Another Ending 1.暁の約束



 国中が黒に染まった。それも再び。
 弔いの鐘が鳴る。最後にこの音を聞いたのはほんの十年程前のこと。
 前と同じように人々は嘆き、悲しんだ。そして口々に囁き合う。
『今代の王族はとても我らによくして下さった。……ご短命を嘆く他ない』
『是非次の王には、国を長く導いて頂きたいものだ』
『当たり前だ。何を悩むことがある。見ろ、王子様はあんなにも健やかだ』
 人々が城へと続く洞窟の入り口に視線を向ける。そこではかつてのひ弱な印象からは考えられない程精悍な顔つきになったジャキが供を数人連れて歩いていた。彼こそがこのジール国の次代王位継承者である。所々に銀の刺繍が成された外套を羽織り、ジール王国特有の青み掛かった銀髪を風になびかせている。光の加減で何色にも見えるその色は、他の民とはどことなく違っていた。
 ジャキの外見だけを見て判断した者はその華奢な体躯と白い肌に不安を持つかもしれない。何故ならそれは若き頃に儚くなった前々王――即ちジャキの父――と似通っているからである。しかし医師の診断でも特に悪い所は見受けられないとのことが知らされ、民は一堂に安心したものだ。もしジャキの身体に何らかの異常が有るとなれば、必然的に次の王位継承者は第一王女であるサラとなるのだが、女王を立てるという例外的な行いを二世代に渡って続ける訳にはいかない。前回はあくまで『例外』だったのだ。
 ジャキはすれ違う人々に軽く手を挙げながら、物憂げに其処此処を歩き回っている。恐らく戴冠式前の城下の様子を下見に来たのだろう。準備や計画に余念のない王子と専らの評判である。
 明日で前女王の喪があける。前女王の最期は決して幸せなものでは無かっただろうが、その意を次の王が汲んで更に国を発展させていくことが出来ると国民は信じていた。民は王に絶対の信頼を置くものなのだ。
 ――また、大きく鐘が鳴った。
「あの……っ、これ、お供えしてください」
 城へと戻ろうと踵を返したジャキに、親の制止を聞かず一人の女の子が質素な花束を持ってきた。ジールは野花でさえも美しい。そういう国なのだ。かつての王たちがそのような国を造り上げた。花束を手に取ると、草の香りがふわりと立ち上った。
「供えて置こう。女王――母も、そして父も喜ぶだろう」
 そう言ってジャキはそっと笑った。寡黙で滅多に笑わない王子が久々に見せた笑顔としては、少々寂しげな笑顔だったという。


