テニプリ短編 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 優しさに自惚れ

「……無い」

日吉はU-17合宿所近くにあるエネルギースーパーたじまのとあるコーナーでそう呟いた。
彼が現在いるのは煎餅売り場。そして彼の目当ては彼が好きな濡れ煎餅。
しかし、その目当ての濡れ煎餅はあるべき場所に収まっておらず。1つも残っていなかった。隣には類似の濡れおかきが隙間も作らずびっちりと陳列されているのに。
溜息を吐くと仕方無しに日吉は濡れおかき数袋を籠に放り込んだ。

会計も終わり、共にスーパーまで来ていた同室の財前、海堂、切原と合宿場までの帰路につくがいつも以上にテンションが下がっていた。
最近は練習練習で濡れ煎餅を食べていなかったから久々に、騒がしい女子達の真似事ではないが頑張っている自分へのご褒美で買おうと思ったのに。
肩を下げてしょんぼりしながら溜息を吐くと財前が缶汁粉を飲みながら声を掛けてきた。
歩きながら飲むなと思うと同時に、器用な奴だなと日吉は思ったが。

「何や、元気ないな自分」
「濡れ煎餅が売ってなかった」
「好きなんか」
「お前の善哉好きには敵わない」
「おおきに。褒め言葉やわ」

以降の会話が途切れる。元々日吉も財前も口数が少ない方だし、どちらかといえば一人で黙々と作業をこなすのが好きなタイプだから会話が続く事の方が珍しいのだけど。
先行く二人の背後では切原と海堂が何かを言い争いながら後を付いてきている。
騒がしい、静かにしろと思ったが注意を促すのも面倒になって二人は無視をする事にした。他人の振りをすればさして問題はないと、そう思ったからだ。
しかし、合宿場につくまで何も会話が無いのも寂しいといえば寂しい。
日吉は財前が手に持っているビニール袋をちらりと見てみた。そういえば、財前は何を買ったのだろう、と。

「お前は何を買ったんだ」
「缶汁粉のストックとカップ善哉。後は日南がシャー芯買い忘れた言うてたからついでに買ってやった」

「善哉は日南が作ったんが一番美味いんやけど、毎日作って貰うんも迷惑やと思うし」と財前は言う。
日南の名が出る度に複雑な心境になるのは何故だろうか。
彼女とは氷帝幼稚舎にいた頃の好みで仲良くしていたが、彼女は家の事情で関西に移り住んで、今年のゴールデンウィークが終わった頃にまた家の用事で数ヶ月ぽっちだが氷帝学園に戻ってきた。その時は表情には出さなかったがとても嬉しかった。彼女が自分の事を覚えていなかった事はショックだったけど。
隣を歩く財前は現在彼女と同じ四天宝寺中に通っていて、尚且つ同じクラスだというから親しいのは解かるが、こんなにも仲が良いと何故だか胸の奥がもやもやして仕方が無い。

「日南はそこらへん気にしないだろ」
「まぁな。でも、アイツは1軍マネとして監督直々に呼ばれてるらしいから、仕事増やすんも悪いかなて。日南、四天宝寺におる時も必死に俺らのサポートしてくれとったし」
「羨ましいな」
「日吉は日南の事好きなんか」
「はぁ?」

思わず素っ頓狂な声が出る。何故この会話の流れで日南に対する好意の話になるのか。
それに恋愛事に全く興味がなさそうな財前からそんな話を吹っかけられた事に対しても頭が混乱している。他人に興味が無く、向上心を余り見せない、ストイックなこの男が。

「俺は結構日南の事好きやけどな。見てておもろいし、趣味合うし」

財前の何気ない言葉に心臓の鼓動が1度だけ大きく跳ねて、体温が一気に下がった様な気がした。
一体何故こんなにも動揺に近い感情を抱いているのか解からないが、矢張り日南の名を出される度に一々意図せず反応してしまう。

「……友人としては好きだが」
「? 何で態々"友人として"なんてつけんねん」

其処で漸く日南の事を異性として意識している事に気がつき、黙りこくったまま顔を俯かせる。
財前が「どないしたん」とぶっきらぼうに声を掛けるが反応する気にもなれない。
それどころか、そのまま走って合宿場までの帰路を急いでしまう。
その場に残された財前と後ろで喧嘩をしつつ歩いていた切原と海堂はぽかんとしながら日吉の背を見つめていた。

