15.不可解な優しさ



『なあ、魔王はなんで俺らと一緒にいるんだ?』
『ねえ……魔王ってサイエンスの方には興味がないの?』
『王子、だったんだよね? やっぱり父上とかと喧嘩したりした?』
 ――それを知って何とする。
『え、だって気になるだろ? 目が覚めたら昨日の敵は今日の友――って感じで仲間が増えてたら』
『ただ何時も一緒に居る人以外の意見が聞きたいだけよ』
『えっと、その、私、自分以外の王族って会ったことないから……』
 ――……。
 
 何だ、こいつらは――。
 
 その時魔王は口の中に何とも言えない苦味が広がっていくのを感じていた。不味い。
 先程、クロノが最果てに戻った時、それは大変な騒ぎになった。笑い声と泣き声と叫び声が入り混じって一気に押し寄せていた。ノイズの様なそれは渦を巻いて場の雰囲気を飲み込んだ。時の賢者と呼ばれた男までもがそれに取り込まれてにこやかな笑みを浮かべていた。居心地悪い、というより不愉快この上ない。
 そしてその騒ぎが落ち着いた今。どうやら奴等の関心は魔王に向いたようだった。知ったところでどうにもならない質問が重ねられる。まだ旅を共にするようになって日が浅いにも拘らずその表情は至って朗らかだ。危機感が無いか、思考回路が幼稚なのか、どちらか或いはその両方なのだろう。答える気にもならない問いをただただ受け流していると、
「……魔王? もしかして疲れたとか?」
「そういえばそうだよね。死の山に登ってからまだ休んでないし……」
「俺は元気だけどな」
「あたりまえじゃない。アンタはずっと寝てたんだから」
「そう言うなって、な? 俺も色々大変だったんだって」
「だと良いけど。アンタと違ってあたしは疲れたからもう寝るわ。魔王ももう休んだほうがいいんじゃない?」
 ルッカがううんと伸びをして、眠そうに目をこすった。マールもそれに同調し、ルッカと共に離れていく。どうやら最果てにも自分の定位置というものがあるらしく、それぞれ自分のテントやら寝袋やらに収まっていった。
 これでやっと休めるか、と思ったのも束の間。まだクロノが立ち去っていなかった。本人がさっき自分で述べた通り疲労感をあまり感じていないのだろう。一つ溜息をついて、
「まだ何か用があるのか?
「ん? いや、そういう訳じゃないんだけど」
 煮え切らない態度でクロノは頭を掻いた。ならば去れ、と言いたいところだ。先ほどの苦味はまだ消え去っていない。それどころか濃密さを増していく様だった。今まで感じたことの無い不快感がせり上がってくる。
「私はもう休むぞ。お前はカエルとでも喋っていれば良い」
「あんな状態のカエルと?」
 クロノが苦笑してカエルの方を指さす。ここに帰って来てからというもの、ずっとだんまりを決め込んでいるカエルは今も何やら考え込んでいる様子だ。微動だにしなかったかと思うと突然グランドリオンの手入れを始めたりと何とも落ち着かない。暫くそれを繰り返していたが、ある時突然立ち上がり何処かへと行ってしまった。だが様子がおかしいのはほぼ間違いなく自分の所為だと思うと、何とも馬鹿らしかった。気にしなければ良い話だ。
「なんか一人でいたそうだし。他の皆は寝ちゃったし。俺は魔王がなんでここに居るか知りたいし」
「……まだ言うか」
「ずっと言ってるのに答えてくれない魔王が悪い」
 ふん、とクロノが鼻を鳴らす。堂々巡りの会話に嫌気が刺し、だだっ広い空間の方へと視線を向けた。果てしなく広がる闇――若しくは光――の先を見つめていると、自分がどうして此処に居るのか分からなくなってくる。
「なんか喋ってくれよ。俺一人で話してるみたいですごい恥ずかしいじゃん」
「……」
 その底抜けに明るい声に触発され、先程から幾度となく繰り返されている問いを改めて考えてみる。最も答える気は更々無いが。
 ――俺は何故此処に居る?
 受け流し考えてもいなかったことだが、客観的に考えればそう問われるのも無理はないように思えてくる。自分は確かにこの者達と刃を交えていた筈なのに、と。
 何時からその均衡が崩れたのだろうか。ラヴォスに敗れた時? この者達がジールに辿りついた時? それとも、カエルと初めて対峙した時よりこうなることは決まっていたのだろうか。
 そこまで考えて首を振る。違う。選択の結果がこうあるだけなのだ。一つでも違う選択をしていたなら自分はきっとここには居ない。限りなく低い偶然の中の一つに過ぎないのだ。
 そこまで理論付けて、魔王は溜息を付いてこめかみを抑えた。
「……私が此処に居るのは――単なる偶然だ」
「へ? ……ゴメンもう一回」
 不貞腐れて最果ての先端に腰かけていたクロノがすまなそうに手を合わせた。まさか今頃返事が来るとは思ってもみなかったのだろう。ゆっくりと繰り返す。
「……私がお前達と居るのは、単なる偶然だと言ったのだ」
「偶然?」
 クロノが大きく目を見開いた。ぶらぶらと遊ばせていた足を引き戻し、立ち上がる。
「なんで?」
 また質問か。と魔王は眉を潜める。
「偶には自分で考えてみたらどうだ。お前の頭はもう正常に働いているのだろう?」
「……いや、遠慮しとく。それに俺の考えてることと魔王の考えてることは違うだろ? 思わせぶりなことだけ言ってないで理由も一緒に教えてくれよ」
 どうやら皮肉もこいつには通じないらしい。まあ、予想はしていたが。
「私はお前達と行くと進んで決めた訳では無い。私が此処に居るのは、ラヴォスを倒すという私の望みと、お前の仲間の願いによって双方の利害が一致しただけだ。そこに至るまでの間も私は数々の選択をした。それはお前も、お前の仲間も同じだろう。その限りなく零に近い結果が今の現実なのだ。そう考えれば――お前が今生きていることも、私がこの場に居る事も、全てが……偶然だとは思わないか?」
 答えを求めない問いだ。
「……なんだ、魔王も喋る時は喋るんだな」
「……余計な事を言うな」
 あからさまに眉間の皺を深めた魔王をクロノがまあまあと言って何ともなしに笑う。そんなクロノを横目で見、魔王は光の柱に向かって歩き出した。此処ではまともな休息は取れそうにないと漸く悟った。
「でも――」
 後ろで聞こえた声に、足を止め振り返る。クロノはにかっと笑って、
「そういうのを、運命っていうんじゃないのか?」
 クロノの目は思いの外真っ直ぐだった。だがそれとは対照的に魔王の口元には自然と冷笑が浮かぶ。
「……戯言だな」
 ――運命だと?
 この現実、今までの選択、全てが運命だとこいつは言っているのか?
 そんなことを認められる筈がない。
「戯言って……」
 クロノが腑に落ちないと言ったような顔をする。だがクロノが先を続けるより早く、
「くだらん」
 そう言って会話を打ち切った。クロノは何か言いかけたが、その言葉が耳に届く前に魔王の身体は光の柱へと消えた。それと同時に苦味は消え、代わりに何とも言えぬ虚無感が押し寄せた。