 陽が昇る、ほんの少し前。
 ジャキはよくこの時間に目を覚ましてしまうことが多い。と言っても睡眠が足りている訳では無い。昨夜も王の代行としての政務が立て込んでおり眠りに付いたのはほんの数時間前だ。まあそれでも、頭痛が多少なりとも取れただけ良しとしよう。
 寝台から降り、長い息を吐く。眠気は取れていたがまだ頭がくらくらするような気がしたので、冷たい風にでもあたろうと思い立ち、部屋を出た。今日は戴冠式だ。冠を賜り、正式に王として即位する。
 ――俺に務まるだろうか。
 普段は弱音等吐かないが、不意にそう思った。実母でもある先の女王のことを思い出したからである。
 自分が幼い頃、父親が死に母が女王の地位に着いた。父の事はあまり覚えていないが女王としての責務を熟していた母の姿はまだ記憶に新しい。母はその時から女王になった。国は彼女自身のことで、彼女が国を支えていた。その為に払った犠牲は幾何だろう。高い地位という者は人の自由だけでなく心まで奪っていくと何かの本で読んだ気がする。そして己を完全に失った君主は『国の為』と言いながら国民に権力を振りかざす王となる、とも。母も父もそうはならなかった。『良い』君主であり続けた為に死神を呼び寄せてしまったのかもしれないが。父は元来身体が弱かったため納得できそうなものだが、まさか母までもが下界の流行り病にかかって逝ってしまうとは思いもしなかった。
 そういえば――彼女は一度何かに憑かれたように過去の文献をあさり始めたことがあったが、ある時城の書庫が焼ける火事が有ってからそんなことはぴたりと無くなった。
 古い扉の軋む音がして、城の大扉が開いた。別に何処に行こうという訳では無い。国が一望できるこの場所で風に当たりたいだけだった。ジャキは大理石で作られた階段の手すりに凭れ掛かり、ぼんやりと遠くを見据えた。いつも通りの美しい景色がそこにはあった。全て父や母――今までの王たちが作り上げてきた楽園である。この美しさの裏には王達のどれだけの苦労が詰まっているのだろう。
「……時期尚早……ではないのか」
 かねてより王になる為の教育は受けていた。何時かはこうなるという予感も、覚悟も出来ていた。しかし、それにしても早過ぎた。自信がないわけではないが、不安がないと言えば嘘になる。
 少しずつ空が白み始めた。もうしばらくすれば夜が明ける。
「あら? もうすぐ戴冠式なのに、浮かない顔ね」
「――姉上」
 声のした方を見上げる。そこにはサラがアルファドを引き連れて立っていた。アルファドはジャキの姿を認めるとすぐさま足元にすり寄ってくる。
「こんな時間にどうした」
「それは貴方もよ、ジャキ。眠れなかったの?」
「何時もの事だから気にするな」
「眠らないと身体を壊すわ。王になるんだったら、体調管理もきちんとしないと。そうでしょう? もしどうしても眠れないなら私が子守唄を歌ってあげましょうか。――昔みたいに」
 サラが茶目っ気たっぷりに微笑む。その表情はまるで子供だ。
「遠慮しておこう」
「じゃあ、せめて……」
 サラが残りの階段を降りて、そっと自らの手でジャキの額に触れた。口の中で何か唱えると、頭の痛みが完全に抜け、頭が冴えた。サラの得意とする治癒魔法だ。
 ジャキはふっと相好を崩して、
「悪いな、助かった」
「顔色が良くなったみたいだから良かった。最近、本当に具合が悪そうだったもの」
「それは……」
「分かってるわ。私が一番近くで見ているもの」
 でも――、とサラは付け足すように言った。
「本当に辛い時は休んでも良いの。身体を壊したら意味ないわ。父様も母様も二人とも病気で――な、なんでもないわ」
 サラは不自然に会話を打ち切ってジャキとは反対の方向を眺めていた。少し目元が潤んでいるように見える。そしてこういう時、いつも思う。例え不可能だとしても、サラにこんな顔をさせたくないと。
 女王亡き今、サラには自分の補佐として色々と助けてもらっている。実の母が死んだのだ。悲しみもあるだろう。なのにそんな素振りすら見せず責務を熟すサラを見ていると無性に胸の奥が痛む。
「泣きたいなら泣けばいい。俺は女王――母上への想いはそれ程強く無かったが、姉上は辛いのだろう?」
「……そうね、悲しいわ。……人が死ぬと言うのは、とても悲しい事。それが肉親だったら尚更よ。きっと貴方も本当は悲しいのでしょう? ただその気持ちが表に出難いだけで」
「――そうだろうか」
 何とも思わない、とは言わないが、サラのように誰かの為に涙したことは記憶に無い。多分これからもそれは変わらないだろう。
「貴女は優しすぎる。こんな時くらい、責務は俺に任せて休んでいてくれても良いというのに」
「一人でいたら余計に悲しくなってしまうわ。それに今は貴方にとっても大変な時期だから手伝えることが有れば手伝いたいの。悲しみは時間が経てば薄れていくわ」
 サラは涙を拭いて、これ以上泣かないようにと空を見上げた。明星が一際強く輝いている。その横顔にそっと言葉を掛ける。
「…………有難う」
「え?」
「いや、なんでもない」
 何となく居心地が悪くなり顔を背けると、サラは軽く目を見開いて可笑しそうに笑った。ずっと足元に纏わりついていたアルファドを抱き上げ、そっと頭を撫でた。随分年を取ってしまったがその毛並みは今も艶やかだ。アルファドが満足したように鳴き声を挙げたので、また地面に下ろす。
「どういたしまして。私も、有難う、ジャキ。」
 礼を言われること等何もしていない。そう言い返そうと思ったのだが、サラの笑みに当てられて口を噤んでしまった。我が姉は――時にとても妖艶な表情を見せる。かと思えば子供の様に泣き、笑う。感情の振れ幅が大きいのに、それを隠して王女でいようとする。
 もしサラが王族でなかったら、きっともっと幸福だった。
 サラの持つ優しさや慈愛は――王には向かない。どこか静かなところで力など持たずに暮らしていけたら良いのにと偶に思う。そして自分はその近くで見守っていられたら良いのに、とも。
 しかしそれは叶わない。ならばせめて、守ってやりたい。王として、家族として、サラが笑っていられるように。
 ただ……サラにとって自分だけの幸福など不幸なことでしかないのだろう。自分を犠牲にしてでも誰かを救おうとするサラのことだ。きっとこれからもその優しさ故に苦しむことになるだろう。ならばその苦しみを少しでも軽減してやりたい。それが出来るのは自分だけなのだから。
「――姉上。今日から俺は王になる」
 サラは小さく頷いた。
「そうね。まだ、実感は湧かないけれど……」
「俺もだ。しかし、俺は――冠を頂き、父が、母が、今までの王がしてきたようにこの国を守っていく。俺には難しいかもしれないが皆を平等に幸福にできる様に。勿論、姉上も、貴族も、平民も、知らない誰かも」
 そう、守ればいい。サラ『だけ』が駄目ならサラ『も』守ればいい。自分が今までしてこなかったことだ。
「きっと姉上は『だから安心して休んでいてくれ』と言っても聞かないだろうから、改めて言おう。これからも俺が道を踏み外さないように手を貸してくれ」
 サラはじっとジャキの言葉を聞いていたが、やがてジャキに向かい合って、
「……ええ。そうね、そうしましょう――約束」
 その時、陽が射した。朝日に照らされたサラが涙を浮かべて微笑むのを見て、ジャキは夜明けを感じ、深く頷いた。
「――ああ、約束だ」


 Fin.

*あとがき*
お久しぶりです。月城です。
ここ3か月ほど更新を怠けておりました――申し訳ないです(><)
企画?第一弾です。一応これはハッピーエンドのつもりです。
もし女王がラヴォスに心酔して国を滅ぼすことがなかったら、ジャキがそのまま王になるだろう――という妄想。
ジャキがサラを守って、サラがそれを手助けして、国は発展していく。そんな未来が有っても良いんじゃないでしょうか…?
第二弾は近日中にUp出来るかと思います。
需要が有るかは分からないのでちょっと不安ですが、此処まで読んで下さった方、有難うございました!!
最後まで御付き合いいただければ幸いですv

2012.3.26

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