横から「逸らすな」と声を掛けられて、じっと動きを止める。
すると財前は少し悩んでから「……謙也さんも白石先輩も千歳先輩も狙っとるし、いい加減言うた方が良いか……」と小声で呟いている。
すぐに決意が固まったのか財前は登校時と同じ様に「こっち来ぃ」とだけ告げて日南の腕を引っ張り、人が来ない場所に移動を開始する。
生徒達が続々登校してくるこの時間、人が来ない場所といえば屋上位しか考え付かなかったから日南の手をぐいぐい引きながら屋上まで駆ける。

「ねぇ光、何処行く……」
「黙って着いて来ぃや」
「……??」

やっぱり今日の光は変だ。そう思うが手を繋がれる事が段々と嬉しい事に変わっていくから不思議だ。ずっとこの時間が続けば良いのに、とすら思っている。
屋上のドアに続く階段を一段一段確りと踏んで駆け上がり、屋上のドアを開く。
屋上に出た途端財前は足を止め、未だ走っていた所為でついた勢いを殺せずによたつく日南の腕を自分側まで引っ張り、ぎゅっと両腕に閉じ込める。

「(ぬくい……)」

手だけ温かいと思ってたのに日南その物が温かくて思わず吃驚してしまっていた。
温かさ段々愛しさに変わっていく。愛し過ぎて抱き締める腕につい力が入る。
対して日南は急に抱き締められた事に対する理解が出来ないまま、抱き締められているという事実だけ飲み込んで顔を真っ赤に染めていた。
抱き締められた拍子に財前の胸元に手を添えてしまったが嫌では無いだろうか。

「ひか……」
「好き」
「え?」
「好きや、日南。去年からずっと」
「ひか、る?」

顔を上げればこつんと財前の額と額がぶつかり合う。
比較的、いつも近い距離で話をしていたけどこんなに近い距離で話をするだなんて初めてだ。
それが今この場における的外れな感情であったとしても、日南の頭はそう処理するだけで精一杯だった。

「日南が好きやから、手ぇ繋ぎたかってん」
「……ま、待って!好きってその、ごめん……"Like"じゃなくって"Love"の方で合って、マスカ……」
「合っとる。言葉にせんと伝わらへんてどんだけやねん」
「ご、ごめん……」

財前が怒ってると思ってつい謝ってしまうが、自分を抱き締める腕に僅かに力が入るのを感じた。

「謝るな。……謝る位なら返事、くれへんか」

こんなべったべたな少女マンガの様な展開、ありえないとは思いつつも、素直に嬉しくなってしまって鼻の置くがつんとする。

「……私も、光の事、好き」
「Loveの方で?」

その言葉に小さく首を縦に振ると、もっと抱き締められている腕に力が入る。
「寒い思いして良かった」と、耳に唇が触れそうな距離で囁かれる。
それだけの事なのに体の芯から熱がじわじわと広がっていく。全身が懐炉にでもなったかのように。

「ほな早速今日の帰り、デートでもしよか」

「良い喫茶店見つけたんや」と悪戯っぽい笑みを浮かべる財前に日南も笑顔で頷いた。


End


2016/01/01