◇+----*†*----+◇


 ――何度この様なやり取りを繰り返しただろう。
 何度相手の言葉を無碍にしようと、関わりを持たぬように接していても、奴等は懲りずに近寄ってくる。

『魔王もこっちで晩飯食わないか?』
『話しかけてるんだから何か喋んなさいって』
『いっつも難しそうな顔してるけど……何かの考え事?』
『てめぇを仲間と認めた訳じゃねえが――』
『昔の事を気にしているのデスか?』
『魔王、いつも一人、それ、嫌じゃないか?』

 何故だろうか。
 考えても答えは出そうにない。だが今まで全ての事が己の中で自己完結していた世界が、ここに来て徐々にその均衡を崩しているのは何となく察せられた。
 それは心許ない様な、何処か気が休まるような、奇妙な感覚である。

「魔王!」

 嗚呼――何故、こいつらは私の名を呼ぶのだろうか……?
 不可解な現状に魔王はそっと溜息をついた。


*あとがき*
15です。残すところもあと1/4になりました。のろのろ亀更新でもここまでこれたことを嬉しく思いますv
えっと、じゃあさっそく、今回の内容の説明を……。
「不可解な優しさ」ということだったので、どう書こうかと迷ったのですが、結局「魔王がどれだけ突っぱねても仲間として扱ってこようとするクロノ達」≒「クロノ達の魔王に対する優しさ」
……みたいな雰囲気で、書きましたっ!!強引ですが、そこは目を瞑ってやって下さいませ!!汗
とりあえず次は短編の方を更新しようと思っています^^*
そしてこんな自己満みたいな小説を15まで読んで下さっている方々、本当に有難うございますっ!!

2011.11.5

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