「財前、お前日吉に何言ったんだ」
「あいつの琴線に触れる様な事は何も言うてへん……と思う」
「あっ、あれだろ。腹減ったから先に帰ったとか?夕飯まだ食ってねぇし」

暢気な切原の言葉に財前と海堂はじっとりした目で切原を見てから「お前じゃないからそれは無い」とすっぱり切り捨てた。


===============


一方の日吉は若干の罪悪感を抱いていた。
同年代である彼らなどは普段は如何でも良いのだが、今やあの3人は同じ部屋で生活を営むルームメイトなのだ。
機嫌が優れないからといえ、そんな彼らに黙って走り出して合宿場に戻ってきてしまったのは幾ら不遜な日吉であっても良心が傷む。
溜息を吐きながら寮のドアを開けると真っ先に目に入ったのはトレーニングマシーンのすぐ横で寝そべっている忍足従兄弟と呆れながら介抱している日南。
どきりとまた、心臓が大きく鼓動した。

「本当、謙也君も侑士君も馬鹿だよね」
「なっ、日南ちゃん酷い!」
「せやで……馬鹿は酷いんとちゃうか」
「黙らっしゃい!練習後に体休めないでまた下らない意地の張り合いして……馬鹿だから馬鹿って言ったの!解かった?」

日南が1つ年上の忍足従兄弟に臆面も無くそう言い放つと二人は上半身だけを起こし、互いに指を指し「せやかてユーシが!」「せやかて謙也が!」と声を揃えてそう言った。
長年の付き合いとは言え流石に日南も呆れてしまい、ついに溜息を吐く。
「付き合ってらんない」と小声で零したかと思うとずっとその光景を見ていた日吉と目が合い、小さな笑みを浮かべ「おかえり」とだけ返してくれた。
たったそれだけの事なのにとても嬉しくなって顔がにやけそうになる。此処で破顔したら日南の後ろにいる忍足従兄弟にネタにされるからグッと堪えるが。

「あぁ、ただいま」
「あれ?光達と一緒にお買い物に行ったんだよね?他の3人どうしたの?」
「俺だけ先に帰ってきた」
「そっか。あ、そうだ、若君に渡したい物あったんだ」

日南はそう言うと玄関先ロビーのソファの上に置いておいたビニール袋を日吉に「はいっ」と渡す。

「さっきスーパー言った時に1つしかなかったから買って置いたんだ。後で若君に渡そうって思ってたら光から若君達と一緒にお買い物行くって聞いて渡しそびれちゃったから帰ってくるの待ってたの」
「俺に?」
「うん。若君に」

ビニール袋の中身を確認すると日吉の手は中身の確認が出来たと同時にぴったりと止まる。そしてゆっくりと日南の顔に視線を向けた。

「若君、濡れ煎餅好きだって言ってたでしょ?だから売れ切れちゃう前に確保しておいたんだ。店員さんが暫く入荷しないって言ってたし」

上目遣いで照れながら頬を人差し指で引っ掻く日南に思わず手が伸びる。
自分の視線よりも低い位置にある彼女の頭を撫でて、無意識の内に笑みを浮かべていた。
自然に、次に言うべき言葉が素直に出てくる。

「ありがとう」
「どういたしまして」

日吉が嬉しそうなのが日南にも嬉しいのか満面の笑みを浮かべてお礼を返す。
本当は抱き締めたいのだけども未だにその場にへたり込むお邪魔虫がいるからそれが出来ない。
じーっと視線で「あっち行ってくださいよ」とシグナルを送るが、同じ学校の方の忍足はにやり顔をして伊達眼鏡をクイッと上げるだけで空気を読んでくれそうに無い。敢えて空気を読んでいないのだろうけど。いつか本気で下剋上してやる。

そんな日吉達をドアの隙間から財前、海堂、切原がこっそりと様子を伺う。

「日吉の奴、風鳥に対しては随分優しいよな」
「ちゅーか、日南に会いたくて早く帰ったんか」
「……お前ら趣味悪いぞ」
「そういう海堂だってばっちり覗いてるじゃねぇか。行け、日吉!そこでチューしちまえ!!」
「ちょ、切原喧しいわ!」
「財前、お前も声抑えろ」

そんな声を背に日吉は眉間に皺を寄せ、わなわなと体を震わせる。日南はあわあわしながら日吉と財前達を交互に見ていた。

「お前ら聞こえてるし、ばれてんだよ!!」
「わ、若君落ち着いて……」
「すぐ戻る。まずはあいつらをのしてくる」
「待って若君!暴力は駄目だよ?!」

日南がはにかみながら制止するが日吉は顔を真っ赤にしながら財前達の方へ走っていく。
ふと、揺れた髪の隙間から覗いた耳が真っ赤まで真っ赤に染まっていたのを見て日南も恥ずかしそうに顔を染める。

「今、若君、耳……真っ赤だった?」

先程のあの態度、自惚れても良いのかな。そう思いながら日南はその場で緩やかな笑みを浮かべ、日吉達がまた戻ってくるのをソファーに座って待っていた。


End


途中謙也が空気を読んで侑士連れてログアウト


2016/01/01