カチカチと針が時を刻む音だけが響く部屋で、臨也は革張りの高価な椅子に身を沈めていた。その顔からは何の感情も窺えず、空気を冷たくしている。
臨也からずっと見つめられ続けている静雄は、いい加減この重苦しい空気に押し潰されそうだった。
そんな彼に追い討ちをかけるように、臨也が固い声で問いかける。
「だから、なんで別れなくちゃいけないわけ?」
「…だから、俺がいつかお前に大怪我させるかもしれな」
「それは何度も聞いたよ。そんな理由じゃ納得できないって言ってるよね?」
これで何回目だろうか。
同じ答えを繰り返す恋人に少し苛立ちながら、臨也は机に肘をついた。目の前のソファーに座る静雄は、混乱しているのか目をしきりに泳がせている。
彼の言っている理由は本当だろう。嘘でもなければ、その場凌ぎのとっさに考えついたものでもない。だからこれ以上の説明ができなくて焦っている。
もともと口下手な静雄は言葉で説明するのが苦手だ。
その上、今回の別れ話で臨也がここまで激怒するとは考えていなかった。
まさに静雄にとって最悪の状況だ。
いつもは静雄の表情から、彼の言いたいことを汲み取っている臨也も、今回ばかりは助け船を出す気はさらさらない。
「そんな今更な理由何度も言われても、俺は絶対納得できないね。」
「……それはお前の言い分だろ…。」
いいから別れろ、と半ば自棄になってきた静雄の言葉に臨也は眉根をひそめた。
いい度胸じゃないか。
「君の我が儘で別れろって言うんなら、絶対別れないよ。」
俺も我が儘なんだ。
「―ッそんなん知るかよ!!」
臨也が挑発するように言うと、静雄は簡単に彼の思惑通りに激昂した。伊達に長年片想いをしていたわけではない。
彼がどうすれば本音を言うのかなんて、学生時代から熟知している。
「俺はお前と一緒にいられねえんだよ!」
触れるのが怖い。
好きになればなるほど怖くなる。
自分はやはり誰かと愛し合うのは到底無理だった。
過ぎた願望だったんだ。
言いたいことは山ほどあるのに、一言叫んだあとに言葉が続かない。
溜まった感情が静雄の中でぐるぐると渦巻いて、鼻の奥が痛くなった。
涙をこらえる静雄を静かに見つめると、臨也は椅子をくるりと回して窓の外を見やった。ネオンが煌々と輝く街はいつもと変わらない。
「残念だな…。」
背後で静雄が身を硬くしたのが伝わってくる。
おそらく、臨也が別れ話を受け入れたと思ったのだろう。自分から言い出しておきながら、いざとなるとショックを隠せない恋人に小さく笑いつつ、言葉を続けた。
「俺は満身創痍になっても、シズちゃんを愛せる自信があるよ。」
「……ッ」
「でも君は、俺よりも自分の弱さを優先するんだね。」
すごく、哀しいよ。
椅子を左右にゆっくり揺らす。その度にぎゅっぎゅっと場に不釣り合いな間抜けな音がした。
臨也から静雄の表情は見えない。
しかしなんとなく、彼がどんな顔をしているか想像ができた。自分の愛の力は偉大だと得意に思いながら、後ろに言葉を投げかけた。
「少しでも悪いと思うなら、泣いてないでキスしてよ。」
「頬っぺたじゃなくて口にしてほしかったな…。」
110421
静雄の日記念小説にしたかったのに間に合わなかった…。