1.守り




「王子の誕生だ…!」
「このジール王国にもようやく王子が」
「その上強大な魔力を秘めているらしい…」
がやがやと騒ぎ立てる廷臣たちにジールは静かに語りかけた。
厳かだが凛としていて、優しさを含んだ声だった。
「今日はめでたきジール王国の王子誕生の日じゃ。宴を開き、大いに祝おうぞ」
赤ん坊をあやしながらジールがそう言うと廷臣達は喜びをあらわにし、宴の準備へと取り掛かった。
ずっと部屋の隅で赤ん坊を見ていたサラが、しずしずとジールに近づく。
サラに気付いたジールがおお、と声をあげる。
「サラ、お前と10歳違いの弟じゃ可愛かろう?」
「ええ。とっても可愛い。ね、母様、抱いてみても?」
「勿論だとも。そうじゃサラ、この子の名づけを頼みたいのじゃ。わらわには良い名が思いつかなくての」
ほれ、とジールがさらに赤ん坊を渡す。
サラは無垢な表情をして眠っている赤ん坊の顔を愛しげに見つめた。
その奥に感じる、力。
「凄い魔力ね…」
「まだ、片鱗しか見せておらぬが、もしかすると成長すればお前を越ゆるやもしれぬ。流石ジールの血筋とも言うべきか」
満足げに笑うジールを横目に、ジールが感じていない力をサラは感じた。
…強い、強い力。
でもその奥に眠っている…邪気。
この子の力は強すぎて他の人を傷つけてしまうかもしれない。
否、それだけではなく自分自身も。
「……ジャキ」
「ジャキとな?」
ジールがサラを見る。
サラは弟を抱きすくめなおも続けた。
「ジャキ、それがこの子の名前。何故だか分からないけど、そう決められてるの…」
「お前がそう言うのなら、間違いなかろう。…さ、お前もジャキをつれて宴に行って来い。わらわは疲れた。部屋に戻って休ませてもらうぞ」
サラはその腕に弟を抱き、まだ覚醒すらしていないその力を思い、そっと呟いた。
「…私が絶対に貴方を守るわ。ジャキ」
幼き少女は、そう心に誓った。


◇+----*†*----+◇


魔神器が完成したと告げられた翌日。
「どうしたの、姉上?」
足を引きずるように暗い面持ちで部屋へと帰ってきたサラにジャキが心配そうに駆け寄ってきた。
ジャキの姿を視界に入れたサラは弱々と微笑んだ。
「なんでもないわ。心配しないで…」
サラが椅子に腰掛け、ジャキの頭を撫でる。
何か真剣に考え込んでいるようだ。
邪魔をしてはいけないと思いつつもジャキはサラに声をかける。
「さっきまでどこに行ってたの?いつもより戻ってくるのが遅いから、心配しちゃった」
「…ちょっと、母様とね…」
自分の腕の中にいたジャキがビクン、と怖がるように震えた。
「…母様。最近おかしいんだ。僕が近くに行っても目も向けてくれないし、ずっと取り付かれたような目をしてるんだ…あんなの母様じゃない」
それに、とジャキは小さな声で付け足した。
まるで言ってはいけないことのように。
「…母様の近くに行くと、感じるんだ」
「感じる?何を…」
「…黒い風。黒い風が母様を包んでるんだ」
黒い風。
その時サラは気が付いた。
今までジャキだけが感じていた予感に。
ジャキの言っている『黒い風』とは即ち、『死』だ。
死の予感をジャキは感じているのだ。
その刹那、先程ジールと交わした会話が甦った。


―サラ、わらわは永遠の命を手に入れることを決めた。
魔神器をひたと見つめ、ジールは言い放った。
氷のように冷たく、独裁者のように威圧的な声で。
―夢を見たのじゃ。昨日、コレが完成した日に。…この力の源…ラヴォス神は海底に有りその力を我が物に出来れば永遠の命など容易に手に入る…。
―か、母様?一体、何を…。
サラがおののいた様に仰け反るとジールはゆらゆらと赤く輝く魔神器を眺めたまま、ゆっくりと目だけでサラを見た。
―そのために必用なのは、この魔神器、これから建設する海底神殿、それとお前達姉弟の力…。わらわのために、力を貸してくれるな…?


恐怖で声がでなかった。
母は、ジールは変わってしまった。
強大な力に魅せられて。
ジャキの無垢な表情を見てサラは思った。
私はともかく、ジャキにまでそんなことをさせたくない。
サラは意を決してジャキの双眸を見つめた。
「…ジャキ。貴方は、今の母様が好き?」
ジャキは大きく首を振る。
「でもね、貴方の力は、大きすぎるの。まだ覚醒していないから私よりも小さいけれど、あと1年もすれば私を越えてしまう…」
そうすればジールは、きっとジャキを…いや、ジャキの力を欲するだろう。
そうなったらジャキは…。
サラは嫌な概念を追い払うかの如く頭を振った。
「あ、姉上?…どうしたの?」
いつもと様子の違うサラにジャキが戸惑ったように声をあげる。
「でも、今なら間に合うわ。…こんな風にしかできない私を憎んでもいい。だけど私は貴方を守る…そう決めたのよ」
「僕は姉上のこと嫌いになったりしない…ッ」
サラが慈愛に満ちた微笑をジャキに向ける。
「…ありがとう」
サラが伸ばした手がジャキの左胸に触れた。
その途端、青い光が部屋を覆った。
「この封印は、貴方が本当に力を必要としたときに解けるわ。それまでの間。どうか…」
青い光がだんだんと収まっていく。
全ての光が収まったとき、ジャキは気を失っていた。
ふう、とサラが息を吐く。
その時、キイ…と扉が開く音がした。
ハッとサラが驚きを隠せない様子で振り向くとそこにいたのは、ジールだった。
「…わらわを裏切る気か?サラ…」
先程きいた声よりも、更に深く哀しみと憎悪に満ちた声が響いた。
「…気が付かぬとでも思ったか。城の中で強き魔力が使われればわらわは寝ていても分かる…」
ジールの目が、気を失っているジャキを射竦めた。
「力が、封印されておる…。それが、お前の答えなのだな」
「母様。私は反対です。永遠の命だなんて、人は命はやがて死ぬから今が美しいのに…」
「黙らぬか!」
ジールの怒号が飛んだ。
「わらわは、ジールは死なぬ!永遠の命。…それが人の夢。人は恋焦がれる、力に、命に」
「それは…人ではありません!」
「わらわが目指すのは人ではない…神じゃ。…ジャキの力を封印しても、お前の力で事足りる…」
「私は!」
反論しようとしたサラにジールは言い放った。
「お前がわらわに従わぬのなら…。ジャキの力を魔神器の糧とするまでじゃ。たとえ、封印されていても、魔神器の中に放り込み、身体が消え去れば力は残る…」
サラが息を飲み、ジャキをきつく抱きしめた。
「…母様…いえ、女王」
サラはもう、目の前に居るのが母…ジールだとは思えなかった。
心まで力に蝕まれた、哀しき孤高の美しき女王。
「全てはサラ、お前しだいじゃ…」
…私は、守ると決めた…。
がっくりとうなだれ、今にも消え入りそうな声でサラは呟いた。
「…分かりました」
「ならばよい。…早速明日から始まる海底建設の建設に関わり、わらわのために力を貸してもらおう…!」
その言葉にサラは引き結んだ唇を、ギュッと噛み、項垂れるようにして頷いた。


◇+----*†*----+◇


「ねえ…姉上。母様のお仕事手伝い始めてから疲れてない?大丈夫?」
「大丈夫よ。……海底神殿の完成が遅れてるから、ちょっと忙しいだけ」
ジャキが紫色をした猫を抱き、サラに近づいた。
「この猫、地上で拾ったんだ。綺麗な色でしょう?…飼ってもいいかな…?」
「ええ。名前は付けたの?」
「うん、賢者様に考えてもらったんだ。…アルファド、っていうの」
「アルファド…いい名前ね。大切に育ててあげるのよ…」
頭を抑え、椅子に座ったサラにジャキが黄金色に輝く液体が入ったコップをサラに勧めた。
「これは?」
不思議そうに中の液体をサラが覗き込む。
「ガッシュが姉上にってもってきてくれたんだ。元気が出るからって」
「ガッシュが…?ありがとう、頂くわ」
コップの中身を飲み干したサラの顔色が少しよくなったような気がしてジャキはホッと安堵の息をついた。
「ねえ、姉上…」
「なあに?ジャキ」
潤んだ瞳でジャキがサラを見る。
「…姉上は…母様みたいにならないでね…ッ」
懇願するようにむせび泣くジャキをみてサラは胸が詰まった。
…あの日の母様はもう、戻ってこない…。
ジャキの頭をそっと撫で、サラは笑った。
「ええ。私は母様のようにはならないわ…」
「絶対。絶対だよ。約束…!」
ジャキの差し出した小指にサラは自分の小指を優しく絡めた……。


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